悪役令息が戦闘狂オメガに転向したら王太子殿下に執着されました

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22 その匂いを

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 キイィと軋む音を立てて木の扉が開く。
 
「わっ、意外と綺麗。」

 何故こんなところに小屋が?と思いつつ、オリュガはナリシュをおんぶして小屋に入った。
 ナリシュの怪我は意外と深かった。
 落ちる時にオリュガがナリシュを抱き留め重力を軽減して着地したのだが、木が生い茂り枝や葉が傷口に触り痛そうにしていた。
 おんぶして歩こうとしたら嫌がったのだが、無理矢理背中に抱えて走ってきた。
 目の前に狩猟小屋が出てくるのはゲーム仕様なんだろうか。

「…………すまない。」

 備え付けの長椅子に座らせると、掠れた声で謝られてしまった。

「お互い様だよ~。こういう時は助け合わないと!」

 疲れた様子もなく言い切るオリュガに、ナリシュは少し苦笑した。オメガのオリュガに助けられるのが少し悔しい?プライド高いなぁ~とオリュガはナリシュを見下ろす。
 二人とも降り続ける雨の所為でびしょ濡れだった。
 部屋は休憩するだけの部屋のようで、一部屋しかない。角に小さな暖炉があった。
 よし火をつけよう!
 火ー、火………。火はどうやってつけるんだろう?オリュガは貴族の子供だった。火の付け方が分からない。

「殿下ー、火ってどうやってつくの?」

 側にあったボロボロの木の椅子を叩き壊して薪にする。

「……それは壊していい椅子なのかい?」

「え?知らないけど。」
 
 他に燃えそうなの無いし。
 よく見れば外に薪が積まれていたのだが、オリュガはそんなことは知らない。

「……………離れて。」

 オリュガに暖炉から離れるよう指示すると、ナリシュはパチンと指を鳴らした。ボッと薪にした椅子の残骸に火がつく。

「おおお~~~。すごい~~~!」

 オリュガは手を叩いて喜んだ。
 ここ数日の君の方が凄いんだけどとナリシュは思うが、このオリュガに何かを言っても通じないような気がしてならない。
 ネイニィも言葉が通じないのだが、オリュガの方が変に緊張しなくて良いのは、こののんびりとした雰囲気の所為だろうか。
 オリュガがナリシュの目の前で服を脱ぎ出した。

「…………君は自分がオメガだと理解しているよね?」

 ナリシュはいつもの微笑みも忘れて険しい顔でオリュガが脱ぐのを止めた。

「知ってるよぉ~。でも乾かさなきゃ。」
 
 ナリシュは深い溜息を吐いた。
 声を掛けるのも面倒臭くて、オリュガにちょいちょいと手招きをする。オリュガは途中で止められてしまった為、片袖だけ脱いだおかしな格好でトコトコと近付いた。

「君ね、脱ぐなら胸当ては先に取るべきじゃないかな?いや、待て、取れと言ってるんじゃ無い!私が乾かしてやるから脱ぐな!」

 だんだん素で叫び出したナリシュに、オリュガは大人しくなった。

小煩こうるさい。」

 オリュガは不満を素直に口にする。
 疲れる………。ナリシュは内心くたびれながらも魔法を行使した。
 オリュガとナリシュの身体に温かい風が吹き、衣服も髪も乾いてしまった。

