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6 なんて楽しい世界だろう!
しおりを挟むいつも望和の事は気に入らなかった。
大好きな伊織はいつも望和の事ばかり構う。
いつも敬語で喋って変な望和。
顔は僕の方が可愛いのに、伊織は望和の方に行ってしまう。
伊織の彼女達ですら、望和は伊織の特別だと言わんばかりに愛想笑いをする。
トラックが迫ってくる中、伊織は望和を抱き締めていた。僕が隣にいたのに、前を歩いていた望和を。
伊織は僕をトラックの反対側に突き飛ばしたけど、僕は抱き合う二人が許せなくて手を伸ばした。
まさか死んじゃうなんて思ってなかったけど、伊織と望和の二人に死なれて、僕がとり残されるくらいなら死んだほうがマシだから、それでいい。
『あの金の枝を君が奪ってしまえば、君は銀の狼に好かれるだろう。』
そう言って黒い枝を誰かに渡された。
綺麗な大きな布を頭からスッポリと被った、多分男の人が目の前にいた。
何もない空間、少し離れた場所に伊織と望和が、派手な緑色の髪をした人の前にいた。
伊織は銀の枝を渡されて、驚いた顔で消えて行った。
銀の狼と銀の枝が何となく繋がる。
これって『あなたと救う神獣の世界』のオープニングと一緒だ!
でも持っていたのは銀の枝だけだったのに、何で金の枝も持っているの?
緑色の髪の人が金の枝を持っていた。
僕は渡された黒い枝を持って走った。
その金の枝は僕のだ!
背中から突風が吹いて、緑色の髪の人が金の枝を落とした。
僕はすかさず近付いた。そしてその金の枝を拾った。
コレは僕の枝だ。
代わりにこの不気味な黒い枝を望和に押し付けた。
望和は驚いた顔をしていた。
僕は何か温かいものに包まれていた。
優しくて、ふわふわして。
誰かが出ておいでと優しく語りかけるから、手を伸ばしたらパキパキと音がした。
とんとんと叩くと、ヒビ割れの明かりが目に飛び込んでくる。
僕は金の髪、金の瞳の狐獣人に生まれ変わった。あの金の枝はこの金色になる為の枝だったんだ。
じゃあ、銀の枝を持っていた伊織は銀色に、黒い枝を渡した望和は黒色ということ?
色々知りたい事はあったけど、生まれた時、僕は一歳くらいだったから、ゆっくり知って行く事にした。
両親も使用人達も凄く優しい。
お前は次期天狐だ、こんな全身金色の毛並みは滅多に生まれないのだと、喜んで僕に語りかけた。
喋れるようになり、屋敷の中を護衛や使用人を連れて歩き回れるようになって、僕は初めて黒い枝と卵が屋敷にあるのを知った。
両親は渋々説明してくれた。
金の枝と一緒に黒い枝も生命樹から授かったのだと。神から授かった卵はちゃんと孵し、成人するまで親が育てなければ天罰が降るのだと。
最初はこっそり黒い卵を割ってしまおうかと思ったけど、この中身は多分望和だろうから、孵るのを待とうと思い直した。
きっと真っ黒だ!
妖魔と同じだという黒で生まれる!
それはそれで面白いと思った。
伊織から大事にされて、伊織の彼女達からも優しくされていた望和が、忌み嫌われる黒で生まれるんだ!
