転生黒狐は我が子の愛を拒否できません!

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番外編

65 応龍が見つめるものは

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「永然様って天凪様と恋人同士ですか?」

 そう聞いてきたのは玄武愛翔まなとだった。
 名付けたのは親である銀狼の万歩なのだが、これが物凄く悩んで決めた名前だった。
 悩んだ挙句に呂佳ろっかに相談した。

「前の玄武の名前使っちゃダメ?」

「ダメでしょう。」

「ダメだっ!わかんねぇ~呂佳つけてっ!」

「何を言ってるんですか?貴方が親になるのでちゃんと考えなさい。」

「ヒントっ!ヒントくれっ!神獣の名前って思うと緊張して付けれねぇ~!」

「えーー………?じゃあ、誰か思い入れのある人の名前から一文字取るとか、親子で一文字ずつ文字を入れるとかが定番では?」

 思い入れ……、呟いた万歩が悩んだ末に、愛希と比翔から一文字ずつ取ったらしい。愛希から取ったのはもう会えない愛希の身を心配して、この子が元気でいれば愛希もきっと元気だ、という願いからとったらしい。後は同じ玄武だから~という適当さだった。
 その後にポロポロと作った子供達は自分の万歩からとったり、雪代からとったりしてつけていっている。どう考えてもめんどくさがりの名付け方だ。
 雪代に至っては「無理。」だった。

 そんな愛翔は生まれながらに神獣玄武だ。
 焦茶の髪はサラサラと長く、深い緑色の瞳は落ち着いた色合いをしている。深層の令嬢を思わせる少女のように美しい顔立ちをしていた。
 
 愛翔は両親は勿論、皆んなから愛されて育った。厳しくも育てられた。玄武の地は荒れ果て領地は闇に侵食されている。それを神力で満たしつつ広げていき、生き物が住める土地にしていかなければならない。
 他の領地に比べて条件が悪いのだ。
 同じ北を支える霊亀としては玄武には頑張って土地を広げていって欲しい。なので定期的に永然も玄武愛翔を手伝う為に、玄武の地に来ていた。

 今日も闇の境界ギリギリ辺りで妖魔を倒しつつ、神浄外の外堀を広げていた時に、愛翔から急に尋ねられた。

 コイビト………?

「いや、関係性で近いのは親子だ。」

 真顔で答えると愛翔が何とも言えない微妙な顔をした。

「うーん、家族…親?に対してこの監視?巨城にいる時は常にご一緒だったので分かりませんでしたけど、永然様は常に見られてて嫌にならないんですか?」

 愛翔が何を言いたいのか察した。
 天凪は自分が少しでも離れると常に神力を使って見守っている。水気がなくても出来るが、あれば尚よく見る事が出来るらしい。
 本人にしか分からない感覚なのだが、かなり前に聞いた時そう答えていた。

「特には何も思わないな。天凪は銀狼と共に出る討伐以外は巨城から出られないからな。心配なんだろう。」

「え……、心配の範囲内?」

 愛翔の表情はさらに固まった。
 確かに天凪以外の者が常に見ていると言うなら許せない。でも天凪なら許している。
 
 愛翔は可愛らしく小首を傾げた。その姿だけを見れば少女だ。本人も桃色や赤の少女らしい着物を好んで着ているので、知らなければ大概の者は性別を間違える。
 うーーーん、と目を瞑り上を仰いだ。
 
「分かりました!」

「なにが?」

 永然は怪訝な顔をして愛翔を見ている。
 
 二人は今休憩中だった。
 水辺に座って敷かれた敷物の上に座っていた。ここ数年は全くいなくなっていた玄武領の兵士も少しずつ増えてきた。そんな僅かな兵士達が神獣を地べたには座らせられないと用意してくれたものだ。
 笑顔で愛翔が手を叩いた。何かを思いついたらしい。
 すっくと愛翔は立ち上がると、永然の隣に座り込んだ。愛翔の方が若干身体が大きいのは、永然が少年の姿で成長をとめてしまっている所為だ。
 愛翔が永然の頬を両手で挟み、ちゅっと唇を合わせた。

「………こうです。」

「………なにが?」

 神浄外で唇を合わせるのは神力の受け渡しでよくやる事だ。永然だって過去には天凪にも、なんなら那々瓊にだってした事がある。二人は神力が多いのであまりやる必要もなく、回数的には数える程度しかないが、別に珍しい行動ではない。それも子供の頃の話だ。天凪に至っては遥か遠い昔の事。
 なので愛翔が何をしたいのか永然には理解出来なかった。

