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16 小説の中のカシューゼネ②

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 ほとんど寝て過ごしたが、熱が下がり動けるようにはなった。
 4日目にアルゼトに我儘を言った。
 少しだけ自由に外に出たい。
 
 アルゼトは陽が沈む前、人が忙しくなり出し、使用人の交代時間を利用して、退城する人々に混ざって王宮を出た。
 目立つ頭巾は外して、頭からスッポリとマントを被らされ、手を引かれて通用門を潜る。
 誰にも気づかれずに外に出ると、ヒョイと縦抱きに抱えられ北の森に歩いて行った。
 まだ傷のあるお尻には薬とずれない様に堅めに布と包帯を巻いている。
 歩くとズレるので抱っこしますと言われ、大人しく従っていた。
 
 着いたのは誰もいない古びた教会。
 狩猟小屋代わりに使われていると教えられ、近いけど人気が無いので鍛錬の為に此処へ来るのだと教えてくれた。

 換気はされているのか空気は軽い。
 夕日がステンドグラスを照らし、オレンジがかった世界に塗り潰していた。
 
 俺は大分疲れていた様だ。
 
 誰もいない、誰にも見られていないこの場所が、心底安心出来た。
 並んだ木の椅子にアルゼトはそっと座らせてくれた。

 なんで『神の愛し子の盾』なのだろう。

 ぼうっとトゥワーレレ神の神像を見上げて、そう考える。
 隣にはアルゼトも並んで座っている。
 何も話さない。
 動かない。
 ずっと、この時間が続けばいいのに…。
 アルゼトと2人で、ずっと……。


 帰りに池に珍しい光景が観れると言って連れて行ってくれた。
 トゥワーレレ神の花と蝶。
 夕闇の、オレンジから紫へと変わる時間にだけ咲く花。
 それに群がる蝶々は人の幸せを願って空に登り、一瞬で消える。
 
「願い事………。」

 アルゼトが何か言おうとして、躊躇った様に口を閉ざした。

「……なんだ?」

 アルゼトの瞳は消えていく緋色の蝶の様に燃えていた。
 身を焦がすようなそんな瞳に、俺は射すくめられる。

「トゥワーレレ神の蝶に願いを託すと叶うのだそうです。俺は、貴方を救いたい。」

 真っ直ぐに告げられて、俺は涙が出そうだった。
 俺は我儘で、傲慢で、冷酷な公爵家子息。
 お前は俺を子供の頃から見てきたくせに、何でそんなに優しいんだ。

 オレンジ色の瞳が悲し気に揺れた。

「……泣かないで…。力の無い俺を許して下さい。必ず、貴方を救いますから。」

 そんなに言われたら、俺はお前を好きになっちゃうじゃ無いか………。

 
 アルゼトは約束の印に腕輪をくれた。
 白金色の留め具が鎖になった腕輪で、ガラス玉が飾りに付いていた。

「すみません、あまりお金がなくて。冒険者もやってるんですけど、お金稼ぐのって年齢的にまだまだ難しいですね。」

 申し訳なさそうに言われたけど、俺はどんな贈り物よりも嬉しかった。
 ジュリテアとお揃いじゃ無い、俺だけの物。
 しかもアルゼトとガラス玉が色違いだった。
 俺にはオレンジ色で、アルゼトは星屑の散った青色。
 アルゼト達は公爵家で従者として働いてはいるけど、殆ど教育費に回っている。お小遣い程度は貰えるけど、残りは伯爵家に預けてあると言った。

「……嬉しい。」

 ポツリと言った言葉はちゃんとアルゼトに伝わったらしく、微笑む眼差しは暖かかった。





 学院で笑いさざめく集団を見つけた。
 樹々の向こう。
 遠くにいてもよくわかる。

 白金の髪をサラサラと流して、生徒に囲まれて歩いているジュリテアが見えた。
 陽の光の下、石畳の上を楽し気に喋って歩いている。
 横にはラダフィムとナギゼアが張り付く様に並んで歩き、他の生徒が取り囲んでいた。
 アルゼトは……?
 いた。
 少し離れて歩いていた。
 一つ上のラダフィムがいると言うことは、今からカフェテラスにでも行くのだろうか。
 この学院は貴族専用なだけあって広いし設備も整っている。

 ジュリテアは輝いていた。
 美しく磨かれた肌、艶やかな白金の髪、皆と同じ制服を着ながらも、王家の技術をもって誰よりも手入れの行き届いた姿は、光り輝く様だった。
 何より15歳の加護を授かる前までの自信なさげな頼りない目ではなく、青い瞳からは星屑の光が散らばる様に、人を惹きつける魅力に溢れている。
 可憐なジュリテア。
 愛されるジュリテア。
 
