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4 初めての旅

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 横暴、我儘、男好き、神の冒涜者、そんな噂が飛び交う中、僕は1人学院で過ごす。
 何もしていないのに噂が広まる。
 小説の中でも確かに言われていたが、実際自分は何もやっていない。
 この学院に来たのはつい最近で、元々いた在学生とも付き合いは浅い。
 ナギゼアは僕に一応ついて来て、僕の後ろの席に座った。
 15歳の加護を授かるまでは、隣に座って甲斐甲斐しく話しかけたり、休憩時にはお茶を出したりと世話をしていたのに、全くのノータッチ。
 あからさま過ぎて笑えてくる。
 ナギゼアってこんな性格だったんだなと、過去のカシューゼネが心の中でガッカリしている。
 アルゼトは今頃どうしているのだろうか?
 ジュリテアの隣に座って、勉強を教えていそうだ。
 アルゼトと過ごしたのはほんの数日だけなのに、妙に懐かしく感じた。


 学院は楽しくない。
 前世でも僕の学校生活はさして楽しく無かった。
 腐男子とバレて周りから虐められた。
 近寄れば見境なく男を好きになると思われて、友達は皆んな離れて行った。
 別に男が恋愛対象では無かったのに、というか誰かをまだ好きになった事が無かったのに、そう決めつけられて遠巻きにされ無視され続けた。
 中学校は行かなくなり、通信制の高校を選んだ。
 大学生の姉ちゃんが自分の所為だとこっそりと泣いていた。
 何処か遠くへ行きたいと思っていたけど、小説の中に来ても、僕の環境はたいして変わらないのだなと思った。


 1週間ほど経つとナギゼアは僕の教室についてこなくなった。
 小説の中でも早いうちからナギゼアはジュリテアの方に居た気がする。
 カシューゼネが我儘放題で好き勝手にするからついていけないとか言って、ジュリテアに泣きつくのだ。
 ジュリテアは僕の側にいてくれたら良いですとか言って、そこからナギゼアはジュリテアの側に付いて従者として世話をし続ける。
 横暴なカシューゼネには従者がいない事になるが、そこについてはいい気味だという感じしかしない様に書かれていた。


 通学の為の馬車の中は1人になった。
 前を走る馬車にはジュリテアと従者のナギゼアとアルゼトが乗っている。
 僕達双子の為に付けられた従者なのに、2人ともジュリテアの従者の様だ。
 毎朝ジュリテアは輝かんばかりの笑顔で僕に挨拶をしてくる。
 
「おはようございます!兄様!」

「…………ああ、おはよう。」

 それを見てナギゼアが感じが悪いとばかりに舌打ちする。
 アルゼトは少し困った顔をしていた。
 アルゼトとまた話をしたいけど、ジュリテアがどうもアルゼトを離さないらしい。
 何かにつけて世話は全てアルゼトがやっており、ナギゼアは話し相手の様なものになっていた。
 それなら2人も従者いらないだろうに。
 良い加減父様達に相談しようか……、そう思っていたある日、とうとう最初の旅の開始が告げられた。




 最初の浄化の旅は王都からそう離れていない。
 2つ隣の伯爵領だが、大きな街が有り、王都へ向かう道として重要な場所になる。
 その近くには荒野が有り、そこに瘴気が溜まっているのだとか。
 瘴気が何処に集まるかは特に決まりはなく、とにかく瘴気が発生したらその場に向かって浄化していくだけになる。
 国中を浄化し終わると、神殿のトゥワーレレ神像が持つ水晶が白く光る。光ったら終了だ。
 小説の中でも最後に水晶が光って、ジュリテアが男達に囲まれて喜んでた気がする。
カシューゼネは嫌われ者だから、離れたところからこっそりだったけど…。
 一応カシューゼネも『神の愛し子の盾』っていう役目を完遂したのだから、混ぜてあげて欲しいと今なら思う。
 だってそれ僕の未来って事になるし…。

 父様達に従者の件を言うのは旅の後になるなと憂鬱になった。






 浄化の旅は現地まで馬車と馬を使う。
 戦地に行く為の馬車なので装飾は少なく重厚で暗い感じの馬車だった。
 馬車に座れるのは4人まで。
 なので僕はラダフィム・ウェナセルと同じ馬車に乗る事になった。
 前の馬車にはヒュートリエ様、ジュリテア、ナギゼア、アルゼトの4人が乗っている。
 幼馴染だからと言う理由と婚約打診中だからと言う謎の理由からだった。
 ラダフィムは幼馴染だけど、カシューゼネはあまり一緒にいた記憶が無い。
 殆どジュリテアと過ごした筈だ。
 小説の中でも2人の幼い頃の記憶とやらが出ていた。
 花畑、街の散策、庭遊び、どれもカシューゼネには体験した事のないものばかりだった。
 カシューゼネは物心ついた時には勉強浸け。少しでも時間が開けば剣技の訓練か読書で終わっていた。小さな頃はたまに庭で好きな事もしていたが、年々王太子妃教育が増えていき、癇癪も多くなって遊んだ記憶はほぼ無い。
 遊ぶ暇なんかなかったし、王太子妃になると思っていたから自分自身もそれで良かった。
 美しい子供の頃の記憶なんか無い。
 今思い返しても、何も無いのだなと寂しく思える。
 
 そんな思い出をジュリテアとラダフィムは共通して持っているのだ。
 ラダフィムは愛らしく笑うジュリテアが子供の頃から大好きで、だから婚約の打診を自ら願い出た。
 今になって愛しい婚約者を王家に取られたのだ。
 王家に、ヒュートリエ様にそれを当たるわけもいかず、怒りは『神の愛し子』にならなかったカシューゼネに向かう。

