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4 黒い狐の子

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 生まれ変わった望和みわには、名前が無かった。
 使用人達からは黒いから単純にくろと呼ばれていた。
 呼ばれていたと言っても、茶系で生まれる狐の獣人の中で、たった一人黒色の望和は、妖魔の色を纏っているとして、誰も話しかけてこないので、直接黒と呼ばれたことはない。
 遠巻きに黒と言われているだけだ。
 獣人の中で、黒色が生まれる種族は少しなら存在するが、それは灰色じみた黒が多く、望和の様な真っ黒は珍しかった。 
 それでもとく家の子供ではあるので、一日一食程度の食事は届いていた。
 服を要求すると、使用人達の子供のお下がりも貰えた。

 望和には過去の九尾天狐てんこ珀奥はくおくの記憶が徐々に戻ってきていた。
 だから、この扱いも理解は出来ていた。
 黒い狐に関われば、神の呪いに触れる。
 そう思われているのだろう。
 実際には僕の黒毛は神に呪われたわけではなく、何故か愛希が渡してきた黒い枝で生まれ変わったので、この真っ黒な毛並みになったのだろうが、それを説明しても理解出来る者はいないので、甘んじてこの生活を続けていた。
 望和の時と同じだと諦めはある。
 家族はいても、その中には入れない。
 いつだか伊織が遊びに来て、狭い僕の部屋に入って怒っていた。伊織の家はお金持ちだからきっと広い子供部屋があるんだろうなと思ってたら、そう言う事じゃないと怒られた。
 きっと伊織なら今の現状を見て怒ってくれそうだなと、小さく笑った。
 
 何度か金狐に生まれ変わった愛希に、どうやってあの空間に来たのか、何故黒い枝を持っていたのか聞き出そうとしたが、両親や護衛、使用人から激しく近付くなと叱責され、聞き出す事が出来ずにいた。

 愛希は美しい金の毛並みの金狐として生まれていた。
 おそらく望和が金の枝を受け取っていれば、あの容姿で生まれていたのだろうと思う。
 眩い金の髪、同色の輝く瞳と金の耳と尻尾。
 白く滑らかな肌は美しく、容姿も昔の珀奥を、連想させる美麗な顔の造りだった。
 永然がそう生まれる様に作り込んだ枝だったのだろう。あの枝で生まれる事が出来なかったのはまぁ別に良いのだが、折角用意してくれた永然に申し訳ない気持ちはあった。
 霊亀永然は、銀狼の聖女か勇者を召喚した際、数年は力尽きて眠りについてしまう。今回は枝を作ったり、追加で望和の存在もいたので、いつもより多く神力を使い果たし、眠りが長くなると予想している。

 霊亀は未来予知と異界へと飛び聖女か勇者を召喚する力を持っている。
 あの時ゲームを媒体にしたと言っていたので、ゲームの内容は永然の未来視から作られている可能性が高かった。
 起こりうる可能性の高い内容と選択肢が、あのゲームの中にあったのだとすると、霊亀永然が眠りから覚めるのは、今回召喚された銀狼の勇者が十五歳になる手前当たりになる。
 銀狼は主人公、攻略対象者は八体の神獣だった。銀狼は銀の枝から生まれ、幼少時代に八体の神獣全てと出会うのだが、眠っていた霊亀永然が一番最後になる。それはどのストーリーを選んでも変わらなかった。きっと確定していた未来なのだろう。

 愛希にも永然にも聞く事が出来ず、今の所八方塞がりだった。

 黒の年齢は八歳になっていたが、身体は小さい。本来なら幼少期はまだ親や保護者から神力を分けて貰いながら成長する時期。
 だが、真っ黒な黒に神力をくれる者はいないのだ。
 幸い僕は神力が元々多い。
 自分で神力を練り上げ、成長させるしか無かった。
 身体が未成熟なので外に出るのも早いと判断している。大人しく身体が育つのを待ちつつ、なんとか愛希に接触出来ないものかと思案する日々だった。


 金の毛で生まれた愛希は、朝露あさつゆと名付けられていた。
 毎日両親から神力を受け取り、ご飯を食べ、身綺麗に衣装を着せられ大切に扱われていた。現時点ではただの狐獣人の子供なのに、神獣の子供であるかの様に恭しく育てられている。
 金毛で生まれたから、必ず天狐になるとは限らないのだが、朝露は神獣天狐に神格化するのだと言われていた。
 天狐てんことは千年生き、九つの尾を持つ事で神格化した狐獣人の事を言う。
 金毛だから天狐になるわけではないのだが、前天狐が金狐だった事もあり、皆金狐は天狐になれると思っている。
 確かに金狐は普通の狐獣人より生まれ付き神力が高いので、天狐にはなりやすい。修練を積み、尾を一本ずつ増やしていけば寿命が伸び、いずれ天狐になれるだろう。
 だがそれまで絶えず努力し続ける事が必要になる。

