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7 3度目の旅

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 3度目ともなると少し要領を掴んできた。
 剣で魔物を捌きながら、炎で魔物を燃やして行く。
 なんなら浄化も出来る事に気付いた。
 ジュリテアの様な光り輝く浄化では無いが、放った炎に浄化を乗せれる事に気付いたのだ。
 過去にジュリテアの花や花瓶を治していた話しをアルゼトとした時、出来るんじゃないかと思い付いた。
 カシューゼネは『全属性』という加護で、折れた花は枯れる前のまだ命があるうちなら元に戻していたし、割れた花瓶も繋げていた。
 力はイメージ。
 僕は炎に蝶々をイメージした。
 蝶々はトゥワーレレ神へ祈りを届けると言われている。
 炎の色は優しい夕焼けの様なオレンジ色。
 ヒラヒラと舞って蝶が空に昇っていく。
 瘴気も腐臭も肉も、血も、全て炎で洗い流してしまおう。
 そして炎が蝶々になって昇って消える。
 夕焼けのオレンジ色は好きだ。
 アルゼトの瞳を思い出す。
 揺れる赤と黄色が混ざり合い、夕日の様に照らして来る、暖かい色。
 この寂しい小説の世界で、僕を唯一照らす光の様だ。
 空に火の粉を散らして次々と蝶々が消えて逝くのを、僕は静かに見上げていた。

 
 僕の周りに炎の蝶が舞うのを、騎士達もまた黙って見守っていた。
 





 終わったので僕はジュリテア達の前に戻った。
 テントに入るつもりは無い。
 『神の愛し子』の前では膝を折れと出発前に言われたので、僕は彼等の前で膝をついた。
 僕1人だけ臣下扱いだ。
 アルゼトが少し離れた位置で何とも言えない顔をして見守っている。
 双子のナギゼアはまるで自分も『神の愛し子』の仲間であるかの様に、ジュリテアの後ろに控えていた。
 お前も前に来て膝をつけ。
 どうせなら『神の愛し子の盾』という役目はナギゼアが授かれば良かったのに。

「………終了しました。」

 ここら辺は騎士達が掃討したので魔物の残骸と瘴気が残っている。
 ちょっと離れて見えない位置まで行けば、僕が片付けてしまったので綺麗なものだが、ジュリテアは『神の愛し子』としての仕事をすべきである。
 それに僕がジュリテアの役目をやり尽くして、ヒュートリエ様達の目の敵にされるのも面倒だ。
 僕の方に来た騎士達も働いてないので何も言わない。

 ジュリテアは手を祈る様に組んで光の輪を出した。
 
 今日は前回より短い。
 浄化範囲が少ない所為だと思うけど、ジュリテア達は『神の愛し子』の力が増したおかげだと勘違いしたようだ。明るい顔で喜んでいる。
 僕は膝をついた状態のまま、大人しくこの茶番が終わるのを待った。

 目を伏していたので気付かなかったが、周囲が静かになったので目を上げると、何故かジュリテアが泣いていた。

「?」

 何か泣く様な場面でもあっただろうか?
 
「どうしたんだ!ジュリテア!?」

「どこか痛めたのか?」

「大丈夫ですか?ジュリテア様。」

 ラダフィム、ヒュートリエ様、ナギゼアの順で仲良く3人で囲んでジュリテアを慰め合っている。
 早く終わらないかな……。
 こんな場面あったっけ?
 ………いや、あったな。
 確か兄のカシューゼネが傷だらけで毎回帰ってくるから、それが辛いとジュリテアは泣き出すのだ。

「……ぅ、ひっく……、兄様がこんな傷を作って帰って来るのに、……ひっく……僕は…。」

 そんな傷だらけかな?
 前回は炎で焼きまくったから傷はついてないし、なんなら初回は魔物の血だらけだった。
 どっちかって言えば、その時の方が見た目怖いと思う。

「僕は………兄様ばかり傷付くのが、辛い!」

 星屑を散らした青い瞳から、ポロポロと涙を散らしながらジュリテアは叫ぶ。
 手で顔を覆って泣けば、白金色のサラサラの髪が俯いた顔にハラハラと流れた。

 泣く姿さえ美しい。
 流石、主人公だと、同じ顔した僕は呆然と見るばかりだった。
 これってあれだ、この後に僕は頭巾を被せられるのだ。
 ジュリテアと同じ顔した双子の僕が、傷だらけで帰って来ると我が事の様に傷付いた顔をするからって被せられるのだ。

「分かったよ。何とかするから……。」

 ヒュートリエ様は優しくジュリテアにそう言っている。
 何とかするつもりなら討伐にお前らも出ろよ。
 そこの『剣』で『剣聖』の加護持ち幼馴染も出てこいよ。宝の持ち腐れだ。




 ジュリテアが立ち去った後、僕は漸く立ち上がる事が出来た。
 本当に小説の通りになるなら、これから王宮に帰ると例の頭巾を渡されるのだろうか……。
 溜息をついていると、横に誰かが立つ気配がした。
 緑がかったアッシュグレイの髪にオレンジ色の瞳のアルゼトだった。
 僕より背が高いので見下ろす様に見つめている。
 顔には有り有りと心配だと書いてあった。
 濡らした布が頬にそっと当てられる。
 ピリッとした痛みに傷があるのだと初めて知った。
 多少の切り傷くらい気にならない様になっていた。

