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2 こっそりと退散する
しおりを挟む本来、小説の中ではカシューゼネは加護を授かった場面で退場する。
騒ぐ口を塞がれ馬車に乗せられて、先に屋敷に戻されるのだ。
だからその時のカシューゼネの事はよく分からない。
主人公はジュリテアなので、神殿の中で話が進んでいく。
僕なんかが愛し子で良いのかと儚げに呟くジュリテアを、皆んなが良いんだよと元気付ける。
なので本筋に沿って僕は退散することにした。
騒がなかったものだから、なんか一緒についてきちゃったのだ。
案の定、自身なさげなジュリテアを皆んなが励ます中、僕はススっと立ち上がり扉に近付いて外に出ようとした。
ガチャリ、パタン。
ふう。
出れた事に安堵して、隣を見てびっくりする。
驚き過ぎて声も出ない。
でもよくよく考えるといるはずだよね…。
廊下に待機していたのは一緒について来た護衛達と、双子専任の侍従の2人。
「どちらへ行かれるのですか?」
「今から神官長様からの説明があるのではないのですか?」
彼等も双子だ。
伯爵家の出で跡取りという訳でもないので、従者として幼い頃から仕えている。
ナギゼア・ヘベンゼル。ヘベンゼル伯爵家から来た双子の兄。
緑がかったアッシュグレイの髪と暖かい色味のオレンジ色の瞳が特徴だ。整った柔らかな顔をしている。いつも微笑んでいるからかもしれないが、今は不審気な顔をしている為、どこか固い印象を受けた。
0歳で理知(豊富な知識を持つ)という加護を授かり、15歳で『支える者』という加護をついこの間授かったばかりだった。
アルゼト・ヘベンゼル。ナギゼアの双子の弟。基本無愛想なキャラだ。
0歳で道標(愛する人を支える)、15歳で『緋の光』という加護を授かっている。滅多に笑わないし怒っている感じがするのに、加護はやたらと優しい物を貰ったなという印象だ。
兄のナギゼアはジュリテアの相手の1人になる。側で常に支える人物で、後の王太子妃になるジュリテアを公私混同で支え続ける。
弟のアルゼトは後編の途中で死んでしまうので、あまり出番はない。
「体調が優れないから帰るよ。」
顔色は良いかもしれないが、ジュリテアが愛し子だったという事実にショックを受けている筈な場面なので、帰っても問題ないだろう。
「お1人で帰られては困ります。」
ナギゼアが困った様に言ってきた。
カシューゼネの印象では、ナギゼアはいつも優しく我儘を聞いてくれている感じだった。記憶はちゃんとある。
だが、小説の中ではナギゼアは愛し子では無かったカシューゼネを、これから邪険にしていくのだ。
『神の愛し子』と思っていたからこその親愛であり、違うのならば邪魔な存在。
それがナギゼアの性格だと僕は知っている。
なので僕はアルゼトの方を向いた。
「んじゃ、アルゼトついて来てよ。それなら良いでしょ?ナギゼアは父様達に伝えておいてくれる?」
ナギゼアは少し驚いていた。
いつもだったら付き従わせるのはナギゼアの方だったからだ。
カシューゼネは無愛想なアルゼトをあまり重用しなかった。
ナギゼアもアルゼトもやや驚いた顔をしつつ、言われた通りに動いてくれた。
馬車に乗り込み、ガラガラと車輪が回る音と振動の中、今後について考える。
これからカシューゼネの道は険しい。
何故もっと前に思い出さないのか。
子供のうちから思い出していれば、ジュリテアを虐める事もしなかったし、ヒュートリエ様から悪印象を持たれない様にする事も出来たのに。
これからジュリテアは学院に通いながら、瘴気が溢れた場所に派遣されて、浄化をする旅に出る。
カシューゼネも『神の愛し子の盾』という加護の所為で、その旅に同行しなければならない。
小説は読んだが細かい所まで思い出せるだろうか………。
このまま逃げるか?
でも重要な役目になるので国から追われ、連れ戻される気がする。
カシューゼネの『全属性』という加護は強いが、1人で何処まで逃げれるだろうか?
