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20 アルゼトと僕

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 翌日お昼頃に僕は目を覚ました。
 アルゼトは旅に必要な物と、乗合馬車の手配をして来たと説明しながら、身体が動かない僕の上半身を起こしてくれた。
 僕は手のひらにオレンジ色の蝶を出して、ヒラヒラと舞わせる。
 鱗粉が僕に掛かると、身体は癒され動ける様になった。

「便利と言えば便利ですが、なんだかカシューゼネ様にはもう少し気怠げに寝てて欲しい気持ちも湧きますね。」

「……何言ってるの?」

 アルゼトがだんだん本音で話してくれる様になった来た気がするけど、こんな性格だったのかな?

 アルゼトはベットに座る僕の隣に座ってきた。
 とても近い。
 アルゼトの方が背が高いので、枕に寄りかかって座る僕は見上げる形になる。
 
 アルゼトは今迄従者として距離を置いていたけど、今僕と距離を縮めてこようとしている。
 だから、僕も思い切って距離を縮める。

「ね、アルゼトは、なんで僕を抱いたの?」

 一緒にいたいから、側にいて欲しいから。
 アルゼトの瞳は真っ直ぐに僕に向いていた。

「俺は貴方の『道標』になりたいからですよ。」

 オレンジ色の瞳がゆらゆらと揺れている。
 感情が昂り、声に力が籠る。
 きっと、僕も同じ。

「うん、僕の『道標』になって。僕の側にいて。」

 アルゼトが嬉しそうに笑ったから、僕も嬉しくて顔が綻んだ。
 
「はい、貴方は俺の美しい蝶です。……愛しております。」

 自然と僕達は唇を合わせる。

「………うん、僕も愛してる。」

 嬉しくて堪らない。
 
 小説の中で死んだアルゼトの腕を抱きしめて無言で泣いた僕は、アルゼトの暖かい口付けに、違う涙を流した。








 僕達は乗合馬車で目的地に向かった。
 馬車は商人が商品を運ぶ傍ら余ったスペースに人を乗せて、駄賃を貰う仕組みのものだった。
 護衛もいるし、ついでの乗客なので、これが比較的安全で安いと聞いた。
 それでもお金が無かったら徒歩になるけど、馬車の方が早いので、今回はこの方法で行くとアルゼトは教えてくれる。

 小説の中のアルゼトも冒険者として討伐などしていたが、15歳に加護を授からなかったから鍛える為にしだしたので、あまり冒険者業の経験は無かったらしい。
 だからお金もなかったし剣の腕もまだまだだった。
 僕とアルゼトの腕にはまった腕輪をコツンと合わせて、今ならもっと良いものが買えますが、今回はカシューゼネ様に貰ったので大切にしましょうねと、優しく囁かれた。
 小説の中ではアルゼトがくれた腕輪だったけど、不思議なことに今回は僕が同じ腕輪を買って贈っていた。
 
 同じ様で違う話を紡ぐ僕達は、何もしなければまた同じ話に戻ってしまうのかもしれない。
 僕は神獣フワイフェルエに必ず合わなければならないと気を引き締める。

 僕達は荷馬車の空き場所に2人で座っていた。僕達の腕輪が振動でカチャカチャと音を立てて存在を主張している。
 荷馬車はまだ他にもあって、そっちにも他の乗客が乗っていた。
 
「神獣フワイフェルエに会う方法はわかるのですか?俺が処刑された後の話になるのですよね?」

 僕はアルゼトに抱き抱えられる様にして隣に座っている。
 お互い想いが通じ合っておかしな事ではないけど、アルゼトの距離は一気に近くなっていると思う。
 なんでこんなに表情が変わらないんだろう。普通に話してるし……。
 ドキドキして顔を赤くしている僕の方がおかしいのかな?
 僕は早い心音に釣られて喉が詰まりそうになりながらも、小説の話を教えた。



 神獣フワイフェルエを探しに行ったのは、ジュリテアを先頭に他の5人で向かった。
 ヒュートリエ様、ラダフィム、ナギゼア、神官長シューニエとカシューゼネ。
 勿論騎士団も護衛でついて来た。
 向かった理由は神獣ビテフノラスの弱体化。
 大きな一つ目と一本角を額に持つ神獣で、ライオンの鬣の様に顔の周りに赤黒い毛がある見た目恐ろしい神獣である。
 オルベルフラ王家と遥か昔から契約しているのだが、神獣としての力が弱まり、神獣でありながら瘴気を纏い出してきた。

 このままでは瘴気を祓うどころか、王家が瘴気を吐き出しかねない。
 神獣ビテフノラスは寿命なのだろうと判断され、新たなる神獣を求めて、神獣フワイフェルエへ会いに行った。

 神獣フワイフェルエは銀の長毛を持ち、金色の瞳孔のない目をした4本足の獣だ。
 人語を解し、人に化けることが出来る。
 人化すると神獣フワイフェルエもジュリテアの相手の1人になる。
 人化した姿は10代前半の幼い姿で、小説を読んだ姉ちゃんは年上が良かったと呟いていた。
 
