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50 麒麟と天狐

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 無事銀狼と共に妖魔討伐が終了し、一同神浄外中央の巨城に帰城した。
 残務処理も多いので、特にこの後祝いが行われるわけではない。
 それぞれ神獣は自領の仕事に取り掛からねばならない。
 呂佳は那々瓊と共に西側上段にある麒麟の地に戻ってきた。
 
 そして呂佳は部屋から出れなくなっていた。

 はぁ、困りましたね。

 ついて早々那々瓊の寝室に監禁されたのだ。
 那々瓊は神獣麒麟。
 溜まった仕事を終わらせてくると言うので、立派になってと思いつつ送り出そうとした。
 ついでに手伝いましょうか?とも言った。
 すると那々瓊はニコニコと笑顔でしゃがみ込み、呂佳の足首に触れた。
 ピリッという感触に驚いたが、見上げた那々瓊が本当に嬉しそうな顔をしているので抵抗せずにいると、足には仄かに光る輪っかがハマっていた。
 輪っかにはパリパリと静電気を発する鎖が敷物の上に延びている。
 
 え?

 無理に引き剥がそうと思えば出来る。
 しかしやるとなると、この巨城の一部が半壊する。それくらいの神力が込められていた。
 場所は那々瓊の自室。
 移動すると床から生える鎖も移動してくるので困らないが、寝室とその隣の私室兼執務室兼書斎のような部屋しか行けなかった。風呂トイレは寝室の隣にあるので良かったが、部屋から出られなくなった。
 食事は使用人が運んでくれる。
 那々瓊も夜は戻ってくる。
 そして相変わらず寝る時は一緒で、日課になった行為をしてくる。
 
 ふう、と溜息を吐いて呂佳はベットに腰掛けた。
 暇なのだ。
 珀奥時代が懐かしくなってきた。
 目を瞑ると森の中の空気を思い出す。
 朝の少し冷たい清涼な空気と、小舟の揺れる音。畑の土と草木の茂る森の緑の匂い。
 簡単な朝餉を作ってのんびりと今日やる事を決める日々。
 懐かしい………。
 こんなに暇ではあの日々の方が好ましかった。あれはあれで暇なのだが、自分一人分の自給自足は意外とやる事が多かった。

 呂佳は立ち上がり寝室の大きな両開きの窓を開けた。硝子は下部分が緑がかった植物の模様入りの美しい物だ。
 キイと音が鳴り、夜風がふわりと入ってくる。
 葉のそよぐ音と虫の鳴き声。小川の流れる微かな音。
 那々瓊は音だけを覚えて真似をしたのだろうか。視覚から入る情報は卵から孵ってからだった筈だ。
 永然から後になって聞いた。
 那々瓊は悲鳴を上げて泣いていたのだと。
 最初は教えてくれなかったが、珀奥が去った後、どうやって暮らしていたのかを執念く聞いた時、渋々教えてくれた。
 
 僕は残酷な事をしたのでしょうか。

 狐の一族が消滅しないように、麒麟の卵が無事に孵ってくれるように、あの時は最善を選んだと思っていた。
 結局、那々瓊を悲しませ、宙重を死なせてしまった。
 
「呂佳…、なんで窓を開けてるの?」

 低い声にギクリと呂佳の肩が揺れる。
 入ってきたのに気付かなかった。
 
「お帰りなさい、那々。少し、外の森の音を聞きたかったのです。」

 特に考えがあって窓を開けたわけではない。ただ暇過ぎて息苦しくなっただけだ。
 もう深夜近い。
 巨城に帰ってきてから毎夜深夜まで那々瓊は執務をこなしていた。

「ホントに?外に出て行くわけじゃないよね?」

 温度のない瑠璃色の瞳が呂佳の真意を探ろうとジッと見つめてくる。
 呂佳はそっと窓を閉めた。
 パタンと閉じると、勝手にカチャンと鍵が掛かる。
 この部屋は那々瓊が意のままに操れる仕様だ。
 鍵を掛けたのは那々瓊だった。

「出て行きませんよ。」

 呂佳の返事に、那々瓊は近寄って来て抱きしめて来た。
 執務から戻ってそのまま来たのだろう。
 疲れた顔に服もそのままだ。
 抱き締めて耳をぺろぺろと舐めだす。
 顔を合わせれば舐めたり噛んだりするので、人目がないのならば好きにさせるようになった。
 今日はやけに長く耳を舐める。
 いつもなら直ぐに風呂に入り一緒にベットに行きいつもの行為に及ぶのだが…。

「那々?どうしましたか?お風呂は入らないのですか?」

 疲れが溜まっているのでしょうか?
 心配になり尋ねた。
 那々瓊が舐めるのをやめて、呂佳の頭に顔を埋めてスンスンと匂いを嗅いでいる。

「今日はお願いがあってね。」

「お願い…ですか?」

 なんだろうと首を傾げて那々瓊を見上げる。呂佳は九尾の天狐になっても身長は変わらなかった。尾が増え色合いが変わったという違いはあるが、元の呂佳そのままなのだ。珀奥の頃は長身だったが、今の呂佳の身体は背が低かった。
 那々瓊が呂佳を抱き締めたまま、ふわりと笑った。

