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15 小説の中のカシューゼネ①

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 鈍臭いジュリテアを見ると、ついつい腹が立って意地悪な言葉を浴びせてしまう。
 ジュリテアは直ぐ泣いて、誰かしらがあの子を慰めている。
 きっと俺が泣いても誰も慰めない。
 我儘、気性が荒い、傲慢、非情。
 色々影で言われているけど、そうでなければ上には立てないと思っている事をやっていった結果だ。
 優しいばかりでも、愛らしいばかりでも、王太子妃にはなれないと教えられた。
 表情は微笑みで隠せと言われた。
 人を嗜める時は微笑んで遠回しに言いなさい。
 そう教えられたから、そうしただけなのに、皮肉屋で可愛気が無いと言われる始末。

 どこかで憂さ晴らしをしなければやってられない!
 それが何でジュリテアに向かうのかと言うと、ジュリテアとヒュートリエ様が仲が良いからだ。
 婚約者は俺なのに、ヒュートリエ様はジュリテアばかりに気を使う。
 俺がまだ教師がいる時間なのに、早目に来てジュリテアとお茶をよくしている。
 授業が終わってヒュートリエ様の所に向かうと、ジュリテアと仲良さげに話すテーブルに向かわねばならない。
 俺が婚約者なのに、邪魔しに行っているようで腹が立つ。
 3人でテーブルに着くと、暫くしたら直ぐにヒュートリエ様は帰ってしまう。
 だいたいカップ一杯の紅茶を飲み干すくらいの時間しかいない。
 
 ヒュートリエ様に対して愛情はある。
 優しいし、見目も美しい。
 『慧眼』と言う加護に似合う聡明な頭脳も持ち合わせているし、身体も程よく鍛えていて軟弱でもない。
 美しい王太子殿下だ。

 ジュリテアの婚約者はラダフィム・ウェナセルだ。公爵家の嫡子。
 将来ジュリテアはウェナセル公爵家に入る事になっているのに、ヒュートリエ様と距離を置こうとしない。
 周りも何故かそんな2人を応援している気がする。
 美味しく淹れられたお茶と、豊富で可愛らしいお菓子。
 ジュリテアの時は贅沢なティータイムのようだが、俺の時は紅茶一杯と一皿のお菓子。
 頭に来て温い紅茶をジュリテアの頭からかけた事がある。
 勿論火傷はしないように冷めていると分かっててかけた。
 たまたまラダフィムにそれを見られて、ラダフィムから怒鳴りつけられた事がある。
 ラダフィムの大きな身体で頭上から怒鳴られれば、流石の俺でも怖かったが、未来の王太子妃がこれくらいで震えては駄目だと思って、頑張って耐えて言い返した。
 元々ラダフィムはジュリテアが大好きで、自分からジュリテアを婚約者にと願った男だ。
 ジュリテアが泣けば飛んでくる。
 俺はラダフィムと仲が悪かった。

 やんわりと間に入る従者のナギゼアにはいつも助けられていた。
 人と衝突した時はナギゼアが間に入って宥め、アルゼトが散らかった物を片付けるのが習慣になっていた。



 俺のこの環境は普遍のもので、まさかジュリテアと立場が入れ替わるなんて思ってもみなかった。
 
 俺は『神の愛し子』ではなく『神の愛し子の盾』だった。
 ジュリテアを護る盾になる為に『全属性』なんて大層な加護を授かったのか?
 15歳になってから違うと言うのなら、最初からジュリテアに『全属性』を与えてくれれば良かったんじゃないのか?

 俺は自分自身でもちょっと我儘かなとは思ってたけど、故意に人を傷つけた事はない。
 使用人を鞭で打って辞めさせる横暴な公爵子息とは言われてたけど、死ぬよりマシじゃないのかと思ってそうした。
 公爵家の財産を盗んで何もお咎めなしじゃおかしいだろう?
 それとも慣例どうり手足を縛って馬で街中を引っ張り回した方が良かったのか?
 死ぬ事はないけど顔は街中に晒されるし、何をしたのか口伝いに広がる。
 傷ついた身体で王都を出る羽目になるのだ。

 でも、嫌われているのは本当だ。
 
 俺は神殿で騒いでしまった。
 怖かったのだ。
 今まで俺に傅いてきた人間が手のひら返すように離れていくだろうと予測して、『神の愛し子』になれる訳でもないのに、違う違うと癇癪を起こしてしまった。
 いつもだったらこれで上手く終わっていたから、許されていたから、騒いでしまった。
 先に帰るよう言い渡されて、いつも通りナギゼアを従えて帰ったけど、この日からナギゼアは冷たくなっていった。

 カシューゼネが騒ぐから、それだけの理由で俺とジュリテアは王宮に移り住むことになってしまった。
 この時既に、15歳の加護を授からなかったアルゼトは騎士の道に進もうとしていたけど、父様が無理を言ってナギゼアとアルゼト2人を従者として付けてくれた。
 僕はナギゼアがいいと主張して、ジュリテアが身を引いてくれたのでナギゼアを伴って学院に入ったけど、俺に見向きもしなくなった同級生達に腹を立てて言い合いばかりを繰り返すうちに、見切りをつけて勝手にジュリテアの方へ行ってしまった。

