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28 対峙

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 ゴトンッと激しく揺れて、朝露は顔を顰めた。
 巨城にいては分が悪いと言うからついてきたが、このトカゲみたいなヤツはゴツゴツして乗り心地が悪い。
 那々瓊に抱っこしてもらおうと思ったが、汚い死体みたいなのを抱き締めて目を瞑っている。
 毎日朝露の神力を流したから言う事を聞いてはいるけど、今の那々瓊はいつもの年上然とした穏やかさはなく、酷く幼く感じた。
 その姿にガッカリする。
 達玖李はこのトカゲを操作するから前には乗せれないと断られた。落ちたくなければ後ろにしがみついとけと冷たい。
 ゲームにこんな話なかった。
 麒麟那々瓊はもっと余裕のあるお兄さんで、優しくて、でも十五歳の成人を過ぎればすっごくエロくなる。成人前はどの神獣もキス止まりだけど、過ぎたらセックス当たり前の十八禁。那々瓊はちょっとねちっこいけど、それがまた人気があった。
 君にだけだよって言いながら、主人公に手を出すようになる。
 達玖李は男らしくてワイルドで、でも時々見せる優しさや笑顔が素敵だった。強引に身体を結ばれて、最初はイヤイヤしている主人公なのに流されて行くのが良かった。
 十五歳になるのが楽しみだったのに、呂佳がチョロチョロしてるし、白虎も麒麟も思ってたのと違う。
 何で上手くいかないの?
 主人公の銀狼じゃないから?
 応龍天凪だって最初は優しくて甘々だったのに、僕が達玖李と仲良くなったくらいからそっけなくなった。
 なんで?って聞いたら、「お前は早く帰った方がいいだろう。」とか訳わかんない事言われた。
 狐の両親の家に帰れって事?
 僕は宮仕になりにきたの!学舎はサボり気味だけど。その所為?
 
「ちっ!もう来たか!!」
 
 達玖李が叫んだ。
 キョロキョロしてたら上だと教えられる。
 揺れるから見上げるのに苦労したけど、何とか顔を上げると後ろの空に大きな鳥みたいなのが見えた。
 赤や緑や黄色の混じる極彩色の大きな羽。
 あれは、鳳凰聖苺?
 何で聖苺が追いかけてくるの?
 と言うかこんな話、ホントにないよ!?
 神獣同士で争うなんて無かった。

「朝露っ!麒麟にありったけ神力を流せ!」

「ええ!?僕の神力失くなっちゃうよ!?達玖李の神力ちょうだいよ!」

「馬鹿かっ!オレの神力分けたらコッチの戦力が無くなるだろうが!」

 さっさとやれと怒鳴られた。
 人から可愛がられたり嫌味言われたりする事はあっても、怒鳴られた事はないから怖い。
 怖くて言われた通り、那々瓊の腕を掴んで神力を流した。
 毎日流してるからすんなり入って行く。
 最初の頃は抵抗されてなかなか入らなかった。
 那々瓊の瑠璃色の瞳が見開かれて、苦しげに唸るけど、それはいつもの事なので構わず流して行く。本当はキスで流した方が早いんだけど、那々瓊は頑なにそれを嫌がる。
 ゲームでも麒麟は十五歳になるまでは善良なお兄さんだったから、こんなものかなと思ってたけど、那々瓊が呂佳を見る目つきを見て、僕の心は騒ついた。
 那々瓊は呂佳が好きかもしれない。
 少し前にも巨城の使用人達が、麒麟が黒狐を可愛がっているって言う噂話をしているのを聞いた。僕は呂佳が那々瓊と仲良くなるのが許せなくて達玖李の言う通りにしたのだ。
 麒麟が欲しければ神力を流せば良いって。
 そうしたら麒麟は言う事を聞くって。
 その通りにしたら確かに那々瓊は僕の言う通りになったけど、愛されているとは違うと思うんだよね。
 でもここまで来てしまったら達玖李の言う通りにしておかないと、僕はどうしたら良いのか分からない。

