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13 社交界ってめんどくさい
しおりを挟む学院の夏は長い長期休みが入る。そしてその時期貴族界隈では社交界のシーズンとなる。
「るんるん~。」
僕はご機嫌だった。だって長期休み前の定期テストで、なんと総合十六番になったのだから!
学年にアルファが八十人近くいる中、十六番って凄くない!?
ニンレネイ兄上の家庭教師は今も続いている。
僕の成績が上がったことにあまりいい顔をしない人達もいるけど、別にいいもんね!
「隊長ご機嫌ですね。」
「ふふ、だって結果が見えるってやりがいあるし?」
今僕達はお昼ご飯の真っ最中だ。
ほぼ毎日一緒に食べている。カフェテラスの角にある席が僕達の居場所になっている。アルが連れて来ている侍従が場所をとってくれるし配膳までしてくれるので、僕は大助かりだ。
アルが入学してくるまではどうしていたかというと、一応ノビゼル公爵家から連れて来ていた侍女がやっていたんだけど、いつもビクビクしているしなんだか落ち着かなくて直ぐに来なくていいとお断りした。記憶を取り戻す前の僕はナリシュ王太子殿下を追いかけ回していたので、僕付きの使用人はそれに付き合わされてお昼の用意どころではなかった。殿下を見つけられなかった時は遠慮なく人前で使用人に当たり散らしていたしね。
今は勿論そんなことやらないけど、以前の僕の印象はなかなか払拭されないようだ。
入学したてだったアルはそんな事情を知らず、僕は使用人を連れてこない人間なんだと思っていたらしい。じゃあ自分も連れて来ないと思ったらしいが、単に使用人達が怖がるから連れて来ないだけだと知って、それならばとロイデナテル侯爵家から世話係を連れてくるようになった。
配膳が終わった侍従達をアルは下がらせ、食べましょうと声をかけてきた。
「隊長は夏の社交はどうするんですか?」
アルは音もなく上品にソテーを切りながら尋ねてきた。
「しゃほうは、むぐむぐ…、最低限。」
「記憶が戻る前の隊長はマナーが悪かったんですか?」
「ちがうし。いいでしょお?気心知れた奴とは自由に食べたいだけ!ちゃんとしなきゃな時はするもんねー。」
本当に?と言いたそうな顔でアルはフォークにソテーを刺して食べた。
「俺は今年から出なきゃならないんですよね。」
社交界デビューは十六歳になる年の夏からだ。既に実業家として顔が売れているアルはあちこちから引っ張りだこだろう。
社交界には親に連れられ経験済みだが、これからは一人前のアルファ男性として社交していかなければならないらしい。
僕はというと、一応公爵家のオメガなので去年は沢山顔を出した。ナリシュ王太子殿下の筆頭婚約者候補だったし、人脈作りは必要だろうと思って出まくっていた。その所為かこの顔でモテまくって遊び歩いているという噂まで立ってしまった。夜会に出席して喋っただけで遊んでいると見られる僕ってなんだろうか。淫売にでも見えるのだろうか。身につけていた宝石類は全てノビゼル公爵家のお金で払ったものなのに、なんでかアルファやベータ男性達から巻き上げたことになってたし。巻き上げてたら僕のお小遣いがマイナスになんてならない。
「アルは忙しそうだね。王都にはずっといるの?」
「一旦領地に帰って直ぐに戻ってくる予定です。それでですね……。」
「うん?」
「俺のパートナーやってくれません?」
え?めんどくさい。
僕の声は出てなかったけど、アルにはちゃんと通じていた。
「今の隊長がそういうのを嫌うのは知ってます。前も出陣式とかすっぽかしてましたし。」
出陣式?と思ったけどどうやら前世のことのようだ。僕はなんでか前世の記憶を取り戻したら戦闘能力が上がった。出陣式というからにはやっぱり戦争でもしていたんだろうか。
前世の記憶は相変わらずあやふやだった。
「なんで僕?今のアルなら呼び掛ければいっぱいくるでしょう?」
アルファで侯爵子息でお金持ち。頭も運動神経も良くて性格も真面目だ。超優良物件。
「だからですよ。隊長といると誰も寄って来ないんです。」
いやそれはみんな僕と関わりたくないからじゃないかな?
