いつも眠たい翠君は。

黄金 

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15 昔に戻れないかな

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 総務部を通じて糸井君と横田さんとはよく喋る様になった。
 火曜日と木曜日は一緒に下校し、たまに寄り道したりして帰る。こんな普通の高校生活を送れるなんて思っていなかった。
 斎とは相変わらず話せないけど、最近少しずつ目が合う気がする。視線が合うとふいと逸らされるが、たぶん僕を見てた。
 
 七月が早くも始まり、期末考査と梅雨明けが次々と通り過ぎていく。暑い日差しと蒸し暑さが訪れ蝉が鳴き出すと、本格的夏を感じる。
 朝のほんの少しの涼しさはすぐに消え、放課後の帰りは暑い。教室にエアコンが付いててもたまに効いていないのかと思える日がある。
 今年は梅雨明けが少し早く、夏の暑さが早々と訪れていた。
 暑いとなんか無性に眠たくなる。ふわぁと欠伸をしていると、結良がパタパタと手で風を送りながら聞いてきた。

「流雨はその髪暑く無いの?」

 肩で切り揃えた黒髪をポニーテールにした結良が聞いてくる。普段隠れている項が見え、黒いチョーカーが目に飛び込んでくる。アルファばかりかベータ男性まで見惚れている。
 流雨の前髪は完全に目を覆う様に伸びているが、これを退かすわけにはいかない。
 去年どうしても諦められずに斎に聞いたのだ。どこか嫌なのかを。そしたら見られると耐えられない、と言われた。

「斎は僕と目が合うと苦しいらしい。」

 数分結良は考えた。
 今は下校時刻。
 結良は少し前方に目当ての人物を見つけて大声で呼び止めた。

「斎!」

 斎はエリアスと帰っている様だった。
 美しいアルファが二人並んで帰る周りには、取り巻きのオメガとベータがついて回っている。見ているだけでも暑苦しいくらいの人だかりだ。

「なに?」

「なに、じゃ無いよ。何で流雨の目が嫌なの?」

 直球で尋ねられ、斎の目は泳いだ。
 隣にいるエリアスは面白そうにしている。

「流雨の事嫌いなの?」
 
「…………違う。」

「じゃあ、明日遊ぼう!」

「え?」

 僕も首を傾げた。結良の提案は突拍子もない。僕の前髪の話じゃなかったのか?
 明日僕んち集合ねぇ~。
 言うだけ言って結良は流雨の手を引いて駆け降りていった。





 次の日は土曜日。
 本当に集合した。何故かエリアスまで。
 エリアスは見た目が王子様っぽくて人気があるのに、結良は金髪碧眼を理由に告白を断るくせに、特に興味も示さない。まぁ、その理由を僕は知ってるけど。
 やや成金っぽい佐々成家にはプールがついていた。

「あったっけ?プール。」

「お祖父様がダイエットに作ったんだよ。」

 ただ庭にデーンと作ったわけではなく、室内プールになっている。壁は透明なガラス張りで天井は三角屋根。熱帯雨林風に植物が植えられ、広いタイルスペースには休憩用のマット付きデッキチェアとテーブルが備えてあった。プールの形は長方形ではなく、丸みを帯びたCの形。ダイエットに使うなら長方形の方が泳げるのではと思う。
 結良は流雨の肩をトントンと叩いた。
 上手くやれよと。

「え!?」

「ちょっと、エリアスは飲み物取りに行くの手伝ってよ。」
 
 エリアスを連れて結良は室内プールから出て行ってしまった。
 気まずい空気が流れるが、折角なのでまた仲良く出来ないかと話しかけてみる。

「斎、泳ごう?」

 目を彷徨わせていた斎が、頷いてついてきた。
 僕も斎も用意されていた海パンと水泳用の上着を借りて着ている。
 プールに入ると冷たい。
 中に入り少しだけ泳いでみる。久しぶりに泳いだ。オメガの体育に水泳は無い。個人的にこうやって泳ぐしか無いのだが、久しぶりでも少しは泳げるものだなと思う。相手は斎でもアルファの前で半裸は不味いかと思い、上着は着たまま泳ぐ。

