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52 お勉強会
しおりを挟む発情期も終わり、オリュガは今日から元気に学院に通学していた。
定期テストが終わると直ぐに模擬戦が開催される。心置きなく楽しむ為にもテストの成績を前回よりも上げたいと、本日放課後は図書館の個室を予約して勉強に励んでいた。
最初はアルだけに話していたのだが、朝からそのことを話すとノアトゥナも一緒に勉強したいと言い、じゃあニンレネイ兄上が教えてやると言い出し、そこからナリシュ王太子殿下までやって来た。
「ここは?」
「……こうだね。」
新学期が始まり僕は魔法詠唱学ではなく魔法実技に授業が変更されていた。ナリシュ王太子殿下が変えてくれたらしい。その代わり単位は新しくとっていかないとならないので筆記試験は落とせない。
ナリシュ王太子殿下の働きかけで変更になった授業だからということで教えてくれている。
こうなってくると教わる人間より教える人間の方が多い。アルはじゃあ自分の勉強をしますと言って課題をやり始めたのだが、ノアトゥナがずっと質問する為付きっきりになってしまっている。完全に懐かれている。
オリュガにはナリシュ王太子殿下が隣に陣取り教え出したので、手持ち無沙汰になったニンレネイはナリシュ王太子殿下の仕事の書類整理をしていた。
「何これ?覚えたら良いことあるの?」
「成績が上がりますよ。」
「教えてもらっているのに文句を言わない。」
対面でノアトゥナを挟んで三人並ぶ姿を見ながら、オリュガはふわぁと欠伸をした。
「疲れた?発情期明けだし今日はもう帰るかい?」
ナリシュ王太子殿下は今日も距離間がおかしいなと思いながら、ううんと首を振る。長椅子に座っているので殿下の腰はオリュガにくっ付いている。いい匂いがふわふわとしてきて心地良い。その所為で眠たいのだ。そう思う。
「…違うしー。あ、模擬戦の申し込み…。」
何やかやとあってオリュガは忘れていた。
「もうこの五人で提出したから大丈夫だ。」
ニンレネイ兄上が殿下に言われて出してくれていた。模擬戦は王都から離れた場所で行われる。樹々が生い茂る山と、丘陵が続く平原。川や湿地。それら一帯を全て使って三日間仲間と戦い抜く。五人の中でリーダーが隠し持つ宝石を奪い、一番多く集めたものが勝者となる。宝石を取られたチームは敗者となって退場だ。
昨年は適当なチームで後方に引っ込んでお茶を飲んでいた記憶はある。……僕がリーダーだったはずだけど宝石を持っていた記憶がないね?ちょろまかされたのかな?考えてみるとその時一緒にチーム組んだ上級生が学院から消えたような……。まあ、いいや。
「大掛かりな遊びだよねぇ。楽しそう!」
去年は興味もなくサボったので、改めて内容を聞いてオリュガは楽しみになってきた。
「ちょっと!何で僕までメンバーに入ってるの!?聞いてないんですけど!」
ノアトゥナがキャンキャンと噛み付いた。これにはオリュガはしらーとそっぽを向く。
「オリュガ、楽しみなのは分かるが、模擬戦は三年生の実力を見る為に騎士団や各地の領主が集まって観戦するんだからな。この前みたいなことをやるんじゃないぞ。」
秋に行われる模擬戦は三年生の活躍の場でもある。騎士団や魔法師団からの引き抜きの場でもあるからだ。元々成績の良い者には既に就職の話が出ているのだが、そんな者は極々少数だ。そうではない者でも、要は平民出身者でも活躍すれば可能性がある。
他にも領主が優秀な人材を引き抜いていくので、文官志望でも後方支援などの裏方まで見られる。
ナリシュは王太子である為そんな彼等の邪魔をするわけにもいかない。だが今年はオリュガがいるので一緒に楽しみたい。なにせ三日間一緒にいられるのだ。
「殿下、我々もいますからね。」
ニンレネイが目敏く注意した。
そこからまた勉強を再開した。
イゼアルはチラリとオリュガを見る。
