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14 隊長がいて良かった

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 社交初めの夜会会場は王城にある舞踏会用に作られた瑞薔ずいしょう館で行われる。中央に広い広間があり、両端に天井を支える太い柱が真っ直ぐに林立し、正面奥に十段以上の階段と、段上に玉座と王族用の椅子が並ぶ。
 正面扉から玉座まで真っ直ぐに赤い絨毯が伸び、赤を基調とした複雑で繊細な模様をした絨毯は汚れ一つ見当たらず、誰もが中央を走る絨毯の上にいようとする者はいなかった。今日の主役はデビュタントを迎える若者達だ。そういう意識が皆あるので、両側に置かれたテーブルや椅子の周辺に集まって談笑していた。
 くいうオリュガ達も柱と柱の間に置かれたソファで寛ぎ、一番最後に到着する王族を待っていた。
 この時間は貴族同士の挨拶の時間になる。
 先程からアルに挨拶をする高位貴族達が後を絶たない。

 「イゼアル・ロイデナテル侯爵子息、お久しぶりです。」

 誰もが顔に笑みを浮かべてアルに話しかけてくるのを、オリュガはイゼアルの腕に手を掛けて観察した。本日はアルのパートナーとして、ちゃんと勤めを果たすつもりだ。
 オリュガがこのようなパーティーに参加したのは久しぶりのことだった。
 以前のオリュガはナリシュ王太子殿下の筆頭婚約者候補として、未来の王太子妃として人脈作りをしようと率先して顔を出していた。殆どの招待状は皆勤賞が貰えるレベルで出席していたかもしれない。
 同じ服では恥だと毎度新しいパーティー服を買う所為で、自分のお小遣いを使い果たすばかりかマイナスを起こしていたのだと知り、現在のオリュガはビィゼト兄上に頼んで全ての招待を断っていた。
 しかし夏の社交が始まると、王家主催のパーティーがいくつかある為、それは最低限参加しなければならない。
 アルが少なくともこれだけは出なければと言ったパーティーもそう多くはないので、それにも付き合うつもりだ。
 アルは繊維業で事業を展開しているらしく、そこから服飾や装飾品にまで手を伸ばして幅広く資産を増やしている。
 十六歳とは思えないアルに、そこそこ地位の高い貴族達がぺこぺこしているのは笑える。
 アルは侯爵家の嫡男とはいえまだ当主でもないのに、皆んな頭が上がらない様子だった。
 挨拶に来る顔触れを見るとパーティーに参加しまくっていた記憶が蘇り、以前筆頭婚約者候補だった頃にはオリュガにもペコペコしていたなぁと思いながら、貴族図鑑の知識と照らし合わせてニコニコと愛想笑いを浮かべていた。
 今更そう覚える必要も人脈を作るつもりもないのだが、その内オリュガも伯爵位を貰う予定なので、ある程度の社交だけはしておこうと思う。
 そこでハタと思考が閃く。
 これって僕が悪役令息なら、僕は断罪された後どうなるんだろうと。アルに確認していなかったことを思い出した。
 将来伯爵位を譲り受けれるんだろうか。
 ちゃんと確認しておこうと今更ながらに心に決めた。

 そうこうしているうちに、王族御一家が現れた。
 両陛下を始め、ナリシュ王太子殿下と筆頭婚約者候補のネイニィ、その弟君や妹君が続いて絨毯の上を進み、玉座とその周りに並んだ椅子の前にそれぞれ立つ。
 集まっていた貴族達は全員起立し、王族の方を向いて頭を下げた。
 陛下の挨拶や乾杯など、いつもの流れを熟しながら、ナリシュ王太子殿下の隣に立つネイニィを見る。ストロベリーブロンドの髪に新緑色の瞳は遠目からでも良くわかる。
 オリュガも数ヶ月前まであそこにいたのだが、遠い昔のように記憶が薄い。オリュガは前世の記憶が戻ってもオリュガのままだと自分では思っている。なんとなく価値観が変わってしまっただけで、自分は変わらない。それでもナリシュ王太子殿下に対する恋心はどこかへ行ってしまったような、まだあるような、よく分からないといった程度になってしまった。
 ナリシュ王太子殿下の隣にネイニィがいても、嫉妬心が湧く気配がない。

