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18 万歩しょんぼり
しおりを挟む夜になり、銀狼の勇者万歩が寝巻き姿でやって来た。
万歩曰く、青龍領について行くのは、天凪によって却下されたらしい。
その場には朝露も当たり前の様にいたので、呂佳から聞いた話についても追求した。
『ようやく気付いたの?ほんと、お人よしだね。別にいいもん。今は天凪様が一緒にいてくれるし、守ってくれるし、万歩はいらないし!』
万歩はプチーンと切れた。
伊織の時もよく我儘を言う愛希を諌めたりして喧嘩していたが、ここは異世界。知ったもの同士仲良く助け合いたかった万歩は、朝露の言葉に切れた。
そして現在、怒りの収まらない万歩は泊まりがけで呂佳に愚痴りに来たのだ。
「そうなんですね。じゃあ十五歳の成人が過ぎたら麒麟隊に移動願い出します。万歩も麒麟隊に来て下さい。出来れば雪代も。」
「俺も?」
雪代は俺関係あるの?と不思議そうにしているが、永然の未来視に頻繁に出て来た登場人物なので、関わる可能性が高いと思っている。
それに彼は悪役令息的なライバルとして出て来ていた。という事は、あの手のゲームでは最後断罪されるのがお決まりだ。
雪代は大概妖魔にやられて死亡が多かったのだ。
青龍隊に置いて行って死ぬなんてとんでも無い!
どう流れが変わるか分からないが、近くにいてもらうのが一番いいと呂佳は考えた。
天凪もそう感じたから雪代を呂佳に近付けたのだろうと思う。
後一年半程待たなければならないと聞いて万歩はガッカリしていた。
「そーいや、なんで呂佳は黒いんだ?あの髪の毛緑色にキラキラしてた人が金の枝持ってたから、てっきり金色に生まれてくると思ってたんだぞ。お陰で朝露に騙されたけど。」
雪代は何のことか分からずキョトンとしている。
「あーあの緑のキラキラは霊亀永然ですよ。今は眠っていますが。金の枝を受け取ろうとしたら愛希に邪魔されたんです。金の枝は盗られて、代わりに黒の枝を押しつけられたんですよ。」
呂佳の説明に万歩は顔を顰めた。
「あいつ相変わらずだな!」
愛希が望和に噛み付くのはいつもの事だったので、やりかねないと憤慨した。
「え?話よくわかんねーから黙って聞いてたけど、お前ら三人召喚者なのか?てか呂佳は本当は金だったのか!?」
雪代が騒ぎ出した。
「ええ、僕と万歩と朝露は異界から来ました。多分死んで生まれ変わる前にいた空間は永然だけが行ける空間だったんでしょうけど、そこで入れ替えられてしまったんですよね。」
「じゃ、本当はお前が金狐だったのか!?」
呂佳が頷くとマジでー!?と今度は雪代が怒り出す。
「皆んななんで金狐に騒ぐんだ?」
万歩はこの世界について学舎で学んでいる途中だろうが、単独種族についてはそこまで掘り下げて習わないので、金狐について知らなかった。
「金狐ってあんまり生まれねーんだよ。金狐と言えば前天狐珀奥様の象徴。誰にでも優しくて強くて憧れなんだぞ。俺だって天狐目指そうと思ったの珀奥様に憧れてるからなんだからな。」
ここで自分の昔の名前が出てきてドキリとする。
と言うか雪代は天狐を目指していたのか。
そして珀奥に憧れていたのか。
「ふーん、そんなにすごい人?今どこにいんの?」
「今はいない。急にいなくなったんだってさ。」
珀奥は最後山奥に篭り麒麟の卵を育て、永然に卵を託して妖魔になった。
狐の里の夫婦が麒麟の卵を盗んだのも、神から天罰が降ったのも、それを珀奥が全て被ったのも、皆関係者は口を閉ざしていた筈だ。里の人間でもごく一部しか知らない。
他の者には急に珀奥がいなくなったとしか知られていないのだろう。
自分が珀奥だった事は黙っておくことにした。
知っているのは永然と天凪、それから黒い枝を渡した者だけだ。
何故黒い枝を渡したのか、探るべきだろうか?
明日はもう青龍領に帰るので、時間が足りない。
それに置いていく万歩が心配でもあった。
銀狼の勇者である万歩に下手な手出しをする者がいるとは思えないが、イレギュラーな朝露の存在が現状を混乱させていた。
うーんと考え込む呂佳へ、万歩がツンツンと突く。
「な、なあ、呂佳は那々瓊様と仲良いって本当か?」
遠慮がちに紫の瞳が覗き込んでくる。
伊織の時も顔は良かったが、万歩の顔も北欧系っぽくてかなり良い。
「…………………おそらく?」
呂佳にもそこら辺はよく分からなかった。
今日も尻尾を、というか尻尾の根本を嗅がれてしまった。
耳を舐められた時の様に気絶しなくて良かった。
あれは親にする行為ではない。親が子にするならまぁ分かるが、それも幼いうちだ。
次にそういうことをしたら、ちゃんと教えなければと、呂佳は心の中で意気込んだ。
やや顔を赤らめた呂佳を見て、万歩はショックを受けていた。
「…………そおなんだ………。」
銀色の耳と尻尾がしょげてしまった。
「………なに?勇者様は呂佳が好きだったの?」
万歩はブスッと顔を膨らませる。
「そんなんじゃない!」
「万歩は恩返しがしたいんですよ。」
代わりに呂佳が答えた。
前世で伊織と望和は幼馴染だったが、小学校一年生から仲良かったわけではない。
あまり目立たない平凡な望和に対して、伊織はかなり目立つ子だった。
見目もよく身体もスラッと大きい。
頭も運動神経も飛び抜けていたので、担任教師も何かと目立つ役を伊織にさせたがっていたし、クラスメイト達も伊織をリーダーにする事が多かった。
望和の目から見ても、伊織は喜んでその役割をやっているものだと思っていた。
二年生の時、男子と女子で大きく別れて対立する時期があった。
伊織は女子に人気があり、交戦的では無かったので、自然と女子側に入ってしまっていた。
男子なのに女子側につく伊織を、男子達は攻撃し出した。
机に落書き、教科書を隠す、体育に態と手や足を出して怪我させる。
伊織はこの時かなり精神的にやられていたのに、笑って受け流していた。
伊織君なら大丈夫だよね?