「神力流したよ。どうするの?」

「麒麟に足止めさせろ。」

「ええ!?戦うの?」

「イイから、やれ!」

 僕は渋々従った。
 達玖李がトカゲの速度を落とす。

「那々、足止めして!その汚い人?もどっかやって!」

 那々瓊の身体がビクンと跳ねた。
 瑠璃色の瞳が僕を見るけど、その綺麗な瞳の中に僕は写ってるのかな?
 達玖李が僕を押し退けて那々瓊に命令した。

「行けっ!!殺しても構わん!」

 ええ!?
 神獣同士で殺し合い?そんな内容無かったのに!
 那々瓊はガクガクと震えながらも、トカゲから降りた。でも黒髪の汚れた死体は抱き締めたまま。

「いや、待てっ!その黒曜主の死体は何だ?何故お前が持っている?」

 達玖李もトカゲから降りて那々瓊に近寄った。そして抱き締めていた死体の長い黒髪を無造作に握りしめて顔を覗き込む。
 達玖李が目を見開いた。

「…………ふっ、ははははっ!それは、珀奥かっ!」

 比翔から永然が珀奥を転生させようとしていると聞き、黒の枝を持って邪魔しに行きはした。
 だが珀奥がいつ、どうやって死んだかまでは知らなかったのだが、あの時の妖魔黒曜主が珀奥だったとは!
 これはお笑いだ!
 しかも後生大事に死体を持っていたのか!
 それ程までに育ての親を慕うか!

「くくっ、この汚い妖魔が大事か。」

 黒髪を無造作に上にあげる。
 力任せに首が引かれて、那々瓊が苦し気に睨みつけたが、それすら愉快過ぎて笑いが込み上げる。

「…確か、お前が聖女に請われて攻撃していたな。」

 瑠璃色の瞳は怒りでギラついていたが、達玖李の言葉に打ちのめされ輝きが失せていく。

「親を殺したか。」

 那々瓊は首を小さく緩く振った。

「………ちがっ、……、、っ!」

「ふっくくく、違わんだろ。」

 オレもあの場にいたのだから、その光景を見ていた。
 髪を掴んだまま珀奥の死体を引っ張り、那々瓊から奪おうとするが、震える手で那々瓊が離すまいと力を込めて抗ってきた。
 この死体をバラバラに切り刻んだら、この麒麟はどんな顔をするだろうか。
 そう思い立った達玖李は、精悍な凛々しい顔を歪めて笑う。
 直ぐそこに身体の元の持ち主もいる。
 那々瓊は死体を庇ってはいるが、朝露の神力で自分達に抗えない。

 切り刻もう!

 神力で風を巻き起こす。
 達玖李はその後の光景を見たかった。
 
「はぁーい、だぁめっ!」

 明るく光る朱色の炎が突然達玖李の前に現れた。

「ちっ!」

 もう来たのか!?
 達玖李は後方へ跳び、聖苺から離れた。
 







 聖苺は低空飛行で呂佳と永然を降ろした後、そのまま飛んで達玖李と那々瓊の間に割り込んだ。
 聖苺が顕現した炎から避けるように、那々瓊が珀奥の死体を庇って抱き込むのを見て、クスリと笑って前へ進む。

「んーと、僕は達玖李を邪魔しとけばイイかな?と言うかコイツに話があるんだけどね~。」

 一歩進むごとに聖苺の朱色の髪が炎に変わって行く。
 達玖李の風の刃を炎の威力で無理矢理押さえ込んでいった。

「俺には無い。」

 達玖李の額に汗が流れる。
 聖苺はあまり戦闘に参加しない。
 炎を使うとは知っていても、ほぼ何事も静観が多かった。
 幼い姿からは想像しにくいが、聖苺は天凪の次に長く生きている。その存在がどういった影響を持つのかも、あまり知られていない。
 聖苺はニコリと愛らしく笑った。朝露の比ではなく、花が咲くような笑顔だ。
 なのに取り巻く炎は凶悪なほどに渦巻いている。

「ふふ、あのさぁ紅麗を巻き込んだでしょ?」

 朱雀紅麗は聖苺と同じ鳥族だ。
 鳥族には鳥族の掟がある。
 獣人や龍人と違い、体格も小さく弱いのだ。神力も風を操る者が多いが、それは身体を軽くする程度のもの。殆どの者は羽が退化して生まれる。
 聖苺の様に背に羽を持つものは稀だった。

