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19 狩猟大会だよ!
しおりを挟む「じゃ、じゃあーーーん!双剣金青持ってきちゃったぁ!」
オリュガははしゃいで二本の剣を両手で掲げる。
それを見てノルギィ王弟殿下が拍手をしてくれた。その横ではイゼアルがスンとした顔でオリュガを見ている。
狩猟大会で王弟殿下と王太子の筆頭婚約者候補が対決するのだという噂は瞬く間に広がった。それは市井にも伝わっているらしく、本日の結果を誰もが楽しみに待っている。
ノルギィ・カフィノルア王弟殿下は王族の中で人気の高い人物だ。それこそ現国王陛下やナリシュ王太子殿下よりもあるのではと言われている。
ノルギィ王弟殿下自身は特にそのことに対して何も言わないが、人気の高い王弟殿下を次の国王にと推す貴族や国民は多い。
そんなノルギィ王弟殿下と対立することになった主人公だが、ネイニィの方はリマレシア王妃陛下の勢力がバックについている……、らしい。
オリュガはあまり政治的なことは気にしない。全てビィゼト兄上の受け売りだ。後はニンレネイ兄上や最近ではイゼアルから教えてもらっている。
王妃陛下の勢力はなかなか強いらしい。新興貴族などの割と歴史の浅い貴族が大勢従っている。貴族の数は下にいく程多いので、人数的には多くなる。
イゼアルの家であるロイデナテル侯爵家は貴族派と呼ばれ、古参の貴族が多い。一家一家の力は強いが数は少ない。
そして中立派が少しいる。ノビゼル公爵家も中立派だ。
中立派なのになんでニンレネイ兄上が側近になり、オリュガが婚約者候補になっているのか聞いたら、ビィゼト兄上は少し考えて同情したからだとだけ教えてくれた。
何に何を同情したのかは教えてくれなかった。
どの派閥とも言えない国王陛下の立場が可哀想になったのだろうか?
現国王陛下はこの四つの派閥を上手く扱いながら国を動かしているらしく、次の国王であるナリシュ王太子殿下もなかなか大変な立場ではある。
いつ寝首を搔かれるか分からない。
元々は平和な国だったのに、王弟殿下支持派と王妃陛下支持派の所為でドロドロとした政治状況が生まれてしまったらしい。
ビィゼト兄上は面倒臭いと言っていた。
まぁ、そんなことはオリュガにはどうでもよかった。戦争するなら僕頑張っちゃう!と言ったらビィゼト兄上が玉のお肌に傷をつけないでと泣いていた。
なんでか流れに任せてノルギィ王弟殿下のチームに入ってしまったのだが、他にはイゼアルとニンレネイ兄上、弟のノアトゥナだけのなんと五人だけの班となった。
「超少数精鋭だね!」
僕の励ましにノアトゥナはカタカタと震える。
「皆んなに声かけても誰も入ってくれなかったよ!」
ノアトゥナも僕と一緒で友達が少ない。いや、僕はアル以外一人もいないので、まだマシかも。でも知ってる人間はオメガばかりなので狩猟大会には誰も入ってくれなかった。
「だあいじょーぶ!僕が全部やってあげるから!ノアトゥナは治療専門なんだからテントで待っててよ!」
ノアトゥナは魔力は少ないが聖魔法が使える。なので治療専門に入ってもらった。アルは悪役令息のノアトゥナとは近付きたくないと言っていたけど、ゲームよりは性格がマシだから構わないと了承してくれた。
アルが言うにはノビゼル四兄弟は皆んなもっとギスギスしていたらしい。
仲良いけどね?
「森の中の奥に向かおうと思っているんだけど、いいかな?」
ノルギィ王弟殿下がここら辺一帯の地図を広げながら指差した。森の奥に谷があるらしく、そこに大型魔獣が多く棲息しているらしい。僕は勿論了解した。
わくわくするね!