「……………流雨……。」

 パチャパチャという水音で聞き取りにくかったが、斎に呼ばれた。
 嬉しくて近寄ると、斎はプールサイドに座って足だけ水につけていた。

「………な、なに?」

 斎は少し考える様に眉根を寄せている。

「糸井から挨拶文を書いたのは流雨だと聞いた。何であれを書いたんだ?ほっといてもあの先輩は消えていた。」

 だいぶ前の話だなと思う。あれは梅雨に入る前の話だ。

「うーん、ムカついたから?」

 不思議そうに流雨は首を傾げた。
 流雨はプールから上がり斎の隣に座った。
 昨今の抑制剤は性能が上がりフェロモンの匂いが抑えられる様になっている。
 毎日ちゃんと服用すれば突発的な発情期も無く、日常がかなり暮らしやすくなった。
 斎も勿論アルファ用の抑制剤を飲んでいるだろう。普段から斎の匂いを感じる事はない。
 だけど、こうやって真横に並ぶとほんの少しだけ感じる。
 
「斎ってちょっと石鹸みたいな爽やかな匂いがするよね。安心する匂いだよね。」

 思った事を何となく言っただけだった。中学に上がった頃から何となく感じていたのだ。近くにいると凄く良い匂いで、斎の側にずっといたかったのに、用が済むとすぐ離れてしまうのだ。
 久しぶりに香る匂いに酔ったのかもしれない。
 そっと寄り添い斎を見上げる。

「…………斎、顔真っ赤だよ。」

 斎は色が白いので赤くなるとよく分かる。

「………だって、流雨も良い匂いする………。」

 斎は鼻と口を軽く手で覆って、赤い顔で相変わらず目を彷徨わせる。
 これは、チャンスではなかろうか。
 
「斎は俺のこと嫌い?何で目を合わせてくれないの?」

 僕は斎意外のアルファは嫌だ。
 小さい頃からずっと一緒で、将来は斎が隣に立って補佐してくれるのだと言われて育ったのだ。それ以外の将来なんて考えていなかった。
 例え僕がオメガでも、僕の隣は斎だ。

「俺は………、アルファになりたくなかった……。」

 確かに小さい頃の斎は可愛かった。小柄で華奢で色白で、女の子によく間違われていた。斎自身もベータかオメガになると言って、ずっと僕の隣にいるとよく言っていた。
 
「アルファになりたくないから、オメガの僕の隣にいてくれないの?」

 斎は少し考えて、違うと首を振る。

「違うんだよ……。上手く言えないけど……。」
 
 斎自身も考えが纏まってないようだ。思案しているのか揺れる水面を見つめている。僕も斎の答えが出るまで、太陽を反射して光る水を眺めながら、斎が話し出すのを待った。
 足で水を蹴って何処まで飛ぶかと一人遊びをしていると、斎が漸く動いた。
 斎から触れてくるなんてホント久しぶりな気がした。

「流雨………。」

 斎に腕を取られ引き寄せられる。
 斎の身体は濡れて冷えた僕の身体を暖かく包み込んだ。
 大きい………。
 あの小さかった斎の身体は大きく逞しくなっていた。程よく筋肉がついた身体はしなやかで、肩幅も広く、大人になればもっと魅力的なアルファになるのだろうと思わせた。
 チャプチャプという波音だけが静かに聞こえる。
 斎のフェロモンの香りが少しだけ濃くなる。多分僕の香りが斎に反応して出ているんだと思う。
 古賀家が所有する製薬会社で作られた抑制剤なので安心して飲んでるけど、医師からは強い抑制剤だから間違え無いようにと強く言われている。
 それでも僕のフェロモンは斎に届いている。完璧に押さえ込むことなんて無理なんだろう、きっと……。

