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3 学院へ
しおりを挟むこのオルベルフラ国の王都には数多くの学院がある。
貴族用、平民用と別れており、カシューゼネ達は勿論貴族用の学院へ通っている。
15歳で加護を授かった者がいく学院へ通うので、貴族だからと全員同じ学院に通うわけではない。
平民と貴族、加護有りと加護無しと分けられ、専門の学院へと振り分けられている。
例え王族でも例外はない。
屋敷から馬車で毎日通うが、カシューゼネとジュリテアはいつも違う馬車に乗っている。
15歳の加護を授かったので、今日から違う学院へと通う事になる。
それぞれ侍従であるナギゼアとアルゼトも、加護を授かっているので一緒に乗り合わせたが、先日までカシューゼネ達が加護無しだったので違う学院に通わなければならないのに、ずっと僕達と同じ学院へ通っていた。
今日から一緒に加護有りの貴族学院へ向かう事になった。
出発前に玄関でアルゼトがナギゼアに何か話をしていた。
どうしたのかと聞くと、今日からアルゼトが僕と乗るからと報告していたらしい。
今までは逆だった。
ナギゼアは何故か複雑そうな顔をしていた。
もっと喜ぶかと思ってたんだけど。
アルゼトにそう言うと、ああ、と何でも無い様に教えてくれた。
「ジュリテア様はあまり勉学はお好きではないので。」
「………ジュリテアも家庭教師ついてたよね?」
王太子妃教育程ではなくても、ちゃんと公爵家の名に恥じない立派な教師陣がいたはずだ。
「左様ですね。優秀な教師がついてても身についているかどうかは本人次第です。学院では私達が補佐の為にも横に座りますが、理解が及ば無い場合も補佐しておりますので。」
あー、うーん、つまり、課題も手伝うし、分からないところは教えなきゃだしで手が掛かるのか?
カシューゼネはほぼ王太子妃教育も終わっているし、学院の内容は履修してしまっている。今更習う内容は殆どない。
学院を卒業したという実績のために通っているのだ。
今まではアルゼトがジュリテアの補佐をしてたけど、今度からナギゼアがしなきゃになるので微妙な顔をしてたのか。勝手だなぁ。
「僕の勉強は見なくて良いからね。」
「………承知しております。………俺、ではないのですね?」
ん?
……あ!カシューゼネは自分の事を俺と言ってたんだった!
公務の時は私で、身内の時は俺だった……。
どうも記憶が前世に引っ張られている。
どうしよう?変かな?
「………僕でもよろしいと思いますよ。」
アルゼトが珍しくフワリと笑った。
あ、これ本気の笑顔だ。
何だ、アルゼトの笑顔って優しいんだなと、僕も釣られてへへへと笑った。
学院へはジュリテア達の次に到着したのだが、先に降りたジュリテアは人だかりの中にいた。
あ~そうだ、これ見てカシューゼネは癇癪を起こす。
で、騒ぎを聞きつけてヒュートリエ王太子殿下とラダフィム公爵子息が駆けつけてくるのだ。
小説ではジュリテアに付き従っていたアルゼトがすかさず教室の方へ引っ張っていく。
地面に亀裂を作ったカシューゼネはヒュートリエ様とラダフィム、ナギゼアの3人がかりで取り押さえられる。
宥めるとかではなく、本当に腕を捻って取り押さえていた。
扱いが罪人だ。
小説ではか弱いジュリテアを護るという描写で違和感なかったが、当事者になってみると酷いと思う。
ま、暴れませんけど。
「行くか。」
「ジュリテア様は放っておかれるので?」
ん?助けなきゃなの?
「良いんじゃない?首突っ込みたくないし。そのうちヒュートリエ様とか来るかもだし。」
そう言って人混みを避けながら歩き出すと、アルゼトは静かに後ろをついてきた。
本日から通うのでどこに行ったら良いかを事務室で尋ね、指定された教室に向かい席に着く。
15歳に加護を授かったら来る学院なので、途中編入は当たり前。
1日授業を受けてみて、内容は既に知っている事ばかりだった。
ヒソヒソと僕を見て、盾だったくせにとか、偉そうにとか言われていたが、そこら辺は小説の内容通りなので、心構えが出来ていた。
「本日はお疲れ様でした。」
必要最低限の会話しかしないアルゼトが態々馬車の中で労ってきた。
「アルゼトは意外と優しいんだね。」
アルゼトのオレンジ色の目がキョトンとなる。
夕陽のように暖かく、家路を促す様な色なのだなと思いながらアルゼトの瞳を見つめた。
アルゼトはカシューゼネと同じ年なのに、妙に落ち着いていて不思議になる。
「初めてその様な事言われました。」
「ふーん。」
会話は少ないけど、アルゼトと過ごす空間は不思議と穏やかだった。
数日過ごすと珍しい事にジュリテアが要求を出してきた。
学院だけアルゼトの方が良いと言ってきたのだ。
朝食の席で父様経由で伝えられ、断る事は出来ないので了解した。
僕としては今更ナギゼアとは一緒にいたくなかったのだが、当主である父様の言葉に否定はできない。
僕の後ろにはアルゼトが、ジュリテアの後ろにはナギゼアが控えていたのだが、2人は無表情だった。
「何で今更また従者の交換なんか提案したんだろ?」
自室に帰って不満を漏らすと、アルゼトが困った様に宥めた。
「ジュリテア様の補佐をナギゼアが上手く誘導できない様で…………。」
「?ナギゼアは頭良い…、はず?」
なんせ0歳で『理知』という加護を授かっているのだ。産まれた時から天才では?