ネイニィ率いるチームは僕達のテントから少し離れた位置に大きなテントを張っていた。一個小隊くらいの人数で挑むらしい。討伐せずに魔獣みんなを助けるって言ってたはずなのに、僕達よりやる気満々に見える。
何故かナリシュ王太子殿下の側近のはずなのにニンレネイ兄上は僕達のチームに入ってきた。
よく分からないけどネイニィはニンレネイ兄上も一緒に入れたかったけど無理だったと言われたらしい。
なので僕達の班に入ってもらった。
「じゃあノアトゥナにはテントで待機してもらって四人で入るでいいですか?」
ニンレネイ兄上の確認にノルギィ王弟殿下は頷いた。
わくわくドキドキの狩猟大会が始まる。
狩った獲物は持ち帰って討伐した獲物の質や討伐レベルで計測し順位を決めるらしい。そうなるとネイニィはゼロ点ではと思うのだけど、ゲームではどうだったんだろう?
プゥオォォーーーーーー!
開始の合図が鳴る。
僕達は森の中へと踏み込んで行った。
僕は一応ゲーム内容をアルに確認した。
この狩猟大会は必須イベントではないらしい。この前参加したデビュタントの舞踏会で、主人公がある一定条件をクリアすると起こるイベントなんだそうだ。
ナリシュ王太子殿下と舞踏会に参加して、ファーストダンスを親密度七十パーセントで踊ること。セカンドダンスは誰とでもいいが、その際王弟殿下と口論になりそこで狩猟大会で勝負することを約束しなければならないのだという。
このイベントを起こすことによって、王弟殿下と親密度が上がるばかりか、狩猟大会本番で隠しキャラが登場する。
「隠しキャラ?隣国の王太子じゃなかったの?」
確か前に貰ったリストにそう書いてあった。
「隠しキャラは一人じゃないので。」
ビックリ!じゃあ誰なのかと聞くと、ナリシュ王太子殿下の影でミリュミカというらしい。ナリシュ王太子殿下が個人で抱えてる影集団のボスをしている青年で、男性ではあるけどアルファなのかベータなのかオメガなのか不明キャラとミステリアスな青年なんだって。
「それを攻略するために態々狩猟大会に参加するようにしたの?」
「まぁ、王弟殿下の親密度をあげたいならこのイベントは必須なので、王弟殿下狙いもあるのでは?」
頑張るなぁ、ネイニィ。
二人でコソコソと話しながら奥へ進んでいると、ニンレネイ兄上が微笑まし気に振り返っていた。なんかニンレネイ兄上はアルに寛容なんだよね。
午前中かけて森の奥にある谷に着いた。地図から読んだ予想よりもその谷の幅は思ったよりも狭い。
「降りれますか?」
「ああ、降りたことはある。向こうに広くなった場所があって、そこから魔獣が出てくるんだ。出てくるのを待つより入って片付けた方が早い。」
「うわぁ、その意見賛成~。」
「そうだろうと思ったよ。」
僕と王弟殿下は意気投合した。ニンレネイ兄上とアルは嫌な顔をしている。
僕達は谷の広くなった場所に移動して、持ってきた縄を使って降りることにした。
「僕先に降りる。」
ぴよんと底の見えない谷に足を踏み入れる。
残された三人はアッと口を開けて驚いたが、気にせず谷の側面を蹴りながら降りていった。ツルツルしているわけでもないんだから、飛び出た部分を使って降りるのは簡単だ。
下に蠢く何かがいる。
毛?鱗?あれが魔獣なのだろう。
僕は双剣金青を両腰の鞘から引き抜き刃を下に振り下ろした。
「降りていったね。」
唖然とノルギィ王弟殿下が呟く。
「あぁ………、危ない時は止めろと言われていたのに…。」
ニンレネイは真っ青だ。
「隊長なら大丈夫でしょう。行きましょうか。」
一番歳下のイゼアルが縄を木に括り付けて固さを確かめ降り出した。
慌ててノルギィが自分が先に行くとイゼアルを止める。
谷底に降りた三人が見た光景は、これまた唖然と口を開けるものだった。
「あ、遅かったから全部やっちゃった!」
