いつも眠たい翠君は。

黄金 

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13 古賀家の三男

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 僕の名前は古賀流雨(こがるう)。バース性は男性オメガ。
 兄が二人いる。どっちも男性アルファで綺麗で頭良くて優しい人達だ。五歳年上の優雨(ゆう)兄さんと三歳年上の時雨(しぐれ)兄さんは、僕の自慢の兄で、橙利父さんにそっくりだ。僕は小柄なオメガの翠父さんに似ているって言われる。垂れ目の大きな目が似てるって。しかも橙利父さんの長い睫毛が合わさってすっごい垂れ目に見えるのだ。僕はこれがちょっと嫌だった。二人の兄さんみたいに睫毛があってもパッチリ見える目が羨ましかった。

 兄さん達には林野家の息子と娘が側付きとしてついている。同じ年で、小さな頃から彼等は家でも学校でも一緒に過ごしていた。
 林野家の息子は上が仁(じん)、下の娘が響(ひびき)という。どちらもアルファだ。
 仁さんと響さんの生みの親である秋穂さんと、僕の父親である翠父さんは同級生で親友同士だ。二人は大学を卒業するとオメガならではなのか、時期を合わせて子供を産んだ。
 そしてそれは僕の代でも同じで、示し合わせて三人目を妊娠出産したのだ。
 林野家の三人目は男性アルファの斎(いつき)って名前だ。仁さんや響さんは秋穂さんに似ているのに、斎は律さんにそっくりだった。まぁ、見た目は。性格は軽く面倒見の良い律さんと違って、あまり喋らないし、人付き合いも下手だ。。最近は不機嫌そうな感じもある。
 小さい頃は仲良かった。小学校まではよく家を行き来して遊んでいたのに、中学校くらいから遊ばなくなった。
 中学二年のバース性一斉検査で、僕はオメガ、斎はアルファと診断されてからは、あからさまに嫌な顔をした。
 僕だってアルファが良かった。
 兄さん達みたいに、綺麗で優秀なアルファになりたかった。
 小学校四年生位までは、僕も自分はアルファなんだって思ってた。身長も高い方で成績も良かったし、運動神経も良かった。人よりいろんな事を率先するリーダーシップもあって、斎と一緒に何でもやっていた。
 でも成長するに従って、皆んなから身長を越されていくにつれて、なんか違うなってなってきた。
 中学校に入る時は、斎は見上げる様に大きくなっていた。
 この時に僕はアルファじゃないんだと思った。
 成績は良かったけど、小柄で筋肉の付かない身体は女性と大差なかった。
 ああ、オメガなのかと呆然とした。
 翠父さんに相談した。僕はオメガなのかなって。
 例えオメガでも大丈夫だよって言ってくれた。オメガでも父さん達が助けるし、相談にのるからって。
 ホントは斎と肩を並べて競い合いながら生きて行きたかったけど、僕の夢は僕自身の性別によって断たれたような気がした。





 
 少し大きめのブレザーの中にフード付きのパーカーを着て、頭にフードを被せて歩く。
 顔の下でぷらぷらと揺れるフードの紐を見つめながら、僕は高校へと続く坂道を登っていた。
 他にも沢山の学生が上へ向かって楽しそうに歩いている。
 皆んな何がそんなに面白いのだろう。
 僕は憂鬱に頭を落として歩いていた。
 
「はよ~、流雨!」

 肩を叩いて後ろから走り寄ってきたのは幼馴染の佐々成結良(ささならゆら)。男性オメガで同い年。生みの親の春乃さんにそっくりで、少し吊り目気味の大きな目と小作りな顔、華奢な身体は誰もが振り返る程の美人だ。サラサラの黒髪は肩の上で切り揃えている。
 輝くオーラにアルファは引き寄せられてくるが、結良は全てを切って捨てている。結良は振る人数に辟易して「僕は生粋の金髪碧眼じゃないと嫌なんだ。」と、生粋の日本人に向かってそう言って振っている。
 人種から否定しとけば諦めるだろうという意見だが、生粋の金髪碧眼が来た時どうするつもりだろう?