「………流雨、流雨、流雨…。」

 斎は何度も僕の名前を呼んでいる。
 僕は返事をしながら、抱きしめる斎を見上げていた。
 斎の大きな手が僕の後頭部を抑える。
 近付いてくる斎の唇を僕は拒絶しなかった。だって僕は斎が好きなんだし。
 啄むように唇を合わせ、下唇を喰まれる。チュウと吸われるとジン…と痺れが走った。

「……はぁ………流雨、流雨………。」

 斜めに交差させてキスをされる。
 僕の口の中にぬるりと入る斎の舌は大きく暖かい。
 歯を舌を上顎を、確かめるように斎の舌が這っていく。
 
「………ふっ、ん………ん…むぅ……。」

 息が上手く出来ず、苦しくて斎の上着を掴むと、漸く唇がはなれた。
 僕の顎に溢れた唾液を舐めながら、顔中にキスを送る。
 こんなキスをするのに、恋人になってくれないの?

 そう言いたいのに、息が整わずクタリと斎にもたれかかった。

「ごめん、流雨………。もう少し待って。俺が俺の中のアルファ性を上手く飲み込めてないだけなんだ。」

「………はぁ……はぁ……、ん、い、つきが……待ってって言うなら、待つよ。」

 僕が笑ってそう言うと、斎も少しだけ泣いたように笑った。久しぶりに見る笑顔だった。
 きっと斎は僕の事を嫌いではない。むしろ好きな筈だと確信した。僕はどちらかというと白黒はっきりさせる性格で長く悩むこともない。オメガだと言われればそれに合わせて考えを変えれた。
 でも斎は未だに戸惑っているのかもしれないと感じた。
 だったら考えが纏まるまでずっと待とうと思った。
 僕も久しぶりに幸せな気持ちになった。今日は気持ち良く寝れそうだ。






 そんな二人を物陰から覗く二人がいる。
 少しだけ進展したのを見届けて、結良はその場から離れた。
 何故プールにしたのか?それは消毒液の匂いで、覗き見する人間の匂いを消す為。そして海パンという半裸状態で、相手を意識させる為。
 ムフフと結良は満足気に笑う。
 流雨は自分がオメガと分かった時点であっさりとそれを納得し、その状況に合わせて動く豪胆さがある。
 しかし斎の繊細な性格は、流雨の様にあっさりと納得出来ていないと感じる。結良自身もオメガなのでアルファの本能はよく分からないが、斎の性格はアルファという性に合わないのだ。
 背中を押してあの二人の関係が壊れるのが怖くて見守っていたが、今回プールに誘って正解だったのではなかろうか。
 何でか一人ついて来たのがいるけど。

「斎は上位アルファにしては心が繊細だねぇ。」
 
 やたら流暢に日本語を話す為、会話をすると違和感ばかり与えるエリアスを、仕方なく連れ出し一緒に覗き見していた。
 
「どうしてエリアスが来たの?」

「ん?斎が結良が何か企んでそうだから来てって誘うから、面白そうだなと思って。」

 成程。
 斎と流雨は今植えられた熱帯植物の影でイチャイチャしているので、休憩スペースのデッキチェアで待つ事にする。
 持って来たジュースと氷の入ったアイスバケット、お菓子をテーブルに置いて置く。

「あの二人とは幼馴染なんでしょ?くっつけちゃったら遊べなくなるんじゃ無い?」

 結良は肩をすくめた。

「いいよ、別に。あの二人には幸せになって欲しいもん。僕がいようといまいと小さい頃からあの二人はベッタリだったし。」

「そうなの?今は殆ど顔も合わせないよ?斎はおかしなぐらいに流雨を避けるし。」

「あーー……、うん、僕の予想ではくっ付いたらびっくりするくらい斎は変わると思うよ。」

 可笑しそうに笑う結良をエリアスは不思議そうに見た。
 そんなエリアスに結良は糸井君に聞いてみるといいと笑って教える。中学生以前の斎を知る人間からすると、今の斎の方が可笑しいと言う。

