いつも眠たい翠君は。

黄金 

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6 元婚約者達の事情

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 学校から徒歩十五分とかからない場所が僕の住処になった。晴れの日は徒歩、雨の日は高良と車に乗り合わせて登校する。
 ちゃんとしたオートロック付きのマンションで学生二人で住むには勿体無いくらいの広さがある。
 学校に行っている間に家政婦が来て掃除をして行くが、料理は僕が作らなければならない。
 帰りは別々が多いので歩いて帰り、途中のスーパーで買い物を済ませてきたので、それを大きな冷蔵庫にしまった。
 鏡のように反射する冷蔵庫の黒い扉には、僕の姿が映っていた。
 黒髪は顎のところで真っ直ぐに切り揃え、少し吊り目の大きな目は切長だ。昔から綺麗だと褒められ、誰よりも美しいオメガだと言われて育った。
 何不自由ない環境、美しく優れたアルファの婚約者を持つ僕。それが白石春乃だった。まだ番婚しかしていないので苗字は白石のままだ。同じ苗字にするならちゃんとしたベータの人達と同じように婚姻届を出さなくてはならない。
 佐々成高良は出すつもりがないようだった。
 彼は元婚約者の七木翠が今でも好きだ。
 あの日僕は魔が差したのだ。
 高良は一つ下の生徒会役員だった。僕も役員で、お互い顔見知りだった。
 都市伝説的な運命の番ならば、とっくにくっついている。
 そうじゃないのはお互い知っていた。
 恋愛感情もお互いない。
 なんなら僕は橙利に対してさえ無いかもしれない。
 僕は飽きていたのだ。
 幸せすぎて。
 何不自由なく、未来に対しても何の不安もない生活に飽き飽きしていた。
 人が自慢するかのように話す不幸話に憧れていたのかもしれない。
 橙利は出来たアルファで番うのは十八歳からというのを守っていた。
 どうせ噛むんだから、衝動的に僕を求めて番ってくれても良いのに、橙利の理性は鉄壁だった。
 どんな我儘も聞いてくれるし、何を言っても叶えてくれる。あまりにも常識はずれなお願いなんて、恥ずかしくて言えないので、大概が叶えれそうなお願いばかりだったけど、橙利は必ず僕の言う事を聞いてくれた。
 皆んな素敵な婚約者だと羨ましがる。
 幸せそうだと言われる。
 それがとてもつまらなかった。
 もう高校三年生だ。
 このまま二人が十八歳になると番って、高校を卒業したら結婚するのかと思うと息が詰まりそうだった。
 何か僕にも物語のような衝撃的な話が舞い込んで来ないだろうか。

 そんなバカな事を考えていた日々に、高良が言い寄ってきた。
 高良は橙利が嫌いだ。
 自分より優れていると感じているのだろうが、それを認めたくなくて反発している。
 アルファのプライドは強い。
 その性が強ければ強いほど、自尊心も大きい。
 でも橙利と張れる程のアルファは高良しかいないようだった。
 おそらく高良は僕を抱けば橙利が傷付くと思ったに違いない。
 彼の誘いに僕は乗った。
 もうそろそろ発情期でまだ橙利には言っていなかったけど、朝から身体が熱っていた。
 いつも発情期に入ってから言っていたから、橙利は今仕事が忙しくて知らない。
 高良の部屋に行き、服を脱いだ。
 僕は処女では無いし、橙利以外のアルファにも興味があった。
 結果は気持ち良かった。
 意識が飛ぶ前に、橙利に言っても叶えてくれなかったお願いが口に出る。
 噛んで、と。
 アプリを開いて32桁の暗証番号を打ち込みチョーカーを外す。
 高良の理性も僕の理性も吹っ飛んでしまっていた。
 気付いたら番っていた。
 高良の家族と七木翠が気付いて止めたらしいけど、全く覚えてない。
 気付いたらこのマンションに詰め込まれて、高良が後から入居したという感じだ。
 ここは佐々成家のマンションらしい。
 僕達は必要最低限の会話しかしない。
 アルファは番ったオメガが本能で守るべき者として大事に思えるらしいけど、全くそんな感じはない。
 高良の関心は全て七木翠にある。
 日に日に苛立つ高良に溜息が出る。
 諦めたら良いのに。

「番を解除する。」

 作った晩御飯を食べながら、高良は唐突にそう言った。同意書を書いて欲しいらしい。

「何で?」

「翠と番う為に決まってるだろう?」

「翠君は君とよりを戻したいの?」

「戻したいに決まってるだろ!」

 うーん、この癇癪の仕方………、違うのではなかろうか?

