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11 頭を撫でる小さな手

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 漸く入隊式の日になった。
 青龍隊の選別試験は一日で終了したが、応龍隊や麒麟隊は一週間掛かった為、それが終了してからの入隊式だったのだ。
 広く作られた演習場に、八神獣全ての隊に新入隊する兵士と宮仕が一同に集まっている。
 雪代によると、だいたい毎年一万人くらいはここに集まるのだとか。
 それでも抜けていく兵士が多いので、これくらいいないと困るらしい。

 呂佳ろっかは最低年齢なので最後尾に並ばされた。
 よくよく見ると、十歳程度の子供は少なかった。
 前方の方では式が進み、それぞれ神獣達が何か話しているようだが、呂佳のいる位置まで聞こえないので、適当に青龍隊の後方で時間が過ぎるのを待っていた。
 雪代は既に青龍隊に所属しているので、観客席で待っているからと離れている。

 何か視線を感じそちらを見ると、金と銀の容姿を持つ同年代の獣人が此方を見ていた。
 金色は朝露だ。
 そして銀色は狼獣人である事から、銀狼の勇者だと気付いた。
 銀の枝を持って消えた伊織だ。
 無事転生し、綺麗な服を着て元気そうな姿に安心した。
 イケメンが更にイケメンになった様な容姿、銀の長い髪も大きな狼の耳と尻尾も、太陽の光を浴びて煌めいていた。
 瞳の色だけ紫色で、宝石の様に輝いているが、呂佳を見る表情も瞳も嫌悪感丸出しだ。

 二人が式の進行を無視して近付いてきた。
 後方は割とダラけているので、注意する者は誰もいなかった。

「お前が黒い狐?」

 来て早々、銀狼の勇者が話しかけて来たが、その声も固く敵視されている。
 朝露の中身は愛希だ。
 前世の頃から何かと突っかかって来ていたし、愛希は伊織が好きだった。
 今の伊織に自分に都合がいい事を話していると予想がついた。
 さて、自分が望和だと言っていいものかどうか思案し、とりあえず頷いた。黒い狐は自分しかいないのは確かだ。

「俺は銀狼の勇者、万歩って言うんだ。」

 敵視していても自己紹介をする伊織の育ちの良さに、呂佳はクスリと笑った。

「僕は呂佳です。」

「万歩!そんな丁寧に話し掛けたらダメです。コイツは狐の里でも僕に意地悪ばかりしてたんですよ!」

 泣きそうな顔で朝露は万歩に縋り付いた。
 万歩はうっと顔を強張らせて、また表情を引き締めた。

「仲良いのですか?」

 僕が尋ねると万歩は頷いた。

「前世での幼馴染だ。だから俺はコイツを虐めてるお前の事は嫌いだ。」

 大衆の面前で堂々と勇者が黒い狐を非難した。それがどう言う事か万歩は分かっていないのだろう。
 朝露が万歩の背中から此方を覗いて目を笑みの形に細めていた。
 伊織の記憶を持つ万歩が、望和だった自分を嫌うのはおかしい。疑問を覚えるくらいには仲良かった自負がある。
 それに伊織は愛希を無条件に擁護する程仲良かっただろうか?
 面倒見がいいので何かと注意したり手伝ったりはしてやっていたとは思う。
 今は同じ所から転生した者同士、絆が深まったとか?
 試しに質問してみた。

「因みにその前世での名前を伺ってもいいですか?」

 別にいいけどと言って、朝露が若干止めようとしたが、万歩はあっさり教えてくれた。

「俺が伊織で、朝露が望和だ。」

 なるほど!伊織は先に消えてしまったので、愛希がいた事を知らない。金の枝を受け取ったであろう自分のフリを、愛希はする事にしたのだろう。
 他人に成り代わってまで、愛希が求める物はなんなのか……。

「そうですか。」

 朝露は僕が何も反論してこない事に、あからさまに安堵していた。
 黒い毛の自分がここで何を言ったところで、誰も信じてはくれないだろうが、万歩には朝露が愛希だと知られたく無いのだろう。
 自分に成り済まされる事に嫌悪感を覚えるが、いらない諍いは好みでは無い。
 穏便に呂佳の方が望和である事を伝えようとしたが、外野が騒ぎ出した。
 ここに集まった獣人達は、勇者に睨まれる黒い毛の狐を不要なものと判断した様で、警護で待機していた兵達を呼び出し、僕をどうするかと騒ぎ出した。
 兵士に相応しく無い、追い出せと言う声が大きくなる。
 流石に折角入った青龍隊を追い出されるのは困る。
 黒毛が妖魔だと決まっているわけでは無いのに、呂佳は何処にいても嫌われる。
 それに寂しさを覚えるが、万歩と話す事が出来なくなってしまった。
 さてどうしようかと悩んでいた時、騒ぎを聞き付けた人物が近寄って来ていた。

