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46 九つの尾

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 闇の中では分が悪い。
 銀狼の加護があっても神力の回復が遅く、神浄外の中にいる時程威力が出ない。
 逆に妖魔として生まれ変わった美晴は無限とも言える妖力を大気から吸収する為、呂佳と達玖李二人がかりで美晴に対峙していた。
 達玖李の息は上がりっぱなしだ。
 呂佳はまだ余裕がありそうだが、攻め手に欠けていた。
 美晴の回復が早すぎるのだ。
 先程から達玖李が攻めて隙を作り、呂佳が神力を乗せた一撃を食らわせているのだが、美晴は難なく受け止めてしまう。
 呂佳の剣は利虹が変化した剣だ。
 刀身は細く、赤い刃から炎がゆらりと立ち昇る。
 二回に一回は切っているのだが、周囲の妖力を吸う美晴が手を添えると、たちまち与えた傷は無くなってしまう。
 呂佳達はこの闇の中では軽い傷でも治りが遅く激痛が走る為、迂闊に攻撃を受ける訳にはいかない。

 那々瓊が妖魔の生命樹の下で、考え込む仕草をして呂佳の方を見たので、軽く頷いた。
 こちらはこちらで戦うので、心置きなく那々瓊には集中して欲しい。
 美晴が生命樹に向かおうとするのを達玖李と空凪と共に抑えることにした。美晴にとっても生命樹から湧き出る妖力は必要なものなのだろう。

 後方で雪代の神力が急激に減るのを感じ、達玖李と場所を交代して確認すると、倒れる雪代を万歩が受け止めていた。
 雪代の背に小ぶりの刃の先が見える。
 刺された!?
 敵は美晴と比翔のみと思い油断していた?
 聖苺が現れ捕らえた人物は紅麗だった。
 何か話し、聖苺は朱雀の神核を紅麗から抜き取ってしまっていた。
 捕縛から決断実行までが早い。
 聖苺は愛らしい子供の姿だが、その思考は意外と淡白で割り切っている。
 
「聖苺!治癒を!」

 叫ぶと直ぐに聖苺は雪代の下へ向かった。
 聖苺は治癒が出来る。
 後は任せるしかなかった。
 那々瓊の方を見ると妖魔の生命樹を雷で半分にしてしまっていた。
 那々瓊が戦うところは妖魔黒曜主であった時に討伐された戦闘でしか見た事がなかったが、成長した那々瓊の技は力任せな所が大きかった。
 しかもそれだけ神力を使ってもまだ余裕がありそうだ。
 どうでもいい所にも神力を無駄遣いする。
 後で話し合うべきところは多々ありそうだ。
 
 美晴は大剣に妖力を這わせて斬り込んでくる。
 達玖李が肩を切られて後ろに吹き飛んだ。

「達玖李、少し休みなさい。」

 達玖李は那々瓊の鎖で抑えられているので上手く戦えない。妖力に対する防御力は増すが、神力を出す力が抑えられていた。
 切られた肩を見てウゲッと言っている。
 来ていた服に血が滲んでいた。

「まだ大丈夫だ。空凪が離れた。もう少し待つ。」

 達玖李は完結に説明して前へ出た。
 呂佳は少し迷って達玖李に続く。
 那々瓊がこちらに合流するのを待った方がいいと感じたからだ。
 兎に角万歩が聖剣月聖で刺す為には、動きを封じなければならない。
 呂佳は美晴の剣戟を受け流しながら別の方法がないか考える。

「達玖李、僕の盾になって下さい。」

 達玖李は顔を顰めた。

「………分かった…。後で助けろよ。」

 助けろとは?と呂佳は首を傾げたが、了解しましたと返事した。
 肩を負傷している達玖李に美晴の剣は負担だろうが、少し耐えて貰おう。
 呂佳は達玖李の背に隠れた。
 利虹の剣の形状を解き形を変える。
 細く長く利虹を伸ばし、地を這わせた。
 呂佳からグルリと円を描かせ、その中に美晴が入るように囲んでいく。
 気付かれぬよう神力を最小限にし、紐状になった利虹を手早く走らせた。
 ここに漂う妖力を消さない限り、美晴の弱体化は望めない。
 ならば妖力を消すまで。

「すみません、いいですよ。」
 
 達玖李が剣を弾いたところで思いっきり後ろに引っ張り、利虹の円の中から出す。
 
 パチン!