ワクワクしながら卵が孵るのを待った。
予想通り、望和は真っ黒の毛で生まれた。
顔も平凡で特徴も無い。
僕は嬉しくなって、事あるごとにあの黒い狐が睨んでくる、怖い、と周りに言って回った。
望和には名前がちゃんと付けられなかった。何となく使用人が、あの黒いのが、と言い出したのが定着して、皆んな黒と言っていた。
度々僕に話し掛けてこようとするけど、僕に縋られても嫌だし、僕は黒が近付いてきたら泣き真似をするようにした。そうしたら望和は追い払われ、ますます嫌われるようになっていった。
この頃には僕はここが『あなたと救う神獣の世界』と言うゲームの世界だと確信していた。だって世界観が全く一緒だったし、狐の里には悪役令息の雪代がいたからだ。
間違いないと僕は歓喜したが、あのゲームに金狐の存在は出てこなかった。
そこが少し残念だった。
金の枝じゃ無くて伊織が持っていた銀の枝を獲れば、今頃銀狼の勇者として応龍天凪の下にいられたんじゃないかと思ったからだ。
何としてでも都に行ってゲームのストーリーを見たいと思った。あわよくば僕もかっこいい神獣と恋愛をしてみたいとも思った。
黒が十歳になったら中央の都に行って兵士見習いになるのだと両親から聞いた。
僕にはちゃんと家庭教師がつけられているので、ここの世界の事も、八体の神獣が治めている事も知っている。神獣の名前を再確認して、やっぱり僕はゲームの世界に転生しているのだと再確信した。
望和と伊織の彼女がいつも楽しそうに話していた恋愛ゲーム。実はこっそり僕もやってみたのだ。
僕は男だから主人公は男に設定してた。女ではやりたくなかったから。
主人公は銀色の毛の狼だ。伊織は銀の枝を持って消えたので、主人公の銀狼に生まれ変わっているだろうと思う。
両親に確認したら、中央の都には銀狼の勇者が生まれていて、僕と同じ歳なんだって教えてくれた。
間違いなく伊織だと思った。そして主人公として生まれ、ゲームのストーリー通りに応龍天凪の下で育てられているんだ。
会いたい。
伊織に会いに行こう。
残念ながら僕はゲームの登場人物では無い。神獣との恋愛も出来るかわからないけど、攻略情報を知っているし、僕は珍しい金狐だ。神獣の伴侶になれるかもしれないし、何なら伊織の恋人になれるかもしれない。
この世界は男同士でも普通に恋愛も結婚も出来る。
僕は両親に、僕も十歳になったら中央に行きたいと強請った。
兵士は嫌だから宮仕になろう。
僕の推しは大人の色気がある応龍天凪か、優しい兄的な立場の麒麟那々瓊だった。どちらかの側仕えになって、攻略内容通りに進めて好感度を上げれば良いんじゃ無いかと思った。
銀狼の勇者は中身が伊織なので、僕は伊織の性格を知っている。この見た目を活かして、今度こそ伊織と仲良くなってみせる。
伊織も天凪も那々瓊も僕のものにしてみせる。
この金狐の容姿なら充分可能性があると思った。
十歳になり、先に出発した黒の後から、沢山の僕の荷物を持って護衛に守られながら出発した。
都までは馬車で半月程度。
荷物には僕を飾る沢山の装飾品と服を載せている。家具も贅を凝らしたものを既に中央に手配してもらった。
後は着いたら中央の受付で宮仕を志願すれば良い。僕の両親は狐の一族の長的立場にいるので、その両親の推薦状があれば大丈夫だと言われた。
ゆっくりと長閑な景色に退屈しながら進んでいると、大分来たところで黒に出会った。
目があったのはたまたまだったけど、僕の心は踊った。
金狐の僕の為に道は開けられていたので、僕の命令で馬車はゆっくりと邪魔される事なく道の真ん中で止まった。
僕は黒に呼び掛ける。
さあ、その醜い黒毛を晒せばいい!
黒は忌々しそうにしながらも、諦めた顔でフードを取った。
周りの獣人達がヒィと言って遠のくのを、笑って見やる。
もうあの乗合馬車には乗れないだろう。
ここから走ればギリギリ受付期間に間に合うかもね?
兵士の志願も宮仕の志願も年に一度この時期にしかやらない。
頑張れ!頑張れ!