「お、おおおーーー!」

「感動しているところ悪いけど、どっちも生活魔法だからね?」

 魔力量ならオリュガの方が多いし、なんなら戦闘に関してはオリュガの強さは別格なのに、何故火をつけたり衣服を乾かしたり出来ないのだろうとナリシュは頭を抱えた。

「魔法学はどこまで進んでるの?」

 学院の授業では生活魔法は教えない。もっと高度な魔法を教えるのだが、初級魔法である生活魔法を使えなければ話にならないだろうとおもい尋ねた。

「魔法学はぁ、教師達からまずは魔法詠唱から覚えなさいって言われて、そっちからやってる。」

 魔法詠唱も使わずに魔法を使って戦えるのに、態々魔法詠唱学を取る必要はない。学院にもリマレシア王妃の手が及んでいるのだろうか?今度調べようと思案する。
 
「…………そこらへんは私の方で調べるよ。………それから王城でのことなんだけど……。」

「王城?」

 オリュガはキョトンとしている。王城と聞いても苦い顔もしない。演技だろうかと見つめても、不思議そうに見返してくるだけだった。
 
「執事が案内を怠っていた件だよ。」

 オリュガはああっ!と漸く理解したようだった。
 気にしていないだけか…。

「過去に君に対応した人間は全てそれなりの処分を下したから。今度は一人で来ても大丈夫だよ。少し待たせている程度なのだと思っていたんだけど、昼食も抜いていると知っていれば早く行ったし昼食も一緒に摂ったから、それは理解していて欲しい……。申し訳なかったね。」

 そう伝えると、オリュガはこれまたキョトンとする。何故不思議そうな顔をする。

「ああ~~~、うん、気にしてないよ。殿下が忙しいって知ってるし。ちゃんと分かってるし。アイツらには紅茶ぶっかけたし。」

 へへへ~~~とオリュガは笑った。
 ナリシュも少し笑い返してしまう。なんて気の抜けた笑い方をするんだろうかと思ってしまう。
 

 ナリシュは最近疲れていた。
 ずっとネイニィの甘酸っぱい甘い匂いがして、寝ても覚めてもネイニィの存在が気になるようになっていた。
 会えば抱きしめたくなる。
 それを気力で抑えていた。
 人が必死に抑えているのに、ネイニィは腕に手をかけしなだれ掛かってくる。甘い身体を食べてもいいと言わんばかりにくっつけて来て、最近では無理矢理引き剥がしたりもしていた。相手に気付かせないようにするとか、そんな気遣い無理だった。
 狩猟大会が始まるとナリシュのテントに入ってこようとするので、そんな狭い空間に二人きりになるなんて無理だと思って、ミリュミカに別の兵士用のテントを用意させて、そこで寝泊まりしていた。
 今日で漸く終わる。
 雨が降るのにネイニィのフェロモンは薄れない。
 ネイニィがククコの漆黒の姿の後を追い、行きたく無いのにネイニィの後を自分も追い掛けて、ネイニィを助けなければと叫ぶ心に具合が悪くなっていた。
 だがハクコを追いかけて来たオリュガ達が合流し、オリュガが一人でククコとハクコをあしらう姿に見惚れてネイニィの匂いを一瞬忘れた。
 ネイニィが逃げるククコの前に飛び出すまで、背中にネイニィがいたことを忘れていたのだ。
 飛び出すネイニィを見て咄嗟に身体が動いていた。
 助けないと!
 愛しい番を!
 番?つがい……?誰が?は?
 ナリシュは疑問を浮かべながら手負のククコに背中を爪で抉られた。
 ネイニィはナリシュが庇い切られたことに驚いたが、それも一瞬で、微かに笑った。
 何故笑う?
 パシッと手が掴まれた。
 緋色の瞳が飛び込んできて、崖の下に一緒に落ちていく。
 紅茶の匂いがする。
 最近よく飲む濃い紅茶の匂い。頭が一気に覚めるくらいの、渋い紅茶。
 オリュガと落ちて、死んだククコを確認し、自分よりも小柄なオリュガに背負われてここまで来た。
 いくら魔法で軽くできるからといって、オリュガに背負われたことはなんとも恥ずかしい。
 オリュガの背中は紅茶の匂いがした。
 その匂いを感じながら、恥ずかしさに俯いていると、ネイニィの匂いがいつの間にか消えていることに気付いた。
 そう、やはり消える。
 この前の舞踏会でもそうだった。
 目が醒めるように、明瞭になる感覚。