「…………隊長、まだ本調子ではないのでは?今日はもう帰った方が…………。」
イゼアルはオリュガの様子が気になっていた。何が、と言うわけではないが、強いて言うならおとなしい。
「そうかな?いつも通りだよ……?」
「発情期明けで疲れているんだろう。無理せず帰ろう。」
ニンレネイも心配しそう言うので、オリュガは分かったと頷いた。
五人で図書館から出て馬車を待たせている所まで歩く。
オリュガは横を歩くナリシュ王太子殿下の腕に手を添えていた。最近はこうやってエスコートしてくれるようになった。その腕を見てほんの少し笑う。
クンッと引かれた腕にナリシュは振り返った。エスコートしていた腕をオリュガが両手で掴んで見上げていた。
ニンレネイ達は先に歩いて行く。
「…………………どうかしたのかい?」
確かに今日のオリュガは少し違う。最初はまだ本調子ではないのかと思った。でも具合が悪いわけではなさそうだ。緋色の瞳はいつも通りキラキラと輝き力がある。ではどこが?と聞かれてもハッキリと言えない。
「…………うん、……ううん。何でも、ないんだ。少し、もう少しだけ。」
「………うん。」
ナリシュは自分の腕を掴んだ手を、もう片方の手で上から包み込み先を促す。今日のオリュガはやはり違う。
「少しだけ、僕も殿下の匂い嗅いでも良い?」
ナリシュの腕に近付き頬をつけて、上目遣いにオリュガは懇願した。少し赤く染めた頬と大きな緋色の瞳にナリシュは息を呑む。
「お願い。」
少しだけ……。
そう言うオリュガからふわりと紅茶の香りが漂いナリシュを酔わせる。ゴクリと喉がなり、ナリシュは自分を落ち着かせる為に目を瞑りふうと息を吐いた。
凶悪的だ。
オリュガはナリシュの匂いを嗅いで美味しそうな紅茶の香りを漂わせていた。
「……今度、テスト明けの休みにまた秘密の時間をすごそうか。」
目を開けオリュガの頬に手を添えて緋色の瞳を覗き込む。
オリュガもナリシュの瞳を見つめ返し嬉しそうに笑った。
「うん。絶対だよ。」
ナリシュが微笑み頷くと、更に嬉しそうに破顔する。
馬車の前で待っていた三人に追い付き、ナリシュはオリュガの手を取って乗せてやった。ノビゼル兄弟三人は先に帰って行く。
残されたのはナリシュとイゼアルだけだ。
イゼアルは黙ってナリシュの後ろに控えていた。
「イゼアル・ロイデナテル。」
馬車を見送りながらナリシュ王太子殿下に名を呼ばれて、イゼアルはやはり聞かれるだろうなと思いながら殿下を見た。
振り返った人は相変わらず微笑んでいるが、その瞳は底知れない。
「少し時間を貰っても?」
その問い掛けにイゼアルは頷いた。
先程まで使っていた部屋に戻ると、ミリュミカが待っていた。二人が席に着くと新しい紅茶を置いて室内の扉の横に待機する。
その姿はゲームと同じでナリシュに対して絶対的な忠誠を表している。
ナリシュは紅茶に口をつけ、イゼアルに微笑んで見せた。
「そう緊張しなくてもいいんだよ。少し確認したいことが有るだけだからね。」
「はい、隊長のことですよね。」
ナリシュ王太子殿下が前からイゼアルとオリュガの仲が良いことに疑問を持っていることは知っていた。いつかは理由を尋ねられるだろうということも考えてはいたのだが、上手い言い訳をついぞ考え付かなかった。
「この前のアバイセン伯爵領での出来事の件なんだけどね?」
どこから聞かれるだろうと構えていると、殿下はアバイセン伯爵領について尋ねてきた。
「私が到着する前なんだけど、メネヴィオ王太子殿下はオリュガに精神攻撃を仕掛けたらしい。その時にオリュガの弱点を探ったらしいのだけど、オリュガは『僕の青い瞳の可愛い子』と言ったそうなんだ。」
子供?と怪訝に思いナリシュはオリュガの過去を再度調べ直させた。そこには青い瞳の子供の存在はなかった。オリュガが子供を産んだわけでもない。だったら青い瞳の子供とは?それとも人間の子供という意味ではないのだろうか?
