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20 白虎達玖李の罠

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「ろっかぁ~~~~っ!」

 空凪と共に次に来たのは巨城上段東側に住む応龍天凪の所だった。
 万歩は応龍の庇護下で生活をしている。
 銀色の尻尾をパタパタと振って、呂佳に駆け寄って来た。

「久しぶりです、万歩。元気にしてましたか?」

「もちろんっ!呂佳も元気してたか?」

 万歩の笑顔は前世伊織の時と同様に爽やかだ。
 
「はい。勿論元気ですよ。万歩は大分神力が定着して来ましたね。」

 十五歳まで親や保護者に神力を分けて貰ううちは神力が安定しない。
 人それぞれ神力の質に違いがあるのだが、それが出てくるのは成人する十五歳前後だ。

「呂佳の神力は出会った時すでに定着してて怖かったけどなぁ~。」
 
 雪代が後ろでボソリと言う。
 雪代もまだ当時十五歳で神力が読めたり読めなかったりだったのだが、それでも呂佳の落ち着いたら清涼な神力にやや驚いていた。

「へー、俺ちょっと人の神力読める様になったぞ。呂佳のは、ろっかぁーって感じ。」

「いや、分かんねーよ。」

「わかるよ。性格が出てんじゃん。」

 万歩の適当な言葉に雪代が呆れている。
 二人で神力の読み方について話し出したので、放っておく事にした。
 どうやら気が合う様だ。
 万歩は暫く会わないうちに身長が伸びたのか、雪代と変わらない大きさになっていた。
 相変わらず背の低い呂佳は羨ましくなる。


「久しいな、空凪、呂佳。」

 天凪が空色の瞳を細めて近付いて来た。

「久しぶりです、兄上。」

 空凪は返事を返したが、呂佳は頭を下げるだけに留めた。まだ部屋に使用人がいたからだ。
 茶器を並べ、茶菓子を置いて退室していったので、呂佳が入れる事にした。
 急須に茶葉を入れ、お湯の入った器から湯を注ぐ。
 適当に蒸らして其々のカップに注いでいった。

「相変わらず適当だな。」

「しかし美味しいですよ。」

 青龍隊では側仕えの雪代と共に呂佳も一緒にいる。
 普段お茶を淹れているのは呂佳だった。
 
「呂佳のお茶を飲めるとは貴重な体験だ。」

 天凪の言い方に、空凪は不思議になる。

「兄上と呂佳の繋がりが分からないのですが?」

 呂佳の身元を預かる様に言われだが、正直呂佳はなんでも出来てしまう為、預かる意味があったのだろうかと思ってしまう。
 あまり目立った戦闘はしないが、そこらへんの熟練兵士より動きに卒がなさ過ぎて、たまに手を抜いている様に見える。
 唯一の難点が黒毛黒瞳だと言うくらいだ。

「私には語れないことの方が多い。」

「確かにそうですが……。」

 応龍は神の代弁者。その言葉すら神によって管理されていると言われている。それがどういう状態なのかは本人である天凪にしか分からないが、自由に発言すら出来ないのは空凪にとっては同情に値した。

「僕に関しては個人的な事が関係しているのでしょう?」

 珍しく茶化す呂佳に、空凪は首を傾げる。
 やはり兄上と呂佳は仲が良いと感じるのだ。長くお互いを知る友人、空凪と那々瓊の様な親しさを感じる。

「あまり話すべきではない事なら、俺は詮索しません。」

 兄である天凪の事は尊敬するが、馴れ馴れしく個人的な事にまで踏み込める存在ではないと空凪は思っている。
 追求するのを諦めた。
 天凪は何も言わずに少し笑ってお茶を飲んでいる。

「天凪様に聞いてもよいですか?」

 奥でわいわい話し込んでいる万歩達へお茶を渡しに行った呂佳が、また戻って来て問い掛けた。
 呂佳の年齢は充分子供なのだが、混ざる場が天凪と空凪の方というのも子供らしくない。こういう時は普通子供同士固まって遊ぶものでは無いのだろうかと、空凪はチラリと黒い瞳を見ながら考える。
 見られた事に気付いたのか、呂佳の瞳が空凪の方を向き、その深淵の様な深い眼差しにキュッと口を結ぶ。
 どーにも呂佳が子供に見えなくて困るのだ。

「那々瓊の事か?」

 天凪には質問の内容が分かっていたらしい。
 呂佳も自分のお茶を手に取り、一人がけ用の椅子に腰掛けた。

「ええ、あの状態を放置したくありません。手を出しても良いですか?」

 天凪は少し思案した。天凪は呂佳が珀奥だと知っている。親として子の安否を確認し、現状が正しく無いと判断し、助けたいのだろう。
 応龍は神の意識と共有し、現在の神獣達の情報を把握する能力がある。だが、手を出す事は出来ない。
 天凪の能力は万能に見えて不便が多い。
 全てを静観しなければならず、神浄外にとって災いとなる事だけに、手出しを許されていた。例え神獣の死であっても、神浄外の存続に関係ないのであれば観ているだけになる。
 呂佳が天凪に問い掛けるのは、那々瓊が神獣麒麟であり、この神浄外の獣の王、西内側を守護する存在だからだ。
 神が麒麟那々瓊の存在を、今後の神浄外に必要とするか、それとも滅ぶ事が必須な存在としているかで手を出せるかどうかが決まってくる。
 もし神が那々瓊を要らないと判断しても、呂佳は「私のなな」を助けるつもりではある。仮にまたこの身に神の呪いが降り掛かろうとも。