 神獣フワイフェルエは神の祭殿という所に封印されていた。
 その昔、王都を荒らした罰として神獣ビテフノラスに封じられた。
 ジュリテアは祭殿に入り、祈りを捧げる。
 眠りについていた神獣フワイフェルエへ、封印を解く代わりに王家と契約して欲しいと頼む。
 神獣フワイフェルエは「では、神獣ビテフノラスはどうするつもりか」と尋ねた。
 ジュリテアはこのままでは死んでしまうので、貴方と交代で封じ眠りにつかせ休ませたいと答えを返す。
 神獣フワイフェルエは長い時を眠りに尽かされた腹いせに神獣ビテフノラスと交代することを了承する。
 暴れて抗おうとする神獣ビテフノラスを、ジュリテアは浄化の祈りで弱め、新たに王家の従神としてフワイフェルエがジュリテアへ従う様になる。


 小説の流れはこんな感じだった。
 その後ジュリテアに絆された神獣フワイフェルエは、ジュリテアの相手の1人となるのだが、カシューゼネの記憶からすると少し違う気がする。
 神獣フワイフェルエは小説を書き直したがっていた。
 伴侶を助けることが出来なかったと、その為にジュリテアの従神となったのに、と言って一緒に書き換えようと言ってきた。

 神獣フワイフェルエは何かを知っているのだろうか?
 ページを戻す。
 まるでこれが小説の中の話だと知っているかの様では無いか。
 神獣フワイフェルエは何を願い果たせなかったのか。
 僕と、カシューゼネと同様に愛する人との再会?
 何しろもう1度彼に会い、話をしなければならない。
 神獣フワイフェルエがジュリテアの従神となってしまう前に。


 僕の話と考えをアルゼトに伝えた。
 アルゼトも早めに会って話をした方がいいと言ってくれたので、僕はホッと一息つく。
 誰かが認めてくれるっていうのは嬉しい。

 僕達は町や村を経由し、馬車や徒歩で目的の祭殿へ向かう。
 そこは山の中。
 人もあまり立ち入らない場所にある。
 王家のかなり古い文献からナギゼアが調べてきた。
 ナギゼアの『理知』という加護は生まれながらに豊富な知識を持っているという加護だ。ただあまりの量な為、普段は殆ど眠らせていて、必要な時だけ必要な知識を出す様にしないと自分自身の精神が崩壊するという自滅しそうな加護だ。
 でも学院で習う程度は頭に入っていて、そこは天才肌。
 だからジュリテアが勉強出来ない理由もよく分からないし、教え方もよく分からない。
 何故覚える事が出来ないのかが理解できないのだ。
 ナギゼアはジュリテアに頼まれる。
 ヒュートリエ様が困っているから、何かいい方法はないかと。
 そこから神獣フワイフェルエの話になっていく。

 


 僕達は今鬱蒼と茂る森の中を歩いていた。
 アルゼトは剣の鞘を使って木や草を払って道を作ってくれる。
 小説の中では騎士団が道を作るので、その後を歩くだけだったが、アルゼト1人にさせていて申し訳ない。

「アルゼト、変わる?」

 アルゼトはチラリと振り返って、ダメですと拒否した。
 僕の胴には紐が括られていて、アルゼトに繋がっている。
 急な傾斜に落ちてはいけないからと括られたのだ。
 小説の中でこんなに心配されることもなければ、紐で括られることもなかった。
 良いのか悪いのか分からない。
 確かに僕が草を払っても進まないだろうとは思うけど…。
 風を起こして道を作ろうとして、逆に木を切り倒し過ぎて進めなくなった。
 地道にアルゼトに草を踏みならして道を作ってもらって進んでいる。
 ショボーンである。

 朝から森に入って夕方近く、漸く祭殿に到着した。
 石を組み上げ丸く台座が作られ、台座の端を取り囲む形で柱が立っている。柱と柱の間は人が1人通れる程度。
 遥か昔からあると言われているのに、多少崩れているだけでちゃんと形が残っている。

「此処ですか?」

「うん、浄化の光で現れるんだけど、僕の浄化でも出てくるかな?来たら居てくれるかなぁと思ってたのに、楽観視し過ぎてるかな。」
 
「そうですね。」

「無表情に肯定しないでよ!」

 柱の中に入って2人で話してると、クスクスと笑い声が聞こえ出す。
 アルゼトが僕を引き寄せ辺りを警戒した。

「やあ、久しぶりだ。カシューゼネの性格が明るいのも、その想い人が無愛想なのも意外だ。」

 少年の少し高い声が響いてくる。
 
「アルゼト、神獣フワイフェルエだ。」

 祭壇の上は陽が落ちかけオレンジ色に染まっている。
 柱と柱の間に入り込む緋色の光の中に、音もなく少年が1人立っていた。
 アルゼトがカシューゼネを背に庇い、剣に手を掛ける。

「ふふ、君がアルゼトか。僕からの贈り物も受け取れている様でなりよりだ。」

 銀色の緩やかなウェーブがかった髪に、金色の瞳の小柄な少年の姿をした、神獣フワイフェルエが楽しげにこちらを見ていた。
 金の瞳は瞳も白目の部分も無くただ金一色。
 
 カシューゼネはアルゼトの背中から少し出て、フワイフェルエへ話し掛ける。

「贈り物?」

 フワイフェルエの瞳孔の無い、一面金色の目をカシューゼネに向ける。

「そう……、『緋の光』だよ。」

 これでも神に属するものだからね。
 そう言って神獣フワイフェルエは笑った。

















 
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