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6 2度目の旅
しおりを挟む今度は王都から見て前回の反対側の領地。
馬車は断って僕も騎乗して行くことにした。
僕の環境は悪化する一方。
対してジュリテアは綺麗になる一方だ。
王宮で身体を磨かれ、肌は真っ白で艶々、白金の髪は輝かんばかり。
シワ一つない礼装かっていうくらいの衣装を浄化の旅に着込んでくる。
品を損なわない程度に宝飾品で飾り、ヒュートリエ王太子殿下とラダフィム公爵子息、従者のナギゼア、アルゼトに傅かれる姿は、まさしく『神の愛し子』だ。
そんなキラキラしい彼等に近寄るのが嫌で、僕は隊列の最後尾をついて行った。
僕の白金の髪はボロボロだ。
あんなに艶のあった髪はパサついて、いつも濡らした布でゴシゴシと拭くだけの身体は燻んでいる。
双子なのに真逆の姿。
かろうじて飾りも何もないマントを、軍の支給品だと言われて貰えたので、それを羽織っている。
これで寒さはなんとかなりそうだ。
なるべく汚さない様に持ち帰って防寒着にしたい。
あの時点で前世の僕を思い出したからなんとか耐えているけど、貴族の生活しか知らないカシューゼネでは怒り狂っていただろう。
僕は今回ちょっと試したいことがあった。
前回は魔物の血で汚れ過ぎた。
初めての戦闘で仕方なかったけど、今回はなるべく手を汚したくない。
湯浴みも碌にさせて貰えないし、汚れない様にするのが急務だ。
今日もジュリテアの周りに男達が待機する様なので、僕は馬を安全な場所に預けて1人前へ進んで行った。
アイツらと喋りたく無かった。
前回同様瘴気は澱み魔物が彷徨いている。
僕は剣を振った。
僕の加護は『全属性』。
風が巻き起こり魔物達を切って行った。
血を浴びないよう結界を張り、死んだ魔物を炎で焼いた。
音もなく静かに行われる作業の様な戦闘に、ついて来た騎士達は唖然としていた。
最初からこうすれば良かった。
そしたら汚れない。
僕は僕のやり方に満足して微笑んだ。
それが側から見たらどう人の目に映るかなんて、気にも止めなかった。
「…………終わりました。」
僕が辺りの魔物を一通り屠ってからテントに帰ると、ヒュートリエ様達の顔が引き攣っていた。
なんだろうか?
「浄化、しないのですか?」
尋ねるとジュリテアが慌てて浄化の光を放った。
前回同様綺麗に広がる光の輪。
浄化…………。
浄化か。そういえば僕の『全属性』の加護に浄化は含まれるのだろうか?
小説の中ではカシューゼネの戦闘シーンはほぼ出てこない。何となく攻撃系魔法が強いのだと思っていたけど、出来るんじゃないだろうか?
この小説の本筋は総受けBL恋愛なのだ。
ジュリテアの可憐さを引き立てつつ、それに見惚れて愛していく美しい男達が描かれている。
僕ことカシューゼネは、前編悪役、前編から後編頭にかけて当て馬、後編半ばからジュリテアを愛する総受けメンバーの内の1人………となる。
忙しい役所だな。
今は後編の前半部分。
当て馬部分だ。
元婚約者のヒュートリエ様に擦り寄り、本来ならば既に婚約者となっているラダフィムにも擦り寄る。
ジュリテアとそっくりの容姿を使って身体から落とそうとするのだ。
落とせないけど。
そんなカシューゼネの様子を見たジュリテアは、もしかしたら男達はカシューゼネを好きになるかもしれないと、焦り出し彼等に対しての好意を自覚して行く。
恋に心を痛めるジュリテアと、男達は徐々に心も身体も近付いていくのだ。
凄いなジュリテア。
カシューゼネはどんどん孤独になっていき、最後誰も側にいない。
孤独に押し潰されたところを、ジュリテアの愛情で立ち直る。
さて、ジュリテアに攻略されたくないので僕は孤独に負けない様に頑張るしかない。
輝く光の中で一心に祈りを捧げるジュリテアを見ながら、僕は必ず抗うと心に誓った。
学院からの帰り道。
僕にはとうとう帰りの馬車も無くなった。
王宮は直ぐそこにあるので問題ないが、学院の敷地も王宮の敷地もかなり広いので、地味にきつい。
しかも徒歩で王宮の門を潜るのだ。
王宮の底辺にいる平民使用人と同じだ。
馬車が通る大門から中門は開けて貰えないので、使用人が使う通用門から出入りしている。
「カシューゼネ様!」
久しぶりにアルゼトに声を掛けられた。
彼は僕を見つけて駆け寄ってきた。
「………アルゼト。」
「良かった!漸く声を掛けれました。」
アルゼトは穏やかに話しかけてきた。
僕に話しかけて来る人間なんて久しぶりだった。
「ジュリテアの側を離れて平気なの?」
最近ずっとジュリテアの側にアルゼトはいた。
「はい、今日は久しぶりに休みを頂いたので。学院のある日しか休ませて貰えないのです。」
アルゼトはジュリテアの学業の為にジュリテアの側に戻されたはずなのに、学院がある日にしか休めないのか。それはつまり、僕の方に来させない様にする為なのかな?