この一週間調べたがわからなかった。
「………青い瞳の………。」
イゼアルは苦しげな顔で下を向く。
その様子を見てやはりイゼアル・ロイデナテルは知っているのだと感じた。
ナリシュが知らないオリュガをイゼアルは知っている。それに腹は立つが、まずはその内容を聞かなければならない。
「知っているんだね?」
真っ直ぐにイゼアルを見つめて問い掛けた。知っているなら教えて欲しい。
イゼアルは俯き下を向いていた視線を上げナリシュを見つめ返した。
「それには、答えることは出来ません。」
イゼアルの拒絶をナリシュ王太子殿下はある程度予測していたようで、驚く様子はなかった。
ナリシュ王太子殿下はふぅ、と息を吐いて椅子の背に背中を預ける。この姿すらきっと隊長は喜ぶのだろうなと思いながらイゼアルはさてどう返事をしたものかと考えた。
とりあえず青い目の子供については話せない。それはイゼアルが最も辛い過去に繋がるからだが、それが前世の記憶なのだと言って信じてもらえるかが不安だった。
頭がおかしいと思われるだろうか。
「私はねオリュガを私の番にしたいんだよ。」
それはイゼアルにも分かっている。だから頷いた。
「承知しております。ですが………、その子供については私から話せないのです。」
イゼアルは迷い迷い説明する。説明する意思があると感じたのか、ナリシュ王太子殿下は静かに聞いていた。
「私と隊長は共通の記憶と言うか思い出があります。ですがこれを説明したところで信じてもらえるか分かりません。私も理解して貰えるように話せる気もしません。」
イゼアルは机に置いた指を左右絡めながら、思いつくまま話す。
「では、オリュガが一年前に性格が変わったことについては?君はまだ学院に通っていなかったが、何か知っているかい?」
やはりずっと疑問に思っていたのだなとイゼアルは思った。噂のオリュガ・ノビゼルは今の隊長とかなり違う。いくらリマレシア王妃が悪い噂を流していたのだとしても変わりすぎだろう。
イゼアルは頷いた。
「思い出したんです。」
「思い出した?」
イゼアルが迷う素振りを見せるので、ナリシュは机に置いた指をトントンと動かした。イゼアルはキュッと唇を噛んで口を開く。
「きっと私と……、イゼアル・ロイデナテルとオリュガ・ノビゼルには幼少期の接点は全くなかったのだろうと思います。」
だからナリシュ王太子殿下はイゼアルを呼び出し直接聞いているのだ。最終手段として。
「そうだね。全く出てこなかったよ。君達が会ったのはイゼアルが学院に入学した後が初めてだったね。」
そして急激に近付いた。まるで旧知の仲のように親しい二人に、ナリシュは嫉妬した。
イゼアルは口に手を当て考え込んでいる。
「…………私は以前言った通り隊長の犬のようなものです。今度こそ隊長の役に立ちたい。それだけです。」
「今度こそ、という言い方からして昔からの知り合いだと言うことになってしまうのだけどね?」
ナリシュは用心深く聞いた。
きっとイゼアルは話したいのだ。でも話せないことがある。話したいけど話せない。話しにくい?
「信じてくれますか?」
イゼアルが重い口を開く。
「……信じなければ話は進みそうにないからね。」
だから信じるしかないんだよとナリシュは答えた。慎重にイゼアルから聞き出さなければならない。
イゼアルはゴクリと喉を鳴らして、口の中が乾燥していることに気付いたのか目の前の紅茶を一口飲んだ。
そして目を細め少し笑う。
「………懐かしいと思ったら隊長のフェロモンの香りに似ているのですね。」
小さく笑ってカップを両手で挟んだ。
「そう、私のお気に入りなんだ。」
そう言ってイゼアルに笑いかけると、漸くイゼアルは話し出した。
既に外は真っ暗に陽が沈み、学院の街灯の灯りがポツリポツリと窓の外に見えているだけになった。
部屋の中はナリシュとミリュミカの二人きり。
イゼアルは話終わると少し疲れたようにしたので帰した。最後にイゼアルはこう言った。
「今日の隊長は前世の隊長のようにも感じました。もし本当に思い出しているなら、隊長は殿下のことを絶対に守ると思います。」
そう言い切られ、ナリシュは嬉しくもあるが困惑もした。
まるで前世とやらにナリシュも関係しているようではないか。聞いてはみたが、ほとんど内容は意味不明だ。しかしイゼアルが話した内容をオリュガも持っているのだという。
青い瞳の子供についてだけは教えてくれなかったが、その前の内容は酷いものだった。奴隷といってもいい扱いだ。
「………信じておられますか?」
一緒に聞いていたミリュミカが困惑気味に尋ねる。
「…………信じてみるしかないかな?」
そうでないとオリュガの性格が変わり、あのような強さを発揮するようになった理由がつけられない。新たな人格が追加されたのだと言われた方が納得出来た。
どうか隊長をお願いします。
イゼアルはオリュガの幸せを本心から願っていた。その為なら自分に出来ることはなんでも手伝いますからとナリシュに縋るほどに。
「………………たとえ嘘でも真でも、オリュガを手に入れるのは私だろう?」
ナリシュは新しく淹れられた濃い紅茶を飲みながら微笑んだ。
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