同年代の友達のやる事なんだから、伊織なら難なく受け流せるでしょう?
イオ君なら諌めてあげてちょうだい?
嫌だったのに伊織を担ぎ上げた女子も、母親も、担任も、皆んな伊織ならどうにか出来ると言った。
教科書を隠されたとちゃんと言ったのに、忘れ物したと怒る教師も、それを笑う男子も、知らない顔をする女子も、伊織は笑いながら苦しんでいた。
望和はたまたま隣の席に座っていただけだ。教科書を見せて、筆記用具を貸して、話をする様になっただけだ。
僕は探し物が得意だった。
だから伊織の持ち物が失くなったと聞いたら直ぐに探してあげた。
何かと困った時だけ伊織を担ぎ上げようとする女子がいたら、用事があると言ってその場から離させた。
身体の大きな男子が何人かで、伊織を背中から蹴ろうとしたから、足をかけて転ばせて邪魔しまくった。
伊織の目が、だんだん僕を英雄でも見る様に輝き出したのは言うまでもない。
僕はこの頃には「私のなな」の夢を見ていて、卵から孵った子供を見た事もないのに可愛いと思っていて、自分の子供が伊織みたいに苦しんでいたら絶対に助けるのにと思っていた。
なので伊織を助けてしまった。
伊織と望和は直ぐに仲良くなった。
後からそこに愛希が入ってきた感じだ。
「へー、でも分かる気がする。呂佳も俺が弓使えなくて困ってたら、実戦で教えながら補佐してくれてたもんな。おかげで助かったけど。」
過去の話を聞いて雪代は納得顔だ。
「俺は、望和が困ってたら助けようと思ってたのに、望和って何でか全部一人で解決しちゃうんだよ。」
万歩は悔しそうに言うが、望和の生活はこの神浄外と違って安全な世界だったのだ。困りようが無かっただけだ。
「別に気にしなくて良いのに。」
「するっつーの!今はほら、黒毛だから俺が一緒にいたら助けになるかなって思ったのに、既に雪代が側にいるし、なんでか那々瓊様まで呂佳に構うし……。」
プスーと銀色の耳がヘニョっと横向いている。
拗ねてる。
「仕方ないですよ。万歩だって銀狼の勇者として今大変なんです。雪代はいるだけで風除けになります。」
雪代が隣でなんだよ風除けってっと文句を言っているが、そこは無視。
「俺だって風除けくらいなるだろっ!」
「ん~、なりますけど、万歩の周りに僕がいる事は出来ませんよ。」
「じゃあ、俺が呂佳の周りにいる!」
なんだが子供みたいに我儘ですね。
あ、十三歳ならこんなものか?
「とりあえず今回は明日帰らなきゃだから、次回来るまでに天凪様を説得すりゃ良いじゃん。じゃなきゃ成人して隊を移動してくんのを待つか。」
雪代の言葉に、万歩は不承不承頷いた。
「那々瓊様だって同じ様に待ってることになるんだし。」
最後に雪代は余計な言葉を付け足した。
万歩がハッと顔を上げる。
「なんで那々瓊様は呂佳にくっついてんだ?なんか城の皆んなが呂佳に那々瓊様の匂いがついてるって騒いでたぞ?」
「え゛っ。」
雪代は面白がって笑っていた。
「すげーよな?まだ耳の匂いも薄れてねーのに、今日は尻尾がすげー。」
万歩はまだ嗅覚が発達しきれてないのか、呂佳に顔を近付けてクンクンと嗅いでいる。
これでも昨日から、かなりゴシゴシと石鹸をつけて洗ってるのだ。
「やめて下さい。」
無茶苦茶恥ずかしいんです。
匂いがついてるのは自分でも分かっている。
まさか我が子に匂いをつけられるとは思いもしなかった。
永然ならばしっかりと教育できる筈だと思って預けたのに、どういう教育をしたのだろうか。
恥ずかしがった呂佳はさっさと先に寝てしまった為、泊まりに来た万歩は雪代の布団にお邪魔して泊まっていった。
雪代から他者の神力の読み方を習えたと満足気だった。
悪役と主役が一緒に仲良くお泊まりとか面白いですねぇ~、とのほほんと考えていた呂佳は知らない。
呂佳が眠り、隣の布団で「那々瓊様には勝てない……。」と涙を流す万歩を、雪代が同情して慰めていた事を。
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