「そうですね。教え方の違いでしょうか。ジュリテア様にはあまり難しい言い回しは得策ではないので。」
…………ジュリテアってそんなにバカなの?
小説の中でもヒュートリエ様やラダフィムに教わっている描写はあっても、頭が良いとか頭が悪いとかいう言葉は無かったな。
カシューゼネにも無かったけど、今現在カシューゼネは普通に頭が良いので、ジュリテアも頭良いのかと思ってた。
「はぁ、ナギゼアとかぁ。僕もアルゼトの方が良かったのに。」
思わず本音の呟きに、アルゼトは後ろから僕の肩にシャツを掛けながら手が止まった。
「アルゼト?」
ハッとした様にアルゼトは動き出す。
「………ありがとうございます。」
何でお礼を言うのか分からなかったけど、少し嬉しそうな雰囲気に、うんと返事した。
小説の中でアルゼトはあまり出てこない。
ナギゼアは最終的にジュリテアを愛する者のうちの1人になるので、ずっと書かれていたが、アルゼトは引き立て役の様な立場で書かれていた。
無愛想で取っ付きにくい。
カシューゼネもジュリテアも事あるごとに自分の従者にナギゼアを希望していた。
それは記憶が戻る前の段階でも同じだった。
いつも顰めっ面で、同じ年なのに身長も高いからなんか怖い雰囲気があったのだ。
でも今話してみると穏やかで優しい。
カシューゼネとジュリテアの従者はどちらがどちらという風に決まっていたわけでは無かったので、常にナギゼアを取り合いっこしていた。
アルゼトからすれば面白く無かった事だろう。
そして今、馬車の中ではナギゼアが不機嫌そうに座っている。
やめて欲しい。
主人の前でそんな風にあからさまに顔を顰めているナギゼアは初めて見た。
基本ナギゼアは微笑んでいたのだが、あれはあれだな、作り笑いだ。
今となってはアルゼトの無表情で、たまに見せる笑顔の方が好ましい。
同じ無言でもこんなに違うものかのかと、やれやれと溜息を吐いた。
そんなこんなで小説の通りに物語は進んでいるが、とうとう婚約者交代の話が出てきた。
違うのは初日から王宮暮らしにならなかった事くらい。
僕とジュリテアが父様の執務室に呼ばれて、王家から打診が来ている事を伝えられる。
本来カシューゼネは力一杯否定する。
15歳まで王太子妃教育を受けてきたのだ。
その努力が一気に無駄になるし、カシューゼネは少なくともヒュートリエ様の事が好きだった。
因みに僕は好きではない。
だって、婚約者に贈り物をするのは一般的な事だが、ヒュートリエ様は婚約者のカシューゼネとジュリテア2人に同じプレゼントを贈るのだ。
パーティーでも色違いの同じもの。
宝石も、ちょっとした小物も、全部同じもの。
カシューゼネが苛立つのも当たり前だ。
せめて婚約者の方には小さな宝石を付け足すとか、花を添えるとかでもしたら良いのだ。
小説を知ってるから言えるけど、ヒュートリエ様はジュリテアの方が好きなのだ。
でも婚約者を蔑ろにするわけにもいかず、結局同じ物を贈っている。
小説の中ではヒュートリエ様の婚約者がいるにも関わらず、愛する者が別にいるという葛藤が書かれていたが、僕的にはそこは未来の王様として我慢しろよと思っていた。
なのでカシューゼネの過去の記憶では好きな人だけど、僕の小説の中身を知る意識では好きではない。
「私は構いませんが、ラダフィムと私が婚約する件については保留、出来れば無かった事に出来ませんか?出来れば私が公爵家を継ぐというのは不可能でしょうか?」
僕はとりあえず自分の要求を言ってみた。
だってツベリアーレ公爵家は僕達双子しか子供がいないのだ。
どちらも嫁ぐのはおかしいと思う。
「ふむ、元々王家の命令で婚約したが、今回の事は少々押しが強すぎる。カシューゼネがウェナセル公爵家との婚約を見送りたいと言うのなら交渉してみようか。」
父様は子供に甘いので了承してくれた。
「兄様はよろしいのですか?僕がヒュートリエ様と婚約して…………。」
ジュリテアは困惑顔だ。
まあ、そうかもしれない。ついこの前までカシューゼネはヒュートリエ様大好きだったのだ。顔にもいっぱいそう出ていた事だろう。
「うん、良いよ。ジュリテアの方が愛し子だから婚約したいんだろうし、気にしないよ。」
というか、どうぞという気分だ。
ここでゴネてもダメなのである。
ここでゴネると後々に引っ張るのだ。
何故かその事が周りに知れ渡っていて、ヒュートリエ様にしがみついて醜いとか、意地汚いとか中傷を言われる。
ジュリテアもヒュートリエ様のことを好きなのだと思ってたけど、何故か浮かない顔だ。
「嬉しくないの?」
不思議になって聞いてみると、ジュリテアは慌てて首を振った。
「い、いえ、嬉しいですよ。ただ、びっくりしただけです!」
そ?と僕は首を傾げた。
それから父様の執務室を出て、自室に帰りながら考える。
小説の内容には沿っているけど、僕のとこだけ少しずつ変えていく。
なるべく周りと衝突しない様に進めて行って、カシューゼネ抜きでジュリテアは総受けになったら良いのだ。
そんな僕の考えは甘いものだと後から知る事になる。
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