いつも眠たい翠君は。

黄金 

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11 高良

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「何だと?」
 
 秘書の岩永からの報告に目を見張った。岩永はオメガながらも高学歴の持ち主で、採用されて一年経とうかという青年だった。
 これまで私生活に踏み込むこともなく、真面目な青年だと思っていたのに、何故突然?

「白石春乃に同意書を書くよう促してきました。」

「何故君が春乃を知っている?」

 春乃の事を知っている人間は少ない。
 番ではあるが、社会的に認められているのは結婚相手になるので、番婚の春乃は近い言い方をすれば愛人に近い。
 いや、春乃に対する待遇は愛人ですら無い。他人に近いとすら言う。
 
「関係を持たないオメガなど必要有りません。」
 
 岩永からは熱の籠った眼差しが送られて来る。

「番解除を行えば、貴方は他のオメガのフェロモンを感じるようになるはずです。もっと相応しいオメガと番い直すべきです。」

「それが自分だとでも?」

 岩永の頬が朱に染まった。

「私なら……、白石春乃よりは貴方の役に立てます!以前仰っていたでは有りませんか。早く書かせないと、と。」

 それは一緒に出張した時の話だろうか。確かに呟いた。春乃に書かせようと思った書類は手元にある。ただなかなか決心がつかず、行きあぐねいていただけだ。

「お前は勘違いをしている。今日は早退しなさい。」

「そんな!」

 他の秘書に視線を寄越すと、サッと岩永を連れて行ってしまった。岩永は何か言いたそうに此方を見ていたが、期待させる訳にはいかないので無視をする。

「申し訳ございません。優秀な者と判断していたのですが。岩永はどのような処遇に致しますか?」

 年配の第一秘書が申し訳なさそうに確認する。

「秘書課は移動だ。後は任せる。」

 これ以上側に置いていらぬ勘違いをされては困る。既に番持ちで春乃以外のオメガにはフェロモンは感じないからと、安易に近くに置くべきではなかった。

 全員部屋から退出させ、携帯を取り出した。
 迷わずコールを押す。
 数度鳴ると『はいはい、澤井でーす。』と言う明るい声が聞こえる。

「佐々成だ。今からいいか?」

 彼等とは数年の付き合いだ。度々連絡を取り合い、春乃には内緒で会っている。
 了承を取ってから、彼等の店舗兼作業場へ向かう事にした。




 澤井夫夫はアルファとオメガの番夫夫だ。二人で立ち上げた洋服のブランドは評判が良く、元々はオーダーメイドのみだったが、最近は既製品も量産して出荷している。それでも手作りにこだわっており、一つ一つが味わいの違う服が手に入ると注文が後を経たない。
 春乃は彼等に雇われていた。

 とあるパーティーで子供が着ていたドレスがきっかけだった。
 春乃の匂いがする…………。
 砂糖を溶かしたような甘い匂い。
 何故こんな子供から?もしかして子供を産んだのか、とザワリと嫉妬が膨れた。自分達はあれから一切の関係を持たなかった。
 春乃は発情期はいつの間にか外出し、終わったら帰って来ていた。何処に居たのかも聞いた事は無い。
 番を持ったオメガは他のアルファとは関係を持てない。酷い嫌悪感に襲われるらしいので、子供を作る様な行為はしないだろうと思っていた。
 まさかベータと?
 いや、そんなはずは……。
 フラフラと子供に近付くと、その子の両親が挨拶をしてきた。春乃の子では無いのは直ぐ理解したが、では何故この子から春乃の匂いがするのか?
 それとなく子供を褒めると、ドレスの話になり、その服に匂いがついているのだと分かった。個人が立ち上げたブランドで一点物。
 ブランド名から春乃の職場に辿り着くのは直ぐだった。ホームページには春乃がモデルで複数の写真が載っていたからだ。
 問い合わせると、最初は春乃に惚れたファンかと怪しまれたが、番だと言うと会ってくれた。それが大学ニ年生の時。
 専門学校を卒業したらそのままマンションで大人しく住むのかと思っていた。
 生活費は毎月定額を送金している。
 何故?どうして?
 疑問を澤井夫夫にぶつけると、春乃は一人で生きていく為の準備をしていると言う。番のアルファに迷惑を掛けたから、番が次にオメガで好きな人が出来たら、番解除をするのだと言って。
 春乃は俺から離れる準備をしていた。
 大学卒業後は実家の会社を継ぐ為に東京で働く予定になっている。地元に一人で春乃を残すべきじゃなかったと、今更ながらに後悔した。
 春乃まで自分の元を去るのかと思うと、激しい悲しみが襲う。
 いつの間にか静かに寄り添う春乃を心の拠り所にしていた。
 澤井夫婦がそのうち東京の近くに作業場を移す予定だと言うので、もし場所がまだ決まってないなら、此方で用意させて欲しいと交渉した。その代わり、春乃の様子を教えてもらう様依頼する。
 敷地から店舗から、多少の出資をして移ってもらった。勿論春乃を従業員として連れて来てもらい、アパートも此方が用意した安全な所に入居するよう促してもらった。
 澤井夫夫からはそんな遠回しな事をしなくても直接話せば良いのにと言われたが、今更どんな顔して会えば良いのか分からなかった。