 緩やかに曲が流れ出し、まずは王族から踊り出す。この後本日デビュタントを迎える若者達のダンスになる。
 ナリシュ王太子殿下とネイニィが前へ出てダンスの位置につくのをボンヤリと眺めていた。
 本日の二人はお互いの色を纏った衣装に身を包んでいた。

「ピンク……。」

 殿下、ネイニィの色着てる。流石に全身ピンクはキツかったのか、袖や襟などに差し色としてピンクを使う程度に留めている。マントの刺繍がちょいピンク混じりの糸を使うとか、頑張っている。基本はネイニィの緑の瞳の方をとっている感じだった。だから全体的には緑なんだけどね。

「隊長、笑ったらダメですよ。」
 
 僕の頬はプルプルと引き攣っていた。え?これ僕だけウケてるの?
 ネイニィは誇らしげに殿下の色である群青色の豪華な衣装を着ていた。金の刺繍もこれでもかと施されている。

「折角だから全身ピンクみたかったなぁ。」

 残念。

「想像するからやめて下さい。」

 アルから文句を言われてしまった。
 ナリシュ王太子殿下とネイニィのダンスは型にハマったような優雅なダンスだった。殿下はダンスもお上手だ。ネイニィの実力に合わせているのだろうと思う。
 昨年は僕のデビュタントだった。ちょうどこの瑞薔ずいしょう館で同じように踊ったのだ。僕はすっごくドキドキしながら踊った。男性でもオメガなら成人の十六歳からしか夜会に出られない。令嬢と同じようにこの夜会がデビュタントとなる為、僕は初めて夜会で踊ったのだ。
 初めてのダンスが王太子殿下だということが誇らしくて嬉しくて、いっぱいダンスの練習をしたなぁと感慨に耽る。

 ナリシュ王太子殿下とネイニィのダンスが終盤になり、お辞儀をして終わるのを他の人々と同じように拍手しながら、無事に終わって良かったねぇと馬鹿馬鹿しい気分で見る。

「…………去年のデビュタントは踊り切りませんでしたよね。」
 
 コソッとアルが耳打ちしてきた。

「ん?してないよ。んん?なんで知ってるの?有名な話になってるの?」

「いえ、ゲームで…。」

 アルはゲームでそうだったからと言った。
 そう、去年の僕のデビュタントは途中で止まった。踊り出しは良かったんだけど、途中で邪魔されたのだ。
 ピンクの頭をしたオメガの男性が、発情期が始まったのだといって泣きながら倒れた。抑制剤が効きにくい体質なのだといって、朝から飲んだけどフェロモンが止まらないのだと叫んでいた。
 叫びたいのは僕の方だった。
 腹が立って「じゃあ来るんじゃない!」って言ってその子の頬を叩いたんだけど、それがネイニィだった。

「あれゲームの内容だったの?」

「はい、あそこで倒れて攻略対象者に介抱されるのがイベントです。あの時点で攻略したい対象者の近くで倒れなきゃなんですが、ポイント使うと王太子殿下とファーストダンスが踊れます。」

 なにそれぇ!?てかポイントぉ!?

「ポイントってなに?」

 アルの説明曰く、ポイントはイベントやミニゲームクリアの報酬になるらしい。ポイントを貯めて攻略対象者との親密度を上げたり、ラブイベントを発生させて音声付き動画を手に入れたりすることが出来るんだとか。

「隊長も嬉々として集めてましたよ。」

 集めてたんだ?

