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41 暗闇の中で

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 宙重は確かに珀奥を追って神浄外の外に出た。だが暗闇に入る前に天凪に会いに行き、頼み事をした。
 己の神核を預けたのだ。
 応龍と青龍にはそれぞれ二つの核がある。
 だから青龍の神核を神浄外の中に置き、龍核だけ体内に収めて珀奥を追った。
 その際、永然から珀奥を神浄外の中へ戻すつもりなのだと聞き、その手伝いをしたいと申し出た。
 永然が言うには、珀奥が妖魔に変化した場合、確実に妖魔の王となる。そして銀狼を召喚し討伐するよう神託が降る可能性が高いのだが、それでも確実とは言い切れない。
 妖魔は銀狼に討伐されて初めて浄化される。
 妖魔となった珀奥は銀狼に浄化してもらわないと、穢れた魂は霧散して蘇る事が出来なくなる。だから次の銀狼召喚で珀奥が討伐されるようにしたいのだと説明してきた。
 永然は自分が珀奥を追うつもりでいたが、珀奥から麒麟の養育を頼まれていた。
 麒麟は天凪に任せようとしたが、天凪は珀奥と一緒に妖魔に堕ちるかもしれないのに行かせられないと断ったのだと言う。
 それはそうだろうなと思った。
 それに永然が妖魔になってしまうと、誰が魂を扱えるのだと言うのか。
 魂を見る事が出来るのは霊亀か玄武しかいない。
 比翔に頼むにしても、比翔はあまり巨城に来ないので珀奥とはほぼ面識がなかった筈だ。
 引き受ける程気の良い人柄でもない。
 
「オレが珀奥を確実に銀狼の前に出す。」

 それにオレには神核と龍核がある。
 永然は天凪と魂を繋ぎ暗闇の中でも意識を保てるようにするつもりだと言ったが、それならオレの二つの核を使った方が確実だ。
 やった事はないが、片方を天凪に預けて意識を保つ。
 何百年待つ事になろうとも、意識を保ってみせる。
 暗闇の中では回復しない神力も、龍核と神核を繋いで神浄外から回復するつもりでいた。神力が足りなければ天凪が流してくれるとも言ってくれたので、甘える事にした。

 そうしてオレは神核を天凪に預けて暗闇の中に入った。珀奥はまだ神浄外側から見える位置にいてくれたので助かった。

 珀奥はかなり神力が妖力に変貌していた。
 髪も瞳も爪も黒に染まり、耳も尻尾も既に取れかけ、尾も残り三本になっていた。
 痛々しい。
 
 ーー珀奥………。ーー

 暗闇の中では声が出なかった。もしかしたら出ていたのかも知れないが、音となって響かない。
 虚に彷徨う珀奥を抱き締めた。
 神浄外にいた珀奥ならば、そんな事させてくれなかった。
 笑顔なのに近寄らせない。
 そんな天狐が今腕の中にいる。
 神獣からすれば、ほんの僅かな時になるだろう。それでも嬉しいと感じてしまう自分が愚かに思えるが、素直に嬉しかった。
 頬に手を添え口付けを落とす。
 本来ならどういう顔をするのだろうか。
 嫌がるのか、恥ずかしがるのか…。
 それを知りたかったが、虚な瞳の珀奥は何も返して来ない。
 虚しいが仕方がない。
 いつか来る別れの時までは、この狐はオレのものだ。
 きっと珀奥は永然の思惑通り神浄外に帰れたとしたら、その時はオレのものではないだろう。
 妖魔になるその瞬間まで、珀奥の心を占めていたのは真珠色の卵だった。
 オレの勘では麒麟が珀奥の心を占めてしまいそうだ。
 