「ナギゼアがジュリテア様の方へ来てしまったので、私がカシューゼネ様につかせて頂きます。」

 生真面目にアルゼトは僕の方へ来た理由を伝えた。
 ナギゼアはジュリテアに泣きつき、ヒュートリエ様が交代するよう言ったと教えられる。
 王太子殿下のヒュートリエ様が言った言葉に意義は唱えられない。
 俺はこの日からアルゼトを伴った。

 アルゼトは真面目な性格で子煩かった。
 今までナギゼアばかり側に置いて、アルゼトはジュリテアの方にやってたので知らなかったが、アルゼの仕事は完璧だった。

「なぁ、ジュリテアにもこうやって何でもかんでも先回りして世話してたのか?」

「……?先回りしたつもりは有りませんが、同じようにしておりますね。」

 無表情に答えるアルゼト。
 ジュリテアが成長しない理由がわかった気がした。
 アルゼトは無表情で小言が多い。
 やたらと細かいとこまで注意してくる。
 一応15歳の加護有りばかりが入学する学院だけど、加護無しでもアルゼトは従者として特別に同じ教室に入っている。高位貴族にはありがちな制度で、他にも同じ立場の従者がいるから問題は無いのだけど、アルゼトは堂々と授業を受けていた。
 そして隣に座って喧しい。
 ただ俺の努力は褒めてくれる。

「もう此処まで予習されたのですね。流石です。」

 褒めてくれる時は少し目尻が下がり、オレンジ色の瞳が揺らめく。

「あ、…当たり前だろう!」

 褒めてくれる人間なんていなかったから、新鮮だった。

 アルゼトが隣にいるのは意外と心地よかった。

 そのうち学院の中でだけはアルゼトがいいとジュリテアが言い出した。
 今までアルゼト任せできたつけが回ってきたのだろう。
 ナギゼアは加護が『理知』なだけあって天才肌だ。何かを考えさせるのには向いてるが、ジュリテアの頭の程度に合わせて勉学を教えたり課題を手伝ったり出来ないだろう。
 アルゼトはヒュートリエ様の命令で学院内はジュリテアの元に行かねばならず、俺は1人になった。


 浄化の旅は最悪だった。
 今までジュリテアを悲しませてきた罰だと言って、ヒュートリエ様達は俺に暴力を振るうようになった。
 1番最悪なのは婚約者になったラダフィムで、いずれそういう仲になるのだと言って、無理矢理抱いてきた。
 痛くて苦しくて、熱を出した。
 浄化の旅にはアルゼトは置いて行けと言われた理由を理解した。必ず邪魔してくるだろう。
 足腰が立たず俺は次の日の浄化前の討伐に出る事が出来なかった。
 騎士達からは不満が出て、ジュリテアは後から隊列に参加した俺をみて、こんな時くらいちゃんとして下さいと叱りつけるように言ってきた。
 ジュリテアのくせに………!
 俺が好きでサボったとでも言いたげに、こんな大勢の前で………!
 睨みつけるとジュリテアはいつものように涙を浮かべ出した。
 それを護るヒュートリエ様とラダフィム、ナギゼア。

 最初の頃は怒鳴りつけて言い返してたけど、夜毎暴力を振るわれ、浄化の旅に出ればラダフィムに犯されるようになると、苛つきはしても言い返す気になれなかった。
 何も知らなそうなジュリテアが憎かった。

 ナギゼアは基本王宮にいたが、アルゼトは夜は公爵邸の方へ帰っている。
 なのでアルゼトに会う日は少ない。日々暗く大人しくなっていく俺に、何か言いたげな顔をしていた。
 頭から被らされた頭巾も取るように言ってくるが、これをしておかないとナギゼアが殴りつけてくるので、双子の兄弟のアルゼトにはなんだか言いにくかった。

「カシューゼネ様、俺は貴方の味方ですよ。何でも言って下さい。」

 アルゼトがそう言うたびに俺は頭巾越しに頷いて無言を貫いた。

 ジュリテアの頬に傷を付けたと言って、ヒュートリエ様から鞭で打たれた。
 皮膚が裂けて血が垂れる。
 痺れて痛くて立つことも出来ないのに、無理矢理支えられて何度も打たれた。
 感想を言い合いながら出ていくヒュートリエ様とナギゼアに、俺の心は絶望感しか無かった。
 そんなに俺は嫌われてたのだろうか?


 意識を取り戻すと傷は手当てされ、アルゼトが相変わらず無表情な顔で側に座っていた。

「……………カシューゼネ様。」

「……………アルゼト?」

 アルゼトと俺の声が重なった。
 アルゼトのオレンジ色の瞳が悲しげ気に揺れている。
 表情は変わらないくせに、瞳だけで多くを語るこの従者はとても優しい。

 俺のこの怪我を見て、アルゼトは何を思っただろう。傷は鞭の跡だけでは無い。
 アルゼトにヒュートリエ様の行いを諌める事は出来ない。

 もうそろそろ夜が明ける。
 ツンとする薬草の匂いが鼻についた。

 漸く口を開いたアルゼトは、淡々と4日間だけお休みを頂きましたから、と説明してくれた。

「俺が居ますから。夜も此処に寝泊まりする準備してきました。」

 アルゼトは何処か必死にそう言った。

「…………うん、ありがとう…、アルゼト。」

 起きていられなくて、熱くて、朦朧として、俺は目を瞑る。
 握ってきたアルゼトの手はヒンヤリとして気持ち良かった。










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