「聖水で浸した布です。傷薬もあります。」

 僕よりアルゼトの方が苦しそうな顔をしていた。
 アルゼトは僕の待遇を理不尽だと言った。
 だからジュリテア達が立ち去った後にこうやって構って来るのだろう。

「僕に構うとアルゼトの立場が悪くなる。」

「………構いません。早く専任従者の立場を替わりたいのですが。俺はナギゼアの無責任さが信じられません。」

 布でポンポンと傷がある場所を拭っていく。頬、額、肩、手の甲………、そんなに傷があったのかと他人事の様に見ていた。

「ありがとう。聖水で拭いてくれたならもう大丈夫。………ほら。」

 僕は手のひらを出した。
 パタパタ…、と一匹の蝶が羽ばたく。
 鬼火のように火の粉の鱗粉を散らして蝶々は身体の周りを回った。
 これはイメージなので熱くない。
 身体にオレンジ色の鱗粉が触れると、傷口は綺麗に消えていった。

「………すごいっ!」

 アルゼトが感嘆の声を上げる。

「傷口を浄化したり、汚れを取ってからじゃないと出来ないんだけどね。石とか入ってたらそのまま塞ごうとするから、後が大変になるんだ。」

 一度傷口に小さい砂が入っていた。
 訓練中の小さい傷だったが、塞いだ後に皮膚が盛り上がり、もう一度裂けたのだ。
 物凄く痛かった。

 小説の中のカシューゼネは、おそらく治癒も浄化も出来なかった。
 何故か治癒と浄化はジュリテアの力であり、自分には出来ないのだと思い込んでいたのだ。花や花瓶を再生出来ていたのに不思議だ。
 最後は傷だらけの身体で、その醜くなった自分を恥じて人から離れていく。
 僕は傷跡だらけにはなりたく無いので治すけど、ジュリテア達にこの力を知られるのは不味いだろうか?
 どうせこの後頭巾を渡される。
 それを被って誤魔化す事にしよう。







 王宮に帰ると、小説通りというか期待通りというか、案の定、灰色の頭巾を渡された。
 頭巾は頭からスッポリと被り、口元も布が掛かっている。
 長さもあるので胸元辺りまで隠されて、髪は結んで出ないようにしろと言われた。
 目のところだけ穴が開いていて滑稽だ。
 
 持ってきたのはナギゼアだった。

 小説でもナギゼアだっただろうか?
 
「カシューゼネ様、アルゼトと仲が良いようですね?」

「!」

 いや、違う。特に誰がとかは無かった気がする。
 話の流れは全てジュリテアが主体だった。
 カシューゼネが主体になる話は無かったし、カシューゼネが何を考えているかなんて書いてなかった。

 だから持ってきたのがナギゼアでもおかしくはない。

「これでちゃんと顔を隠してくださいね?ジュリテア様が同じ顔した貴女が傷付くのを怖がるのですよ。ヒュートリエ様の命令です。」

 灰色の頭巾は新品ではあるが、鈍い色で飾り気もなく、やましい事をした囚人の様だ。
 僕が返事をしないと、ナギゼアの眉がヒョイと上がった。
 以前の柔らかな笑顔はどこにも無い。
 オレンジ色の瞳には侮蔑が混じり、とてもアルゼトと同じ瞳をしているとは思えなかった。
 灰色の頭巾を取られて無理矢理被せられたる。

「ふむ、同じ顔だと躊躇いも生まれますが、これなら……。」

 何だ?
 
「なにを、言って………?」

 僕は突然視界を塞がれ混乱した。

「ふっ…!」

 ナギゼアが小さく息を吐いた。
 次に訪れたのは激しい痛み!
 目に火花が散った。
 頬に熱い衝撃が起こり、耳がワーンと聴こえなくなる。

「…………………………ぁっ!?!?」

 殴られたのだと、思った。
 身体が飛ばされて壁に激突する。
 同じ年とはいえナギゼアの方が身体が大きい。
 最近碌な食事を取ることが出来ずに、体重も落ちてきていた。

「ヒュートリエ殿下の命令です。ジュリテア様に少しでも傷が出来れば、カシューゼネ様が責任を取るようにと。」

 今日は1つですね。
 笑顔でナギゼアはそう言った。
 学院に来るなら頭巾を被るようにとも言われる。
 
 ポタポタと鼻血が木の板の床に落ちた。
 
 ショックで暫く動けなかった。 
 耳鳴りが止み、漸く顔を上げることが出来る。
 人から暴力を振るわれたのなんて初めての事。
 頬の痛みよりも心の悲鳴の方が強かった。

 カシューゼネは頭巾を渡されてから暫くは被りっぱなしで小説に登場する。
 それは、こういう事?
 浄化の旅で魔物の討伐で怪我が増えたから、隠すためにかぶってたのではなく、暴力の跡を隠してたの?

 これからカシューゼネの性格は大きく変わっていくのだ。
 暗く、卑屈になっていく。
 誰にも相手にされず、15歳まで婚約者だったヒュートリエ様にも幼馴染のラダフィムにも、今迄ジュリテアを虐めていた罰だと手酷く扱われていく。
 無理矢理従者にしていたナギゼアにも嫌われて、味方が1人もいなくなるのだ。
 孤独がカシューゼネの心を蝕んでいく。

 殴られた頬に触れると、熱を持ちジンッ…と痛む。
 手のひらから舞う火の蝶を出せば、みるみるうちに癒してしまうが、癒して大丈夫だっただろうか……。
 癒しの力がある事を知られて、どう扱われるのか分からなかった。
 もし、浄化も出来ると知られて、1人で旅に出るように言われたら?
 出来るかもしれないが、それはなんて虚しい事か。
 『神の愛し子』でも無いのに1人で国中の浄化をする旅。
 何故『神の愛し子』でも無いのにこんな力があるのか…。
 もし知られればヒュートリエ様達はジュリテアの負担を減らす為に、ずっとこき使われる気がした。
 
 早く浄化の旅なんて終わらせたい。
 そして自由になりたい。
 そして逃げ出したい。

 
 心が悲鳴を上げていた。


















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