悪役令息が戦闘狂オメガに転向したら王太子殿下に執着されました

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47 制御される感情

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 アバイセン伯爵に別荘の位置を吐かせたオリュガ達は、オリュガとニンレネイが乗って来た馬で走っていた。
 
「兄上っ!前方に気配あり!」

 オリュガは遠くに見える別荘ではなく、その手前の道を指差した。目視では何も見えない。
 ビィゼトは魔力を通して気配を探った。

「オリュガ、認識齟齬の馬車がこっちに向かってる。中にレクピドとメネヴィオっ!荷車式馬車に兵士十三名!」

 馬で疾走しながらビィゼトは叫んだ。

「了解っ、馬をお願いっ!」

 オリュガは馬の上に立ち上がった。オリュガには馬車は見えない。だが勘が告げる。
 そこにいるのだ。
 オリュガの中でゾワゾワと何かが這い上がってくる気分がする。とても激しく、とても静かに。
 緋色の瞳は大きく見開き、口元を綻ばせてオリュガは馬上から飛んだ。軽く上空高く飛び、抜いた双剣を二本とも下に構え着地する。
 着地した場所は地面の上ではない。
 ダアァァァァンンーーー!!と勢いよくオリュガの両足は空中に止まった。
 二本の剣は何かに刺さっている。
 バリバリバリッッと音を立てて静電気が飛び散り、一際大きくバリンっ!と音が鳴ると先程まで視認できなかった馬車が現れた。
 現れた馬車は上流貴族が使いそうな黒を基調とした艶のある馬車だった。細部にまで繊細な装飾具が付いていて、そこら辺の貴族のものとも違う高級な馬車だ。
 馬車が現れると四頭の馬も一緒に出現し、馬達はオリュガの静電気を浴びて泡を吹いて興奮していた。四頭共が右往左往しながらいななき前足を上げて怯えている。オリュガは馬車の屋根の上から飛びクルリと回って馬の前に着地した。
 スウッと目を細め、馬達を見る。

「静かに。」

 暴れていた馬達がピタリと止まりオリュガを見た。たったオリュガの一言に馬達は冷静さを取り戻し、ブルブルと鳴きながら頭を上下に揺らした。

「そう、良い子だね。君達には危害は加えないからそこで大人しくしていて。」

 そう話し通り過ぎるオリュガを、馬達は顔を寄せ後を追う。繋がれているのでそれ以上行けないのが腹立たしそうだ。
 ビィゼトはその様子を見ていつの間にあんなに馬の扱いに慣れたのかと驚く。

「さて、乗っているのはわかってるんだよ?出て来たらどう?」

 オリュガは馬車の扉の前で立ち止まり声をかけた。
 中から鍵が開く音がする。
 ゆっくりと扉が開いて出て来たのは長いマントにフードを目深に被った男だった覗き込めば見えるはずなのに見えない。髪型も髪の色も理解出来ない。かなり精度の良い付与魔法が施されていた。
 ビィゼト兄上に言われてなかったら確信持てなかったなぁ。
 さて、相手は身分を隠してこの場にいる。
 どう出てくるのだろうか。