 自分が住まいにしている小さな部屋の外から、楽し気な笑い声が響いてきた。
 小さな部屋に似合いの小さな窓から、黒はヒョイと外を覗く。
 朝露が護衛と使用人を引き連れて散歩していた。
 朝露も八歳だが、黒より体格は一回り大きい。目を凝らして朝露を観察すると、朝露の身体の中に両親の神気とその他大勢の神気が渦巻いていた。
 手当たり次第に神気を集めているのだろう。
 尾を増やす手として、自身で修練を積み神力を溜めて尾を増やすか、外から神力を分けてもらいそれを溜めて尾を増やすかの二択になる。
 朝露は色んな獣人から神力を貰いながら、尾を作るつもりなのだろう。

「まぁ、確かに手っ取り早くは有りますが、制御出来なければ天狐への道は遠いですね。」

 尾が増えるにつれ、身体に溜まった神力は自分で制御しなければならない。溜まれば溜まるほど、それは難しくなっていく。
 だから千年も時をかけて天狐になるのだ。
 ただの獣人が神格化するにはそのくらいの努力が必要になってくる。
 
 キャッキャとはしゃぐ朝露の金眼と、窓から覗いていた黒の黒眼がパチリと合った。
 朝露の口がニマッと笑う。
 また碌でもないことを考えているのだろうと眺めていると、泣き真似を始めた。こちらを指差して何か護衛に伝えている。
 一人の護衛が歩いてきた。
 黒がいる窓の前まで来ると、外からドンッと壁を蹴られてしまう。

「おいっ!!朝露様を睨むんじゃない!怖がられているだろうがっ!」

 黒はキョトンと目を丸くした。
 ゴトゴト窓を開ける。木枠で出来た窓の滑りはすごぶる悪い。

「見ていただけですが?」

 黒は前世同様、敬語が抜けない。
 前世望和の両親や兄弟達は不思議がっていたが、今なら分かる。更にその前の生である天狐珀奥の頃の喋り方なのだ。生まれ変わっても抜けなかったのだろう。
 
 ここは狐獣人の里だ。いくつかある集落の中でも一番大きい町になるが、住んでる獣人は狐が多い。
 朝露の使用人と護衛は狐獣人ばかりだった。皆一様に茶色い毛並みをしている。
 
「黒い姿を晒すなと言っている!引っ込んでいろ!」

 黒も狐獣人の中でも地位の高い徳家の息子なのだが、扱いは限りなく底辺だった。
 朝露の周りにいる狐獣人達が、黒のくせに生意気だとコソコソ話しているのが聞こえる。
 それを朝露は着物の袖で口元を隠し、クフッと楽しそうに笑って見ていた。
 直接話したことはないが、その目は黒を知っている。朝露は知った人間だと理解して、コチラが生きにくくなる様に手を回していた。
 幼馴染と思っていたのはどうやら黒の方だけだったらしい。
 前世もやたらと黒こと望和に当たりはキツかった。伊織が間に入って取り成していたから軋轢が少なかっただけだったのだろう。

 銀狼の勇者として生まれ変わった伊織にも会いたいのだが、今はまだ会う事は出来ない。
 銀狼の勇者は幼いうちは神浄外の中央の都、応龍天凪の手元で育てられる。それは神力を受け取り育つ為なのだが、ゲームでは徐々に仲良くなっていく他の神獣達からも神力を受け取る様になっていっていた。
 ただしゲームでは男性の勇者はBLストーリーになるのだが、伊織は大丈夫だろうか。
 キスで神力受け渡しとか普通にやってた様なのだが……。

「おい!聞いてるのか!?」

 喧しいので開けた窓を閉め直した。
 窓も壁も薄いので、喚く護衛の声はずっと聞こえている。
 どうせコイツらがいては朝露とゆっくり話も出来ないのだ。
 窓と護衛越しに見る朝露の目は、細められ黒を睨みつけていた。
 その眼差しに、黒は胸を抑えて目を伏せた。




 使用人が持ってくるご飯一食では足りないので、黒はほぼ自給自足をやっていた。
 この狐の町は森に囲まれている。
 森に罠を張り小動物を狩って、木の実や果物を集めて、簡単な野外料理をしている。
 望和の記憶のみでは無理な生活だが、千年以上生きた珀奥の記憶が可能にしていた。
 罠の張り方も、獣の捌き方も、木の実や果物の種類も全部知っていたので問題はなかった。
 このまま大人になりひっそりと森の中で生きて行こうかとも考えたが、元天狐の記憶がそれは不可能だろうと言っていた。
 少なくとも今後降りかかりそうな問題事を解決しなければ、安息の生活は送れなさそうだ。
 
