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13 廃教会
しおりを挟む4日間とは長いようで短かった。
最近剣の稽古をしていないからやっておきたいと言うと、アルゼトは人気の無い場所でしましょうと案内してくれた。
アルゼトは冒険者もしているから、いろんな場所を知っているようだ。
貴族相手の従者にしては、王都の隅の方やスラムも平気で入れるのだと言っていた。
アルゼトも立派な伯爵家の出なのに、変わった奴だった。
案内してくれたのは王都の北の方。
森になった場所だった。
魔物はいない。たまに貴族が貸切にして狩猟を楽しむ場所らしい。
狩猟場所からも少し離れて、獣道しかない場所まで連れて来られる。
「………教会?」
森の中にポツンと教会があった。
中はステンドグラス、その下にトゥワーレレ神の神像と祭壇、祈りの為の椅子の列。
人気もなく寂れている割には綺麗だった。
「隣にある建物を狩猟時に使用するので、綺麗にしてあるんですよ。」
教会は昔使われていて、近くに集落もあったらしいけど、中央寄りに人が移って行って誰もいなくなったのだという。
雨風防げるのでこの教会だけ残してあると、アルゼトは説明してくれた。
休みの2日目から2人でここで鍛錬をしていた。
アルゼトの動きは俊敏だ。
僕より大きいし逞しいのに、動きが早い。
そう言うとアルゼトはカシューゼネ様の剣技は美しいと誉めてくれる。
「僕の剣技は見せる為に練習したものだからね。」
そう、未来の王太子妃として、他国の貴族皇族が来た場合でも何か催しを言われた場合に見せれるよう練習したものだ。
教えてくれた先生からは太鼓判押されたけど、ヒュートリエ様はあまり興味が無かったらしく、披露する事もなく婚約者交代となってしまった。
婚約者じゃ無くなったのは別に良いけど、折角だから剣舞を舞いたかった。
最終日、僕はアルゼトにプレゼントを用意した。
なけなしの現財産なので高い物じゃないけど、僕とお揃いにした。
「腕輪なんだけど……。」
僕の髪色と同じ白金色の腕輪で、留める所は鎖になっている。
濃い青い石は残念ながらガラス製なんだけど、中に僕の瞳の様な星屑が散っていて、良いかなと思ったのだ。
僕の方の腕輪はオレンジ色にした。
店員さんには恋人さんにですか?と聞かれて、お世話になった人にですと説明した。
恋人なんて恥ずかしい……。
アルゼトは驚いていたけど、受け取ってくれた。
教会の中で僕がアルゼトの腕に腕輪をつけてやると、アルゼトは僕の腕にオレンジ色のガラス玉がついた腕輪をつけてくれた。
つけてくれるアルゼトをこっそり見上げると、視線が合って、そのオレンジの瞳がゆらゆらと揺れていて、恥ずかしくて俯いてしまった。
こんな、恋人でも無いのに、お互いにお揃いの腕輪とか、良かったのだろうか…。
「今度は俺が何か贈りますから。」
アルゼトはそう言って滅多に見せない嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
僕の左手とアルゼトの右手には、白金色のお揃いの腕輪。
「お礼なのにお返しされたら困るんだけど…。」
僕の憎まれ口にもアルゼトは嬉しそうに笑っていた。
アルゼトはお返しには足りないけどと、僕を教会の裏に連れて行った。
「夕方になると咲く花があるんです。」
裏には小さな池があった。
その畔には小さなオレンジ色の花が咲いている。
燃える様な緋色の花はトゥワーレレ神を祀る花だった。
夕方に咲き、化身となる緋色の蝶が生まれる花。
炎が燃えるように緋色の蝶々は空に登り人々の幸せを願う。
幻想的な一瞬だけ生きる蝶。
僕の浄化と治癒のイメージはこの蝶だった。
緋色の蝶は小説でのカシューゼネのイメージだったから、なんとなくそうなった。
「綺麗だね………。」
手を繋いだアルゼトの手のひらは、大きくて堅くて、優しかった。
20歳になるともう1度人々は加護を授かりに神殿に赴く。
0歳は全ての人に、15歳は約1割の人に、更にその中から稀に20歳で加護を授かる人がいる。
0歳は生命の加護、15歳は運命の加護、20歳で祝福の加護と言われている。
20歳の加護をもらえる人間はほぼいない。