 呂佳が指を鳴らすと炎が上がった。利虹に神力を流し火力を上げていく。

「なに?こんな炎平気よ?」

 美晴がそう言って笑った。
 妖魔の身体にただの炎は効かないだろう。
 僕がやりたかったのは炎で美晴を焼く事ではない。この漂う妖力が炎で焼けないかだ。
 炎に神力を混ぜて相殺していく。
 同時に美晴の周りに炎を纏わり付かせて足止めした。
 利虹から炎が広がる。
 この大地は枯れて燃えるものは何もない。
 だから黒い霧状の妖力を燃やしてみた。

「意外と燃えますね。」

 妖力は神力を取り込もうとする。
 じゃあ逆に神力は妖力を消滅させようとするのではないかと思った。
 漂う妖力よりも濃い神力で焼いていく。

 無音の世界に音が戻り出す。
 炎の巻き上がるゴウッという音と熱風が大気を揺らし、徐々に美晴の自然回復を妨げていった。

「何!?この火!」

 美晴の叫びには答えず、呂佳は利虹を網状に広げていく。横にも上にも網を広げ、炎の檻を作り上げた。

「達玖李、下がりますよ。」

 炎を広げて美晴が逃げられないようにしていった。
 網状に揺らめく炎の合間から、美晴の服が燃え皮膚を焼く嫌な匂いがする。
 暗闇は音ばかりでなく匂いまで吸い取ってしまっているのだと、今更ながらに感じた。
 美晴が黒い爪で利虹を切ろうとしたが、利虹はそう簡単に切れる神具ではない。
 ギャっ!と悲鳴を上げて美晴は後ずさった。

 妖力を消しながら炎の檻を作り上げた為、美晴はグズグスと燃え出した己の身体を回復する事が出来なくなっていった。

「これどのくらい保つのか?」

 達玖李の素朴な疑問に呂佳は答える。

「暫くは大丈夫ですね。那々瓊の神力を使えますので。」

 なにせ最近那々瓊から延々と神力を注ぎ込まれて溜まる一方だった。
 夜だけじゃなく耳を食んだり尻尾を抱き締めたりするたびに流し込んでくるのだ。よくそれだけ神力があるなと感心するくらいだ。

「へぇ………そりゃ大変だな……。」

 達玖李の遠くを見る目が痛い。

「呂佳!」

 噂をすれば本人がやって来た。
 来て早々呂佳に抱き付く。

「会いたかった。」

「…………目と鼻の先にいました。」

 喜んでくれるのは嬉しいが、那々瓊は大袈裟だ。
 達玖李はそろそろと逃げ出した。
 
「達玖李は何故呂佳の側にいるのかな?」

「いや!戦ってたから!共闘してたから!」

 達玖李が必死に言い訳をするのは巻き付いた鎖がギシギシと締め上げ出すからだ。

「やめなさい、那々。」

 呂佳の静止で鎖が弱まる。
 達玖李はそそくさと万歩達の方へ逃げた。
 逃げた先の空凪が呆れた笑いをしているが、恥も外聞もなく達玖李は空凪の影に隠れることにした。流石に万歩は面識が無さすぎるし年も若すぎる。
 
 呂佳もそんな二人のやり取りに呆れた溜息を吐きながらも、達玖李が後で助けろと言った意味を理解する。

「どうする?」

 那々瓊は炎の檻の中で漆黒の大剣を振り回して暴れる美晴を見つめながら呂佳に尋ねた。

「ぐあ゛ぁあぁぁ!」

 妖力での回復が出来ずに苦しげに唸り声を上げている。眉間に皺を寄せ丸い黒目が横長に吊り上がり、歯を剥き出しにして唸り声を上げる様は獣のようだ。
 その黒い目が那々瓊を捉えた。
 瑠璃色の目とぶつかり狂気の笑顔を浮かべる。