 それまでは、オレのもの。

 反応のない珀奥に深く唇を合わせて神力を流しながら貪った。




 そこからは神浄外に行って獣人達を襲う珀奥を連れ戻したり、神力を分けて珀奥が完全に妖魔に落ちないようにしたりして過ごした。
 妖魔化しても大丈夫だとは聞いていたが、それはオレが嫌だった。神力を分け与えると珀奥の意識が少し浮上する事を知ってからは、度々与えて寂しさを紛らわせていた。
 この暗闇の中では珀奥はオレだけを見てくれる。
 話し掛ければ、こんな所まで追いかけて来たオレの事を嘆き謝ってくれる。
 その間は麒麟の卵の事を珀奥は忘れてくれる。
 それが嬉しくてたまらなかった。
 漆黒の瞳にはオレしか写っていない。
 永遠に続けばいいのにと願わずにはいられないが、そんな事は出来ない。
 オレの龍核の消耗もあるし、天凪に預けた神核も、次の青龍に渡さなければならない。
 期限は刻一刻と近付いていた。




 珀奥の背を押して、一人暗闇に残る。
 他の神獣達に見つからないよう、珀奥が討たれるのを見ていた。
 麒麟の子がこっそり珀奥の死体を持ち帰るのも見ていた。
 敢えて邪魔しなかった。
 オレと珀奥の逢瀬はここで終わりだ。
 天凪と永然がこちらを見たが、恐らく向こうからはただの暗闇にしか見えなかっただろう。
 珀奥にはオレの神力を流し続けたからか、何処にいるのか分かるようになった。
 永然が珀奥の身体から離れた力の塊を捕まえたのを確認してから、オレはその場を離れた。
 
 ここは何もない暗闇だ。
 永然は一度に一人分しか異界に魂を送れないと言っていた。銀狼召喚は神の力を借りて行えるが、永然一人の力では限度があるらしい。
 この暗闇の中に入って来れるのも銀狼がいないと入って来れない。
 だから、次の銀狼を召喚して妖魔討伐に来るまで待っていてと言われた。
 果たしてそれは何百年後か。
 それまで眠ろう。
 龍核になって地に潜ればなんとかなるだろう。
 なるべく妖魔と思われて討伐されない方がいい。
 そう、親しい友人の達玖李の近くにしよう。青龍の地は新たな青龍が治めるだろうから、オレが近くにいては不審に思うだろう。顔を知る者も多い。
 白虎の地なら達玖李くらいだ。
 たまに神浄外を眺めているのを見られても、達玖李ならオレを討伐しようなんて思わないだろう。
 
 そうやって寝たり起きたりを繰り返して、龍核の消耗を防いで過ごしていた。
 神浄外にはあまり近寄れない。精神は神力で保護しても、身体は暗闇に侵食されてしまった。白虎領の獣人達を襲いたくなかった。

 案の定、たまに神浄外を覗くと達玖李に会うようになった。
 アイツは心配そうに見ていた。
 何故そこにいるんだと思っている事だろう。



 銀色の光が近寄り、オレの龍核を掘り起こすまで、それは続いていた。
 この銀の光は銀狼?
 何故?
 もし銀狼召喚を行う時は、天凪から心話を使って連絡すると言われていた。
 天凪は神の意識と共有しているのであまり頻繁には連絡を取り合えない。
 珀奥を見送った後は必要最低限でいいと言っていたので、その時にならないと天凪から心話が来るとは思えなかった。少し前に銀狼の聖女を異界へ帰したと聞いたばかりだ。
 だから何故銀狼の神力があるのか不思議だった。
 しかももう一つ、別の神力を感じるのだが、そこには玄武の力を感じた。
 比翔か?なぜ?
 何故まだいる?それとも次の銀狼がもう既にいるのか?早過ぎないか?おかしい…。
 
 ーー銀狼の聖女か?ーー

 美晴が薄ら寒い笑顔を浮かべていた。
 力の無い表情で口角を上げ、見開いた目は不気味だ。
 
 ーー比翔が言った通り…。こんなとこに青龍がいる。ーー

 美晴は話し掛けても反応しなかった。
 返事も無くオレの龍核を持ち去ろうとする。
 実態を現すのは神力を消耗させるが、仕方ないと表に出て、美晴に抗った。
 だが、そこでオレの意識は握り潰される。
 暗闇の中では銀狼の方が強い。
 ましてやオレは、身体が妖魔になっているし、龍核で保護した精神の方は、長年の消耗により神力が弱かった。
 
 何故ここに銀狼がいる?
 比翔は何をこの女に教えた?

