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16 銀狼の勇者
しおりを挟む昨日はとんでもない目にあった。
まさか那々瓊に耳を舐め回され気を失うとは不覚だった。
これが全くの赤の他人なら殺してでも引き剥がしていたが、那々瓊は可愛い私のななだ。攻撃なんてとんでもない!
翌朝目を覚ますと雪代に何があったのか問い詰められたが、恥ずかしくて言えなかった。
ただ大丈夫だとだけしか言えなかった。
朝からお風呂にも入り丹念に耳と髪も洗ったのだが、翌日の会議で雪代は目を剥いた。
あれだけ舐め回されれば相手の神力は移る。自分の耳についた神力と、麒麟の神力が同じ事に気付いたのだろう。
空凪の背後に立てば、目を見開いた天凪と視線があった。
その横ではニコニコしている那々瓊が此方を見ている。
空凪は目の前で座っているので頭しか見えないが、溜息を吐いたのが分かった。
今日はちゃんと椅子に座っている朝露と万歩は、まだそこまで神力を感じ取れないのか、何をそんなに驚いているのかとキョロキョロしている。
鳳凰聖苺は見た目は自分達より幼いが、その実かなりの長生きだ。
翡翠の瞳を輝かせて面白そうに観察していた。
朱雀紅麗、白虎 達玖李、玄武比翔は険悪な顔で呂佳と那々瓊を見ていた。と言ってもフードで顔を隠した比翔はよく分からないが。
会議も終わり神を祝う祭は一日だけ参加して、直ぐに自身の領地に戻ることになった。
またいつ妖魔の樹が生えてくるか分からないからだ。
空凪に続いて雪代と一緒に出ようとすると、後から出てきた那々瓊から呼び止められた。
「呂佳!」
いや、そこは仲が良いらしい青龍を呼ぶべきではと思ったが、那々瓊は神獣麒麟、敬うべき存在だ。
「はい、何でしょうか。」
振り向いて返事をした。
一緒に空凪と雪代も立ち止まる。
「あの…、昨日の事だけど、ごめんね?」
どうやら謝りに来たらしい。
前々世で卵は育てても、生まれた麒麟を育てることは出来なかった。
永然に託したが、ちゃんと育ってくれたようで何よりだ。
………いや、ちゃんと育ったなら人の耳を舐めたりしない…?
「…………いえ、大丈夫です。」
ここで神獣に怒れる者はいないだろう。
怒っていないと感じたのか、那々瓊はあからさまにホッとした顔をした。
会議中ずっと人の顔を見てはニコニコしていたが、一応気にしてたのか。
「良かった。それじゃあ呂佳は空凪と一緒に二日後に帰ってしまうんでしょう?良かったら一緒に…、」
「那々瓊。」
言いかけた言葉は空凪に寄って封じられた。
「何だい?空凪。」
「俺達は遊びで来たわけでは無いし、呂佳も仕事で来ている。」
那々瓊の口がへの字になる。
「それじゃあ一緒に過ごす事が出来ないじゃないか!」
空凪が面倒そうに溜息を吐いた。
廊下で喋っていたからか、くすくすと笑う声が遮った。
「珍しい。麒麟が我儘を言うなんて。」
子供の高い鈴を転がすような声だ。
美しい朱色の髪に、煌めく翡翠の瞳の聖苺だった。
背中には極彩色の羽根がふわふわと揺れている。足が地面から少し浮いていた。
「聖苺、昨日から那々瓊には説教をしているんだ。邪魔しないで欲しい。」
空凪が不機嫌な顔をすると、聖苺はそれにも可笑しそうに目を細めて笑った。
「君は相変わらず真面目で硬いねぇ。良いじゃ無いか。明日一日くらい。その子はまだ見習い兵士でしょう?そこまで重要な立場じゃあ無い。」
明らかに面白がって口を挟んでいる。
聖苺とはそう言う存在だった。
ただ吉報を運ぶ神獣として、聖苺の言葉は無碍には出来ない。
その言葉を跳ね除けたら、逆に不幸が舞い落ちるとも言われていた。
空凪は諦めたのか、分かったと言った。
呂佳としては出来れば分からないて欲しかった。
明日一日どうやって那々瓊と過ごせば良いのか。
許しを貰えた那々瓊はばぁと顔を輝かせ喜んでいる。
明日の朝迎えに来ると言われ、渋々頷いた。
謎に那々瓊に手を持たれて一緒に歩き出す羽目になる。
雪代は困惑顔だし、口を挟んだ聖苺は楽し気だった。
結局会議後の残り時間、夕食まで那々瓊はベッタリと呂佳に引っ付いていた。
食事は隣に椅子を並べて摂るし、歩く時は手を繋ぐ。
傍目には子供の呂佳を那々瓊が可愛がっているように見えるだろうが、甘えているのは那々瓊の方だった。
「ね、呂佳っ、明日は何しようか?」
「たまには空凪無視して都に遊びにおいでよ。」
「ろっか、ろっか。」
あの子は子供だろうか?