 昨年僕のファーストダンスを邪魔してくれたネイニィは、宰相の息子に介抱されて後から現れ、抑制剤が効いたとか言ってナリシュ王太子殿下に謝りに行き、自分もデビュタントで初めての夜会だから思い出に殿下とファーストダンスを踊りたいとか言って踊ってもらっていた。
 ネイニィは僕に叩かれた頬がまだ赤いのを手で押さえて、こんな頬じゃ誰も踊ってくれませんとか言って涙ながらに頼んだのだ。そこ宰相の息子が介抱したんだから、ソイツと踊ればいいのにと怒り狂った記憶がある。
 僕のデビュタントは散々な結果で終わった。

「んん?てことはネイニィはポイント使ってるの?それってゲーム設定じゃないの?」

「そうなんですよね。」

 去年のデビュタントにアルは父親に連れられて来ていたらしい。そして僕がネイニィを平手打ちするのを見て、ゲーム通りに進んでいるのだと確信した。更にネイニィが王太子殿下とファーストダンスを踊るのを見て疑問を抱いた。ポイントを使って起こるイベントまで現実に発生したことで、ネイニィもゲーム内容を知るばかりか実際にゲームをしているのではと思った。

「ネイニィも転生者?」

 僕が呟くと、アルは僕の顔を嬉しそうに見た。

「俺は隊長が現れるまで、もしかしたらゲームの世界に入っていてゲームの通りにしか生きられないのかもしれないと不安でした。ここが現実ではなく、誰かがやっているゲームの中だったらどうしようと思ったんです。」

 アルはそっと話す。
 ここが誰かがやっているゲームの中だったら?どんなに違うことをやろうとしてもゲームの通りにしか生きられない自由のない人生なのだとしたら?
 しかもゲームだから何度も繰り返すかもしれないという危機感を持っていたのだとしたら…。

「それはとても苦しいね。」

 僕が現れるまでアルは一人でその不安と闘っていた。

「アルはいつから記憶があるの?」

「最初からです。」

「そう………。僕はアルにすぐ会えて幸運だったね。」

「そうですか?なら少しは貴方に報いているでしょうか。」

 勿論さぁ、と僕は笑う。アルも同じように笑い返していた。
 それを遠くから見る人達がいたことに僕達は気付いていない。







 王族のダンスが終了すると、次は本日の主役達が前へ出て踊る。一緒に来たパートナーと踊る為、家族か僅かいる婚約者とのダンスになる。
 ノビゼル公爵ことノビゼル家の長兄ビィゼトは、末弟ノアトゥナの本日のパートナーとして、ファーストダンスを踊っているわけだが、視界の端に映る三男坊オリュガが気になって仕方がない。

「そんな歯をギリギリしたって歯軋りの音は届かないよ?」

 呆れてノアトゥナは兄を諌める。
 二人のダンスは華麗に続けられるものの、視線は壁際で楽しげに笑い合う二人に釘付けだ。

「ま、ま、まさか、オリュガはあの小僧に惚れてるのか?」

 低い呟きにノアトゥナは四つしか違わないでしょう?と呆れている。イゼアル・ロイデナテル侯爵子息はノアトゥナと同じ歳だ。オリュガ兄上とは一つしか歳は違わない。全然アリだと思う。

「邪魔しちゃダメだよ?」

 この兄の溺愛ぶりを身をもって知っているので、オリュガ兄上の味方になっておこうとビィゼト兄上を止める。オリュガ兄上はまだナリシュ王太子殿下の婚約者候補に入っている。自分達のダンスが終わったらナリシュ王太子殿下は順番に婚約者候補達に声を掛けてダンスを踊るはずなので、オリュガ兄上はイゼアル・ロイデナテル侯爵子息の前に殿下と踊るはずだ。
 ノアトゥナは婚約者候補ではないので今日ナリシュ王太子殿下と踊ることは叶わないだろう。なにせ現在婚約者候補はネイニィの他に六人もいるのだから。
 オリュガ兄上がイゼアル・ロイデナテル侯爵子息と婚約したら、ナリシュ王太子殿下の婚約者候補から外れるので、ノビゼル公爵家からはオメガの自分が婚約者候補になればいい。そうビィゼト兄上に頼めば叶うはずだ!
 ノアトゥナの計画はそんなものだ。
 そしてそれを長兄と次兄はちゃんと気付いている。

「ノアトゥナ、殿下はお勧めしない。」

 何も言っていないうちからナリシュ王太子殿下はダメだとダメ出しされてしまい、ノアトゥナはぷうっと頬を膨らませた。







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