「神獣は神獣しか裁く事が出来ないんだよね。ほんっと、余計な事してくれる。」

「口車に乗る方が愚かだろう。」

 聖苺はふわふわと浮きながら、両手を広げた。

「そーだね。愚かで可愛い子だよ。」
 
 炎が達玖李を取り囲んだ。







 呂佳は聖苺から降り立つと、直ぐに座り込んだ那々瓊の下へ走った。
 達玖李は聖苺が後退させ足止めしてくれている。
 永然が頷いて少し離れて待機したのを確認し、那々瓊の前へ回り込んだ。
 達玖李の更に奥で、トカゲに乗ったまま朝露が聖苺の炎に怯えている。
 此方へ来るようなら永然が止めに入るか、教えてくれるだろうと判断し、那々瓊を注視した。

 那々瓊は朝露の神力が苦しいのか、顔を顰め目を細めて、目の前に座った呂佳を見た。
 汗が流れ、吐く息が荒い。
 顔は青白く血の気が引いていた。
 那々瓊は光り輝く神力を押し出そうともがいていた。

 呂佳はジッと瑠璃色の瞳を見つめた。
 そっと手を伸ばし那々瓊の頬に触れる。
 触れた肌は冷たく震えていた。
 かなり朝露の神力が体内を駆け巡っている。元となる神力の量は達玖李のものが遥かに多く、那々瓊の身体を蝕み抑え込もうとしていた。

 頬をスリスリと労わりながら撫でる。
 
「なな…………、僕の那々。その身体を僕に返してくれませんか?」
 
 那々瓊が目を見開いた。

「呂佳に……、返す?」

「ええ、それとも、こう言えばいいでしょうか?『私の可愛いなな』、お願いです。私の身体を返して下さい。」

 穏やかに優しく、いつも語りかけていた静かな声で、呂佳は言い聞かせる様に那々瓊に話し掛けた。
 その声は決して同じでは無いのに、那々瓊が聞きたくて聞きたくて、ずっと側にいて欲しいと願い、叶わなかった人の話し方だった。
 
「珀奥、さまと、同じ?」

「ええ、そうですよ。」

「呂佳は、はくおく様?」

「そうですよ。」

「本当に…?」

 そうですよ…、何度も呂佳は肯定する。
 何度尋ねても、何度でも頷く。
 納得するまで、何度も何度も。
 那々瓊の時が止まったかのように微動だにしない。呂佳の中から、欲しい答えを懸命に探し出そうとする瑠璃色の瞳だけが、力強く呂佳の黒い瞳を見つめていた。


「私の身体を返してくれますか?」

 那々瓊は無意識のうちに返事をした。


「…………………うん、返すよ……。」


 呂佳が珀奥様なら返すよ。
 那々瓊が抱き締めていた身体に、呂佳の手が乗った。
 胸に開いた剣の刺し傷をそっと撫でる。
 そこは少しでも綺麗になる様にと、那々瓊が神力を注いでいた場所だ。先代聖女の聖剣月聖が深々とつけた消えない傷。
 
 もう一度、動いて。
 目を開けて。
 なな、と呼んで。
 この傷が、無かったら良かったのに。

 そう願いながら、過去を悔やんで願い続けた。

 呂佳の身体から熱のない炎が灯る。
 ボゥ……と静かに珀奥の死体が燃え出した。
 那々瓊が認めた事によりカラカラとまだ張り付いていた水晶が、溶ける様に落ちていく。
 それを二人で静かに見つめた。


 呂佳は集中する為に瞳を閉じた。
 黒い睫毛が影を落とし、濡羽色の髪が炎に照らされて艶やかに浮き上がる。
 赤い炎に光が混じり、朱色から黄色、金色へと移ろっていく。
 珀奥の死体はその炎に包まれ、塵一つ残さず綺麗に燃えた。
 仄かに色づく小さな口が、ふっと笑みを作る。
 閉じられた黒い睫毛が、ゆっくりと開き出した。

 チリチリと光る金の神力。

 そして………。
 黒に混じる金の光に、那々瓊は小さく息を呑んだ。








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