いや、珀奥が育てた卵から生まれたので我が子には違いない。でも呂佳としての自分から見れば、確か五百年以上は生きた神獣麒麟の筈………。十分、大人。
「……………。」
「今日はお疲れさん。」
二人部屋で既に風呂も済ませ寝るだけだが、非常に疲れた。
温かいミルクを雪代が差し出してきた。
「ありがとうございます。」
受け取り冷まして一口飲むと、ホッと一息ついた。
「えーと、何で那々瓊様は呂佳に懐いてんの?」
「…………分かりません。」
本当にわからない。
金狐である朝露に好意を寄せるなら理解出来るが、黒狐の呂佳に迷う事なく懐いている気がする。
もしや呂佳が珀奥の生まれ変わりと気付いている?
いやいや、珀奥と呂佳では神力の質がかなり違う。
身に宿す神力は人それぞれ。
珀奥の神力は輝く金の光。眩く人を照らす力強いモノで、今は珀奥の尻尾から作られた金の枝から生まれた朝露が受け継いでいる。
呂佳の神力は静謐な冷たい風。ひっそりと緩やかな力なのだ。
全く違う。
気付けるとは思わなかった。
本当に何故那々瓊が懐いてくるのか分からなかった。
チビチビとカップの中身を飲みながら考えていると、トントンとドアをノックする音が響いた。
「雪代にお客様ですよ。」
「いや、何で俺だよ。」
雪代と呂佳は青龍の部隊の中でも同室なのだが、顔が綺麗な雪代への誘いは後を絶たない。
呼び出しなどしょっちゅうなのだが、同室の呂佳がまだ成人前という事もあり、あまり誘いに乗った事はない。
昨日は珍しく他隊に所属する狐獣人からの呼出で、仕方なく出て行った。その隙に外に出たわけだが、いなくなった呂佳を探して迷惑を掛けてしまった。
雪代は立ち上がりドアの外にいる訪問者と話している。
ドアは半開きなので姿は見えないが、その見覚えのある神力に呂佳は立ち上がった。
近付くと廊下には銀狼の勇者万歩が立っていた。
長く伸ばした銀の髪は後ろに無造作に一括りにして、緊張からか狼の大きな耳はピクピクと動いている。長い銀の尻尾もクルリと下を向いて垂れていた。
呂佳が顔を出すと、万歩はあっ!という顔をした。
「呂佳に話があるって。どーする?」
雪代が確認してきた。
「中で聞きましょう。」
呂佳が嫌な顔をせずドアを大きく開いて招き寄せると、万歩はホッと安堵して入って来た。
部屋には丸テーブルと椅子が四脚置いてあるので、雪代は呂佳と万歩を座るように勧め、お茶を用意してくれた。
「それで、話とは何でしょう?」
いつになく微笑んでいる呂佳に、雪代は珍しいなと思っていた。呂佳は割と表情がない。子供らしくないし、話し方も対応も大人びていた。
「あ、う、うん。あのさ…………!」
落ち着かな気にソワソワする万歩が話し出すのを、黙ってお茶を飲みながら呂佳は待った。
雪代はベットに座って二人の会話を静観している。
「俺はその、前世の記憶があるんだけど…。」
「はい。」
呂佳が頷くと、勢い付いて万歩は一気に話し出した。
「俺の前の名前は伊織って言うんだけど、金弧の朝露も同じ世界から来てて、俺の幼馴染で記憶は曖昧だって言うんだけど、その、名前が望和って言うんだ。でも、どーしても望和より愛希に似てるって言うか、いや、愛希が一緒にトラックにはねられたかどうかと分かんないのに、何で愛希って思うのか分かんねーんだけど、でもお前が何となく望和の喋り方に似てると思って、お前と朝露が二枝だって聞いて、もしかしてと思って!!」
きっとずっと悩んでいたのだろう。
一息で一気に話終わると、万歩はゼイゼイと息を吐いていた。
その勢いに雪代は驚いているが、呂佳は笑っていた。
「そうですね。僕が望和で朝露が愛希で間違いありません。正解です。」
あっさりと肯定され、万歩は驚愕に目を見開く。紫色の目が溢れ落ちそうだ。
「な、な、な、なんで教えてくれねーんだよぉ!?!!」
万歩は涙を浮かべて叫んだ。
雪代には話している内容はさっぱりだが、何となく泣いている勇者が気の毒になりハンカチを差し出した。
呂佳はのんびりと万歩が泣き止むのを待っている。
