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29 融合
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そう呂佳の口が動いた。
声にならない声が、那々瓊に届く。
ゆっくりと開かれた瞳の色は、金と黒が混じる不思議な色彩。
混ざる事なく黒の中に金が浮かんでは消える。
金色の炎が燃えていると、那々瓊は感じていた。
なんて美しい光。
呂佳のまだ幼かった顔が、珀奥の身体と溶け込み合わさって、少し大人びていた。
青年でもなく、少年でもなく。
その境界線とも言える十代後半の姿は、スラリと均整のとれた美しい姿だった。
呂佳は手を伸ばして那々瓊の頬に触れたが、身長も伸び、袖の丈が足りずに手首が見えていた。
「那々に今から僕の神力を流しますけど、いいですか?」
少しだけ声が低くなっていた。
でも呂佳の声だ。
珀奥様とは違う声だけど、静かで穏やかな優しい声。
頷くと嬉しそうに微笑んだ。
その瞳が優しくて、那々瓊は朝露の神力が身体の中で暴れているにも関わらず、ドキドキとその時を待った。
何をするのか那々瓊にも理解出来たからだ。
「その…、やはり元の体も黒い毛ですから黒いままで申し訳ないのですが……。」
濡羽色の髪はそのままだ。その事を言っているのだろうが、那々瓊はその髪を元から美しいと思っている。
少し悲しげに揺れる睫毛さえ、見逃したくなくて、ジッと見つめながら那々瓊は微笑んだ。
そんな理由で躊躇って欲しくない。
「私が見た珀奥様は既に黒毛だったので、何も違和感はないよ?」
呂佳はキョトンとして、それもそうですねと笑った。
「言われてみれば、そうですね。」
その笑顔は可愛らしい。
那々瓊は珀奥の金の姿を見た事が無かったのだ。皆が言う金の姿ではなく、黒い姿しか知らない。
それでも大事に水晶に入れて、大切に守っていた。
珀奥は両手で那々瓊の滑らかな頬を両手で包み、近付いていった。
唇を合わせ、ほんの少し舌を出す。
チョンと触れて、驚いて少し離れて、また少しだけ舌を突き出してきた。
那々瓊も呂佳の舌をちゅっと舐めて吸った。
一瞬で膨大な神力が流れ混んでくる。
呂佳の静謐な風を思わせる静かな神力。
那々瓊の中で暴れていた金の光を全て吹き飛ばす強風となって、身体の中を吹き抜けていった。
ちゅっと離される唇を、那々瓊は名残惜しそうに見る。
「ほ、本来は大人なのですから伴侶となる様な親しい人とやるのですよ?」
我が子に教え諭しながらも頬を染めて照れている呂佳を見て、那々瓊は心に決める。
呂佳を伴侶にしよう、と。
ちょっとぉ~~~~~、とやや離れた場所で非難する声が上がった。
「終わったんなら加勢してくれない?」
聖苺だ。
炎で達玖李の風の刃を押し留めていたが、力負けするのか永然も神力を送って手助けしていた。
永然はまだ目覚めて日が浅いので、神力があまり出せない。少し苦しそうにしていた。
那々瓊は立ち上がり、一緒に座り込んでいた呂佳に手を差し出して立ち上がらせる。
「私がやるから、ここにいてね。」
心配そうな顔で呂佳に言い聞かせる。
呂佳としては、達玖李に対しては黒い枝に替えられた事も含め怒りがあるのだが、今回は那々瓊の方が被害者だ。
神力も根こそぎ渡してしまったし譲る事にした。
「待っていますよ。」
苦笑しながら呂佳はそう言うが、那々瓊にしてみれば呂佳は漸く捕まえた存在だ。
聖苺の所へ行き永然を連れ戻すと、二人を同じ所に並ばせた。
地面にパリッと稲妻が走る。
「動かないでね?」
呂佳と永然の周りに雷を這わせたのだ。
これで誰も二人を攻撃出来ないし、二人も何処にも行かない。