「翠君が僕の前に来て同意書書いて下さいってお願いしたら、書いてあげる。」

 にっこり笑って僕は言ってやった。
 僕だって早死には嫌だし、根気のいる治療は出来れば受けたくない。
 番関係をそのままにして、翠君を愛人にって言うならお好きにどうぞだけど。
 高良は舌打ちをしただけだった。
 やっぱり元から好きあった同士じゃないと、ラブラブ番にはなれないらしい。
 僕達は無理そうだ。
 なんで高良の誘いに乗ったかと言えば、高良の翠君に対する執着が羨ましかったからだ。
 橙利は僕に執着していない。
 何でもお願いは聞いてくれるけど、橙利は僕を縛り付ける事はしない。
 子供の頃から言い含められた許嫁だから、大切にしているだけだ。
 本人がそれに気付いてるかは知らないけど。
 本当は僕をもっと縛り付けて、大事に囲って、マーキングをつけまくって誰も近寄れないくらいにして欲しかった。
 そうしたら僕も橙利を執着するくらい好きになれたかもしれない。
 僕も橙利もお互いを婚約者で大切にしなければならないと思いはしても、淡白な感情しか持っていなかった。
 高良は番ったけど、その執着が僕に向く事はないらしい。

「はあ………。」

 これは僕が起こした我儘だ。
 ちゃんと分かってる。
 僕が間違っていたのだと。
 誰も悪くない。僕が悪い。
 幸せが当たり前すぎて、ほんのちょっと不幸に浸りたくて起こした我儘だ。
 取り返しがつかない愚かな行動だ。
 優しい橙利を傷付け、両親に見限られ、翠君から高良を奪い、高良からは唯一を手放させた。

「とりあえず橙利から謝ろうかな…。」

 怖くて全部後回しにしてきたけど、一つずつ謝っていこう。
 まずは橙利から……。
 以前の携帯は捨てられてしまった。
 新しい携帯には殆ど連絡先がない。というか高良しか入っていない。
 手帳を取り出し橙利の電話番号を押した。
 知らない番号だろうけど、出るかな?
 出ないかも……。
 どっちに期待してるのか自分でも分からず、コール音をひたすら待つと、久しぶりに懐かしい声が聞こえた。

『はい?』

 誰だろう?っていう、その声を聞いて思う。
 ………僕はもう過去だ、と。
 だって彼の声は知らない番号から掛けてくるような、待ち人を待つ声では無かったから。









 待ち合わせは土曜日。
 駅近くのカフェにした。
 高良は用があると言って出て行った。まあ大概出掛けてるけど。僕とあまり顔を合わせたくないのだろう。
 義務のようにマンションに帰り、僕の作ったご飯を食べて一緒に登下校をするだけだ。学校でお昼ご飯も一緒に食べた事はない。
 橙利には翠君にも謝りたいんだって言ったら連れて来ると言われた。
 いつの間に仲良くなったのか。
 現れた二人は別に怒ってもいなかった。
 むしろ二人は僕が高良と上手くいってるか心配しているようだ。
 僕の所為でこんな事になったのに、彼等は傷付いた過去を綺麗に克服していた。
 うーん、どちらかと言うと僕はキューピットをしてしまったのでは無いだろうか。
 既に番った僕には分からないけど、フェロモンダダ漏れな気がする。
 なんだ、良かったと安心した。
 
「あの、高良には直接会いたくないんですけど、何も出来ないかもですけど、相談とかあったら言って下さいね?」

「何かあれは僕も手伝うよ。」

 二人とは連絡先を交換しあった。
 僕の連絡先一桁の数字を見て、二人は何とも言えない顔をした。
 大学はどうするのかと聞かれて、そんなに頭も良くないので地元の大学受験すると言ったら、橙利は東京の大学を受けると言っていた。
 橙利の成績で地元はまぁあり得ないよねと思ったけど、高良も来年は東京じゃないだろうか………。
 そうか、番なのに離れるんだなと他人事のように思った。
 