「お、おれは朝露が望和だって聞いてたから安心してたのに、朝露は神獣のとこをあちこちに行くし連れ回すし、俺はBLの主人公だって言うし、どーしたら良いのかわかんなかったんだぞ!」
「すみません、早く説明したかったんですけど、勇者にはなかなか会えなかったんです。」
冷静に返す呂佳に、雪代が頭を叩いた。
「お前、もうちっと優しくしろよ!……ところでびーえるって何?」
「ボーイズラブ、じゃなくて男の人同士で愛し合う恋愛観の事です。」
雪代は不思議そうな顔をした。
神浄外では異性だろうが、同性だろうが、子供を授かるのが生命樹の枝である所為か、特段嫌がるような事でもなかった。単なる好みの問題だった。
「朝露の奴、俺に主人公になりたくなかったら言う通りにしろって言うから大人しく着いて回ってんのに、最近は神獣の所一人で行くし、帰って来ねーし!」
「あーーー、万歩の代わりに攻略頑張ってるんですね。」
のんびりと返事する呂佳に、万歩は机をバンッと叩いて身を乗り出す。
「その攻略って何だよ!?いや、それより、だからアイツ呂佳に近寄るなって言ったんだな!?何で望和のフリしてんだよ!?意味分かんねー!!」
興奮して叫ぶ万歩を、雪代は宥めた。
「まぁまぁ、朝露が嫌な奴なのは正解だぜ?アイツの所為で俺も里に居られなくなったんだし。」
それには呂佳も驚いた。
「そうなんですか?」
「そ。俺もこの見た目だし次期天狐だって大喜びされて無茶苦茶大事にされてたんだけどさ、朝露があの金毛で生まれてきてから手のひら返した様にほっとかれたわけ。でも別にそれは良かったんだけどさ、朝露の奴まだ小せーくせに、突然会いに来て何て言ったと思う?」
朝露が生まれた事により、雪代の家は徳家に負けたと言って雪代を雑に扱う様になった。
碌な教育も無く、衣食住はギリギリ見ていると言う程度。それでも裕福な家だったので普通に暮らせてはいた。
朝露が家にやってくるまでは。
『雪代も天狐では無くとも才能のある狐です。将来は学舎に通えるよう育てるべきです。』
と上から目線でウチの親を説得しに来た。
未来の天狐が雪代に目を掛けていると思い込んだ両親は、それからは十歳で都に出せるよう教育をさせ始めた。
手のひら返しを更に返されて、雪代は戸惑った。
朝露はたまに来ては友達づらして雪代の様子を見にくるし、だんだん腹が立ってきたのだ。
親や朝露の思い通りになりたくなくて、十歳で都に向かった雪代は、黙って兵士に志願した。
しかも狐の里がある西の地では無く、真反対の東側、青龍隊に入ったのだ。龍の棲家である東には狐のような小型の獣人はあまりいない。それが丁度良かった。
それから狐の里には近付いていない。
「あーそれは、多分ライバル側の雪代を学舎に行かせようとしたんでしょうね。」
愛希である朝露はこの神浄外の世界をゲームの世界だと思っているだろう。
神獣を攻略する為に悪役令息側もいなければならないのに、朝露の所為で雪代の人生が変わりそうだったから、軌道修正しようとしたに違いない。
前世では伊織の彼女とゲーム話をしている時も、会話に入って来た事は無かったが、実はやり込んでいるのかもしれない。
「なぁ、俺はどーしたらいいんだ?ホントにここゲームの世界?」
万歩は不安気だ。
万歩自身は伊織の時もゲームは一切やって無かったので、内容も知らないから不安だろう。
「うーん、そうですね、本当は永然が目覚めてから色々と説明して決めたい所ですが、朝露が攻略に動いているので困りましたね。」
「俺、呂佳達のとこに行っちゃダメか?」
これには雪代が困った顔をした。
「お前は勇者だからダメだろ?」
「じゃあっ、呂佳達が応龍隊に入って!」
万歩も必死だ。
「ええ?どうでしょう?天凪様と空凪様を説得出来ればもしかしたら移れるかもですけど………。」
「後は那々瓊様な。」
雪代が追加する。移籍できるとなった場合、絶対に麒麟隊に来てと騒ぐ筈だと主張した。
万歩は早速天凪を説得しに行くと意気揚々と出ていってしまった。
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