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1 いや、小説の中やん
しおりを挟む「はああ!?いや、僕的に総受けはない!」
「ぬわぁんですってぇ~!!この愛らしさ!全ての美形男どもを魅了する美しさに惑わされんとは!」
「いやいやいや、どれか1つにしろよ!」
「どれか1つなんて選べないわよ!」
腐女子姉と腐男子の僕。
某小説を読んでの感想の言い合いで勃発した主観の違いに、交差点赤信号待ちで言い合いが続く。
神の愛し子が虐められつつ愛されつつ、最後には虐めていた双子の兄にまで好かれちゃって、結婚してもアンアン言ってるとか、僕的には許せない。
好きな人は1人がいい一途派の僕と、総愛され博愛主義派の姉。
陽は沈みかけ、空は赤くオレンジ色。
「んじゃあ、姉ちゃんはこの中で1人って言われたら誰?」
「んえぇ~難しい質問するわね!でも、あたしの推しはカシュー様一択!」
「いや、双子の弟を夜這いする奴やん。ないわぁ~有り得んわぁ~。」
青になるのを待ちつつ騒ぐ僕達に、後ろのサラリーマンが舌打ちした。
ま、無視無視。
車の交通量はそこそこ多く、信号が変わらないとどうせ通れないのだ。
舌打ちしたって一緒。
そう思ってて、姉が「きゃっ!」と短く悲鳴をあげた。
歩行者信号機を見ていて気付かなかった。
姉の小柄な身体が前屈みになる。
危ないのに、何でそんな…。
スローモーションのように手を突き出して前に倒れ込む姉。
後ろにはさっき舌打ちしたサラリーマン。
俺は咄嗟に手を出して姉を引き寄せた。
姉は後ろに引っ張れたけど、非力な僕は前に身体が出てしまう。
片足が車道に出て、白線分余裕がある筈なのに、俺の身体は吹き飛んだ。
どこを何が引っ掛けて行ったのなんか分からない。
俺の意識はそこで終わったのだから。
僕はハッと目を覚ました。
目覚めた瞬間の感想は薄暗いだ。
さっき迄信号待ちして姉と読んだ小説について話していた筈………。
いや、いや違う。
僕は………、俺は……。
カシューゼネ・ツベリアーレ。
読んだ小説の双子の兄だ。
混濁する記憶の渦の中、必死に現状を探る。
薄暗いと思ったのは視界がボヤけていたからのようだ。
赤と黒と黄色の斑点がチカチカと瞬き、徐々に見え出して、僕は愕然とした。
目の前には半透明の輝く文字。
日本語じゃ無いけどちゃんと読める。
『神の愛し子の盾』
…………たて、盾!
ジワジワと蘇る記憶。
これってさっき姉ちゃんと話してた小説の内容!
見渡せばヨーロッパ風の教会の中。
アーチ型の天井に丸い大きなステンドグラスの窓。
天井には明かり取りの窓がふんだんに使われており、昼間なのか眩しい程に明るい。
目の前には大きな石像。
丸い球体の水晶を右手に持ち、左手は斜め横に広げられ、整った顔に長い髪。頭には御幸の様な輪っか。
あ、神様か。
確かーーー、トゥワーレレ神。
創世と繁栄の神。
0歳と15歳で加護をくれる有り難い神様。
そして今日、僕ことカシューゼネ・ツベリアーレは加護を頂いた。
それが『神の愛し子の盾』だ。
横を見れば同じ顔をした双子の弟が、驚きつつも顔を輝かせて、同じ様に自分に与えられた加護を見ている。
前髪をパッツンと切り揃えた白金の髪に深く青い瞳。瞳の中は星屑が舞う様に煌めき、白く透明な肌は滑らかそうで柔らかそう。
僕と全く同じ容姿。
ジュリテア・ツベリアーレ。
『神の愛し子』
それが双子の弟ジュリテアの15歳の加護だった。
小説の中では、ここでカシューゼネは怒りで怒鳴り散らすのだ。
カシューゼネは前髪も長く伸ばしてオデコが出ている。その長い前髪を手で掻き上げながら怒鳴り散らす。
ばかな!そんな筈はない!何でこんな出来損ないが愛し子なんだ!何で俺が盾なんだ!