那々瓊は満足して聖苺の下に戻った。
「うわぁ、僕は仲間ハズレ?手伝ってやってんのに。」
置き去りにされた聖苺は那々瓊に文句を言った。だが翡翠の瞳は面白気に笑っている。
「二人は私の大切な人達です。」
「僕も大切にしてほしー。」
冗談を言いながら聖苺は後ろに飛び退った。
達玖李の風が一気に襲ってくる。
それを那々瓊は動じる事なく雷の柱を立てて全て消し去った。
横一直線に走る稲妻に、聖苺はうわっと更に後退する。
「白虎不在は困るからと、放置するのは良く無かったね。」
那々瓊の表情は穏やかだ。
だが瑠璃色の瞳は不穏に輝いている。
白虎が治める領地は神浄外の西外側。最も獣人が多く住み、最も妖魔が出現する地域でもある。
そこを守るには強い神獣が必要だった。
神獣不在は麒麟の治める内側にも影響する。だからこそ見逃してきた。
達玖李は警戒しながら風で自身を防御した。那々瓊は普段穏やかで戦闘などしないように見えるが、その実最も戦闘に特化している。
「くっ…!」
空から降る雷の槍に飛び退りながら、達玖李は次の手を考えるが、考える暇を与えてくれない那々瓊に苛立たし気に舌打ちした。
「さて、どうしよう。私を弄んでくれたお礼をしなきゃ。うーん、そうだな、単純に消滅なんて許せないし…。闇との境界線付近で妖魔討伐を頑張ってもらおうかな。」
顎に手を当てて、那々瓊は達玖李の処遇を決定した。
「……っ!!お前に、言われずともやっているっ!」
達玖李は叫んだが、那々瓊は和かに微笑んだ。
「そうだね。感謝してるから目を瞑ってたんだ。でも私の呂佳に手を出したのは許せない。君が麒麟を嫌いなのは知ってるし、その理由もまぁ、知ってるから、これで勘弁してあげるよ。」
那々瓊は空に手を上げた。
チカっと夜空に光る一点から、雷の鎖がジャラジャラと音を立てて落ちてくる。
達玖李はその神力の塊ともいうべき鎖から逃げようとした。
今だトカゲの上に乗って震えていた朝露を落とし、そのままトカゲに乗って駆けようとしたが、鎖は達玖李を追いかけ巻き付いた。
「ぐぁっ!?離せっっっ!!!」
今の那々瓊は神力に溢れている。
珀奥の死体に数百年入れ続けた神力が、呂佳の身体に取り込まれ、その殆どが那々瓊の中へ還元されているのだ。
その神力を使って雷の鎖を顕現し、実体化させ、達玖李を拘束した。
「さあ、闇の境界線が見える当たりに打ち込んであげるよ。この神力の多さなら、そーだねぇ、一千年くらい保つかな?私達神獣ならあっという間だ。」
殺しはしない。
那々瓊は神浄外西外側の境界線で、延々とやってくる妖魔を倒せと命じた。
「そんなっ所にずっといたら!!」
「そうだね………、君の白い髪も黒髪かよくて灰色に変わるかもね。」
妖魔が蔓延る闇に触れれば、神浄外の者達も闇に染まる。
神獣だからその身に宿る神力の強さで死にはしないし、珀奥の様に神に呪われているわけでもなければ妖魔になったりはしない。
だが闇は蓄積される。
さあ、行け。
那々瓊の命令に、天から降りる鎖は達玖李を釣り上げ境界線に運んで行った。
那々瓊は獣の王。例え神獣と言えど、白虎も獣に属するので逆らえない。
済んだとばかりに振り返った那々瓊は、真っ直ぐに呂佳の下へ戻った。
這っていた稲妻は消え、疲れて欠伸をする永然と、微笑む呂佳が待っている。
「呂佳。」
ギュウとモフモフの黒尻尾ごと呂佳を抱き締めると、長い黒髪が柔らかく腕に触れる。少し冷たくてつるりと滑らかで気持ちが良い。
黒耳の間に鼻を埋めて匂いを嗅ぐと、永然様が呆れた顔をしたが気にしない。
呂佳は元から優しくて気になってて、好きだった。それが珀奥様だって言うのだから、もう我慢出来ない!