「おはよ、結良。」

「まぁーたフードと前髪で顔隠してるっ!いい加減顔出しなよ~。」

「………やだ。」

 ここは昔お父さん達が通った高校だ。
 なかなか増えないアルファとオメガの出生率に、政府は相変わらず指定校制を導入している。
 最近はアルファとオメガの子供でもベータが産まれる率が高くなっているらしい。それを考えると、古賀家、林野家、佐々成家はアルファとオメガしか産まれていないのでかなり優秀なんだろうか。
 入学式の時、橙利父さんと翠父さんは懐かしそうに坂道を上がっていた。ここで二人は出会ったんだと、照れて話していた。二人は相変わらず仲睦まじい。
 ボンヤリ歩いていると足が止まっていたらしい。ほらほら急ぐよ!と言って結良に引っ張られる。
 
 漸く校門が見える頃、敷地内に入った所で人だかりが出来ていた。
 その中に背の高い人影が数人見える。
 アルファ・オメガ指定校の競争率は年々上がっている。ベータ性の子達がアルファに近付きたくて志望校に選ぶ所為だけど、そんな理由で入学した子はアルファをアイドルの様に追っかけている。
 なのでアルファは主にベータに囲まれがちだ。
 その中に見知った顔を見つける。

「あ、斎だ。」

 結良が言う前からその姿は見つけていた。背が高く色気のある切長の瞳、黒い髪は少し長めで、鬱陶しそうにかきあげていた。
 果たして鬱陶しいのは髪なのか人だかりなのか。
 他にもアルファはいるが、一番囲まれているのは斎のようだった。
 自分もアルファだったら、斎と一緒にキャーキャー言われたんだろうか。
 そしたら………。

「行こう、結良。」

 そだね。と言って結良はついてくる。
 
 そしたら、ほら行こうぜって言って斎を助けるのに………。
 
 人口の大半を占めるベータは、オメガにとってはあまりいいものではない。アルファは賢いし身体能力もあるので、大勢のベータ性を引っ張っていけるけど、アルファよりも数が少なく小柄で力のないオメガは大人しく過ごすのが基本だ。
 学校はまだいい。
 オメガ専用の敷地に教室がちゃんと用意され保護されている。
 オメガはアルファに囲われる存在、庇護されるべき存在、そして子供を産むだけの役立たず。オメガなのにアルファと番って子供を産んでもベータしか産めなかったと、家族から暴行を受けたオメガが最近増えているとか。
 オメガは弱い生き物。それが今も昔も常識だった。



 オメガクラスは学年で二クラスしかない。今年の入学者数はアルファ百十六、オメガ六十一、ベータ千二十三、三十クラスからなる。橙利父さんは自分達がいた頃よりアルファとオメガが減ったと言っていた。
 入学希望者が多いので、受験の結果偏差値は高い。ベータでも優秀な人間は多く、アルファと肩を並べる人は多い。
 対してオメガはあまり頭がよろしくない。そのうちアルファと番って家庭に入る者が多いのと、発情期という負担が普段からある所為で、勉学に勤しむ者が少ないのだ。
 入学してすぐに行われた実力テストの結果を見て、結良は溜息を吐いた。

「流雨~、この前のテストどうだった?」

 横長の小さな紙には学科と点数、科目ごとの順位と、学年順位、オメガでのみの順位が印刷されている。

「ん、予想通り。」

 結良は流雨のテスト結果を横から覗き込み、ウゲッと小さく呟いた。

「信じらんない。」

 そこには科目ごとの順位から学年順位、オメガ順位まで『1』の文字。
 人類の頂点に立つ様なアルファの上に君臨する流雨の順位。

「この学校に順位発表というものが無くて良かったねぇ。」

 あったら大騒ぎだろう。何故オメガが一番なのかと。
 結良もそんなに悪い点数ではないが、アルファに食い込む程の頭は無い。
 流雨は規格外のオメガだと結良は思っていた。
 
