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48 比翔の枝

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 その一部始終を離れた場所から三人は見守っていた。
 天凪と永然、そして比翔だ。
 比翔は美晴に手を貸す事はしなかった。
 美晴とはここで落ち合う事を約束しただけだ。朱雀紅麗に万歩を殺す様にそそのかしたのは、少しでも美晴の手伝いをしてやろうと思っただけだ。
 銀狼の勇者が死ねばどうせ一緒だと、紅麗を唆すのに罪悪感なんて湧かなかった。
 妖魔に生まれ変わる方法はある人が言っていたから教えただけ。
 その人もまたこの神浄外を恨んでいた。
 
『帰りたい……。』

 美晴と違うのは、いつも帰りたいと言っていた事。
 その人もまた応龍天凪に多少なりとも好意を抱いていた。恋人になりたいとかずっと一緒にいたいとか、そこまででは無かったが、感謝していたと言っていた。
 天凪の優しさと世話がなければ、この神浄外で生きていくのは難しかったと言っていた。

 その人は比翔の片親だった。
 その人も女性で二十代半ばで年が止まっていた。
 銀狼の聖女として召喚され、闇の中に入り妖魔を討伐して、後は寿命をまっとうして帰るだけだったらしい。
 それを邪魔したのは比翔の前の玄武だった。
 比翔は前玄武に会った事はない。
 比翔が生まれる前に毒を飲んで死んでしまったから。
 前玄武は早く死にたがっていたらしい。だが玄武は銀狼と神獣以外の獣人、龍人、鳥人等が伴侶となり子を儲けなければ生まれない。
 生まれなければ代替わりも出来ず、玄武の役目から逃れられない。
 だから無理矢理次の玄武を作ったのだ。
 当時の銀狼を弱らせ、配下の獣人と伴侶の契りを結んだ。
 まさかそんな事を神獣がするとは思っていなかった周囲は、全てが終わってからそれに気付いた。全てを見通せる天凪も、玄武が側に行って邪魔した為気付けなかった。
 銀狼の聖女の手には一振りの枝が握られていたのだという。何故伴侶となる事を了承したのか、自分でも理解出来ないと後から思ったらしいが、その時は辛くて寂しくて伴侶になる事を同意してしまったらしい。
 相手の獣人は一部鱗の皮膚を持つ蜥蜴とかげ獣人だったが、混乱した銀狼は彼を会いたくないと拒んだ。
 もう元の世界には帰れない。
 神浄外の住人と魂が混ざってしまった為、銀狼の聖女は神浄外の存在になってしまった。
 比翔は辛うじて銀狼の聖女が育ててくれたが、与えられる神力はおざなりで、生まれながらに玄武であるのに、比翔は弱かった。
 異界に入る事も出来ない。
 ギリギリ異界と神浄外の間にある、何もない空間に行けるだけ。そこから役目の終わった銀狼の魂を帰す事しかできなかった。
 異界に入るにはかなりの神力が必要で、比翔には無理だった。
 
 銀狼の聖女は玄武の地で静かに暮らしていたが、そのうち静かに死んでいった。
 彼女が死んだ事により、伴侶である蜥蜴獣人も死んだ。
 玄武の地の花畑に眠らせたが、今はもう氷の大地になり、大地ごと壊してしまったので、どこに行ったか分からない。


 美晴の目は同じだった。
 同じように玄武の地の花畑を綺麗だと褒めた。
 そこに本当の心は無い。
 美しい景色を褒めながら、自分の醜い心を憎む目がそっくりだった。
 果たしてその目は元からそうなのか、神浄外に来たからそうなったのか………。
 ああ、この子も同じ様に神浄外を恨むのだと思った。

『闇の中に木を見たの。きっと妖魔も生命樹から生まれるのよ。伴侶も出来るのかしら?そうね……形ある妖魔でも心は残って無さそうだから、神浄外で伴侶になって、それから二人で妖魔になるとかどうかしら。そうしたら暗闇の中にも生命樹が出てきて妖魔の卵をなすんじゃないかしらね?』