 灰色の頭巾を被った自分はなんて惨めで醜いんだろう……。
 木の幹に隠れて草陰に身を潜め、光り輝く彼等が通り過ぎるのを待つ自分は、なんて滑稽な事か。
 『神の愛し子の盾』という加護も馬鹿にされる様な加護じゃ無い。むしろ誇れるものなのに、カシューゼネはどんどん惨めになる自分に泣きたくなってきた。
 なんでこんな事になったのだろう。
 我儘を言い過ぎた?
 調子に乗りすぎた?
 これでも頑張ってたつもりだった。
 

 頭巾ごと抱え込んで縮こまっていると、トンと誰かが頭に触れてきた。
 ビクリと震えて顔を上げると、頭巾の裾を押し上げられる。
 顔を覗き込んでいたのは優しいオレンジ色の瞳だった。

「こんな所で泣かないでください…。」

 ジュリテア達と一緒に通り過ぎて行ったと思ったけど、気付いて戻って来てくれたのだろうか。

「俺は加護持ちじゃ無いので一緒にカフェをする権利すら無いのですよ。お昼ご飯を持ってきたので向こうで一緒に食べましょう。」

 頭巾を戻すと手を引いて、樹々の奥に連れて行ってくれた。
 晴れた日はよく人気を避けて過ごす場所だった。
 いつもは頭巾を被ったまま少し口元を開けて食べていたけど、アルゼトが誰かが来たら気配で分かるからと脱がせてくれた。

 今を取り巻く環境の中で、アルゼトだけが味方だった。

「………父様達の所に帰りたい……。……ラダフィムとも結婚したく無い。浄化の旅が終われば帰りたい。」

 涙を流して訴えれば、アルゼトは抱き締めてくれた。
 きっと慰めてくれると期待して、態と弱音を吐く自分は、身体と一緒で心も汚くなってしまった。
 俺の身体はもう傷だらけだ。
 きっとジュリテアは綺麗な真っ白い身体をしている事だろう。

 それでも誰かに縋らないと崩れ落ちてしまいそうだ。

「その時は俺を侍従において下さい。例え何処だろうと一緒に行きますから。」

 優しいアルゼト。
 なんでこんなに俺に優しいのか。

「……うん。」

 帰る場所がラダフィムの元だとしても、アルゼトがいるなら耐えられるかもしれない。
 そう、信じて進むしかない。







 青く黒ずんだあざ、ボゴボコの治りかけの傷、涙と鼻水と色々なもので汚れた灰色の頭巾だけを被った滑稽な姿の俺を、興奮した琥珀色の瞳で見つめながら鞭を振るうヒュートリエ様。
 
「……あ゛ぁ゛っっ!!」

 くぐもった呻き声に可愛く無いと鞭を振るう。
 もうジュリテアが傷ついた罰とか関係なく頻繁に鞭打たれる為、何処もかしこも身体は赤く腫れ上がり、肉が裂けて血が流れていた。

 ソファに座ってヒュートリエ様が気が済むまで傍観する事にしているラダフィムとナギゼアは、助けてくれない。

 最近アルゼトに会えていない。

 もう痛む身体も心も他人事の様で、ただただあの優しいオレンジ色の瞳に会いたかった。
 どうやらジュリテアがヒュートリエ様に何か言ったらしく、アルゼトは王宮にも学院にも来なくなっていた。
 なけなしの勇気でアルゼトがどうしてるのか聞いたら、ナギゼアはお腹を蹴りながら従者の任を解かれたのだと言っていた。

 そうか、じゃあ、浄化が終わったら王宮から出れるから、その時にまたアルゼトを従者にしてもらう様、父様に頼もう。
 今や父様達とも会えていない。
 ジュリテアは王宮に来た父様に会えているらしいのだが、俺の方は会わせてくれない。
 会いたいと願うと、鞭で打たれる。
 もう願う事は諦めていた。
 早く、早く終われと、何もかも全て早く終われと、そう心の中で祈るだけ。


 朦朧としている間にヒュートリエ様は気が済んだのか出て行った様だった。
 ナギゼアも何も言わずに出て行ってしまった。
 今度はラダフィムに引き摺られて頭巾を取られる。
 
「汚いな……。また鼻水垂らして吐いてる。」

 まぁ、いいかといつもの様に下半身に鈍い痛みが走る。
 なんでコイツらはこんな事をするんだろう?
 もう、不思議でならない。
 人を傷付けて楽しむなんてどうかしている。
 
「……上の空か?余裕だなぁ。」

 ラダフィムの怒気を含んだ冷たい声が降ってくる。
 
「…がぁ!?……っ!………っ!」

 大きな手で首を絞められる。
 苦しくてもがくがビクともしない。
 
「……あぁ……っ締まるな……。」

 酸欠で意識が遠のき朦朧としてくる。
 ドクドクと心臓が鳴り、首の血管が膨れ上がる。

 ………死ぬ。
 ………死んでもいい。
 このまま、眠れれば……。
 楽になる。



 意識が落ちる直前、身体の上から重みが消えた。
 打撃音と怒号。
 緊迫する空気。
 
 ………なに?
 誰かに名前を叫ばれた気がしたけど、そこで意識は途絶えた。

















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