小説の内容が終わればカシューゼネの役目は終わる。
小説の最後は国から瘴気を一掃して、ジュリテアがヒュートリエ王太子殿下と結婚して、王太子妃になる。
ジュリテアを愛する男達は、ジュリテアを愛しながら生きていく事になるのだ。
幼馴染のラダフィム・ウェナセルだけはカシューゼネと結婚するが、ラダフィムもカシューゼネもジュリテアを愛しているので、2人の間に夫婦の愛情は無い。
屋敷もカシューゼネは離れの屋敷に住んで、ジュリテアだけを愛し、同じ顔である事を利用して公務を助けるのだ。
ジュリテアはこの年まで普通の教育しか受けていない。
王太子妃教育を幼い頃から受けたのはカシューゼネの方だし、ジュリテアが『神の愛し子』になってからは各地に浄化の旅に出るので教育を受けている暇はない。
王家は入れ替わっているのを知っててカシューゼネに仕事をさせる。
カシューゼネも愛するジュリテアの為なら何でもやっていた。やらないのはラダフィムとの夫婦間の営みくらいだ。
いくら孤独で辛くなったからと言って僕はそんな未来は真っ平ごめんだ。
実の弟を愛せるとは思えないし、無償の労働を一生続けるつもりもない。
なのでジュリテアとは距離を置くつもりではあるけど、他の総受けメンバーとも距離は置いておきたい。
目の前に座るアルゼトをチラリと見る。
アルゼトは直ぐに視線に気付いて僕の方を見た。
馬車に乗ってから一言も喋っていない。
「ねぇ、今後アルゼトを僕の専任したいんだけど、良い?」
アルゼトは途中で死ぬ。
だからジュリテアの相手の1人では無い。
小説でも最初はナギゼアの方ばかりをカシューゼネは呼んでいたのだが、あまりにも雑な扱いをされて途中からアルゼトを頼ってた気がする。
アルゼトはあまり出ては来なかったけど、真面目な性格でジュリテアとカシューゼネどちらの世話も請け負っていた。
ナキゼアは自発的にジュリテアに侍る様になり、カシューゼネを相手にしなくなっていく。
邪険にされると分かっててナギゼアを頼りたく無い。
アルゼトは少し目を見開いたけど、嫌な顔をする事もなく頷いた。
アルゼトは無愛想で無表情だけど、仕事はちゃんとする人間だ。
愛想が無いってだけでカシューゼネはアルゼトをジュリテアの方にやっていたのだ。
「よろしくね。」
「承知いたしました。」
とりあえずこれで身の回りはちゃんとなるだろうと思い、僕は窓の外を見てまた思考の波に入っていった。
小説の中では先に帰宅させられたカシューゼネは暴れて怒鳴り散らしている。
何故『神の愛し子』がジュリテアなのか、何故自分じゃ無いのか。
暴れて家具を壊し高級な調度品を壊して散らかし、ジュリテアの育てた花壇の花達を燃やした。
夕方になって帰ってきたら両親とジュリテアは驚き、カシューゼネを宥めようとしたが、カシューゼネは『全属性』という強い加護がある為、手がつけられない状態だった。
騒ぎを聞きつけて慌ててやって来たヒュートリエ様が騎士を伴って来たので収束出来たが、今後の事を考えると危険だと判断されて、ジュリテアとカシューゼネは王宮の預かりになってしまう。
ツベリアーレ公爵家の両親はせめてどちらか1人だけにしてくれと懇願したが、聞き入れてくれなかった。
『神の愛し子』も『神の愛し子の盾』もどちらも重要な存在だったので、これ幸いと2人とも王宮に抱え込まれてしまったのだ。
双子には双子の従者が側使えとして許可されたが、他の人間は全て王宮の管轄となってしまった。
我儘なカシューゼネを公爵家の人間が甘えさせて増長させない様にする為という理由だったが、単に貴重な双子を王族のものにする為の方便だった。
さて、現在僕はカシューゼネとして暴れていない。
帰宅後も大人しく晩餐を先に済ませ、部屋に戻った所で皆んなが帰宅して来た。
出迎えは………まぁ、良いだろう。
給仕から食後のお茶までアルゼトが全てやってくれた。
公爵家の人達もカシューゼネの我儘は怖いのだ。
少しでもミスをすれば鞭で叩かれる。
酷い時で解雇だ。
なので誰も世話を焼きたがらない。
いつもはナギゼアがやってたけど、今後はアルゼトにやってもらおう。
無愛想だけどとても丁寧で、お茶も美味しい。
そこまで考えて、あれ?そんなに使用人に当たり散らしてたっけと疑問が浮かぶ。
ジュリテアにイライラして当たり散らしてはいたけど、使用人に無闇矢鱈と何かしただろうか?どうも記憶と小説の内容がまだごちゃ混ぜになっている。
「ただいま、カシューゼネ。先に食べたのかい?」
父様は優しい。母様も。
小説の世界は男性しかいないので、産みの母親も勿論男性だ。
2人はカシューゼネとジュリテアどちらにも優しいのに、勘違いしたカシューゼネは1人増長して手がつけられない程の我儘に育った。
「はい、帰ってきたら体調も戻りましたので先に頂きました。もう就寝しようと思います。」
「そうなの?大丈夫?」
母様も心配気に近寄って、額に手を当てて熱がないか心配してくれる。
この2人も途中で亡くなってしまう。
作中ではお家取り潰しだ。
理由はツベリアーレ公爵家の謀反。
カシューゼネとジュリテアは『神の愛し子』と『神の愛し子の盾』という加護がある為、出自に関係無く処罰を免れる。
ジュリテアは今後ヒュートリエ様の婚約者になり、カシューゼネはラダフィムの婚約者にさせられる。
カシューゼネは幼馴染のラダフィム・ウェナセルと婚約して結婚する。
ウェナセル公爵家に入るのだ。
嫌われ者でも重要な加護持ちであり、将来的には同じ顔を活かしてジュリテアを助けていく存在になる。
手放すわけにもいかず、ラダフィムが結婚という形で縛り付ける事になる。
なんとか両親は死なせない様にしたいが、そこら辺の内容は複雑だ。
カシューゼネはアルゼトを従えて王家を逃げ出す。
王家を離反しツベリアーレ公爵家と共に王家に対立する。
謀反の理由は『神の愛し子』を自分達のものにしようとし、国家簒奪を企てた罪だ。
今のカシューゼネから見て両親がそんな事をやらかす人間には到底思えない。
何か訳があるのでは無いかと思っている。
両親を助けてツベリアーレ公爵家を自分が継げるようにしたい。
その為にも現在ジュリテアが婚約しているラダフィムとの婚約が、カシューゼネに回って来ないようにしなければならない。
この後王家は『神の愛し子』を王家に入れる為に、カシューゼネの婚約とジュリテアの婚約をひっくり返すという力技に出てくる。
ウェナセル公爵家は王家の傍系に当たり、強く出れないのかもしれない。
ヒュートリエ様もラダフィムもジュリテアを愛し、カシューゼネを嫌っているので、どちらが婚約者になるのも嫌だ。
今から晩餐を摂ると言う家族に就寝の挨拶をして、僕はアルゼトを伴って自室に戻った。
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