「そんなに仲良かったんなら婚約しとけば良いだろうに。」

 結良はそれは無いと首を振る。

「ウチの父さん達と流雨の父さん達って本当は婚約者逆だったんだよね。ウチの父さん達が先に番っちゃって色々あったから、子供達には婚約とか無しで好きな人と番いを作って結婚して欲しいってのがあるんだよね。」
 
 エリアスは今日ついて来た本題を結良にぶつけた。

「俺は君の噂も気になるんだけど。君さ、金髪碧眼じゃ無いと付き合わないって言って振ってるそうだね。付き合ってから愛情が芽生える事もあるんじゃない?」

 ジュースを飲もうとアイスバケットから氷を移していた結良が、一瞬手を止める。
 
「そうだねぇ。そう言って振ってはいるけど、ホントは違うんだよね。」

 苦笑しながらエリアスを見た。

「僕さ昔飛行機の中で会った子を探してるんだ。ホントは金髪碧眼じゃなくてちょっと変わった茶髪で青灰色の目なの。たから、そのぉ~~~。」

 エリアスは結良が言わんとしている事を理解した。

「あぁ、俺が金髪碧眼だからって告白はしないで下さいってこと?」

 まぁ、そうですねと結良は頷く。
 普通の人間なら自意識過剰だと笑われるところだが、結良の容姿では笑えない。
 大きな吊り目は小動物の様に可愛らしく、小作りな鼻も口も品がいい。肌はホクロさえ無い綺麗なもので、無表情に取り繕えば人形を思わせるだろうに、出てくる表情はくるくるとよく変わり、愛嬌すら感じさせる。
 華奢な身体もスラリとした手足も、アルファが好むオメガそのものだ。
 今は抑制剤が効いてフェロモンの匂いは全く出ていないが、アルファなら一度は思うのでは無いだろうか。好意を持たせて、自分にだけフェロモンを出させたい。その匂いを嗅いでみたい、と。

「君は魔性だね。」

 揶揄い交じりにそう言うと、結良はもう言わないで下さい!と言ってエリアスのグラスに並々とジュースを注いで文句を言う。
 氷無しの常温のジュースは表面張力で丸く浮き上がって飲みにくい。
 酷いねぇと言いながら、エリアスはストローを持ってジュースを飲んだ。




 その後、エリアスは確認した。

「糸井君、斎は小さい頃古賀流雨にベッタリだったの?」

「あれ?誰に聞いたの?そうだよ。古賀君がいないと生きていけないってくらいに林野君はくっ付いてたんだよね。あの頃は林野君女の子みたいに可愛かったから揶揄う奴多かったし。」

 かく言う糸井もその内の一人だった。
 そして流雨にコテンパンにやり込められ、一人、また一人と虐める人間は減っていった。

「へぇ、今のあの二人からは想像出来ないね。」

 そのうちどーにかなりそうだけどね、と糸井も結良と同意見のようだ。
 そう言えば、と糸井はエリアスをマジマジと見る。

「エリアスは金髪碧眼だから結良に告白したらOKもらえるんじゃないの?流雨は斎に近寄る人間には容赦しないけど、結良の方は大丈夫だぞ?」

「………昨日告白するなと本人から牽制されたばかりだよ。それよりも流雨君はオメガだよね?」

 当たり前だろーと糸井は笑うが、エリアスからすれば流雨の斎に対する執着はアルファ並のように感る。
 まあ、それはそれで別にいい。
 ここに来た目的を果たすのに、二人にはくっ付いて貰った方がやりやすいかもしれない。
 エリアスがここに来た目的は別にあるのだから。






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