「オリュガ、ちょっといいかな?」

 目の前に立つオリュガの手を繋いだ。

「?はい?」

 オリュガは意味が分からず返事をしたのだろうが、気付かないふりをして手を引く。

「え?ちょっと…!」

 オリュガはポスンとナリシュの膝の上に跨った。






 オリュガは勢い余ってナリシュ王太子殿下の膝に乗っかってしまった。いつもだったら咄嗟に避けれたのに、急にナリシュ王太子殿下のフェロモンが強くなって思い切り吸い込んでしまったのだ。
 オメガはアルファをフェロモンで誘惑すると言うが、オメガだってアルファの匂いを嗅げば陶酔してしまう。
 ギュッと抱き込まれ、ナリシュ王太子殿下の鼻がオリュガの首にチョンとついた。少しだけ触れただけなのに、オリュガの身体は大きく跳ねる。

「ふえっ!」

 クンクンと匂いを嗅がれている。
 な、な、な、なにぃ~~~!?なんで匂い嗅いでるの!?!?
 オリュガは動揺した。

「すぅーーーーーーーーー……。」

 思いっきり吸われて、気持ち良さそうにハァ…と息を吐いている。その熱い吐息がオリュガの首にかかった。

「ちょ、ちょ、ちょ!変態!変態だ!」

 オリュガは動転して暴れたが、ナリシュは抱き込んだ腕を離さなかった。

「失礼だね。ちょっと嗅がせてくれたくらいいいだろう?」

 堂々と嗅いでいるのだと言われた!

「ああ~~、どうしよう!?自国の王太子は勝手にオメガの匂いを嗅いじゃう変態だったって国民が知ったらどうしよう~~~!!!」

「うるさいな。大人しく嗅がれてくれないかな?」

「開き直った人間は怖い!」

 オリュガはグイグイとナリシュ王太子殿下の頭を両手で押した。不敬とか言ってる場合では無い!
 ナリシュ王太子殿下は腕を離してくれた。

「…はぁ………、とりあえずこれくらいでいい。君は紅茶の匂いがするだろう?私は紅茶が好きなんだよ。疲れた時は熱くて渋いのを飲みたいんだ。」

 訳の分からないことを言う王太子は、疲れたように長椅子に寝そべってしまった。

「…………お腹空いてるの?」

「何故そうなる。」

 すぐさま返事は返ってくるが、殿下は目を閉じ動かなくなった。

「あっ!」

 そういえば殿下は背中に傷があるはずだということを思い出し、オリュガは慌てて殿下を横向ける為肩を掴んでグイッと力を入れる。

「君ね、もう少し丁寧にやったらどうかな?」

 文句は無視して背中を見た。
 殿下も簡易的な防具しか付けていなかった。魔法防御の効果があったから命があるという程度だろう。傷は深かった。
 血は止まっている。

「大丈夫。止血剤と回復薬を直ぐに飲んだから……。」

 だからちょっと手伝って。
 そう言ってまた手を引かれる。今度は反抗しなかった。

「あの、僕の匂いを嗅いでなんかあるの?」

 仰向けで寝転がる殿下の脇の辺りに収まり、オリュガはしょうがないなと大人しくした。雨に濡れた所為か、夏だけどそんなに暑く感じなかった。
 不思議だ。
 爽やかな果物のような匂いがする。

「オメガの匂いは甘ったるいのが多いのに、君のは何故か美味しそうな匂いがする…。」

 オリュガは考える。
 オメガのフェロモンの匂いは甘いものが多い。花や蜜、お菓子など、およそ人間が甘いと感じる匂いが多いのだという。だからオリュガの紅茶っぽい匂いは珍しい。自分では自分の匂いが分からないので、今ナリシュ王太子殿下がどんな匂いを感じているのかは分からない。
 
「怪我人は労ろう。」

 殿下は目を瞑り眠ってしまったようなので、言い訳のようにオリュガは呟いた。

 静寂に包まれた小屋の中、外から聞こえる雨の音と微かに上下する胸の動きに、ふわぁと欠伸が出てオリュガも目を瞑った。
 バチンと弾ける薪の音と暖かな空気。
 人の体温を感じたのはいつぶりだろう。
 
 いい匂い………。

 夢見ごごちでそう呟いた。





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