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42 呂佳の一番
しおりを挟む那々瓊は呂佳に抱き付いていた。
呂佳は那々瓊の肩までしか身長が無いので、抱き付かれると動けなくなってしまう。
「な、那々…?」
目を見開いて見上げると、無表情になった那々瓊が宙重を睨んでいた。
宙重は自分の隣に落ちてパリパリと小さな稲妻を走らせて地面に刺さる槍を凝視した。
ーーふっ、くくく、大変だな呂佳はーー
宙重は可笑しそうに笑い続けている。
「視界に入らないで欲しいんだけど。」
那々瓊はボソリと呟いた。
呂佳の意識が宙重に集中したのが許せなかったらしい。
「やべーよ、那々瓊様の沸点が低すぎる。」
少し離れた位置でそう言った万歩の声が、静けさの中によく響いた。あ、やべっと口を慌てて閉じたが全員に聞こえた。
永然がトコトコと那々瓊の隣に歩いて来て、バシンと腕を伸ばして後頭部を叩いた。
「馬鹿もん。消滅させるつもりか?宙重はこの暗闇の中で珀奥を守ってくれてたんだぞ?感謝しろ!」
ブスッと顔を顰めた那々瓊は押し黙る。
宙重が呂佳に話し掛けると、呂佳は那々瓊の事を忘れてしまう気がしたのだ。そのまま宙重に盗られてしまうようで、心が騒つき、ついつい雷を落とした。
那々瓊が大人しくなったところで、天凪が全員に指示を出し進み出した。
逃げた比翔を捕える事と、妖魔の生命樹を切って卵を破壊する。宙重の説明で卵の中が前銀狼の美晴である事は皆周知したので、生まれれば何が起こるかわからない為、生まれる前に破壊しようという話になった。
でも永然の最初の未来視では、卵から妖魔が生まれていた。
その予測は当たるのだろうか。
銀狼が妖魔に堕ちるなど聞いた事がなかった。
同じ銀狼の万歩はどう思ったのだろうか。
前を歩く万歩は気にした様子もなく聖剣を構えて歩き出している。
ドンと那々瓊の肩に肩でぶつかって来た人物がいた。
那々瓊がムッとしてそちらを見ると、空凪だった。
「雷なんか落とさなくても、あの人の存在はもう殆どないんだぞ。衝撃で消えたらどうするつもりだ。」
「分かってるよ。だから隣に落としたんでしょ。空凪だったら頭の上に落としてるよ。」
「落とすな!」
空凪が諫めた事で那々瓊の気持ちも少し浮上したようだ。
二人の友人関係に、呂佳はホッと息を吐いた。
呂佳と永然も同じような友人関係だが、今の永然は焦って行動しているので、空凪のように茶化しても逆効果だと分かる。
永然と天凪はずっと二人でコソコソ動いていたが、宙重を気にしていたのか。言わなかったのは僕に遠慮してだろうか。
宙重を助けたいという思いは呂佳にもある。あるが、今の宙重の神力ではどこまで保つだろうか。
呂佳の手のひらの中には神力を使い続け小さくなった利虹の中に、これまた小さい龍核の欠片が入っている。
小さい。こんな小さくなるまで自分をすり減らし、呂佳は助けられた。
握り込んだ拳を見つめる呂佳に、那々瓊は話し掛ける。
「私は宙重の事、嫌い。」
「那々………、ですが、宙重は助けてくれたのです。」
「知ってるよ。でも気に食わない。私なら違う方法で助けるから、嫌い。」
キッパリと言い切る那々瓊に、呂佳はどこかホッとする。
宙重の愛情も那々瓊の愛情もどちらも重たく感じるが、何かが違う。それが何かは呂佳には理解出来ないが、那々瓊の言葉は呂佳を何となく明るくさせてくれた。
「出来るだけ、助けたいんです。」
「それは分かってるよ。私も協力する。」
ベッタリと呂佳に引っ付いたままの那々瓊を気にする事なく、呂佳達は歩き出した。
呂佳の黒耳がペロリと舐められる。
「………止めなさい。何故ここで舐めるんですか。」
「ふふーん。」
また戯れ合う二人を、空凪は呆れつつも安堵して眺めながら、宙重を見る。
前青龍。
会った事はない。彼がいなくなってから空凪は天凪の手で生まれた。
急遽次期青龍を選ばなければならなかったが、龍人の中に突出した神力を持つ者が当時いなかった。
だから兄上が神託で尋ねて新たな卵を授かったと聞いている。
青龍の神核は兄上が持っていたらしいが、よく神が宙重の所業を許したなと思う。
神は神浄外が正常に動いていれば、多少のことは何も言わないらしいが、神浄外の存続に関わる事には神託を降してくると、昔永然から聞いた事があった。
宙重の所業は神浄外の存続に関係ないが、青龍不在は存続に関わるから新たな青龍を授けたという事だろうか。
神獣八体の中で一番若い空凪は、神獣とは面倒臭いなという思いしかない。
長く生きれば生きる程、色んな事に雁字搦めにされるのだろうか。
空凪にとっては、我儘に思ったように生きる同年代の那々瓊が一番付き合いやすい。
チラリと少し離れた位置にいる、白虎達玖李と朱雀紅麗を見る。あそこはナシだな。バカすぎる。
空凪は声に出さないので真面目な人柄に見られがちだが、実は心の中では口が悪い事を那々瓊しか知らない。