「二人はお互い何て呼び合ってるの?」

 何気なく聞くと、橙利は七木君で、翠君は会長だった。固いな……。
 
「橙利は翠で翠君は橙利先輩くらいが良いんじゃない?橙利はそろそろ会長引退でしょ?」

 無理矢理呼ばせ合うと、二人とも無茶苦茶照れていた。
 良い仕事をしたかもしれない。
 僕は迷惑を掛けた二人に何もしてやれないので、少しだけ二人が進展するよう愛のキューピット業をやった。
 

 手を振っていつか遊ぼうねと別れる。
 僕が退屈で遊びに手を出したら番ってしまっただけで、高良からしたら事故のような物だから許してやって欲しいとお願いしたら、二人は苦笑いしていた。
 僕はいつか高良が番いたいオメガが現れると、捨てられるかもしれない。
 でも、それでも良いやと思っている。
 とりあえず一人でも生きていけるように、頑張らねば………。
 夏が近づく晴れた空を見上げながら、僕は晴れ晴れとした気持ちで家路についた。







 アルファとして俺は恵まれていた。
 頭も良かったし、運動神経も良かった。身体は大きく、他のアルファより優れていた。
 両親は高良は凄いと子供の頃から褒めちぎり、俺もそれは当たり前だと思っていた。
 近所に住む可愛い翠も、当たり前のように手に入ると信じていた。
 あのオメガに誘われて、無駄に番ってしまうまでは。
 両親は別に構わないが、七木さんとはもう交流が出来ないねと残念がっていた。
 番って暫くは古賀生徒会長の憔悴した顔を見て溜飲も下がっていたが、何故か突然顔色が良くなり出した。
 もう吹っ切れたのか?
 かなり春乃を大事にしていたようだったが……。
 春乃は春乃で何を考えているのか分からない。
 直ぐに同じマンションで住むように言われ住み出したが、媚びるわけでも怯えるわけでもなく、淡々と過ごしている。
 家事は出来るようだが、学力は無く、高校卒業後を聞くと地元の行けそうな大学を受けるという。
 翠はオメガでありながらアルファの順位に食い込む程頭が良かったのに対し、顔が綺麗なだけの可愛げもないオメガを、何故生徒会長は大事にしていたのか分からなかった。
 本当に取り柄は顔だけで、会長に対する腹いせにこんなオメガを誘うんじゃなかったと後悔した。
 お陰で翠と別れる羽目になった。
 幼稚園の頃から大事に大事にしていたのに、誰にも渡さないように、自分だけを見るように気を付けていたのに、離れてしまった。
 己の迂闊さを呪った。
 オメガクラスのある棟には近付けないので、翠の行きそうな場所を探すが見つからない。
 漸く見つけた時はたまたま天気が良くて外でお弁当を広げている時だった。
 あの久我秋穂とか言うオメガと一緒だ。
 翠は俺の言う事を聞かなくなっていた。隣にいたオメガの所為だ。ブロックまでされていて頭にきた。
 怒りで我を忘れ、古賀生徒会長が近付いて来ていたのにも気付かず、周りにもいつの間にか生徒が集まっていた。
 翠は俺の元に来ようとしない。
 見付けても何故か生徒会長がやって来て全てが空回りしていた。
 廊下で翠を見付けても、春乃とは番解除すると言っても、翠の心も身体も戻らない。
 古賀生徒会長を貶めるつもりが、自分の方が苦しんでいるんじゃないだろうか。
 何故か翠と生徒会長はいつの間にか仲良さげで、一緒にいる事が多いのか噂になり出していた。
 俺の翠を盗られた。
 これも全て春乃の所為だと思うと、自分の番ながら、顔を見る度に苛立ちが増した。
 
「これ、書いといて。」

 同意書を春乃に渡すと、溜息をついて一応貰っとくと言ってしまわれてしまった。俺の欄にはもうサインをしてある。後は春乃が書くだけだった。

 翠、翠、翠!

 どんなに呼んでもあの黒眼がちの垂れ目は俺を見てくれなくなった。
 濡れた樹々の匂いは俺を包んでくれなくなった。
 ただただ虚しい日々が始まっていた。











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