会いたくて、会いたくて、ずっと一緒にいたかった人だ。
呂佳が珀奥様ならいいのにと、ずっと考えていた。
それが本当になったのだ。
「良い匂い………。」
スンカスンカ鼻を鳴らしていると、聖苺がアレどーすんのと聞いてきた。
「朝露は、どーしましょうかね。」
「比翔が引っ張ってきた異界の魂か。面倒な事になってるな。」
呂佳と永然は困り顔で朝露を見た。
勿論、那々瓊を無理矢理傀儡にしようとした怒りはある。例え白虎に唆されたのだとしても、許せるものではない。
しかし何も知らない朝露に、これ以上の制裁を求めるには、少し不憫な気もしてくる。
朝露は達玖李に乱暴に落とされたショックで呆然としている。
全員に見られている事に気付き、ハッとして立ち上がろうとしたが、腰が抜けているのか四つん這いでブルブルと震えていた。
「な、な、何で!那々が呂佳に抱きつくのさ!?」
「気にするのはそこなんですねぇ。」
呂佳は朝露のその精神力に感心した。
「はぁ!?なにさ!何で上手くいかないの!?僕もあのゲームしてたのに!攻略だって何回もしてたのに!」
呂佳は困り顔のまま朝露に何と言おうかと考える。
朝露が一人で何かやれるとも思えないので近寄ろうとしたが、那々瓊がガッチリと抱き締めてスリスリと頬擦りしているので動けなかった。
仕方なく距離があるので声を張り上げる事にした。
「今まで話す機会が無くて伝えるのが遅くなりましたが、ここはゲームの世界ではないので攻略など無意味ですよ。」
朝露はポカンと呂佳を見た。
「何言ってんの?みんなゲーム通りじゃん。」
そうなんですけどね、と思いながらも全てを説明するのも面倒臭く感じる。
どうせ朝露……、いや、愛希は向こうに帰さなければならない魂だ。
だったら言うべき事は一つだろう。
「残念ながら、愛希は元の世界に帰らなければなりません。」
「何言ってんの?僕は向こうで死んでるよ。伊織と望和と一緒に死んだじゃん。」
呂佳と永然は顔を見合わせた。
麒麟の霊廟に向かう前、天凪に確認したのだ。
天凪は朝露を寵愛している時期があった。
その時は、念の為にやっているのだと言っていた。
永然の家から巨城に向かう途中、永然にそれを話したら、その通りなのだろうと言った。
銀狼が神獣の伴侶になれば、次の霊亀の枝を授かる。それは、銀狼に限ったことではないのではと考えた筈だと。
異界から来たもう一つの魂、愛希にも当てはまる可能性があった。
永然は天凪の育ての親なので、永然を慕う天凪は無論それを阻止しようとする。前回の銀狼の聖女の時の様に。
愛希を手元に置き、他の神獣の下へ行かない様にした。
同じ異界から来た銀狼の勇者、万歩は神の神託が重く伸し掛かり、下手に手を出して本当に神託通り万歩が神に祈れば強制的に伴侶になってしまう。
万歩は無理だが朝露だけでも邪魔する事にした筈だと。
だが気付けば天凪は朝露に構わなくなっていたし、朝露は那々瓊や達玖李の方へ好意を寄せていた。
その意味を問うたのだ。
「朝露の元の身体は異界で生きている。」
そう天凪は告げたのだ。
少し神力を注ぎ、注意深く魂を探った。
探ったのは本当に銀狼と同じ様に神獣と伴侶になる神託が朝露にも降りているのかだったのだが、その先に見えたのは異界に続く魂の尾だった。
細々と息づく生命の波に、向こう側で身体が生きているのだと察したのだという。
だから朝露は帰らなければならない。
いや、身体に魂が引っ張られて、いずれ帰るだろうと結論付けた。
それはそう遠くない未来だろうと。
「は?なにそれ?」
説明されて朝露は呆然とする。
今更帰れって言われても……。
戸惑う朝露を前に、永然と呂佳は渋い顔をした。
帰ると言う事は、ここで過ごした十四年以上の月日が向こうでも過ぎていると言う事だから。
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