「ここで何を騒いでいるんだい?」

 凛とした男性の声が響いた。
 騒いでいた人々が一瞬で口を閉ざす。
 現れたのは金の髪をゆったりと三つ編みにし、霊廟の時とは違い幾重にも重なる衣を纏った麒麟那々瓊だった。
 瑠璃色の瞳が一瞬だけ呂佳を見た気がした。
 万歩は驚き一歩前へ出た。

「すみません。俺の所為です。」

 那々瓊は頷いた。
 
「今日の入隊式に臨んだ者は既に隊の一員。それが覆る事はない。」

 叱られたと感じたのか、万歩は少し赤らめた顔を顰めて俯いた。
 その斜め後ろでは、何故か朝露が頬を紅潮させて顔を輝かせている。
 何故だろうと少し考え、ある事に気付いた。
 ゲームの内容に似ているのだ。
 本来この入隊式で、応龍隊に入った主人公は、式を見学に来た雪代と対立する。
 雪代は時期天狐になるのではという周囲の期待で、かなり自信家で高圧的だった。
 十五歳の成人後に神殿の湖で授かった扇を片手に、口元を隠して艶然と微笑んで主人公に早く妖魔討伐に行けと言い放つのだ。
 そこから二人は口論になり、対立していく。
 騒ぎを聞き付け、獣の王である麒麟那々瓊が止めに入る。この時二人は応龍隊に属する事になっていたが、応龍は神獣の王ではあるが、獣に属する獣人達には干渉しないという決まりがある為、止めに入る事はない。
 止めに来るのは那々瓊だ。

「ごめんなさい、僕がもっと冷静に受け止めればよかったです。」

 そうそう、主人公がそう言うのだ。
 …………ん?
 何故か今主人公の台詞を、万歩を押し退けて朝露が言った?
 何故?
 さっきまで喋ってたのは万歩なのに。
 しかも話の内容が噛み合わない。

「何を言い合っていたんだ?」

 那々瓊は穏やかに問い掛けた。
 あくまで成人前の子供に言い聞かせる様に話している。

「僕、僕とそこにいる黒は二枝なんです。でも家でいつも意地悪ばかりして来て、それを万歩に相談していたんです。黒が兵士見習いでいるのが怖いって。」

 無理矢理繋げてきた事に呂佳は感心した。

「え?黒?名前って呂佳じゃ……?」

「違うよっ?黒だったんだよ!」

 朝露は普段の敬語も忘れて万歩に叫ぶ。
 周りも騒ついた。名前を偽っているのかと呂佳に視線が集中する。
 兵士が駆け寄り那々瓊に何か書類を渡していた。
 パラパラと捲り、最後の方で止まる。

「………青龍隊、黒狐、十歳、呂佳…。」
 
 ふう、と那々瓊は息を吐いた。

「この書類には偽名は載せれないから、彼は呂佳で間違いないよ。」

 朝露に言い聞かせる様に言い切った。

「え!?そんな、バカな!」

「何度も言うけど、一度受理されたんだから覆る事はない。黒狐の呂佳は青龍隊の見習い兵士だよ。いいね?それに応龍隊で学舎に入る君とはほぼ接触は無いのだから、構わないはずだよ。」

 なんと那々瓊は呂佳を庇ってくれた。
 呂佳は目を見開く。
 大事に温めた麒麟の子は、公明正大な子に育っていた!
 その事実に密かに歓喜していた。
 それにしても、流れがゲームと違った。
 本来なら主人公が謝り、雪代は自分が正しいのだと言い張る。
 正義感の強い優しい那々瓊は、素直な主人公に好意を持つのだが………。
 と言うか、朝露は那々瓊の好感度を上げようとしたのだろうか?ゲームをしている素振りは無かったのに、実はこっそりやっていた?