「ん、結果発表あったら斎に嫌われる。」

「…………そんな事無いと思うけど…。」

 結良は困った顔で微笑んだ。
 流雨は斎が好きで、中学二年のバース性検査でオメガと診断された時、斎に付き合って欲しいと告白した。
 答えは拒否。
 どこが駄目なのか教えて欲しいと言っても、斎は答えてくれなかった。
 告白する前から気薄だった関係は、更に離れてしまった。
 斎はどんな人が好きなんだろう?
 結良みたいに綺麗な人?
 それとも庇護欲たっぷりのオメガ?
 まさかオメガは好みじゃ無いとか?
 あの日から斎は僕の顔を見てくれなくなった。
 僕の顔が嫌いなのかと思って僕は顔を隠す様にした。
 抑制剤も飲んでフェロモンも抑え込んだ。
 学力落とすと橙利父さんから物凄く怒られるので、勉強はするけど成績は誰にも教えない様にした。知ってるのは結良だけだ。
 僕の一世一代の告白は何故か中学校の皆んなに広まっていた。
 オメガと分かった途端アルファに擦り寄った奴と言われた。
 目が媚びていると言われた。
 頭いいオメガはプライドの高いアルファから嫌われると言われた。
 僕は……僕はオメガだけど、僕なりのプライドがあったのに、あの日から僕の自信は失われた。
 ただ斎と一緒にいたかっただけなのに……。また昔みたいに遊んで笑い合いたいだけなのに、斎は僕を要らないと言った。
 オメガの僕は嫌いなんだと思った。
 
「いつか仲良くなれるよ。」

「……ん。」

 結良が側にいてくれて良かった。
 





 僕と結良の昼休みは資料室というプレートが下げられた部屋でほぼ過ごす。昔橙利父さんが一学年下の翠父さんの為にだけ残した部屋で、テーブルと椅子、エアコン完備の快適な部屋になっている。エアコンは古賀家長男の優雨兄さんが入学した時に取り替えたらしく、まだ充分使える。
 僕達は祖父母のいる家から通っている。僕は七木家から結良は佐々成家からだ。お互い車で送ってもらえるので通学に困る事もなく、衣食住は全て祖父母にお任せだ。
 購買を使う事もなく持たされたお弁当を食べる。

「ふぁ~。」

「寝るの?」

「ん、起こしてね。」

 僕は寝るのが好きだ。出来ればずっと寝ていたい。本を読む結良に目覚ましがわりを頼み、テーブルに突っ伏した。


 うつらうつらと思い出すのは、あの日。
 中学二年のバース性検査の結果通知書を見て、僕は決心をした。
 アルファとして一緒に生きていけないなら、アルファとオメガで番として生きて行きたいと思った。
 近くの公園に呼び出して、斎に通知書を見せた。

「斎はアルファだった?」

 僕の問いかけに、斎は頷いた。
 僕の通知書を見て、斎は困惑したような顔をしていたけど、斎は小柄な僕を見てそれでも今までアルファかもしれないと思っていてくれたのかもと感じた。
 小さい頃は泣き虫で僕の後をずっとついてきていた斎は優しい。
 他の皆んなのように、お前はアルファ家系なのにアルファじゃ無いと揶揄ったりしない。
 僕自身でさえ中学に上がる頃には諦めていたのに……。

「僕オメガだったよ。」

 斎は黙ってまた頷いた。僕が何を言うのかをジッと見て待っている。
 流石の僕も心臓がドクドクと波打っている。
 こんなに緊張するのは初めてかもしれない。
 
「ねぇ、斎…………。」

 ザワザワと公園の樹々が風に揺れる。
 僕の声は届いただろうか。
 僕は声を出せているだろうか。
 僕は一世一代の告白をした。
 目を見開いて時が止まったように黙る斎を、ずっと待った。
 ギュウと胸元の服を握りしめて、斎が頷いてくれるのを待った。

「ごめん、無理。」

 呆気なく振られてしまった。
 斎は申し訳なさそうに、じゃあと言って去って行った。
 小さい頃は仲良しだった。
 斎は僕の部下になってついて行くよと言った。
 将来は一緒に仕事して色んなところを飛び回ろうって約束をした。
 僕がアルファじゃ無かったばかりに全てが不可能になった。
 だったら番という別の形でもいいから一緒にいたかった。
 でもそれはお互いに好意がないと出来ない。斎が無理だと言うなら出来ない。
 




「流雨っ。る~う~、起きろ~!」

 結良の声にハッと覚醒する。
 もうすぐ昼休み終了だった。

「ふぁ~。」

 大きな欠伸を一つして立ち上がった。
 フードを被り直すと、結良が勿体無いと言う。

「何が?」

「顔出せばいいのに。」

「やだ。」

 結良と家族だけは僕の顔を褒めてくれる。それだけでいい……。








 
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