比翔は大きく育った妖魔の卵を見上げた。
暗闇の中に来たのは比翔も前回美晴と来た時以来だった。
例え神獣でもこの中に長期間入るのは自殺行為。それこそ前青龍宙重のように肉体を捨てる覚悟で龍核に自分を閉じ込めるしかない。それでも時間が経ては死に至る。
永然からは漠然とした情報しか得られないが、宙重が珀奥を追って神浄外から出たのは知っていた。
だから美晴に自分の玄武の神核を渡したのだ。
『ねぇ、比翔………。もし、あたしが神浄外に残りたいって言ったら残れる?』
そう聞かれて返答に困った。
「君はもう死んでいる。銀狼の肉体は死体だよ。戻っても直ぐに妖魔に変わる。だから皆死んだ身体は土に還し、魂は輪廻に回るんだ。」
だからお帰り。元の世界へ。
そう促した。今迄の銀狼はみなそうやって帰って行った。
『いいわ……。』
「美晴?」
『あんな世界消えればいいのよ。そしたら召喚される人間もいなくなるじゃない。』
「………………。」
『戻るわ。連れてって。』
「美晴…、でも……。」
『あたし、妖魔になる。銀狼じゃなくていいわ。そして………。』
次の銀狼が来たら殺すから。
比翔は彼女の言葉を聞いたらダメだったのかもしれない。
美晴は妖魔になって、次に暗闇の中に来た銀狼を殺すと言った。
そんな事したら皆全滅だ。
美晴は銀狼を失った神獣達が、自力で戻れないように奥の方に行くと言っていた。
より強い妖魔になりたいというから、その方法を考え、玄武の神核を与えた。
暗闇の中で眠る宙重の龍核と、玄武の神核を混ぜ合わせて魂の伴侶を造り、生命樹を呼び出して卵から生きた身体を作ればいいと教えた。
上手くいくかは分からない。
でも死体では腐り落ち動くには支障が出るし、長く使えないので生きている身体があった方がいいと教えた。
元が神獣だった珀奥が妖魔の王になれたのだから、元銀狼の美晴なら同じ妖魔の王になれるだろう。
銀狼の死体は玄武領に埋葬する。
玄武の地は花が咲き誇る平野が多い。
点在する湖と森と湿地帯。湿気は隣の霊亀領がある所為だが、それがこの地を潤していた。
美晴の魂を連れて玄武の地に降り立つ。
眼下に花が咲き乱れる花畑が延々と続いていた。
その中に美晴の死体は眠っている。
その真上に降り立つと、一緒に降り立った美晴の魂が地中に吸い込まれて行った。
ヒョウーーーと冷気が生まれ、花がパキパキと凍り固まっていく。
色とりどりの花が葉が、薄水色にバキバキと音を立てて変わって行った。
比翔の足元からパキンと衝撃が走る。
そこを中心に凍った花が円状に広がり弾け散って行った。
ビョウビョウと氷混じりの風が辺り一面吹き荒れ、比翔の顔や身体に傷を作っていったが、比翔は避ける事も痛みで苦痛に揺れることも無く静かに立っていた。
「美晴………。」
「おはよう、比翔。」
それはいつもの美晴の笑顔だった。
銀狼の寿命は五十年。その容姿は適齢期で止まり、死ぬまで変わらない。突然プツリと糸が切れた人形の様に死んでしまう。
だから美晴の容姿は若々しい二十歳前くらいの姿だった。
美晴はよく比翔の玄武領に遊びに来ていた。
この花畑が可愛いと、美しいと言って、褒めてくれていた。
その美しい景色は全て凍り壊れてしまった。
美晴は比翔に、次の銀狼召喚時に会いましょうと言って去っていった。
玄武領はこの時から氷の大地に変わってしまった。
玄武の神核はもうない。
比翔はもう玄武では無いかもしれないが、手には持ってなくても次代の玄武が誕生していないので、比翔がまだ一応玄武ではあるらしかった。
だけどもう、この地を元に戻すほどの力も気力も湧かない。
比翔は己の愚かな選択に気付いていたが、もう止める事は出来ないという事も気付いていた。
比翔の両親は元銀狼とただの獣人だった。
二人は伴侶となり、魂が混ざり、死んで玄武領に眠っている。
静かに眠る二人の遺体も、花畑の中にあったのだが、全て凍って散っていっただろう。
全てが粉々に砕かれて、この地は氷が吹雪く大地となった。
美晴が上手く宙重の龍核を手に入れたのか、比翔の髪の色も瞳も爪も色が黒に変わってきた。
玄武の神核を通して闇の中の妖力が比翔の中に流れているのだろう。
そうは気付いても、これは自分が蒔いた種だ。
比翔は凍る玄武の地で、銀狼の召喚を待っていた。
この漆黒の卵から、美晴が生まれてくるのだろう。美晴は暗闇の妖力を吸って、きっと妖魔の王として復活する。
神は許さない。
だから銀狼召喚の神託が降った。
もう一つの神託が銀狼と神獣の伴侶契約による新たなる霊亀の誕生というのは驚いたけど、元を正せば応龍天凪が霊亀永然を失いたくないが為に引き起こっている。
神は玄武の乱心よりそちらを重視したのだろう。
その次が玄武の番とでも言われそうだ。
どちらが、勝つだろうね。
君が望むなら、僕も頑張るよ。
どうせその道しか残されていないからね。
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