アルゼトは時間が空けば僕の世話もしようとするしね。
今はもう夕方だ。
夕焼け空がアルゼトの瞳の色と同じだった。
「あの、今から少し出ませんか?」
アルゼトは僕の顔色を伺う様に聞いてきた。
特に何もないので頷く。
これがアルゼト以外なら断るけど、アルゼトが何かするとも思えなかった。
アルゼトは僕に自分が着ていたマントを被せてくれた。
ジュリテアと顔が一緒なので、目立つからすみませんと謝ってきた。
王宮の通用門をまた潜って出て、僕達は店が建ち並ぶ通りにやってきた。
途中乗合馬車で移動したので、僕は初めての乗合馬車に興奮してしまった。
人がいっぱいで、乗り切れなかった人が手すりに捕まって落ちない様に横に張り付く姿を興味津々で見ていると、アルゼトにクスリと笑われてしまった。
「こちらに。」
連れてこられたのは衣服店だった。
主に旅用に揃える場所だと言われて、なんでこんな所にと僕はキョロキョロと辺りを見回した。
「この前カシューゼネ様の父君、ツベリアーレ公爵にお会いしました。カシューゼネ様の様子を聞かれて知る限りはお伝えしたところ、かなりお怒りになられて王家に打診すると言われていました。当面のカシューゼネ様の資金だと言われてお金を預かりましたので、今日はまず衣服を揃えましょう。」
アルゼトは僕が軍の下級兵士が着ている何の防御にもならないマントを見て、服がないのだと気付いたようだ。
選んだマントは加護持ちが防御加工を施した高級なマントを選んでいた。
他にも服を選び、また違う店に行って普段着用なども選び、足りなかった下着や小物類も選んでいた。
靴も今履いている学院用の一足しかなかったので、戦闘時用と普段様も揃えると、かなりの大荷物になったが、アルゼトは軽々と持ってくれた。
「本当は晩御飯も済ませたいところですが、遅くなりましたね。また今度出ましょう。」
夜ご飯は下げられている可能性があると言って持ち帰り用に幾つか晩御飯と飲み物を買ってくれる。
「ありがとう………。」
孤独に負けないと誓ったばかりなのに、僕はアルゼトの優しさに挫けそうだ。
「いいえ、分かっていても何もしてやれないのですから、お礼など言わないで下さい。あの方々は何を考えているのか………。部屋もこんな……。」
あまり表情の変わらないアルゼトの顔が苦しそうに歪んでいる。
僕の部屋に入り買ってきた物を、積まれていた箱を空けて綺麗にしてから片付けながら、僕の部屋の有様に悲しんでくれていた。
今や僕の方が表情が無いかもしれない。
「いいんだ、浄化の旅が終われば父様達の元に帰れる。それまでは頑張るよ。」
心配するアルゼトを安心させる為に、なんとか小さく笑う。
アルゼトが擦り切れた机の上に買ってきたご飯を並べてくれた。
ゴミを持ち帰るので食べて下さいと言われて食べる。
「アルゼトはなんで僕に優しいの?」
殆どの人が離れて行った。
元々好かれてはいないけど、仮にも公爵家の子供なのだ。この人の離れ方は異様だった。
ヒュートリエ王太子の手が回っているのだろうと思った。
ジュリテアを愛する権力者。
しかももう1つの公爵家の子供であるラダフィムまでいる。
「俺は、自分の見たものを信じますから。貴方は確かに使用人にキツくはありましたが、それは罰が必要な者だけでした。それ以外にはまぁ、悪く言えば無関心でしたが、働く場としては真っ当な部類です。」
それに、と続ける。
「貴方はジュリテア様の花を折ってもご自分で直されますし、花も戻してました。」
ぶっとご飯を吹いてしまった。
「み、見てたの?」
後で癇癪を起こしたなと思い直し、大概誰もいない頃に戻しに行っていたのだ。殆どの人はまず泣いているジュリテアを慰めに行っていたから。
アルゼトは頷いた。
「ジュリテア様は庭は庭師が花瓶は使用人が直したと思われていた様ですが、見てましたよ。仰ったら良かったのに。」
いや、恥ずかしいし……。直すくらいなら癇癪起こすなと思われそうで言わなかった。
謝ってもいないけど。
押し黙って黙々とご飯を食べる僕をアルゼトはジッと見ている。
「あまり知っている人はいませんが、公爵様はご存知でしたよ。少数の使用人は知っております。その強い性格と意地っ張りな所があるからこそ、辛い王太子妃教育をこなせたのでしょうが、これからはそれも無いのですし、力を抜いて良いのですよ。全部の魔物を貴方が1人で屠る必要も無いのです。」
アルゼトの目は僕を心配していた。
この前の戦闘を見ていたのだろうか。
「俺、実は冒険者登録してたまに討伐依頼こなしてるんです。だから頼って下さいね。」
びっくりした。
冒険者!
「アルゼトは冒険者なの!?」
食いついてきた僕に、アルゼトはキョトンとした。
「はい、俺の加護って何か知っていますか?」
僕は頷いた。
「『道標』(愛する人を支える)。15歳で『緋の光』だったんです。」
可愛らしい加護だよね。
そう思ったのが顔に出ていたのか、アルゼトはやや頬を染めて恥ずかしそうにした。
「似合わないって思うでしょう?でも、いつか愛する人が出来たら力になってあげて、守ってあげたいんです。『緋の光』が何の事か全くわからないんですが、愛する人が出来たら安心出来る場所をあげたいのです。」
だから冒険者で力をつける?
少年の様だ。
でも、良いなと思った。
アルゼトに守ってもらえる人が羨ましい。
だから思った事がスルリと出てきた。
「良いな。君に愛される人が羨ましいよ。」
アルゼトは少し驚いた顔をして、嬉しそうに笑った。
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