 明らかに銀狼の様子がおかしい。
 ブツブツと何か呟き暗闇の奥へ奥へと歩いて行く。

 ーーここにしよっと。ーー

 そう言った銀狼の手にはもう一つの塊が握られていた。
 それは、玄武の神核?
 何故お前が持っているんだ?比翔はどうした?
 問い掛けても何も言わない。
 オレの龍核と玄武の神核を手のひらで合わせて、銀狼は握り込む。

 ーーやめろ!ーー

 龍核と神核が混ぜ合わされる。
 伴侶の契り。
 魂と魂を混ぜ合わせ、伴侶となり生涯を共に生きる契約。
 この女はオレと比翔を無理矢理伴侶にした。神核と龍核というただの神力の塊を伴侶にするなど聞いたことが無い。
 普通なら同意なしの契約は成されないが、今の宙重にこれを跳ね除ける力が無かった。

 そして美晴は願い出す。
 
 ーーさぁ、伴侶よ!生命樹よ、現れなさい!あたしを妖魔にするのよ!ーー

 バカな事をと思った。
 銀狼が妖魔になるだと?
 聞いた事がない。
 しかし目の前に巨大な黒い木が現れる。
 美晴はオレの龍核と玄武の神核を持ったまま、その木の中に入ってしまった。
 幹が割れ、ズブズブと沈み込む。
 抗うことも出来ずに、銀狼と共に黒い生命樹の中に囚われる。
 完全に入り込む前に、無理矢理龍核にヒビを入れ、小さなカケラに逃れて飛び出した。
 これくらいしか出来ない。
 後は、永然達に任せるしかない。

 珀奥に次会うまでは、無事に転生したかどうか確認するまで、生きていよう。
 それまでは眠りにつく。
 
 黒い生命樹からなんとか離れ、オレは地中深くに潜った。
 時々姿を出しては白虎領に近付き眺めていたが、もう神力は残り少ない。
 きっと永然が望む通りオレの魂までは救えないだろう。龍核が割れ、魂が希薄になり過ぎた。
 だがそれで良い。
 珀奥がまた神浄外に戻って来れればそれで良い。
 珀奥はオレを見ない。
 龍はたった一人しか選ばない。相手が選んでくれなければ一生独りだ。
 だったらオレは輪廻に入ろう。元からそのつもりだった。
 次に銀狼が来た時、それがオレの終わりだ。





 この話を聞いて、呂佳はオレを土の中なら掘り起こした。
 出したのは麒麟だが、オレのことを毛嫌いしているが、呂佳の為ならばいくらでも動きそうな様子に安堵する。
 オレはもう守ってやれる力がない。

「馬鹿ですね……。僕は何も返してやれないと言ったのに。」

 オレの欠片は小さい布切れになった珀奥の神具、利虹に包まれていた。こうしておかないと消滅しそうだったのだ。

 ーーすまない、土で汚してしまったな。ーー

「何を言ってるんですか。」

 呂佳の黒い瞳が悲しみに揺れる。
 
「利虹はちゃんと宙重の役に立てたのですね。」

 妖魔討伐に出る前、呂佳も神殿で神具を授かれるか試しに行ってみた。しかし神具は呂佳の前に現れなかった。
 それもそのはず、珀奥の神具である利虹がここにあったからなのだろう。
 神具は本来持ち主が死ぬと、その持ち主と共に土葬するか神殿の泉に沈めて神力を神浄外に還すのが基本だ。
 妖魔となった珀奥は利虹を一緒に暗闇の中に持って来てしまった。そして宙重に渡したのだ。
 土にも水にも還れなかった神具は、ずっと宙重と共に珀奥を待っていた。
 呂佳はそっと利虹を労い撫でた。
 

 宙重はそんな呂佳を愛おし気に眺めた。
 珀奥の時より感情が表に出ているなと思った。
 引っ付いている麒麟のお陰だろうか。
 楽しそうで良かったよ。
 これで安心してお別れが出来る。

 宙重は安堵でフッと笑った。

 と、同時にドォンという音を立てて何かが隣に降った。
 一瞬稲妻で周辺は光り、白く周囲を輝かせた。
 
「!?」

 全員で驚く。
 宙重の隣に落ちたのは那々瓊が落とした雷の槍だった。









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