 問題事とは望和に黒い枝が渡る様介入した存在だ。
 おおよその予測は付いているが、向こうから今のところ接触がない。もしかしたら望和が天狐珀奥の記憶を思い出している事に気付いていないのかもしれない。気付けば排除される可能性がある。
 せめてこの身体が神力を使用するのに問題ないくらい成長するまで、何事も無いのが望ましかった。
 お陰で下手に動き回れずにいた。

「伊織と麒麟那々瓊には会いたいですねぇ。」

 麒麟那々瓊は珀奥が育てた卵から生まれた子だ。望和が見ていた夢は珀奥の過去だった。
 真珠色の卵から金の髪と瑠璃色の瞳の子供が生まれた瞬間を、見る事ができなかった事に胸が締め付けられる。
 「なな」に那々瓊と名付けたのは、きっと永然だろう。
 子供らしく無い大人びた顔で、黒は独り言を漏らす。
 どうすれば会える?
 一目でもいい。
 うーんと考える。
 ハッと黒は目を開いた。
 
「そう、そうですね。兵士になりましょう。」

 いい考えだと思った。
 この神浄外は外側をぐるりと妖魔が蔓延る闇が覆う。その侵入を防ぐ為に、軍が存在した。神獣八体がそれぞれ隊を持っているのだ。そこに入れば遠目からでも会えるのでは無いだろうか。

「いい考えです。」

 黒はピコピコと嬉しそうに尻尾を振って、満足気に笑う。
 しかしどうやって会った事のない両親にそれを伝えるか………。
 両親は黒い毛の黒に会うのを嫌う。
 親としてそれはどうかと思うのだが、黒は早々に親に対する期待は捨てていた。
 仕方ないので近くを歩いていたら使用人を呼び止め、両親に事の次第を伝えてもらう様に言った。


 一日一回の食事はお昼にしか届かない。
 なので夜は昼間のうちに自分で用意するのが常だった。
 今日の晩御飯は狩った肉を香草で味付けして、臭みと腐敗防止に役立つ木の葉で包んで焼いたので、香草の味付けが効いていて美味しい。
 望和の時も一人で食べる事が多かった。
 家族なのに結局最後まで馴染めなかったと自嘲の笑みが漏れる。
 覚えてなくても珀奥としての何かを家族は感じとり、違和感を覚えていたのだろうか。

 バーーーーンと勢い良く部屋の扉が開いた。
 慌ててご飯を隠す。
 食べている事は誰にも言っていなかった。

「黒、お前は兵士になりたいのか?」

 初めて会った父親は、薄茶色の毛の狐獣人だった。まだ若々しく顔立ちは整った方ではある。
 黒と呼ばれたが、どうやら本当に黒と名付けられていたのだろうか?

「はい、ここにいても何もする事も有りませんし、兵士なら見習いからでも給料が出ますよね?」

 黒の返事に父親の片眉が上がった。
 
「ほう、何処からその話を聞いたんだ?使用人達からか?だが、十歳までは敷地から出せん。」

 十歳と聞いて、そういえば兵士見習いは十歳からだったと思い出した。知識はあってもかなり昔の事なので、色々と抜け落ちている。

「分かりました。では、十歳になったら出てもいいでしょうか?」
  
 妙に大人びた話し方の黒に、父親は怪訝な顔をしたが、構わないと了承した。親としてもこんな真っ黒の息子をどう扱えばいいのか困っていたところだった。
 神の枝から授かった子供を、死なせれば家に不幸が訪れ天罰が降ると言われている。次にもし神山の生命樹を探そうと思っても、子供をちゃんと育てられないと判断されて、枝を授かる事が出来ないのが常識だった。
 本来なら成人する十五歳まで親が面倒を見る。仮に兵士見習いになったとしても、親が保護者となり監督する義務があった。

「出てもいいが定期的に連絡をよこすように。」

 今まで放ったらかしで使用人に確認させていたくせに、外に出るからには見張るというのかと呆れた。
 親子の会話はこれで終了だった。
 黒ははぁと溜息を吐く。
 まだもう少しここで生活するのかと思うと憂鬱だった。

 早く「私のなな」に会いたい。
 会えるだろうか。今の僕は忌まわしい黒狐。
 出来れば、会いたい。
 そして喋りたかった。
 この姿では、無理だろうけど、願うだけなら許される。
 ほんの少し夢を見るだけなら…、誰にも咎められない。








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