君は僕の道標、貴方は俺の美しい蝶。

黄金 

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8 優しい従者

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 それからというもの、僕は灰色の頭巾を被り、浄化の旅に出るか、学院へ行くかの日々一色になった。
 
 頭巾を被っている僕は生徒達から益々奇異な目で見られ、遠ざけられて行った。
 
 ジュリテアは小説の中で花開くように可憐に人々に好かれていったが、現実でもその通りになっていった。
 
 頭巾については誰も声を掛けてこない。
 何故被ってるの?とか、言う人もいない。
 魔物と戦って呪われているのだと、コソコソ話す声が聞こえる。
 いつの間にか僕の顔は呪いで醜くアザがあるのだと言われるようになった。
 
 実際はアザはない。
 もしかしたら討伐で出来た傷がそうなったかもしれないが、毎回自分で治癒しているので跡も残らない。
 小説の中でも、最後はジュリテアを愛したカシューゼネは、月明かりのない新月の日にだけ、ジュリテアの部屋にやって来る。
 ベット脇の小さな灯りの灯る中、そっくりな2つの顔が見つめ合う挿絵が印象的だった。
 カシューゼネはあまり絵が描かれていない。
 だから、その最後の挿絵くらいなのだ。ちゃんと顔が描かれているのは。
 愛らしいジュリテアに比べて、苦しげに大人びた顔で、でもどこか狂気のように笑う姿が、カシューゼネの狂った愛を教えてくれるようだった。
 顔にも表に出ている手の甲や指も、傷の跡だらけで、つるりと白いジュリテアの肌とは違い、カシューゼネは傷だらけだった。
 

 僕もそうなるの?

 それは、嫌だ。

 こんな孤独の中でも、まだ僕には両親という帰る場所と、アルゼトの存在が残っている。
 小説の中ではその2つの拠り所も無くなるけど、どうにかして残したい。

 まず先に死んでしまうのは両親の方だ。
 今の感じからも謀反は無いと思うけど、僕の存在を気に掛けて王家に嘆願文を出していると聞いている。
 ジュリテアは婚約者だし愛し子なのだし、本人もやる気があるから良いけど、カシューゼネの方は体調も良く無いようだから公爵家に帰して欲しいという内容だ。
 僕の事を気に掛けてくれる両親の存在が嬉しい。

 前世の両親も学校に行かなくなった僕の事を、酷く心配していた。
 僕は弱い。
 小説の内容を知っているのに、どうやって変えたらいいのか分からない。
 よく転生もので主人公が物語の内容を変えて、愛し愛される存在も出来て、幸せになるっていう話があったけど、僕にそれが出来るのか自信がない。
 だって僕を毛嫌いするヒュートリエ様もラダフィムも、ナギゼアも、笑いかけたくらいで僕にいい印象を持ってくれるようには思えない。
 僕を見てくる目は、僕を前世で虐めていた人達の目と同じだ。
 僕を1人の人間だとは思っていない。
 僕は石ころであり、空気であり、価値の無いものなのだ。
 
 前世でも今世でも僕の居場所は少ない。
 
 謀反………。
 本当に謀反を起こしたのだろうか?
 あの優しい両親が?
 それに、その謀反に巻き込まれてアルゼトも命を落とすことになる。
 一気に僕は、カシューゼネは、1人になるのだ。
 本当の独りに。
 
 僕は肩をすりすりと摩った。
 最近ナギゼアが毎日僕の部屋に来て殴ったり蹴ったりしていく。
 部屋でも頭巾を被れと言われて、寝る直前まで被らされる。
 怪我は治せるけど、痛みが無いわけではない。
 ノックも無しに開くドアが怖い。
 自分の部屋なのに、鍵も無いし、誰でも入ってこれる物置き部屋だ。

 ーー次の旅が楽しみですねーー

 ナギゼアはそう言っていた。
 頭巾を被るようになって初めて行く浄化の旅になる。
 何か小説にあっただろうか……。
 一回読んだだけの小説では覚えている事も少ない。
 大まかな内容を知っているだけだ。
 
 怖い…………。

 僕はカシューゼネで強くて我儘で、行動力のある人間だったのに、前世の記憶に引っ張られている気がする。
 自分で言うのはなんだけど、優しくなったとは思っている。
 誰かに当たり散らす事も、暴言を吐く事も無くなった。
 だけど、物語の内容は全く変わらない。
 少し変えただけでは劇的な変化は無いのだと思い知らされる。

 どこを変えたらいい?
 僕という存在が消えたらいい?
 でも何処に逃げればいいのかすら分からない。
 小説の中のカシューゼネは逃げようと思ったのだろうか……?
 だから、謀反を企んだ?
 アルゼトを巻き込み、両親を巻き込んで。
 この理不尽な『神の愛し子の盾』という役割から逃げようとした?







 僕は今日も徒歩で学院から帰宅していた。
 灰色の頭巾姿に近寄る者は1人もいない。
 まぁ、声を掛けてくれる程仲の良い人間もいないので、別にいいけども。

「カシューゼネ様!」

 突然声を掛けられ飛び跳ねるように驚いた。

「………アルゼト。」

 緑がかったアッシュグレイの髪を揺らしながら走ってくる。
 アルゼトの髪は短く切られている。冒険者をする時に、長いと良いところの出だと見られて他の冒険者に難癖つけられるので、短くしているのだと言っていた。
 