「うん、伴侶になって。」

 呂佳は少し目を見開く。
 驚きはしたが、予想はしていた。
 毎夜行う行為は鈍い呂佳でも理解していた。

「…………僕、たち、は親子ですよ?」

 なんとかそれだけを言う。
 那々瓊の表情は優しい。
 優しいが、拒否を許さない圧力があった。

「でも、今の呂佳は他人だよね?」

 そう、この身体は他人なのだ。
 神浄外での親子とは、卵や十五歳までの子供時代に神力を与えてくれた存在が親と認識される。
 珀奥ならば親だ。
 今の那々瓊の神力は珀奥にそっくりだ。
 子供時代は永然に育てられたが、卵の時の時間が遥かに長く珀奥の神力を受け取っていた。
 だから那々瓊は珀奥の神力に似ている。
 呂佳も珀奥の死体を取りんだとは言っても、それは神力を変換して取り込んだに過ぎない。そしてその殆どは元は那々瓊の神力だったので、助ける為に那々瓊の中に戻した。勿論受け取った那々瓊も自分の神力に変換して受け取っている。
 だから今の呂佳は呂佳の神力を身に宿している。
 かなりの量が呂佳の中に流れたので、その勢いで魂の記憶から天狐に戻る素地が出来たが、呂佳の神力はひっそりと緩やかさを漂わせる静謐な冷たい風だ。
 万歩からは神力詐欺だと言われた。
 意味が分からず問い返すと、冷たい風なのに熱い炎を使うからだと言っていた。

 だから、つまりやっぱり他人なのだ。
 どんなに考えても、神力の質を考えても他人。
 呂佳は那々瓊の親で有りたいし、愛情を注ぎたい。
 でも那々瓊から見たら親では無かったのだろうか。最初から那々瓊の接触は親に対するものでは無かった。
 そしてそれを自分は許してきた。
 
 呂佳は那々瓊に抱きしめられたまま、きゅうっと目を瞑る。

 伴侶に、なる?
 我が子と?
 でも我が子じゃない。
 伴侶になるとずっと一緒だ。那々瓊も呂佳もどちらも神獣だから長生きだし寿命なんて無いに等しい。
 でも伴侶になったら、その人生全てを共有する。
 生命も神力も寿命も、二人の心が離れない限り。
 そう思ってしまうと、呂佳の心はぞわぞわと歓喜してしまう。
 恋とか愛とか知らないけど、これは我が子に対する愛情なのだろうか?
 那々瓊から親と思われていないかもという疑念があるのに、そう思われていてもいいと思ってしまう自分が信じられない。

 那々瓊が背中に回していた手を伸ばして、呂佳を抱き上げた。
 
「呂佳、お願い。伴侶になって?」

 いつもは強引に事に及ぶのに、今の那々瓊は呂佳に未来を託していた。
 こんな時ばかり呂佳に委ねる。
 どうせなら、強引に……………。
 そこまで考えて呂佳は唇を震えさせた。
 今呂佳は抱え上げられて、那々瓊の上に目線がある。
 見上げてくる瑠璃色の瞳は呂佳の琥珀の瞳を射抜いている。
 呂佳は瞳を潤ませて、困ったように表情を崩した。

「狡いですよ、那々…………。」

 那々瓊はそれでも呂佳を見上げ、答えを待った。答えは呂佳から言わせるつもりらしい。

「返事を………、呂佳?」

 呂佳の唇がフヨフヨと揺れた。

「………………伴侶に、なります。」

 瑠璃色の瞳が嬉しそうに笑う。
 
「嬉しい。」

 呂佳を軽々と片手で抱いたまま、那々瓊の手は呂佳の頭を撫で、耳の間を梳き、柔らかい耳を揉んだ。
 その優しい動きに呂佳はうっとりする。
 気持ちいいのだが、これをやっているのがつい最近まで我が子と思い慈しんでいた存在であるだけに、恥ずかしくて目を合わせられない。

「今日ね、漸くひと段落ついたんだ。」

「……そうなのですか?」

 帰りも遅くほぼ出て仕事に精を出していたので心配していたが、思ったより早く終わったのだなと感じた呂佳は、お疲れ様ですと労いの言葉を那々瓊に掛けた。
 那々瓊は呂佳を抱き上げたままベットに腰掛ける。

「ゆっくり出来るように急いだんだよ?その間、呂佳が何処かに行っちゃわないか心配だった。」

 呂佳を腿の上に乗せたままぎゅうと抱き締めて那々瓊は吐息を吐く。
 それでこの足首の鎖かと納得した。
 だったら一緒に執務を手伝わせてくれれば良かったのに。
 それに勝手にどこかに行くわけがないのに、そんなに不安だったのかと気付かされた。
 暇だとぼやいていたのが申し訳ない。
 
「もう妖魔になる事もありませんし、ずっと一緒ですよ。」

 安心させる為にそう言った。
 グリンと身体が反転する。
 ベットは天蓋付きの豪華なものだ。天井には布張りに刺繍の施された美しい布地の天井が見える。

「うん、今から神力混ぜようね?」

 唇に那々瓊の親指がゆっくりと這わせられる。
 あ、そういう行為をするのかと、漸く呂佳は思い立った。
 伴侶の契約に性行為は必須では無い。
 同意のもと、神力をやり取りして混ぜればいいだけだ。
 
「あ……………、あの、どこまでするのですか?僕は、その、あまりそういった経験は無いので………。」

 知識としてはなんとなくある。
 だがそれは異界で望和としての知識の方が実は元になっているので、那々瓊が知っているのだろうかと不安になった。
 そもそも自分はどっち役だろう?

「私も実は無いのだけど、大丈夫。丁寧に時間をかけてやるから安心してね?」

 何を?
 不安が増した。
 那々瓊の指は呂佳の唇をフニフニと弄んでいたが、口の中に入ってきて舌を親指と人差し指で摘まれた。

「この親指をもっとって強請ってしゃぶるくらい、ドロドロになってね?」

「……………………。」

 舌を摘まれている為、返事が出来なかったが、欲を孕んだ那々瓊の姿に、呂佳はゾクリと身を震わせた。













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