 だからと言って僕の意思で加護は授かれるわけでは無い。
 僕に怒りを向けてもお門違いだ。
 目が合えば氷の様な水色の瞳で睨み付けてこないで欲しい。
 ただでさえ黒い髪に薄い水色の瞳で怖いのに。
 こんな人と婚約の後に結婚なんて冗談じゃないと思った。
 
 浄化の地に着くまで僕達は一言も話す事はなかった。





 
 暗く澱んだ空気。
 現地に着くとそんな空気を感じ取れた。
 ここが荒野だから良いが、街中なら病人が多発する事だろう。
 拠点として建てられたテントの中に呼ばれて、あまり行きたくないけどジュリテア達と今後の対策について話す事になった。
 中にはジュリテア、ヒュートリエ様、ラダフィムが待っていた。
 
「君は戦闘経験が無いから一回前線に出てみてくれ。」

 ヒュートリエ様からとんでも無い事を言われた。
 そこは経験がないから後ろで一度見ていてくれと言うべきじゃないの?

 『神の愛し子の守護』であるヒュートリエ様がジュリテアの側にいるのは分かるけど、『剣聖』で『神の愛し子の剣』であるラダフィムは前へ出て瘴気から生まれた魔物を討伐に出ても良いんじゃないのか?
 
「俺は戦闘経験は既にある。ジュリテアが初めての浄化で怖いと言うし、もし万が一瘴気が近くで発生しても困るから、俺はここに残る。お前が行くんだ。」

 ラダフィムの主張もめちゃくちゃだ。
 そこは盾である僕がジュリテアの側にいるべきでは?と思うが、震えるジュリテアに優しく寄り添う2人を見て諦めた。
 何を言っても離れる気は無いのだろう。
 愛があれば許される。
 それは小説の中だけの話だ。
 今は命がかかっているのに、2人にとって僕の命なんてどうでも良い物なんだろう。
 僕だって初めての戦闘に震えているのに。

「……………分かりました。」

 僕は静かに了承した。







 初めての瘴気も、そこから生み出される魔物を倒すのも、僕は無我夢中でやった。
 ガチガチと歯を鳴らしながら、震える手で炎を生み出して焼いた。
 炎で焼き切れない魔物は剣で斬り伏せ、全身に魔物の血を浴びて戦った。
 肉を割く感触も、血のむせ返る腐臭も、感覚も嗅覚も麻痺する程に戦い続けた。
 こんな事の為にカシューゼネは剣技の訓練をしたのでは無い。
 未来の王太子妃として、知力も武力も誰にも負けない様に、誰にも馬鹿にされない様にと頑張っていたのだ。
 
 こんな、血を浴びる為、なんかじゃ無い……!

 フーッ、フーッと息を吐きながら、唇を噛み締めて僕は魔物を屠り続けた。

 気が付けば辺りは静かになっていた。
 なんとか生きている騎士達は撤退を開始し出している。
 死体は直ぐに焼かないとならない。
 魔物の血を浴びた死体はアンデットになりやすい。特にこんな戦闘の中で激痛に耐えながら死ねば、必ず魔物化する。
 血溜まりの中、あちこちで炎が上がり出した。
 その場で直ぐに焼いているのだろう。

 剣を引きずりテントの方に歩いた。

 騎士達が僕を畏怖の目で見てくる。
 僕は自分がどうやって戦っていたのか、自分自身の事なのに、記憶にない。
 それくらい一生懸命やったのだ。
 生き残る為に。

 こんな事をする為に僕は『神の愛し子の盾』になったのか?
 僕はこの為にカシューゼネになったのか?
 答えは何処からも帰ってこない。

 僕の意識はもうカシューゼネと前世の僕が綺麗に混じってしまった。
 小説の中の知識はあるけど、僕はカシューゼネとして、この苦痛を肌に感じ、心には刺す様な痛みで血を流していた。


「兄様………!」

 ジュリテアが走り寄って来た。
 『神の愛し子』に相応しい真っ白な衣装を着たジュリテアは、何処にも汚れがなく綺麗だった。

「………ジュリテア。」

 ジュリテアの後ろからヒュートリエ様とラダフィム、ナギゼア、アルゼトがついてくる。
 ただ1人アルゼトだけが真っ青な顔をして僕を見たが、後の皆んなは表情を変えていなかった。

「兄様、大丈夫でしたか?」
 
 手の指を胸の前で組んで、僕を見つめてくる。大きな潤んだ、星屑を撒き散らす青い瞳。白金の髪は前髪を切り揃え、後ろは長く垂らしている。
 とても綺麗で汚れ一つない。
 血でドロドロと汚れた僕と真逆だった。

「今からジュリテアは浄化をする。」

 ヒュートリエ様がジュリテアの肩に手をやって後ろに下がらせた。
 さあ、とラダフィムもジュリテアを促す。

 ジュリテアは僕から数歩離れて、僕の前で浄化を行った。
 組んだ指から光が溢れ出し、地面に広がり瘴気を消していく。
 ヒュートリエ様も、ラダフィムも、従者も騎士達も、皆んな息を呑んでその美しい光景に魅入っていた。

 ああ、本当に、美しいね。

 小説の中でカシューゼネはどう言う気持ちでこれを見たのか。
 この力は『祈り』の加護だ。
 そもそも『祈り』の加護が無ければ浄化出来ないのなら、僕が愛し子であると期待されるのはおかしい事だったんじゃないのか。
 僕は何の為に勉強をして訓練をしていたのか。

 この美しい光景を見ながら、僕はただ茫然と佇んでいた。















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