てね。
いや、言わないけどね?
だって冷静に見てみなよ?
みぃーんな今、頬を薔薇色に染めて、キラキラと青い瞳を輝かせる天使の様なジュリテアを、恍惚とした表情で見てるんだよ。
僕が騒げば、小説の中の様に少し黙れとばかりに睨み付けられ、口を塞がれて別室行きだ。
ここで僕を見ている人はいない。
僕はもう一度、目の前にある加護を見た。
『神の愛し子の盾』
何度見てもそうだよね。
ガックリと肩を落とした。
今更ながらに皆んな別室に移動させられた。
『神の愛し子』を授かったジュリテアは、終始足元がフワフワしている様で、僕の今んところ婚約者のヒュートリエ様が手を取ってエスコートしている。
腰でも抱いて歩きそうな感じだ。
いっそ腰にも手を添えたらいい。
ヒュートリエ様は後のジュリテアの相手の1人でありこの国の王太子殿下だ。
ヒュートリエ・リジウス・オルベルフラ王太子殿下がフルネーム。光の当たり具合で金色に輝く赤毛と琥珀色の瞳の麗しい王子様だ。
この国の名前はオルベルフラ国。王政の国で、僕達双子は公爵家の子供という設定だ。
この世界は小説の中の世界。
因みに性別は男しかいないBL小説。
小説の設定では、産まれたばかりの時と15歳の時に加護を貰えることになっている。
0歳で授かる加護を生命の加護。
15歳で授かる加護を運命の加護と言っている。
0歳で授かる加護は全員必ず貰える生きていくための加護になる。
その内容によって人生が決まると言っても過言ではない。
魔法系、身体系から始まり、鍛治、錬成、育成などの生産系、特殊なので探索や収納などと言った感じで千差万別にあるのだ。
僕ことカシューゼネは0歳児に『全属性』という何の魔法でも使えるよっていう加護を授かっている。
これがまた凄く珍しいし稀有な加護だった。火だけとか水だけとか、たまに2種類とかはいても、全部はなかなかいない。
前例の無い加護に、家柄が王家の次に偉い公爵家ということもあり、カシューゼネは物凄く可愛がられた。
少々の我儘は全て許されるし、『全属性』の子供を是非取り込みたい王家は、産まれたばかりのカシューゼネを第一王子の婚約者にしてしまった。
産まれた時から高貴な身分。
カシューゼネはチヤホヤされてとても我儘で傲慢な子に育っていった。
かたや双子の弟、ジュリテアは心穏やかな優しい子になっていった。
そりゃ身近にこんな身分を笠を着て我儘放題の同じ顔がいたら、反面教師としてみるよね?学習しちゃうよね?
ジュリテアの0歳児の加護は『祈り』だった。
要は穢れを祓ったり、治癒とか癒しとか、身体も治すし心のケアも出来る。皆んなに愛される加護だった。
『祈り』も稀有ではあるけど、たまにいる。『全属性』は初めてとなれば、王家はカシューゼネの『全属性』を欲しがった。
カシューゼネは物心ついた時から人がひれ伏すのが当たり前だった。
苛ついたら物を投げる、壊す。
気に入らない人間は平気で鞭で叩かせ、解雇する。
ヒュートリエ様は優しくいつも笑顔でいてくれるし、両親も子供には甘い。
誰もカシューゼネを諌めてくれる人間はいなかった。
カシューゼネが1番苛つく人間は、双子の弟ジュリテアだった。
王太子妃教育に追われるカシューゼネと違い、のんびりと過ごし花を育て本を読むジュリテアをみると、何故そんなにゆっくりしてられるのかと腹立たしかった。
ジュリテアが飾った花を溢して散らかし、花壇を荒らし、詰め込み教育のないジュリテアを馬鹿にして、度々憂さ晴らしをしていた。
それに………、ヒュートリエ様はジュリテアにも優しかった。婚約者はカシューゼネだけど、いずれ兄弟になるのだからと、ヒュートリエ様はお茶をするにも出掛けるにも、必ずジュリテアも誘っていた。
殆ど2人きりになることは無かった。
時が経ち、ヒュートリエ様は15歳になると神殿に赴き加護を授かった。
