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25 ネイニィの陰謀
しおりを挟む日帰り予定のちょっとした工場視察に出たはずの兄上二人が帰って来たのは三日後のことだった。
アルから毛皮は早めに手放した方がいいと言われていた為、その手配をお願いしようと思っていたのになかなか帰って来ず、どうしたのだろうとノアトゥナと待っていたのだけど……。
「え?材料が入らない?」
帰って来て一緒に四人で晩餐をいただきながら、この視察の状況を説明してくれた。
「ああ、材料は各地から定期的に仕入れているんだが数箇所止めてきて所があって、順に回ってきたんだ。」
ビィゼト兄上が上げた名前は六箇所。侯爵家一つに伯爵家一つ。後は子爵家三つに男爵家が一つ。聞きながらなんか聞き覚えがあるなぁと考えた。
「あ、ネイニィの取り巻きの家!」
パッと思いついて声に出すと、ニンレネイ兄上が切っていたステーキから顔を上げた。
「やっぱりそうか。」
聞いた名前はネイニィが集めているアルファの家ばかりだった。その内の一つに騎士団長の侯爵家がある。
「うわー………、なんか繋がりあったの?」
「そこまでは調べきれなかったんだが、どうも様子がおかしいんだ。」
工場の生産がストップしてしまった為、材料を確保しにビィゼト兄上とニンレネイ兄上は各家を回って来たらしい。お互いウィンウィンのいい関係だったはずなのに、何故突然止めたのか、契約違反ではないかと各家に詰問した。
その反応は何とも話にならないの一言に尽きた。
「契約書を出してせめて期間内は確実に生産量を出荷するように求めたんだけど、ないものは出せないの一点張りだし、この契約書はノビゼル公爵家ばかり得をしている不正なものだと言い出して話にならなかったんだ。」
どの家も長い付き合いのある家ばかりだ。突然そんなことを言い出すのはおかしかった。
でも家同士の契約は当主同士の話であって、ネイニィの取り巻きアルファは皆そこの子供達だ。家の事業にまで関われるんだろうか?
「前にネイニィ・リゼン男爵子息が作ったクッキーを調べたことがあるだろう?」
あるねぇ。あるけどまさかそれを……?
ニンレネイ兄上は頷いた。
「食べさせたかもしれない。あれはリゼン男爵子息の聖魔法がかかっていると言っていたけど、他には何も分からなかったのか?」
ニンレネイ兄上もあのクッキーには不信感を持つようになっていた。だって食べた人達って皆んなネイニィのこと大好きになってしまっているから。
ナリシュ王太子殿下が毒味係にネイニィのクッキーを食べさせたらしいけど、あの後大変だったとニンレネイ兄上が愚痴をこぼしていた。
その毒味係はネイニィから渡されたクッキーを殿下の食事に混ぜてきたのだ。クッキーの形そのままだと気付かれてしまうので、バラバラにしてサラダに混ぜたりスープに入れたりしていた。
用心していたナリシュ王太子殿下の侍従が気付いて殿下は食べずに済んだけど、毒味係は投獄された。
何を混ぜたのか絶対に言わないらしい。ネイニィを庇っているのだろうが、残されたサラダからクッキーの欠片らしき物が出てきたので、多分ネイニィのクッキーだろうとナリシュ王太子殿下達は考えている。クッキーの欠片から聖魔法の残滓がでてきたけど、それが絶対にネイニィの聖魔法なのかは立証出来なかったらしい。
そんなことがあったから、ニンレネイ兄上も直ぐに侯爵の子息からネイニィのクッキーに疑惑が行き着いていた。
僕はゲーム設定を知っているからクッキーの効果を知っているけど、この世界の技術ではあのクッキーが親密度を上げる物だということは分からない。
一応ナリシュ王太子殿下にはそれとなく教えたから侍従の人が注意してくれたんだと思う。
ニンレネイ兄上もナリシュ王太子殿下付きの側近なんだから言っとくべきなのかなぁ?悩むね。
うーんと悩んでいると、ビィゼト兄上も食事の手を止めて僕を見た。
「何か知っているならほんの少しのことでもいいから話して欲しい。私達はオリュガを信じているからな。」
ビィゼト兄上の眼差しは優しい。兄上は弟達には本当に甘いのだ。
「そう?じゃあね、えーと、何で知ってるのかと聞かれても答えれないんだけど、あれは食べた人間の親密度を上げるんだよ。」
