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18 新たなる一歩
しおりを挟む薄っすらと目を開けると、目の前には緋色の蝶がハタハタとはためいていた。
通り過ぎると炎の鱗粉がチラチラと散って消えていく。
確か、傷を治すために力を使おうとした。
オレンジ色の蝶々が舞って、疲れて目を瞑って、長い夢を見た。
僕は、カシューゼネだけど、交差点で跳ねられてここに来た。前世?転生と思ってたけど、転移?
夢は小説の中のカシューゼネの記憶。
ジュリテア側から見た話ではなく、カシューゼネ側から見た話。
なんと無くあったカシューゼネの思い出も、僕が読んだ小説の話も、カシューゼネの記憶も、全てが一気に僕の中に落ちて来た。
僕は今、本当の意味でカシューゼネになった気がした。
そして、カシューゼネの記憶に涙が後から後から流れてくる。
アルゼトに会いたい。
それだけが残ったカシューゼネの孤独な心の悲鳴に、僕は瞼を閉じた。
ジュリテア総受けじゃ無いのか……。
我が事ながら馬鹿な感想しか出てこなかった。
夢の中で流した涙が、今も頬をつたっていた。
僕という腐男子の意識が混じった所為か、何処か太々しくなったのかもしれない。
涙は出て、アルゼトを失った記憶が心を苛むが、それでも今の僕は大丈夫だと思えた。
小説の中ではジュリテアとカシューゼネの生々しい性交渉の場面は書かれていなかったのだけど、実はって感じだったのかな?
小説の中では純真無垢に書かれていたジュリテアの性格が恐ろしい。
僕はハッとして僕を抱きしめる人物を見上げた。
アルゼトはオレンジ色の瞳をまん丸にして僕を見下ろしていた。
アルゼトの瞳も潤んでいて、今にも雫が溢れそうだった。
「…………アルゼト?」
どうしたんだろう?
アルゼトは僕を見て、視線をずらして、瞳を揺らしている。
動揺している様だ。
「どうしたの?」
「いえ、………長い夢を見たと言うか……?これは、俺の記憶?でも、死んで………?」
アルゼトも同じ様に夢を見たのだ。
アルゼトはアルゼトが体験した話を見た?
「どこまで見たの?僕は浄化が終わって20歳にアルゼトに会いたいって祈ったところまで見たよ。」
僕はこれをただの夢だとは思わない。
「俺は、俺が磔になって死ぬとこまでです。あれが、夢では無く、神が起こした奇跡というのなら、俺は貴方をおいて先に死んでしまいました………。」
一緒にいると言ったのにと、アルゼトは項垂れた。
僕は安心させる様に微笑んだ。
僕が逃げてばかりで言いなりになって、アルゼトを巻き込んだ。
父様も母様も巻き込んでしまった。
「謝らないでね?僕達は同い年なんだよ。どちらの所為とか無いからね?僕はきっと物語を書き直す権利を貰ったんだ。」
僕はカシューゼネの物語を教えた。
ジュリテアとか他の人との話しにくいとこは端折ったけど、アルゼトは少し執念く聞き直すから、何となく伝わってしまって、アルゼトの顔が険しくなった。
同時に僕がこの小説の世界の人間では無い事も伝えた。
人格が混ざり僕自身カシューゼネになってしまったので、別人というわけでも無い。
ただ一人称が僕のままなのは最初にアルゼトが変じゃ無いって言った所為だ。
「別の人格………。ああ、それで…。」
「………え、ダメ?嫌だった?」
嫌がられてもどうしようもないんだけど…。僕もなんでこうなったのか分からないし。人格混ざってもアルゼト好きなのは変わらないんだけど…。
「嫌じゃありませんよ。素直になられたなぁとは思っておりましたが、貴方は変わらない。」
アルゼトは優しく微笑んでそう言った。
オレンジ色の瞳が揺らめいて僕をヒタと見るので、恥ずかしくなって視線を外した。
「そそそ、そう?なら良いんだけど…。それでね、同じ事をしてては同じ結果にしかならないと思うんだ。だから父様達には何も伝えずに行こうと思う。」
「そうですね。それがよろしいかと……。行き先はどうしましょうか?」
それはもう決めている。
「行き先は神獣フワイフェルエの所だ。」
アルゼトが死んだ後に仲間になってるので、アルゼトは会った事がない。
行き先を伝えると、少し迷って大丈夫と頷いた。
行き先は決めれてもどうやって行ったらいいか僕には分からない。
カシューゼネの記憶でも馬車に乗ってただけなのだ。
「大丈夫です。前回と違い資金もありますから。」
アルゼトはまずは王都を出ましょうと言って、僕を立ち上がらせた。
まだ夜明け前。
アルゼトは廃教会に隠れておくように言って出て行った。
帰ってきた時は食料とボロボロの服を持ってきて、中に着ていた服と交換してきたのだと教えてくれた。
「スラムの人が着てたものをそのまま交換してもらいました。スラム街が王都の城壁の外にまで延びてるのは知ってますよね?そこを通り抜けます。」
王都にあるスラムは年々増えていく一方だ。
それは対策も何も講じない政策の所為だけど、ヒュートリエ様も何もするつもりも気にするつもりも無さそうだった。