ヒュートリエ様が産まれた時に授かった加護は『慧眼』。
物事の本質を見抜く、という加護だ。
人の善悪、物事の本筋を見極め、人々を導くことが出来る加護。
いずれこの国の国王となるヒュートリエ様に相応しい加護だった。
15歳で授かったのは『神の愛し子の守護』。
『神の愛し子』が現れる時、『守護』、『剣』、『盾』の3人も現れると言われている。その3人を従えて国に溢れる瘴気を祓うのが『愛し子』の役割だった。
『愛し子』は数十年に1度現れる。
国は瘴気を祓う時が来たのだと理解し、15歳の加護で『愛し子』、『剣』、『盾』が現れれば必ず申し出る様にと通達が成された。
そう国中に通達はされたが、人々は思っていた。
『愛し子』は『全属性』のあるカシューゼネなのではと。
カシューゼネも己自身が最も相応しいと思っていた。
『神の愛し子』は過去必ず王家に嫁ぐ。
他の誰が未来の王妃になれるのか。
カシューゼネは益々勉強に剣技に打ち込んでいった。勿論、マナーや社交も頑張っていたが、社交は性格が災いしてあまり上手くは行かなかったが、カシューゼネに逆らおうと言う者もいなかったので、概ね大事になることもなかった。
ヒュートリエは2つ年上。
だからカシューゼネとジュリテアは2年後に加護を授かる。
ただ、15歳の加護は必ず貰える物ではない。選ばれし者、全体の約1割。
小説ではちゃんと双子は加護持ちになる。
で、今日がその日だった。
そして『神の愛し子』はジュリテアの方だったのだ。
この小説は前編後編と分かれている。
前編はジュリテアの不憫受け話し。
我儘し放題のカシューゼネが小さい頃からジュリテアを虐める。
カシューゼネの婚約者、ヒュートリエ様はそれに気付いてても大っぴらにジュリテアを庇えなくて、コソコソと2人は仲良くなっていくのだ。
それと幼馴染も同じ様にコソコソとジュリテアに思いを寄せている。
2大公爵家の片割れ、ラダフィム・ウェナセル。ウェナセル公爵家の嫡男。
漆黒の髪、氷の様な水色の瞳。
0歳で『剣聖』を15歳で『神の愛し子の剣』の加護を授かっている。
双子の1つ年上だ。
優しくて健気なジュリテアを2人とも愛している。
2人がカシューゼネをキツく諌める事が出来なかったのは、カシューゼネが『神の愛し子』かもしれない可能性があったからだ。
その可能性も今日で消えたけどね。
ここからカシューゼネとジュリテアの立場はひっくり返っていく。
愛し子として愛されていくジュリテアに対し、カシューゼネは更に虐めを助長させていく。
ジュリテアは美しい男達から守られて、可憐に花開いていく。
綺麗に羽化して飛び立つ様に、花開く様に笑顔を撒き散らして男達を虜にしていくのだ。
カシューゼネはそんな男達から制裁を加えられていく。
ボロボロになり、心が萎んだ時にジュリテアに優しく手を差し伸べられる。
どんなに意地悪しても笑顔を向けてくる双子の弟に、味方がいなくなったカシューゼネは傾倒していく。
自分を嫌わないのはジュリテアしかいないと、実の弟なのに愛していくのだ。
最後の方は新月の夜の度にジュリテアが1人になる深夜に寝室に忍び込み、ジュリテアの足にキスをして誓いを立てる。
「ジュリテアだけを愛するよ。ジュリテアだけを守るよ。俺はジュリテアの盾なのだから……。」
孤独に狂った目でジュリテアに愛を囁き、そんな哀れな兄に優しく愛情を注ぐジュリテア。
そして僕が現在カシューゼネ。
やだ、やだやだやだ!
兄弟の足の甲にキス!?
血の繋がった肉親に愛を囁く!?
姉ちゃんに出来るかと言われたら出来ないから!!!
ジュリテアが総受けでアンアン言うのは別にどうでもいいけど、僕は絶対そのメンバーに入らないんだからぁーーーー!!!
ズズズと紅茶を啜りながら、僕は心の中で叫んだ。
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