信じてくれるならいっかなーと言ってみる。親密度が何かとか、どんな方法で作られているのかとか聞かれても答えられないけど。
兄上二人にノアトゥナまで、親密度?と不思議な顔をしている。
「新魔法か?」
「それは遥か昔に廃れた魅了魔法では?」
あ、ネイニィの聖魔法だと思ったようだ。
「食べると好きになっちゃうの?それ誰のことでも好きになるの?」
「いやぁ、ネイニィが作ってるからネイニィのことだけ好きになるんだと思うよ?」
ゲームでは主人公主体で進むから、勿論アイテムである真心クッキーは主人公しか使っていない。だから他の人間が使ったらどうなるのかなんて分からないけど、主人公しか使えないんじゃないかなと僕は思っている。
ただ攻略対象者以外にも使えるとは思っていなかった。
話に聞けば、騎士団長も食べておかしくなっていそうだもんね。
「難しいな……。新魔法だと本人しか使えないし、魅了魔法は実在してるかどうかも分からない。」
兄上達はどうしようかと話している。僕が言ったことを丸々信じてくれているようだ。
「あの男爵子息ムカつくね!」
ノアトゥナがプンスカ怒っていた。ノアトゥナはまだナリシュ王太子殿下のこと追っかけているのだろうか。
「ノアトゥナはまだナリシュ王太子殿下のこと好きなの?」
「え?うーん、最近は剣術の先生もいいかなぁと思ってるんだけど。」
オリュガはズルッと滑った。
「あれ?殿下は?」
「だって殿下って全然見てくれないし!優しいけどなんか遠いもん。ビィゼト兄上がダメって言うから、だから他の人も見てみようかなって思うんだぁ。」
恋多き少年だ。これが真のオメガなのかな?
「残念なことにあの剣術の教師はネイニィに攻略されてると思うよ。」
ノアトゥナががあぁんと顔を歪めた。
やっぱ攻略対象者ってアルファの中でも目立つ人ばかりなんだもんね。もっと地味アルファ狙いな~。お眼鏡に叶うのがいるのか分かんないけどね。
とりあえず薬の材料についてはビィゼト兄上に考えがあるから大丈夫と言われた。
クッキーが原因ならそれを断つように仕向ければいいとか言ってたけど、何をするつもりなんだろう?
僕がククコとハクコの毛皮をナリシュ王太子殿下に売りたいと言うと、それも手配してくれると言ってくれた。元々アルの方で加工からコートへ作るまで全て任せちゃってるので、書類上のことと費用は兄上達にお任せ状態だった。
自分でやるよーって言ったんだけど、こういうのはアルファの自分達がやるから任せなさいと言われたんだよね。兎に角兄上達は甘い。ついでにこれにアルまで最近は追加されている。
最後のデザートを食べながら僕はノアトゥナにアルはどうなのかと聞いてみた。最近は仲良いと思うんだよね。
「アル君?えー?うーん、同級生オメガの間では凄く人気だよ。頭いいしお金持ちだし将来性あるからね!でも僕は年上のもっと強そうな人が好みかなぁ。」
ノアトゥナの強そうは喧嘩が強いとかではなく、性格の話しらしい。気が強いとかアクが強いとか、やったらやり返す的な?そう言われてしまうと確かにアルは事なかれ主義な気がする。事業が成功するのも何事も丸く収めて上も下も上手く使っているからのような気がする。
「ふうーん、そうなんだ?じゃあ理想のタイプは?」
「え?そりゃあいい匂いの人かな?」
いい匂い?僕が不思議になって首を傾げると、ノアトゥナは呆れた顔をした。
「オリュガ兄上だってオメガでしょう?この匂い好きだなぁとか、ドキドキするーとかないの?」
え?匂いは感じるけど、だからと言ってそれをいい匂いだとは思わない。
ナリシュ王太子殿下は少し甘い爽やかな果物っぽい香り、ビィゼト兄上は落ち着いた森の中、ニンレネイ兄上は柑橘系、アルは花の香りだ。
「皆んな近寄れば分かるしいい匂いではあるけどねぇ。」
「まぁ抑制剤を皆んな飲むから分かりにくいけどね。でも相性がいいと同じ部屋に入ったら直ぐに分かるんだって!」
へえ~~~。いたかな?そんな人。
残念ながら思い浮かばなかった。
数日後、領地から帰って来て直ぐにお土産持参で訪れたアルに、ノアトゥナの好みについて話した。
「フェロモンの香りは好意に基づくそうですよ。」
アルと僕は同じ症状だと思う。前世の記憶に引き摺られるのか、バース性の匂いに鈍感だった。
「好意?」
好きかどうかってこと?