 アルゼトはたまに僕の世話をするようになった。
 主に少ない晩御飯や朝食がない事を気にして、果物や日持ちのする食べ物を持ってくるのだ。
 ナギゼアが来るのは就寝前で、アルゼトは晩御飯時なので、今のところ2人が部屋でかち合った事はない。
 ジュリテアの世話を分けてやってる筈なので、どちらかはジュリテアの側に居る状態と考えると、かち合う事も無いのだろう。
 アルゼトにはナギゼアから暴力を振るわれている事を言っていない。
 言えば止めてくれるだろうが、何となく言い出せないでいた。
 自分の双子の兄弟がそんな事をしていると知った時、アルゼトは心を痛めるんじゃないかと思うと、言い出せなかった。
 自分が治癒出来るのだから、大丈夫と思ってしまうのだ。
 アルゼトの悲しむ顔は見たく無い。

「良かった!今から大丈夫ですか?」

「うん?大丈夫だけど…。」

 アルゼトはついてきて欲しいところがあると言ってきた。

 ついて行くと、そこは少し質の良さそうな宿屋だった。

「ここ?」

「はい、部屋は取ってますので此方へ。」

 連れて行かれたのは3階の部屋だった。
 何するつもりだろう?
 アルゼトはスタスタと中に入ると、浴室の方に入って行った。
 水を出す音がする。

「お風呂に入りましょう。本当はツベリアーレ公爵家の屋敷に行きたいのですが、監視があるので宿屋で申し訳ないのですが。」

 アルゼトは身体を布で拭うだけの生活を把握していたらしい。
 まぁ、あそこの部屋トイレはあるけど風呂ないしね。
 共同で使用される浴室に行っている感じもなかったので、気になっていたと言われた。

 正直お風呂は凄く嬉しかった。
 身体も髪も綺麗に洗える。
 それがこんなに贅沢な事だとは思っていなかった。

「さぁ、手伝いますので…。」

 久しぶりに誰かに手伝ってもらって服を脱ぐのだなと思った。
 カシューゼネとしての過去では使用人や主にナギゼアが手伝っていた。
 前世の記憶があったから、王宮に連れて来られて1人になっても何とかやっていけていたのだ。

 身体を洗うのも髪を洗われるのも、久しぶり過ぎて恥ずかしい気持ちが出てくる。
 カシューゼネとしてはこれは当たり前の生活で、恥ずかしさなんて無かった。
 前世の記憶の所為なのか、久しぶりな所為なのか分からないけど、顔が赤くなって俯いてしまった。

 溜めたお湯が揺らぐ浴槽に、アルゼトが何かいい匂いのする物を垂らしていた。
 促されるまま入ると、身体が温まってくる。

「アルゼト………。ありがと。」

 お礼を言うと、アルゼトのオレンジの瞳が嬉しそうに輝いていた。








 王宮には相変わらず使用人用の通用門から帰り、僕の物置き部屋に帰宅する。
 晩御飯はいなかったので用意して無かった。
 鍵は付いてないので机に置いててくれれば良いのに……。
 アルゼトが今日も帰りに幾つかの晩御飯を買ってきてくれていた。

 部屋に2人で入ると、直ぐにナギゼアが入ってきた。
 ノックも無しにいつも入ってくるので、僕とアルゼトは驚いてドアを振り返る。
 もうそんな時間かと気付いた。
 アルゼトの優しさが嬉しくて、失念していた。
 
 ナギゼアの眉が僅かに顰められる。

「アルゼトは何故ここにいるんだ?ヒュートリエ殿下から近寄るなと命令されてただろう?今日はツベリアーレ公爵家の用事で出てたんじゃ無いのか?」

「今日は公爵家には行ったよ。終わってからカシューゼネ様に事付けを預かって会いに来たんだ。命令も用が無い限りはって言ってた筈だ。」

 アルゼトが近寄らない様命令されていたとは知らなかった。
 ここに来るのも内緒で来ていたのだろう。

「ナギゼアこそ何しに?入室の許可も無しに入るなんて礼儀がなっていない。」

 アルゼトとナギゼアはそっくりな姿で睨み合う。
 ナギゼアの方は髪を顎のあたりまで伸ばして後ろに結んでいる。よく知らない人間なら見間違う程そっくりな双子だ。
 
「私も用があって来た。殿下の用事だが、まぁ、いい。明日まとめてやることにしよう。」

 そう言い置いて、ナギゼアは出て行った。

「…………明日?ナギゼアはよくここに来るのですか?」

 アルゼトの質問に、僕は何と返事したら良いのか分からず黙った。
 ナギゼアが入って来たので、アルゼトの影に隠れて急いで頭巾を被った。綺麗に梳かされた髪も傷のない顔もナギゼアには見られなかった筈だ。

 アルゼトは真面目にも失礼しますと言って、僕の頭巾をそっと顔が出る様に持ち上げた。

「……………っ。」

 僕と視線が合うと、何故かアルゼトは息を呑む。
 どうしたのだろう?

「………どうして、そんなに泣きそうなんですか?何かあるのですか?」

 ああ、そうか、泣きそうな顔してたのか。
 頭巾で顔が隠れるから、僕は表情を取り繕うのを忘れていたらしい。
 幼少期から叩き込まれた感情を読ませない表情も、どうやっていたのか咄嗟に出てこなかった。

 俯く僕はアルゼトの顔を見れない。
 何不自由なく煌びやかに貴族子息として生きて来たのに、今はこんなボロボロの部屋で碌に世話も食事もなく生活している。
 なんて惨めなのか……。

「………何でも無いよ。」

 僕は頑張って表情を作った。
 笑えと、アルゼトに気付かれない様に、何でも無い様に笑えと、自分に言い聞かせる。
 
「大丈夫だよ。アルゼト。」

 僕は顔を俯いたから、僕の必死の笑顔にアルゼトが苦しげに顔を歪めたのに気付かなかった。

















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