 春乃が今日は休んでいる事は知っている。事前に発情期休みの日を教えて貰っていた。
 春乃は一人で発情期を凌ぐのに限界を感じると、澤井夫夫に相談した事がある。番がいるのに一緒に過ごしていないから身体が欲しがっているんだろうと言う結論になり、番の持ち物を貸して貰えば良いのではと助言したらしい。
 何かしら自分に連絡が来るのだろうかと待ってみたが、春乃の発情期は終わり、澤井夫夫に確認すると以前住んでいたマンションから持ち物を少し拝借したという。
 何で自分に直接貸してと言わないのかと腹が立つが、お互い合わなくなって長い。仕方ないのかと諦め、春乃の発情期に合わせてマンションに使用済みのものを置くようにした。
 そんな状態がずっと続いていた。

「いや、早く仲直りして!?」

「長引けばますます話しにくくなりますよ。」

 澤井夫夫は何かと連絡をくれて協力的だ。番解除も最初は辞めて欲しいとお願いをされたくらいに春乃の事を心配している。

「もう襲っちゃえばよくない?オメガは好きな人なら犯されるのも有り!」

「え?そうなの?じゃあ今度そーいうプレイする?」

 好きなように言ってくれる。もし嫌われたらどーしてくれるんだ。
 普段から発情期の度に一緒に過ごして来た夫夫とはわけが違う。
 高校で無理矢理生徒会長にされて、何故か色んな委員と役員までやらされ、忙殺の日々に追われて気付けば翠は元生徒会長の番になっていた。
 ショックが大きな高校三年、どうやって過ごしていたのか今でもよく分からない。
 ただ忙しい時も頭が真っ白になっていた時も、あのマンションに帰れば春乃がいてご飯を作って待っていた。
 家政婦を雇うという考えにすら行きついてなかった俺は、ただただ春乃の与える家庭的な空間に、本能のように帰って過ごしていただけだ。
 特に考えもせず大学を受け、大学の近くに引っ越して初めて春乃を置いて来たのだと実感したのだ。
 だが春乃もまだ専門学校に通っている。呼ぶにしても卒業してからだろうと考えた。
 お互い連絡をしあうこともなく時は過ぎ、俺はがむしゃらに勉強していった。
 ひとえにあの古賀橙利に勝ちたい一心で。勝てるとは思っていない。元々の家格が違いすぎる。
 だが少しでも会社を大きくしたかった。
 古賀橙利の元婚約者が乗り換えても不思議がられない程度には。
 いつになったら追いつけれるのか分からない相手に紛争し、疲れて来たら春乃がモデルを務めるホームページを見るようになった。
 白を基調としたワンピースを着て森の中で木漏れ日を浴びながら下を俯く春乃が映る。音楽に合わせてゆっくりと顔を上げ、ふんわりと微笑む春乃。
 高校の時は艶のある真っ直ぐな黒髪を肩で切り揃えていた。パソコンの中の春乃は豊かな黒髪を前髪も一緒に長く伸ばしている。ゆっくりと動く春乃に合わせて白いヒラヒラとした服と纏わりつく黒髪が艶かしい。
 下にスクロールしていくと動きやすいパンツスーツ姿でお菓子を頬張る写真が出て来る。スカートを履いた女の子のような格好まである。
 少し吊り目がちの小作りな顔は、長い髪も相俟って男性のようにも女性のようにも見えた。妖精のように性別不明。
 暫くパソコンの前で春乃の姿を眺めていた。
 何で自分の前に番がいないのかと飢餓感に襲われた。
 会いに行ったら逃げられるだろうか。
 突然何をしに来たと、今更用は何かと言われないだろうかと、不安ばかりが押し寄せてくる。
 こんなに弱いアルファで、可憐なオメガを迎えに行って良いものかどうか、焦燥に駆られた。

「とりあえずさぁ、今朝君んとこの秘書が言った事は間違いだって言ったほうが良く無い?春乃くん、昔渡された同意書持ってるって言ってたよ。」

 確かにかなり前に渡した。
 だがあれは高校生の時の勢い余った考え無しな物だ。
 とっくの昔にどっかにいっているだろうと思っていたのに、まさかずっと手元に置いていたとは思わなかった。
 既に高良の名前は記入済みなので、春乃が書けば役所に提出出来てしまう。

「い・そ・げ!い・そ・げ!」

 囃し立てる二人を無視して、この作業場に近い春乃のアパートまで走った。






 アパートはまずオートロックで中に入る必要がある。勿論入れる。何故なら持ち主は俺だからだ。
 一人暮らし用オメガ専門のアパートだ。普通のアパートと変わらない値段にしたので入居者は後を経たない。
 春乃はこのアパートの二階の端に入居させている。
 インターフォンを鳴らすが出ない。
 発情期に出歩いたのか?
 一度中を確認する為に勝手に鍵を開けた。
 
 中は綺麗に整頓されていた。リビングには小さなテレビとローテーブル、大きめのクッションが一つ。テーブルにはワインの瓶が置いてあった。ワインは飲むと聞いていたが、一本空になり、もう一本は半分程度減っている。
 春乃はクッションに乗って寝ていた。
 顔色はあまり良く無い。
 話し掛けると意識はあるようだが返事が出来ない。二日酔いか?発情期に何やってるんだ。
 吐くのかもしれないとトイレに運ぶと、ウエッと言いながら吐いた。
 髪を軽く纏め、コップに水を汲んで渡す。うがいをして少しスッキリしたようだ。
 ベットに運び汚れた服を脱がせパジャマを着せる。

「…………何で?」

 久しぶりに聞いた春乃の声はしゃがれていた。飲み過ぎだ。

「後で話す。今は寝とけ。」

 なるべく優しく聞こえるように言った。
 



















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