「初対面で同室に入って、お互い匂いに興奮するならそれは一目惚れしたのではと俺は思います。」
「それって相性じゃないよね?」
アルはそうですねと頷いた。
一目惚れ……。
前世の記憶が戻る前の僕はどうだったのだろう?確かにナリシュ王太子殿下のアルファの香りにうっとりしていたような…。でも今はいい匂いとは思っても、匂いがするなという程度。
つまり前世の記憶が戻って恋心が冷めてしまったということ?好きって気持ちが減ったから殿下の匂いに反応しなくなったということ?
「アルは僕の匂いに何か感じる?」
「紅茶っぽい匂いだなとは思っています。」
アルにどの程度近付いたら香るのか聞いたら、隣に座ったくらいと言われた。前に学院で僕の匂いを感じたのは、僕がアルを探して匂いを残していたからだと教えられ、フェロモンの香りにそんな使い方があるのかと驚いた。
「相手を求めた時にその人物に対して特に香りを感じさせるのではないかなと思ってますよ。」
「じゃあ他の人には感じないってこと?」
「いいえ、香りは残っているので他のアルファも感じたようです。だから慌てて迎えに行ったんですよ。」
危ないから今度からは事前に人を寄越して呼び出すように言われた。
難しいなぁと思う。人探しをするくらいでアルファを誘う匂いを出してしまうということだよね?
この前小屋で殿下は僕に誘う匂いを出したんだろうか。なんかグラッときたんだよね。なんかこう、ふわっと鼻に残るような、頭がジーンとするような………。
「それは気をつけるよ。」
「やけにこの前からフェロモンについて聞いてきますね。」
ビクゥと肩が震えた。だって、あんなに匂い嗅がれたことないんだよ!?ビィゼト兄上だって普段から可愛い可愛いって言ってくれるけど、不用意には触ってこないんだよ!?
「…………にゃ、んでもないよ。」
噛んだ。
「大丈夫ですか?今度ナリシュ王太子殿下に会いに行くんですよね?」
そう、僕は手紙でご要望の毛皮を売りますって出したのだ。そうしたら直ぐに返事が返ってきた。早目に王城へ来て欲しいと招かれたのだ。
なので今製薬工場の材料が入ってこない件で動き回ってる兄上達の代わりに売買契約書を作って持っていくことにした。
サインと同時に僕は一切手を触れないつもりだ。毛皮はアルの方で預かっている状態なので、そのままそっくりナリシュ王太子殿下に渡してしまう。ロイデナテル侯爵家へ払う手間賃も手数料も全部王家で払ってもらい、僕は加工前の毛皮を売るだけにするつもりだった。
「うん、お城の中だしね。」
「心配ですね。」
アルはついて来たそうにしていたけど、流石に赤の他人のアルは王城に許可なく入れない。なので後から何があったか報告するよーと言ったのだった。
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