 そうして神浄外を無くしてくれないかな………。よく神浄外がどうやったら滅ぶのか、どうやったら神獣がいなくなるのかを片親である銀狼の聖女は比翔に話して聞かせた。

 神浄外が滅ぶ前に死んでしまった比翔の親。
 それは彼女が望んだ死だった。
 


 
 胸に聖剣月聖げっしょうを刺されて眠る様に死んだ美晴を、比翔は遠くから眺めていた。
 
 少し前から未来視が動き出した。
 銀狼の勇者万歩が生き残ったからだろう。
 身を挺して守ってくれる獣人が、彼にはいたのだ。
 銀狼が生き残った事により、未来視が変化した。
 美晴が死んだ事により、皆んな無事帰るだけの未来視に変わった。
 比翔は生きている。
 だけどこんなちっぽけな存在一つでは何も変わらないのだと、神に言われている気がした。





 比翔はずっと枝を握っていた。腕の長さ程度の漆黒の枝だ。葉もなく先が二枝に分かれただけの、枯れ木の様な枝。

「次の玄武がそのうち生まれるだろう。」

 永然が比翔を見て言った。
 万歩が雪代と伴侶になった。
 二人が神山に行き生命樹の枝を望めば、一人目の子供は玄武だ。

「…………そうだね。」

 比翔は荒ぶることも無くずっと静観していた。
 あの銀狼は明るい。
 美晴の偽りの明るさとは違う、本当の幸せそうな笑顔に、比翔は目が離せなかった。
 そういえばずっと白狐と一緒にいたなと、今更ながらに思った。
 そうか、恋人同士だったのか。
 だったら比翔の親や美晴の様に、神浄外を恨む事もなくこの世界で生きていくのだろうか。
 比翔の親も美晴も、神浄外で愛し合う人が見つかれば良かったのだ。
 
 比翔の親は愛し合っていなかった。
 銀狼の聖女は比翔を育てながら、花畑の中に建てた小さな家で、ボンヤリと過ごしていた。
 最初に拒否したのは銀狼の聖女の方。
 比翔が生まれたのだから、伴侶になったばかりの頃は多少なりとも想い合ったのかもしれない。
 銀狼の聖女が玄武の枝を授かり、もう戻れないのだと知って、伴侶を拒否するまでは繋がっていた。
 だけど蜥蜴獣人の片親は拒否されて帰って来なくなった。
 比翔が適齢期になる頃には、銀狼の聖女も寂しくなったのか、伴侶に会いに行くようになっていたが、上手くはいってないようだった。
 最初拒否したのは確かに銀狼の聖女の方だったけど、蜥蜴獣人の方には別の思い人が出来ていた。
 伴侶の解除は心の絆が切れた状態での片方の死が必要になる。
 明らかに邪険にされる銀狼の聖女は、だんだんと心が病んでいった。

 こんな世界に来たくなかった。
 神獣なんていなければいいのに。
 滅んでしまえばいいのに。
 
 闇を見つめる銀狼の聖女を、止める事が出来なかった。
 それ以上進んだら、暗闇から戻れなくなる。そう諭しても、徐々に彼女の足は進んでいく。
 比翔は蜥蜴獣人の方に、伴侶に寄り添うよう説得しに行った。
 玄武である比翔に言われれば、従わないわけにはいかなかったのか、渋々戻ってきた。
 彼は違う人と過ごしていたが、置いて行く家には恨めし気な目で見る恋人が残され、比翔はやるせない気持ちになった。

 銀狼の聖女はもう一度、神山に行って生命樹の枝を授かりに行こうと言った。
 彼女はもう一度やり直そうと笑顔を見せた。
 無事、枝を一振り授かってきた。
 彼女は喜んだが、彼の方は終始渋い顔をしていた。

 比翔は玄武なので忙しい。
 二人が上手くいくのならと花畑の小さな家を後にした。
 暫くして尋ねると、銀狼の聖女が一人でボンヤリとしていた。
 手には一振りの枝。
 枯れている。
 神力を流さなかったのだ。卵すら実っていなかった。