「う、うーーん。早まった?」

「いや、愛翔は何がしたいんだ?」

「え?だって、嫉妬するかなって思って。したと思いますけども。」

 愛翔は可愛らしく小首を傾げた。

「………嫉妬…?………て、え、、、うわっ!!」

 すぐ側にあった水辺から波が立ち上がった。
 波は永然を飲み込みドプンと沈む。
 ブクブクと泡立つ水の向こうから、笑顔の愛翔が「いってらっしゃーい。」と手を振っていた。





 ぷくぷくぷくぷくーーー。
 水の中に天凪の神力が満ちてくる。
 この水辺はこんなに深くない。精々がくるぶしにくるくらい。
 この水は応龍の神力が作り出した水だ。
 永然を包む力は暖かく、優しく下へ下へと降ろしていく。

「天凪。」

 遥か頭上にポツンと水辺の明かりが見えるくらいまで落ちてから、永然は引き摺り込んだ主の名前を呼んだ。
 水はふわりと揺れて一人の人物を形造る。
 長い梔子色くちなしいろの髪が広がり、誰もが畏怖する美丈夫が現れた。深く暗い水の中にあっても、空色の瞳は明るく輝いている。
 永然のキラキラと輝く緑色の髪も水の中でふわふわと広がっていた。
 何もない水の中に、輝く神獣二人だけが存在している。
 誰も覗くことの出来ない深い神力の水。
 最近呂佳がこんな空間を作ってみてはと言って試した天凪の空間だった。
 天凪の感覚は神に覗かれて嫌だろうと言われて、試しに結界の応用で作ったのだが、意外と上手くいっている。

 天凪が何も言わずに永然を抱き込んだ。
 
「愛翔はまだ若い。揶揄っているだけだから気にするな。」

 永然がそう宥めると、天凪はほんのりと笑った。

「知っている。ただ……、最近思う。呂佳が神に覗かれるのは嫌だろうと言って私はこの空間を作った。確かに、ここは安らげる。」

 そこまで言って、言葉が止まった。
 永然と天凪は誰よりも一緒にいた時間が長い。
 お互い神獣として自領を持っている為、ずっと側にいるわけではないが、生きている時間が誰よりも長い。
 天凪がぎゅうと抱き付くので、永然は背中に手を回してトントンと軽く叩いて宥めた。

「ああ、さっきの愛翔の言葉か?見られて嫌じゃないのかというやつか?」

 天凪の頭が頷いた。
 真っ黄色の髪が水の中を漂い、光ない世界に鮮やかな黄色がよく映える。
 永然はその髪に手を伸ばして指でくるくると遊びながら笑った。
 天凪はずっと永然の存在を頼りに生きていた。
 ふらつきそうになる精神を、永然という存在を支柱にして立っていたのだ。
 今はかなり緩和されたし、これから神浄外に神力を増やしていけば、天凪の負担は減っていくはずだと永然は考えている。
 今の神浄外は昔に比べると神力が薄い。
 だが万歩が生き続ければ、闇の妖力の進行を止め、神浄外の領地を増やして神力も増やしていけるのではと思う。
 そうなれば天凪が永然に縋る事も減っていくはず。
 だけど天凪は永然の様子を覗くのを止めない。
 必要のない監視をやっているから、愛翔は恋人なのかと聞いたのだろう。
 その後の接吻の意味は分からないが。

「前程辛くなくなったから、じゃあ止めろとは言わないぞ。好きなだけ見ればいい。」

 そもそも今更だ。
 
「永然は嫌じゃないか?」

「嫌ならとうの昔にそう言っている。」

 自分に関して天凪が知らない事は無いんじゃないかというくらい、ずっと天凪の神力が側にあるのだ。
 寝てようが風呂に入ろうが関係ない。
 揺蕩たゆたう二人の周りに神力の光が舞う。
 この水は全て天凪の神力だ。
 この中にいるという事は、身体の隅々を知られ、命を握られているに等しい。
 この中に大人しくいる事こそが答えなのに、天凪は不安で仕方ないらしい。

 背中と頭を撫でてやると、抱き締めていた腕が緩んだ。
 空色の瞳が綺麗だ。天凪は龍だ。空を駆け自由に生きる事が本来の性分なのに、応龍という足枷が天凪を縛りつけている。
 この自由を失った龍が愛しい。
 それだけだ。