「何故私の馬車を止めた?」

「…………レクピド・サナンテア子爵を乗せているでしょう?こちらに引き渡して。」

 オリュガはいつものように話した。気負わず笑顔を浮かべてレクピドを解放しろと言う。

「………私は腕のいい付与術師を買ったのだがね?私が買った物を奪う気かな?」

「その人は物ではないし、お金でやり取りされるような人ではない。」

 馬車の中にレクピドの姿は見えない。馬車に掛かる認識齟齬の付与は壊したが完全ではなかったらしい。

 荷馬車の方から兵士達が出てくる。
 ビィゼト兄上が言った通り十三人であることを確認し、オリュガはゆっくりと笑った。

「私は私の荷物を守る為に戦うよ?コレは今後大切に使うつもりなんだ。」

 あくまでもレクピドを物扱いするメネヴィオ王太子に、オリュガの笑顔は深くなる。煌めく緋色の瞳の中に、獰猛な輝きが潜み影を落とした。

「そうか……、でも良いよ。彼らは強そうだ。」

 オリュガの言葉に一番近くに迫っていた兵士が、オリュガの頭上に向けて剣を振り下ろした。
 ヴォンと唸る剣がオリュガの左手の青の剣に止められる。大きな長剣が渾身の力と速さで振り下ろされたにもかかわらず、オリュガの細身の剣が軽々と受け止めてしまった。
 ガギイィィィィィィィィンンンと空気に振動を起こす衝撃を、オリュガは平然と受け止め弾き返した。青の剣から水飛沫が飛ぶ。
 ポ、ポポポポ………………。
 飛び散った水滴が極薄の剣に姿を変えていく。
 
「………!?」

 メネヴィオ王太子と兵士達が驚いているが、構わずオリュガは水の剣を操った。

「ふふ、練習にちょうど良いね。」

 まだ今日使ってみたばかり。さっきの戦闘は弱すぎて話にならなかった。

「く、どれだけ魔力があるのかな!?」

 メネヴィオ王太子が悔しそうに唸る。兵士達へ魔力を込めて戦うよう指示した。どうやら全員魔力に優れた者達らしい。
 兵士十三人とも身体に防御魔法を施した。
 防御魔法を身に纏った為、兵士達は水の剣を無視してオリュガに次々と切り込んでくる。
 遠くから弓兵が矢を射ってきたが、オリュガは水の剣で飛ぶ矢を粉々に切り裂いた。
 風を切って襲いかかる剣をオリュガは舞うように次々と避けていく。
 そして水の剣で逆に攻撃し牽制しつつ、一人また一人と切っていく。容赦なく一撃で命を絶っていくオリュガに、メネヴィオ王太子はなんだこのオメガはと震えた。
 メネヴィオの中ではオメガとは弱い生き物だった。
 どんなに優れた才能を持とうと、いざとなると弱い。力もなく、牙を抜かれた瞬間に崩れ落ちる。
 オリュガが豊富な魔力を持つことは調査済みだった。剣技にも覚えがあることも。魔法剣を操ることも知っていたが、それはオリュガに豊富な魔力があるからこそなせる技だと思っていた。
 そうメネヴィオは結論付け、こちらの戦力が無くなる前にオリュガを戦闘不能にする必要があると考え参戦することにする。
 メネヴィオが得意な魔法は精神攻撃だ。心に入り込み人を操る。その為にもオリュガの心の隙を見つける必要がある。
 メネヴィオは自分も剣を構えた。そしてオリュガに切り込む。
 ガッと真正面からきた剣をオリュガは双剣で受け止めた。

「……オリュガ、私の声を聞け。」

 メネヴィオは声に魔力を乗せた。オリュガがピクリと小さく反応する。メネヴィオの魔法は声が相手に届きさえすれば効果を表す。

「ねぇ、オリュガ。君にとって一番大切なものは何?」
 
 壊されたらダメなもの。それがなくては生きていけないもの。
 それは人によって様々だ。愛する人であったり、子供であったり、家宝であったり、家そのものであったり。単純に食べ物だと言う者もいて、その人物は路上で死にかける乞食だった。

 オリュガの緋色の瞳がメネヴィオの方を向く。いや、最初から向いてはいたが、輝きが薄まりどこか遠くを見るように力を失くす。
 メネヴィオはオリュガが自分の魔法に掛かったと思い笑って更に質問した。