にこーと笑うオリュガの周りには、巨大な魔獣の死体がゴロゴロと転がり、狭く深い谷底の中に血臭が立ち込めていた。
次々と運び込まれてくる魔獣の死体に、テントを張った広場には動揺と喧騒があちこちから湧いていた。
たった四人だけで森に入った王弟殿下のチームから、兎に角荷車を大量に持ってきてくれと頼まれ、急遽騎士団を派遣して魔獣の死体運びが始まった。
「なんだ、この量は……!」
誰も森の奥で何かが起こったのだとしか思えない量だったのだが、普段谷底から出てこないような魔獣までオリュガが片付けてしまった為大量になったに過ぎない。
夜も更ける頃にノルギィ王弟殿下のチームは帰って来た。本当は一日かけて谷に行き、翌日早朝から谷に降りて討伐し、三日目に死体を持ち帰る予定だったのだが、それはオリュガによってたった一日で終わってしまった。
行きに出会う魔獣はオリュガが瞬殺するし、谷には勝手に降りて行くし、その谷底でも大した時間も掛からず魔獣が消されていく。
魔獣の死体を運ぶのに手間取ったくらいなのだが、オリュガは不思議なことに重たいはずの魔獣の死体をロープでひょいひょいと地上に上げてしまった。
「僕上げやすいようにバラバラにしなかったんだよ!」
偉いでしょう!?とニンレネイに自慢していたが、普通は上げやすいようにバラバラにするものだ。
ノルギィは以前合同練習で戦った時、重力を操ると言っていたことを思い出し、成程と納得した。重量を軽くしているのだろうが、誰でもできる芸当ではない。あの時ナリシュがオリュガの真似をして見せたが、それだって簡単なことではないのだ。
テントが張ってある広場に帰って来たオリュガに、ネイニィが噛み付いてきた。
「こんな、酷い!こんなに魔獣達を殺す必要があったんですか!?」
オリュガはキョトンと目を見開いた。
「さあ?殺していいからやってるんじゃないの?」
オリュガのあっけらかんとした物言いに、流石のネイニィもなにも言えないようだった。
おかしい!おかしいよ!!
このイベントはネイニィとノルギィ王弟殿下の仲が深まるイベントだったはずだ。
言い合いながらも助け合い、チームで支え合って谷底から出てくる魔獣を倒すはずだった。
だいたいノルギィ王弟殿下はその人気ぶりとは違っていつも一人で行動する攻略対象者だった。
気さくで陽気な性格なのに、誰一人近付けない。
この狩猟大会だってノルギィ王弟殿下は一人参加のつもりだったのだが、ネイニィと口論の末一緒に参加することになる。そのはずだったのに、何故かオリュガと一緒に参加していた。
くそっ!
と心の中で声を荒げる。
早々と森に入っていった王弟殿下を追いかけたけど、全く追いつけなかった。
結局森の中を探し回ったけどノルギィ王弟殿下とは出会えず、一緒に参加したナリシュ王太子殿下は溜息混じりに出てきた小物の魔獣を討伐していた。
ギリギリと歯軋りをする。
狩猟大会は五日間ある。
まだ時間はある。
帰ってきたオリュガに腹が立って文句を言うと、「さあ?殺していいからやってるんじゃないの?」とあっけらかんと返され二の句が継げなくなってしまった。オメガの貴族子息が言う言葉ではない。
今日一日戦闘を繰り返してきただろうに、少し返り血を浴びているだけで、オリュガは綺麗なままだった。少し乱れた髪さえその容姿の美しさを際立たせている。
一緒に来たアルファ達がネイニィではなくオリュガに見惚れていた。
全員七十パーセントを越えさせているはずなのに、何故オリュガに見惚れるの!?
意味がわからなかった。
オリュガはバグだ。
オリュガに攻略対象者達を関わらせると親密度が下がる。その事実にネイニィは気付いた。
オリュガを排除しないと。
シナリオよりも早く。
ネイニィの中に暗い目標が芽生えた。
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