「そろそろ戻らないと。」

 そう言うと大人しく離してくれる。
 地面こそ無いが地を蹴るようにトンッと足の指先に力を入れると、ゆっくり浮上する。

「…永然。」

 天凪が呼び止めたので、ん?と天凪の方を向いた。
 ゆるりと離れかけた腕を取られ引っ張られる。
 
 天凪の唇が永然の唇に合わさり、驚いた永然は固まった。腰を引かれて更に深く口が合わさり、ぬるっと舌が入り込む。

「………!」

 今迄口付けをした事がないわけではない。
 なのに、これは違うのだと分かった。
 神力のやり取りではない。ただの口付け。
 天凪の舌が上顎の裏を擦り、永然の逃げる舌を追いかけて絡めとる。
 目を見開いて永然は天凪の閉じられた瞼を凝視するしか出来なかった。
 ゆっくりと梔子色の睫毛が覆う瞳が開かれ、色鮮やかな空の色が永然を捉える。
 この瞳のように自由に空を羽ばたかせたかった。
 龍人にはもう羽を持つ者はいない。それでも、天凪の神力なら成長と共に翼を持てたかもしれないのに。
 そう思う日は幾度もあった。
 苦しむ天凪に、寄り添うことしか出来なかった。
 それが悔しくて悔しくて、だから自分を見て落ち着くと言うのなら、いつらでも見て良いと思っていた。
 自分になんら恥じるところはない。
 そういう自負があったのに、今初めて見られてはいけないと思った。
 この感情をなんと呼べば良いのか。

 ゆっくりと唇が離れていく。

「永然、早く帰って来て欲しい。」

 滅多に言わない我儘。
 永然の両手にポヨンと何かが乗せられた。
 水の塊のように見えるが、天凪の神力の塊だった。透明なのでここでは何か柔らかい物体が渡されたようにしか感じないが、神力の強さが主張している。
 天凪がトンと押すと、永然はゆっくりと地上に向けて上がっていった。
 永然の透き通る焦茶の瞳と、空色の瞳がずっと離れず見つめ合う。
 
 だんだん小さくなる少年の姿の永然を、天凪は静かに見送っていた。





 ザバァと上がって来た永然を、愛翔まなとはのんびりと出迎えた。
 ザブザブと歩いて上がってくる永然は、水面から出ると同時に髪も皮膚も服もちゃんと乾いてしまう。
 両手に残る水の塊のような神力以外は、先程まで水中にいたとは思えない程、綺麗になっていた。

「思ったよりも早かったですね。」

 永然から返事はない。

「?そんなに怒られちゃいましたか?ちょっと刺激が大きかったでしょうか?両親や呂佳様達を見てると、永然様達はうーんと、臆病?足踏みしている?躊躇ってる?なんと言うか、そんな感じがするのですよ。たまには周りを真似ても良いと思います。…………えーと、おーい、おーい。あれ?意識飛んでる?何があったんですか?」

 永然の前で愛翔は手を振る。
 焦茶の瞳は呆然と見開かれていた。

「何があったんですか?」

「………………天凪に、ちゅーされた。」

 え?それだけ?愛翔は内心驚いた。接吻だけでそんなに驚く?
 親子の関係というならした事はあるはずなのに、どんな接吻を受けたのか。しかも、ちゅーと言う言い方はどうなのか。
 
「とりあえずその天凪様の神力の塊は使って良いのでしょうか?」

 そう尋ねると、永然は頷いて渡してくれた。
 愛翔はこれを使って早く永然を解放しろというお達しなのだろうなと、天凪の意志をちゃんと汲み取った。
 そぉーーーれぇーーーと、天凪の惜しげもなく渡された神力を使いながら、今後も怒られない程度に永然を連れ出せば、こうやって神力分けてくれるかもぉ~と計算高く考えていた。






 フッと目を開けると、目の前に座っていた呂佳が呆れたように見ていた。

「行くなら行くで、ちゃんと言ってから行って下さい。」

 文句を言うが、琥珀色の瞳は柔らかく微笑んでいる。

「……………すまんな。」

「いいんですよ。貴方にとって永然が一番である事は知っています。神獣同士は伴侶になれないのでしょうか?」

 過去にそんな例はなかった。
 ただ神獣同士だとお互いが管理する領地を持つ為、自然と相手に選ばなかったというだけかもしれない。
 天凪も伴侶になれないのだと思っていただけだ。

「さあ、な。どうだろうか。」

 呂佳は笑みを深めて茶器を取る。ゆっくりと茶を飲みながら、天凪を観察した。
 天凪があまり喋らないのは変わらないが、最近入り込む情報を制限したお陰か表情が分かりやすくなってきた。瞳だけではなく、自然と微笑む回数が増えているように感じる。

 まぁ、それも永然がらみだけでしょうけど。

「神に尋ねてみては?駄目だったとしても、一緒にいることには変わりありませんけどね。」

 常に永然に纏わりつく天凪の神力は途切れた事がない。はてさてどこまで覗いているのやら。
 宙を眺めてほんのりと笑みを浮かべる空色の瞳は、今も愛しい人を見ているのだろう。
 
 尋ねた友人そっちのけで覗き見する天凪を、呂佳はもう一度呆れた顔で見てしまった。










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