「君は何を守っているの?」

 オリュガの小さな口が少し開く。覗く赤い舌が何かを話す為に動いた。その姿に多くの美しいオメガを見てきたメネヴィオでも見惚れてしまう。
 本当に美しいオメガだ。

「……………………僕、の………。」

 オリュガは抵抗しているのか唇が震えていた。しかしメネヴィオの剣を受け止めた双剣はピクリと動かない。

「そう、君の?」

「…………僕の………青い、瞳の、………可愛い子……。」
 
 子供?
 メネヴィオは怪訝な顔をする。オリュガはオメガなので確かに子供を産むことは可能だが、未婚で番もいない。いなくても生物学上産めるだろうが、公爵家の子息が簡単に結婚する前から遊ぶとも思えない。何よりずっとナリシュ王太子殿下の婚約者候補になっていたのだ。そんなオリュガに家同士の約束事もなく手を出す人間はいないだろう。
 オリュガの調査書に子供の気配はなかった。
 メネヴィオは一瞬思考に耽りオリュガから注意がそれた。
 双剣を握るオリュガの手がギリリと握り込まれ、バチバチバチッ……と小さな稲妻が走る。
 オリュガの震えていた唇は静かに止まり、口角を上げて笑み作られた。そして地を這うような低い声が漏れる。

「……人の心に土足で踏み込むとは良い度胸だね。」

 その冷たい声と深く昏い緋色の瞳にメネヴィオはゾッとした。

 誰だ?これは……………。








 何を守っているの?
 そう聞かれて真っ先に思い浮かぶのは家族のはずだった。
 なのにオリュガの脳裏に浮かんだのは小さな赤ちゃんだった。
 まだまだ外に出してはいけないほどに小さな命、小さな身体。残される時間全てをその子の為に使おうと思った。
 沢山の命を奪った自分が、最後にやりたいことだった。
 知る人間は最小限にしていた。
 それなのに、それなのに……………。

 怒りが込み上げる。

 遠い昔の記憶。忘れていた感情。
 まだ全部思い出しているわけではない。それでもこの怒りだけは直ぐに湧き上がる。

 ………ああ、ダメだ。
 
 目の前のこいつは今生きている別人で、全くの無関係な人間なのに、この怒りを目の前の男にぶつけたくなっている。

 身体が熱くたぎっている。
 心は冷たく凍っていく。

 そう、いつもこうやって感情をコントロールしていた。自分は感情制御型。己の感情をその場面で自由に操り敵地に向かうよう作られた生体。
 
 ねぇ、何故思い出させるの?
 これは苦しくて、悲しくて、どうしようもなく愛しい記憶なんだ。
 泣きそうになる気持ちは制御され、心の片隅に保存される。
 攻撃対象を目の前の男にセットした。

「……人の心に土足で踏み込むとは良い度胸だね。」

 感情の抜けた声で話しかけると動揺したようだ。馬鹿だな………。お前が仕組んだことだよ?

 ちゃんと責任は取らないとね…………?

 ヂヂヂヂヂ……バリッ……バチバチバチッッーー!
 まだ昼間だというのに、オリュガが放つ稲妻に辺りが暗くなる。
 水の剣が空中に散開し、全ての剣先がメネヴィオ王太子に向けてピタリと静止した。
 オリュガが左手の青の剣を振ると、停車していた馬車が粉々に切られた。
 椅子に座って何が起きているのか理解できていないレクピドが、驚いた顔で頭を抱えて座っていた。天井も壁も無くなり青褪めている。

「兄上。」

 遠くで見守っていたビィゼトは馬が逃げないように繋いでいた所でオリュガの戦闘を見守っていたのだが、オリュガの意図に気付き走って来た。
 レクピドを非難させなければならない。
 メネヴィオの配下がそれを阻止しようと動いたが、無数の水の剣が斬り込み空中を流れる稲妻がビィゼトを守った。

「こちらへっ!」

 ビィゼトの差し出す手をレクピドは慌てて握る。
 二人がまた離れていくのを確認して、オリュガは冷静に気持ちを落ち着けていった。
 怒りで大切な存在を壊すわけにはいかない。

 もう、それは一度きりで十分だ…………。

 ?、、???…?…………?
 なんだろう、思い出せないな。自分は何を失敗したんだろう?
 アルが、泣いている。ごめんなさい?何故謝るの?
 思い出せないな………。
 苛立ちが発生するが、それもスゥと制御した。

 右手の金の剣に魔力を流す。
 この荒ぶる感情も目の前の男を消したら静まるだろう。
 そう思い、オリュガは目を細めて微笑んだ。














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