 死んでもいいかと聞かれた。
 生まれ変わる先が神浄外でもいいから、このまま恨みで妖魔に変わるくらいなら、死にたいと言われた。
 今の銀狼の聖女は魂が半分神浄外の存在になっているが、半分はまだ異界の魂を持つ銀狼なのだ。そう易々と妖魔に変われるかは疑問だったが、彼女は妖魔に生まれ変われば出来るのだと言った。
 伴侶と共に闇に染まり、妖魔の生命樹を呼び出して、自分が生まれればいい。
 でも最後の理性でそれを思い止まった。
 比翔は前玄武が使った毒を渡した。
 苦しまず眠るように楽に死ねるらしい。
 彼女には死しか安らぎの場所がない様に感じた。

 銀狼の聖女に飲ませてベットで眠らせた。
 落ち窪んで疲れた目。
 紫色の瞳は濁っていた。
 可哀想に……。
 寄り添う人も無く、神浄外を恨んで逝く彼女を哀れに思った。
 伴侶は思い合っていれば一緒に死ぬ。心が離れていれば契約が解ける。なのに、蜥蜴獣人の片親は、銀狼の聖女と共に死んでいた。
 両親が何を考えていたのか、あの二人に何があったのか未だによく分からない。

 
 美晴の目も同じだったのだ。
 孤独と恨みの宿った瞳。
 明るく快活な様子で誤魔化しながら、綺麗だねと花畑をたまに見に来る美晴は、いつかの銀狼の聖女と同じだった。
 美晴に一緒にいるかと聞いたけど、比翔じゃダメだと断られた。
 そうかもね、と僕も答えた。
 僕達二人では明るい方には行けそうもないもんね。

 
 美しい天狐が美晴の孤独を理解し、眠らせているのを羨ましく思ってしまう。
 僕は別に孤独を嫌っているわけでも、神浄外を恨んでいるわけでもない。
 だけど楽しくもない。
 死んでいく銀狼達を土に埋め、花を咲かせて労わるだけの存在だ。
 玄武領は住人が少ない。
 山と花と湿地と森と、流れる雲から差し込む太陽の光が美しいだけ。
 
 僕が手に持つ枝は、僕の弟か妹になる筈だった枝だ。
 死んだ銀狼の聖女の手にあったのは、黒く枯れた枝だった。
 彼女の最後の希望のようで、形見にずっと持っていた。
 生まれてくれれば、僕の人生は変わったのだろうか。
 もっと長く両親は生きていてくれたのだろうか。

「このままここに置いてってくれないかな?」

 黒い枯れ枝を抱き締めて、僕は天凪に頼んだ。
 ここまで問題を起こしまくったのに、僕は未だに玄武のままなのだ。
 次の玄武が生まれるまで、僕はずっとこのままだ。
 もう嫌だった。

 天凪が耐えられないように永然を掴んだ。
 表情はいつも穏やかなのに、よくこうやっているのを見た事がある。
 一瞬濁りそうになる空色の瞳が、永然を掴んでホッと安堵しているのを見た。

「……………それは、出来ない。」

 天凪は漸く答えた。
 僕は弱い玄武だ。
 天凪も永然も神力は強い。
 そして僕なんかとは比べ物にならないくらい長く生きている。
 きっとその答えは正しいんだろうね。
 僕にはさっぱり分からない。
 どうしら良かったのか、本当に分からないんだ。
 死にたいと言われて毒をあげたのも、妖魔になりたいと言われて手伝ったのも、僕の意思だけど、言われたからやっただけなのか、やってあげたかったのか、もう分からない。
 
 二人はいいね。
 寄り添いあっていつも一緒で。
 離れていても思い合っていて。
 僕は生まれた時から間違いだらけな気がする。
 逆に誰の言う事も聞かなければ良かったのかな?

「次の玄武が生まれるまで、比翔は玄武領の立て直しを厳命する。」

「…………いいよ。それくらい。それは神託かな?」

 天凪が頷いた。
 そう、神がそう言うのか……。
 ここまでやっても玄武の地位を捨てれなかったか。
 神にとって僕はちっぽけで矮小な存在なんだろうな……。
 比翔は枯れた枝を抱き締めて、己を嘲るように小さく笑った。






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