「そう厳しい顔をせずとも、那々瓊については大丈夫だ。ただ私は手出し出来ん。」

 呂佳はにこりと微笑んだ。

「それは重畳。」

 天凪と呂佳の静かな会話に、空凪は上を向いてよく分からんと唸った。

「神獣の殺害は不可だ。」

「………ですね。承知しておりますよ。」

 神獣同士ならいざ知らず、ただの獣人が神獣を殺めれば、その者は神の裁きを受ける。
 天凪の忠告に呂佳はほんのり笑って頷く。
 どう見ても成人前の表情ではなく、しかも殺害という不穏な言葉まで掛けられている。空凪は益々遠くを見つめてしまった。
 


 




 神浄外の外側、東西南北を守護する領地は、いつも人手不足を抱えている。
 獣人達はなるべく中央寄りに住みたい。
 何故なら中央に行く程、神気が満ちて安全に暮らせるからだ。
 端に行くほど闇が深まり妖魔に出逢いやすくなる。
 神浄外の端に住むのは罪を犯した罪人だけ。罪人達は寄り集まり、細々と暮らしていた。
 
 春になると年に一度の兵士募集が始まる。
 本来なら兵士不足に悩む青龍、白虎、朱雀、玄武の地は全員登用したいところなのだが、人数を制限して弱い者は落とす事にしている。無駄死になるからだ。
 この四神四体が治める地で、兵士不足に悩んでいないのは龍が住まう青龍領くらいだ。
 龍達は自分達の住処を守る為、兵士にならずとも妖魔を狩っている。
 逆側の西側、白虎の領地は獣人も多いが妖魔も多く、闇と神浄外の境界付近は危険な場所となっていた。

 今年の志願者の質を見て、白虎達玖李だぐりはイライラと壁を蹴った。
 達玖李は褐色の肌に大柄な身体を持っている為、側近の兵士達はビクビクとして慄いている。黄色い瞳の眼差しは鋭く、白い長髪は白虎特有の風を含む神力に溢れていた。
 白虎は代々風を操るのが得意で、感情に煽られて風の神力が建物をガタガタと震わせていた。
 達玖李が荒れる理由は、本日の兵士志願者を見ての事だった。
 決して募集人員を下回るわけではないが、性格の荒い者や癖の強い者がどうしても多い。
 闇から生まれる妖魔は獣人の負の感情を好むと言われているが、獣人の多い白虎領は妖魔の出現も多いというのに、それを討伐する兵士の質があまり良くなかった。
 同じ西側でも内側にある麒麟領には、思慮深く聡明で、いざという時には戦力になる者が多い。だというのに達玖李の下に来るのは短慮な者がやたらと多く、小競り合いは頻繁だ。

 達玖李は那々瓊が嫌いだ。
 努力せずとも生まれながらに神獣麒麟である那々瓊は、同じ神獣の中でも一番毛嫌いしていた。
 麒麟の命が生まれるのを厭う程に。
 

 イライラと今年の志願者選別を観戦していると、背後から見知った神力を感じ取った。
 出会った時よりも、その光は強くなっている。
 その身の内にある神気を見て、達玖李は楽しそうに笑った。

「調子良さそうだな。」

 現れたのは金の髪に金の瞳の朝露だった。
 狐の耳をピンと立て、可愛らしく小首を傾げている。
 その容姿が誰を元に作られているのか、達玖李は知っている。なので朝露がどんなに可愛らしく振る舞っても、達玖李には可愛く見えないのだが、上手く使う為にも愛想良くする様にしていた。

「はいっ、那々瓊様とはすっかり仲良くなれました!達玖李様のおかげです。」

 朝露に那々瓊の落とし方を教えたのは達玖李だった。
 ほんの少し神力の扱い方を教え、大量の神力を朝露に与えた。
 一気にお前の輝く金の光を、那々瓊に流し込めと言ったのだ。
 那々瓊は卵の時期を珀奥の神力で成長した。
 だから那々瓊は珀奥の神力に服従する筈だと思ったのだ。
 ただ那々瓊は神獣麒麟、その身体の中には獣の王としての膨大な神力を宿している。
 服従させるには並大抵の神力では足りない。
 だから達玖李は仲間である玄武比翔びとと朱雀紅麗こうれいに声をかけ、朝露の中に三人分の神獣の神力を流し込んだのだ。
 流石元が珀奥の身体なだけあって、この量の神力を難なく取り込んだ朝露は、那々瓊に擦りより神力を注ぎ込んだ。
 まさか成人してもいない朝露が、こんな大量の神力を持っているとは思っていなかったのだろう。
 那々瓊はまんまと達玖李の予想通り朝露の言いなりになった。
 最初に一度朝露の言いなりになりさえすれば、後は定期的に朝露の神力を那々瓊に流せばいい。朝露はまだ若いのでそこまでの神力を身体の中で練り上げる事が出来ないので、度々達玖李から神力を分けて貰いにやって来ていた。

 朝露は努力するのが苦手だ。
 本来なら神格化した天狐珀奥の身体を持っているので、少し鍛えれば自身で神力を作るのは容易いのに、それを面倒臭がって達玖李を頼っていた。
 それもまた扱いやすくて達玖李には都合が良かった。

「今日もよろしくお願いします。」

 朝露は達玖李に抱きつく。
 達玖李は当たり前の様に朝露と唇を重ね合わせた。












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