 固まる朝露を無視して、那々瓊が呂佳の方に来てしまった。
 朝露は恐らく呂佳を悪役令息側にしようとしたのだろう。令息と言うには貧乏臭い子供だが、立場的にそうしようとした。
 しかし何故か那々瓊は呂佳を庇ってしまった。
 そもそもこの場に雪代もいない。
 ゲームの、と言うより霊亀永然の未来視から大きく外れてしまっている。

 那々瓊は二十代半ば程度の見た目で大人だ。背が高い。なので小柄な呂佳に合わせて背を屈めた。
 呂佳の手を取り両手で包み込む。

「すまないね。間違いなく君は入隊出来るので心配しなくていいよ。」

 優しい眼差しで語りかけてきた。
 ゲームでも優しいお兄さん的立場の麒麟那々瓊そのままだった。
 呂佳の黒い瞳も髪も気にせず語りかけてくれる事に、呂佳は嬉しくなる。

「は、い……。ありがとうございます。」

 モミモミモミモミ。
 何故か手を揉まれている様に感じるのは気のせい………?
 お礼を言ったのに手が離れない。
 那々瓊の表情もずっとニコニコしている。
 優しい性格ではあったけど、何か少し違う様な?
 皆どうしたらいいのか分からず騒ついている。
 
「あの……?」

「ああ、ごめんね。こんな小さな手で大丈夫かなって心配になったんだ。でも選抜試合で勝ったんだから大丈夫かな。どうせなら私の隊に募集してくれてもよかったんだけど、今からじゃ変えられないしね………。あ、でも成人過ぎれば転属希望出せるから、その時は麒麟隊を選ぶといいよ!」

 熱心に勧められ、呂佳はどうしたらいいのか分からなくなってきた。手も離れない。
 那々瓊の後ろに人影が立った。

「那々瓊、人の隊の人員を今から引き抜こうとするんじゃない。」

 青龍空凪だった。
 鋭い視線で那々瓊を射抜いている。
 だが那々瓊は全く気にしていない様子だ。ゲームで二人は親友同士だったので、それは変化していない様に感じる。
 那々瓊は渋々手を離してくれた。ずっと握ってモミモミされたので若干汗をかいてしまった。
 空凪に引き摺られるように那々瓊は去って行った。瑠璃色の瞳が名残惜しそうに此方を見ている。
 式はここで終了となり、応龍天凪の号令で解散となった。


 観客席から見ていた雪代が、心配気に走って来た。

「大丈夫だったか?なんか揉めてただろ?」

 揉めたと言うか、揉まれたと言うか…。
 那々瓊の行動がよく分からなかった。

「………いえ、大丈夫です。」

 そーかぁ?と雪代は心配するが、呂佳にも何が何やら分からなかった。
 分かったのは朝露がゲームのシナリオを進めたがってると言う事だけだった。








 遠ざかる黒い耳を眺めながら、那々瓊は先程握った小さな手の感触を思い出していた。
 似ていた。
 声も、似ていた。
 騒ぎを聞き付け止める為に近寄ったのだが、聞こえた声に胸が高鳴った。
 正直高い子供の声を聞き分けれる自信は無かったのだが、耳に届く高く澄んでいながら穏やかな声が、あの日頭を撫でてくれた声の主に被った。
 濡羽色の柔らかな漆黒の髪に、狐の耳が可愛らしかった。瞳も同じ漆黒で、周囲にいた獣人達は忌避していたが、那々瓊にはその清涼な黒が美しく見えた。
 金の枝から生まれた朝露の声には何も感じない。本来なら朝露の声は、珀奥様の尻尾を元に作られているので追慕し、話す声にも情を覚える筈なのに、何故か懐かしさを感じなかった。むしろ煩わしい。

 どこか心ここに在らずで頬を染めている親友を見て、空凪は切長の目を細める。
 那々瓊は基本誰にでも優しく柔らかい物腰で対応するが、その実、誰の事も信用していない。同じ神獣の中でも、空凪と永然くらいなのだ。本当に心を許しているのは。あの全ての王、兄の天凪ですら微妙な所だ。

「実はあの黒狐は兄上から任されている。世話役の雪代と共にいるようにしているから、雪代は俺の側付きとして同行させれば、年に二度くらいは巨城の青龍の所有地へ来る事になる。」

 年に一度、この神浄外では神を祝う祭がある。人々は神と共に八体の神獣にも感謝を述べ祝い合うので、その時ばかりは神浄外の中心である巨城へ集まるしきたりになっていた。
 空凪は自領である神浄外の東外側を守護しているのであまり都に来ることはない。
 個人的に少しだけ一人で来ることはあっても、隊を率いて来るのは祭りの時と今回のような入隊者を歓迎する時だけだった。

「…………!天凪様が?……………分かりました。来る時は連絡を下さい。」

 那々瓊は殆ど巨城の西側に住んでいる。
 雪代と共に連れてくれば会えるだろうと空凪は提案した。
 それに気を良くした那々瓊は鼻歌でも歌い出しそうな勢いだ。
 こんなに機嫌が良いのも珍しい。

「ああ、連絡しよう。」

 空凪は苦笑しながら快諾した。



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