僕は悠々と自分の馬車に戻って、また都に向けて出発させた。
都はとても広かった。建物自体は低かったけど、広さがとんでもなく広い。
しかも中央に位置する巨大な建造物は、神獣が住まう城ともいうべきものだけど、それは岩山のように巨大だった。
ゲームでも全貌は描かれてたけど、実物は本当に凄い景観だった。
元々は岩山だったらしいけど、そこに綺麗に磨かれた石を煉瓦のように積んで、見上げても天辺が見えないくらいに高い建物になっている。張り出したベランダや空中回廊には、自然に出来た樹々が生え、所々から水が滝のように落ちて白い飛沫を上げ、鳥や蝶が舞っている。
幻想的な岩山のお城だ。
受付はお城ではなく、その手前の街中にある建物で行われていた。神浄外中から沢山の人が集まるので、人でごった返している。
だけど僕が入り口に案内されて入ると、人垣が自然と割れた。
金狐はそれくらい珍しく貴重な獣人なのだと、僕は自然と口角が上がった。
通り過ぎる人の波の中から、金狐だ、美しいと声が次々と上がっている。
僕は出来た行列を飛ばして真っ直ぐに受付に行き、志願書と推薦状を提出した。
それからはあれよあれよと言う間に奥へ通され、なんと応龍天凪に謁見する様に言われた。
胸を高鳴らせてお会いした天凪は、とても神秘的な美しい男性だった。
筋肉のついた大柄な体格なのに、むさ苦しさもなく均整が取れていて品がある。梔子色の髪に空色の瞳とゲーム上は説明書きされていた。実際に見ると、澄み渡った空を思わせる透明度の高い瞳が印象的だ。
「着いたばかりで急がせたな。申し訳ない。私が神浄外の王、応龍天凪だ。其方が狐一族の金狐で間違いないか?」
声を張り上げているわけでもないのに、朗々と声が通る。
見た目の年齢は三十歳前後。低い腰にくる声がよく合っていた。
「はい、お初にお目にかかります。狐の一族、徳家の朝露と申します。」
天凪はゆっくりと頷いた。顎に手をやり何か品定めをされている気になり、朝露は内心狼狽える。
態々呼び出されたのでもっと歓迎されるかと思っていたのに、その目は冷静に朝露を見定めていた。
「いいだろう。希望は我が応龍直轄地の城で働きたいと言う事だったな。宮仕をするならば学問を身につけなければならない。十五の成人まで学舎に入ると良いだろう。」
「は、はいっ!ありがとうございます。」
何がいいと判断されたのか分からないけど、ゲームの主人公が成人前まで通う学舎に入れる事になったらしい。
こんなに綺麗な容姿で珍しい金狐なのにモブかもしれないが、もしかしたら自分にもチャンスがあるかもと心が湧き立ち頬が赤く染まる。
「あの…………。」
その時少年の声が響いた。
謁見の間には応龍天凪と朝露の他に、兵士や側仕えが大勢いたが、誰一人言葉も服の衣擦れひとつ立てなかったのに、それに気後れすることなく誰かが割って入ってきた。
朝露は顔を上げて驚く。
伊織だと思った。
自分と同じ十歳程度の子供。銀の髪に紫の瞳、大きな耳とフサフサの尻尾も全て滑らかな銀色だった。
銀の枝から生まれる主人公。
銀の枝を握って消えた伊織。
「どうした?」
天凪が銀狼の少年に尋ねた。
「少し話して良いですか?」
天凪の頷きを確認して、銀狼の少年は朝露の方に歩いて来た。
「なぁ、もしかして、望和か?」
朝露は目を見開いた。
そうか、伊織は先に銀の枝を握って消えたので、その後のことは知らない。
愛希が金の枝を持って生まれ変わったことも知らないし、望和が黒い枝から生まれた事も知らない。
ここで自分が愛希だと教えれば、望和はどこに行ったのかとか言い出し、黒い狐を探そうとするだろう。
「どうなんだ?……その、俺は前の記憶があって、前の名前は伊織なんだけど…。」
朝露が答えないので、伊織の表情が曇る。
望和を、黒の事を教える?
冗談じゃない!
だから、僕はニッコリと笑って答えた。
「久しぶりですね、伊織。また会えるなんて夢のようです。」
伊織の顔がぱぁと輝く。
「良かった!やっぱり望和なんだ!良かったぁ~会えて!俺一人でどーしようかと思ってたんだぞ!」
僕は望和のフリをする事にした。
愛希の存在が無かった事になってしまうけど、仕方がない。
「ええ、今は朝露と言う名前なんです。」
「そっかぁ!俺は万歩って言うんだ。」
万歩が抱き付いて来た。
よく望和には抱き付いていたけど、愛希にはそこまでじゃ無かった。
コレからはこの銀狼は朝露のものだ。
抱き付く万歩の背に腕を回し、万歩の肩に顔を隠して朝露は笑った。
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