「あ゛あ゛ぁ、那々けえぇぇいっ!助けてっ!ここからだしてぇぇぇ!あ゛づいぃぃい!!」

 愛らしかった声は濁ってしゃがれている。
 炎の熱が美晴の外側も内側も焼いていた。

 那々瓊は静かにその姿を見た。
 顔は無表情だが腕はこれでもかと呂佳をぎゅうぎゅうと抱き締めている。
 那々瓊はこの暗闇が嫌いだ。嫌な記憶が蘇る。
 何度も何度も嘆いた。
 あの女に言われたから大切な珀奥様を傷付けた。死なせてしまった。
 逆恨みだろうが何だろうが、許せないものは許せない。
 美晴の言う事など聞くわけがない。
 聞いたらまた大切な人を失ってしまう。
 そんな恐怖が那々瓊の中にはあった。
 少し震える手を呂佳がキュッと上から握り締める。
 呂佳だって分かっている。
 那々瓊が妖魔討伐に出てから、呂佳から片時も離れようとしないのを。それが不安からくるのだというのも理解していた。
 だからずっと抱き締めるのも許しているし、夜に甘えて要求してくることも許している。
 過去は変えれない。
 妖魔黒曜主として那々瓊の攻撃を易々と受けるべきではなかったのだと今更思っても、それを覆すことは出来ない。
 その時の記憶が那々瓊を苦しめたのだと、今でも苦しめているのだと、理解しているから甘いと言われても全てを享受していた。

「那々、大丈夫ですよ。」

 ここにいるよと言う意味を込めて、後ろから抱き付く那々瓊に腕を伸ばして頬を撫でる。
 哀しげな瑠璃色の瞳が呂佳を見下ろす。
 呂佳の黒耳の間に鼻を埋めて、スンスンと匂いを嗅ぎ出した那々瓊に、呂佳は苦笑した。

「あ゛あ゛あ゛ああっっ!なによ!?あま、天凪っ!天凪っ、助けてよ!何でよ!?あたしが何したのよ!?比翔ぉぉ、どごぉ!?」

「……………醜悪。」

 頭の上からボソリと那々瓊が呟く。
 焼けた皮膚は醜く爛れ、異臭と濁音混じりの声は確かに汚い。もう少し痛みも少なく綺麗に閉じ込めたかったのだが、思いの外美晴は強かったので仕方なかった。
 
 喚き叫びながら美晴は歯を食いしばり、目の前の呂佳達に手を伸ばした。
 指がひしゃげ爛れて肉が落ちても執念を持って伸ばされる手に、呂佳は眉を顰める。

「大人しく聖剣で斬られなさい。」

 かつての自分のように。
 その方が痛みは少ない。抗えばそれだけ痛みが伴う。

「う゛るざいっ!う゛る゛ざあぁいぃぃぃぃ!!」

 炎が燃え広がり美晴の身体を取り巻いて身体を焼かれても、美晴は無理矢理炎の檻の中から半身這い出して来た。
 どんなに身体が焼け落ちようと構わず暴れる美晴には、どんな執念があるのか。

「い゛、や!、、、嫌、、、よっっ!あた、あたし、、、帰らな……い!」

 檻から出た半身に妖力が集まり出す。焼けた髪や皮膚が戻り始めるので、呂佳は火力を上げて美晴を包み込むしか無かった。
 炎の檻の中にいるだけならここまで焼かれずに済むのに、無理矢理にでも出て来ようとする。

「帰、、、、らない゛ぃぃぃ!!」

 その姿に違和感を覚える。
 那々瓊や天凪、比翔を呼びながら、美晴はそちらを見る事がない。助けを呼びながらも、ただ一人で踠くだけ。
 明るく快活な女性と聞いていたが、それだけではない気がした。
 好きな人を求める姿ではない。
 見える場所に天凪もいるのに、今の美晴が叫ぶのは帰りたくないという言葉だけ。
 
 そうか……。と納得する。
 帰りたく無かったのですね。
 
 このまま焼き続けるには、この暗闇の中は妖力が充満している。
 いずれ呂佳の神力が尽きる。
 その間、美晴は焼かれ続け苦しみが増すだけだ。
 ならば一思いにやるしかない。

「………可哀想に。」

 そう呟いた呂佳は瞳を見開く。呂色に金の筋が入る瞳の色が、琥珀色に輝き出し広がり出した。
 那々瓊が何かを感じてそっと腕を離す。
 黒い狐の尻尾がふわりと揺らめいた。
 一度、二度、ふわふわ揺れて、尾が増えていく。
 尾の色は根本が黒、先に行くほど金に変わる珍しい取り合わせだった。艶やかな毛並みと淡く光る金色の九つの尻尾。
 瞳は琥珀に瞳孔が黒。
 

 そこには無尽蔵の神力を放つ一匹の天狐が存在した。









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