「前回は馬鹿正直に門を通過してしまいましたが、俺もあの時は知らなかったもので、追っ手が掛かってしまいました。」
僕はかなり臭うボロボロツギハギの服を着ながらアルゼトの話を聞いていた。
「スラムの人達は城壁が崩れた場所から王都に出入りしているのはご存知でしたか?」
「え!?城壁崩れてるの!?」
実はかなり昔から崩れて壁が無い場所があるらしい。そこから出入りできる為、そこを中心にスラムが広がっている。
貴族や平民は近付かないから知らない場所で、王家は知ってるけど修復する為には集まった多くのスラムの人達をどうにかする必要性が出てくる為、手付かずで放置されている。
隣国との国交が上手くいっている現在、戦争が起こる事もないので、修復するつもりが無いのだろうとアルゼトは教えてくれた。
そんな場所があるなんて知らなかった。
「俺は今回早くから冒険者業をしていたので自然と知っていましたが、前回を思い返すと貴族や富裕層の平民は知らないんです。そこを通れば検問も何もありません。」
「そうか……。前も知ってればよかったのに、僕の勉強不足だ。」
「…………。」
そうしたら死なずに済んだかもしれないのに。
そう思ってしょんぼりすると、急にアルゼトが顎を持って上向かせた。
オレンジの瞳が僕を射抜くように見ている。
「無知であったのは俺も一緒です。貴方1人の責任じゃ無い。」
僕はびっくりして呼吸が止まってしまった。
だってとても綺麗なオレンジ色なんだもの。
「今度こそ、一緒にいましょうね。」
指を離してふわりと微笑まれ、僕はコクコクと頷いた。
スラムってもっと悪党とかいて人がゴロゴロ死んでるのかと思ったら、意外と活気があった。
裏の方に行けばそうだと言うけど、メインの通りは木板を貼っただけのテントがあって、屋台や食品、小物とか、なんでも売っていた。
値段は書いてなくて物々交換が多いみたいだ。
今着ている服もここで調達したらしく、ここで買えば元が何処のものかなんて調べても分からない。
僕の白金の髪は目立つからとアルゼトがキチキチにお団子に纏めて布で覆ってマントを頭から被せて隠した。
顔もジュリテア様と同じだし、光を放つ青い瞳は珍しいから顔も隠せと、マントは深々と被せられる。
人攫いもいるからと手を繋がれた。
露天を物珍しげに見ていて思ったけど、なかなかに据えた匂いがする。ツーンとした臭いだ。
「ここの物は食べたらダメですから。」
アルゼトに言われなくても食べないと思う。
何を焼いているのか分からない肉。
何が入ってるいるのか分からないスープ?
色は身体に良くなさそうな色から、なんの香辛料も使われてなさそうなものまで。
洗われてない鍋や食器類を見ても、うん、ダメだろうなと思う。
食中毒で死ぬかもしれない。
カシューゼネは公爵家育ちで、王宮でも貧相なご飯しか出てこなかったとしても王宮の食事だったのだ。
多分スラムの屋台は食べたら死ぬかも…。
すんなりとスラムの市場を通り過ぎて、王宮の外へ出てしまった。
なんて簡単に出れるんだろう。
「暫く徒歩になりますが、大丈夫ですか?1日も歩けば隣町に着きますから。」
アルゼトはそう言って僕の手をずっと引いて歩いた。
僕は誰かと手を繋いで歩いた経験はない。
ずっと人の前を歩いていた。
王家に嫁ぐ者として、誰かに頼る事は出来なかった。
アルゼトは同じ歳だけど、僕より大きくて落ち着いていて、頼りになる。
一緒にいてくれる。
小説の中でも、今でも、アルゼトは優しい。
小説の中の僕は、アルゼトの焼けた死体を見てプツリと心の均衡が切れた。
ただ浄化を成功させて、20歳の加護を授かれるように、授かれたら願い事を言おうと、まるでクリスマスのプレゼントを心待ちにする様に、それだけを望んでいた。
心は壊れていた。
ジュリテアの純真無垢に人を傷付ける心が怖くて、何も見ないように心に蓋をした。
その日だけを夢見て。
身体を誰に暴かれようとも、もうどうでも良くって、身体はただの入れ物だと思っていた。
ただアルゼトに会いたかった。
もう一度会いたい。
カシューゼネの中にはそれしか残っていなかった。
だからかな?
僕が補う為に入って来たような気がするのは。
何で小説の中にいるんだろうって思ったけど、だんだんカシューゼネの記憶が混ざって来て、小説の中のカシューゼネを思い出して、僕は僕の気持ちを再認識した気がする。
そして、強く、逞しく乗り切ってやる!
ちょっと昨日まで僕も小説の中のカシューゼネの様に堕ち気味だったけど、アルゼトが一緒にいてくれるなら……。
一緒に生きていけるなら、僕は大丈夫。
アルゼトの繋いだ手をギュッと握ると、オレンジ色の瞳が振り返って、握り返してくれる。
無表情で無愛想なくせに、その瞳は今日も優しいオレンジ色。
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