だから皆んな、ただ成人となった日として、お祝いをしているだけになる。
小説の中で、ジュリテアとその相手となる美しい男達は皆、20歳の加護を授かれる。
運命の加護に従って浄化を終わらせたから貰える、褒美の様な加護だ。
男達はジュリテアに愛を捧げる。
ジュリテアは神にオルベルフラ国の平和を願い『神の神子』になる。
ヒュートリエ様が国王になり、王の寝室ではジュリテア、ヒュートリエ様、ラダフィム、ナギゼア、神官長シューニエの5人で睦み合って終わる。
白くしなやかな四肢を投げ出し、代わる代わるに愛を囁く美しい男達に、ジュリテアは祝福の光を授けて微笑んで終わる。
カシューゼネはその中には入れない。
いつも新月の夜にだけジュリテアに会う事を許されている。
見上げた空は満月で、1人カシューゼネは王宮を出て行く。
いつも被っている灰色の頭巾。身体をスッポリと覆うマント。
着いた先は森の中の廃教会。
トゥワーレレ神の神像の下に跪き、頭巾を脱ぎ捨てる。
現れるのはジュリテアとそっくりで、でもどこか死人の様に生気を感じさせないカシューゼネの傷だらけの美しい顔。
震える手を胸の前で組み、一心に祈りを捧げだす。
「…………どうか……………。」
カシューゼネはジュリテア達と一緒に神殿へ祈りを捧げに行っていない。
カシューゼネはいつも独り。
だから独り廃教会へやってきた。
神の遣い、緋色の蝶がハラハラと集まり出す。
炎の鱗粉がカシューゼネの俯いた頭に、丸まった背中に、広がるマントの裾に落ちていく。
熱くはない。
一瞬で消えるはずの蝶は、集まり塊となって、次々とカシューゼネを燃やすかの様に教会の中を照らし出す。
それを入り口から神獣フワイフェルエが見ていた。
カシューゼネの痩せた頬に涙が流れる。
そこで小説は終わりだった。
姉ちゃんは総受けモノが好きだったから、ジュリテアが1人受けで、攻めの男達が嫉妬しつつもジュリテアを愛していく最後が好きだったようだけど、僕はカシューゼネの最後の方が気になった。
最後に涙を流して祈ったのは何だったのだろう?
話の流れ的に、どうやら15歳の加護は神からの試練だと思われる。そしてそれを20歳までに達成すると神様がお願い事を聞いてくれる。それが20歳の加護になるという事だった。
ジュリテアは『神の神子』。
ヒュートリエ様、ラダフィム、ナギゼア、神官長シューニエの4人は『神の神子の伴侶』となるが、20歳は過ぎてるけどジュリテアと共に新たに授かった。
神獣フワイフェルエは5人と一緒に神殿へ祈りを捧げに行ったはずだけど、5人が加護を授かった後、1人神殿を後にする。
そしてカシューゼネの祈りの場面に登場するので、神獣フワイフェルエは神の遣いとしてジュリテアと男達5人を見守っていたのではと言われている。
最後のカシューゼネの祈りの内容は書かれていない。
祈る姿で倒れ伏し、炎の蝶がカシューゼネを燃やす様に集まって終わるのだ。
僕と同じで気になった人は割といた。祈りの内容は物議を醸す。まぁ、身内だけでだけど。姉ちゃんには同じ腐女子仲間が多かった。
僕は死んだのでは?と思っていた。カシューゼネは最後孤独でたった1人の家族であり、愛するジュリテアを独占出来ない事から、悲しみの中で死を選んだのではと思う。
他には、神子であるジュリテアを独占しようとしたカシューゼネに神罰が降ったとか、違う望みを言って叶ったとか、色々言われていた。
カシューゼネは最後まで孤独で可哀想で、姉ちゃんはよく癒してあげたい!と叫んでいたな。
4日間の休みは終わり、また明日から日常が戻ってくる。
今日行った廃教会を思い出し、もしかしてあそこがカシューゼネが最後祈りを捧げた場所なのではと思い出した。
なんで急に廃教会なんだろうと思ってたけど、もしかしたら書かれてはいなかったけど、小説の中のカシューゼネもアルゼトに案内してもらった事があったのかもしれない。
今の自分なら、あそこで何を願う?
腕につけた白金色の腕輪を触り、オレンジ色のガラス玉を見つめた。
小説の中のカシューゼネは何を願ったのだろう…………?
応援ありがとうございます!
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