「それに今年隊長は殿下の筆頭婚約者候補からただの婚約者候補になったのでお誘いが増えますよ。」
はっ!そうだった!去年は筆頭婚約者候補だったから誰からもお誘いはなかった。かと言ってナリシュ王太子殿下が相手をしてくれたわけでもない。ビィゼト兄上が殆ど一緒に出席してくれたのだ。ごくたまにニンレネイ兄上も行ってくれた。
「いや、でもほら、オリュガ・ノビゼルの噂は全然良くならないし、誰も誘わないよぉ。」
そうだよ誰が誘うんだよ。
アルは溜息を吐いた。
「本気ですか?隊長と縁を繋いだら中立派のノビゼル公爵家と繋がることが出来るんですよ。政治的にも意味があります。それに隊長はオメガです。贔屓目に見なくても美しいオメガです。まだ相手のいないアルファならチャレンジしますよ。なんならもう番がいても隊長みたいに悪い噂が立っているオメガなら二番目三番目でも嫁がせるかもしれないと声をかける者も現れますよ。というかノビゼル公爵のとこにはその申し出が届いていると思います。」
一気に説明されてしまった。
え?二番目三番目の番にどうかって言われてるの?流石の僕もそれは嫌だよ?
「ええ、やだ。そんな好色アルファと結婚なんてしたくない。」
「じゃあ俺と今年はパートナーになっときましょう。」
むぐぐぐ。仕方ない……。オメガやベータ女性を躱したいアルと、好色アルファを躱したい僕は手を組むとにした。
これが後々大変な目にあうとも知らずに……。
学院が夏の長期休みに入ってまず最初に開催される王家主催の夜会に、本日僕達は出席することになっている。
この夏のパートナーはずっとイゼアル・ロイデナテル侯爵子息だとビィゼト兄上に伝えると、兄上がたいへんショックを受けていた。
「ほらほらそんなにヘコまない。ノアトゥナのデビュタントなんだから、今日はしっかりエスコートしてあげてよ。」
僕達は今玄関ホールにいる。
アルが僕を迎えに来てくれると言うので、それを待っているのだ。
アニナガルテ王国の成人は十六歳と若い。だが貴族の女性や男性でもオメガ性の子供は、十六歳になるまで社交界へ顔を出すことができない。
貴族家の嫡男の場合は早くから親の事業を手伝ったりする為に子供のうちから夜会などに参加して顔を売っているのだが、女性や男性オメガは十六歳からしか表に出ることを許されなかった。デビュタントを迎えて初めて許される。
王家はそんな年頃の貴族籍を持つ十六歳女性とオメガを一斉に夜会に招待して、成人の仲間入りの挨拶をする場を設けている。
今日はその日になるわけだ。
今年十六歳になるノアトゥナも夜会初参加となる。
ここで婚約者がいれば婚約者がパートナーとなりエスコートするのだけど、いない人間が多いので大概自分の父親か兄、もしくは親戚の誰かがパートナーとなる。
去年の僕はこの時まだナリシュ王太子殿下の筆頭婚約者候補だったので、パートナーはナリシュ王太子殿下がしてくれた。
でも今年の殿下のパートナーはネイニィだろう。
今日の夜会は王城で盛大に行われるので、殆どの貴族が参加する予定だ。よっぽどの理由がないと断れないので、僕はアルと参加することにした。
アルがいなければニンレネイ兄上に頼むところだけど、ニンレネイ兄上はアルと行くと伝えると笑顔で了解してくれた。ニンレネイ兄上はアルに対して何故か寛大なんだよね。
「着替えてきたよ!」
ノアトゥナが二階へ繋がるカーブを描いた正面階段から降りて来た。真っ白のドレススーツはレースが多めで、小さな宝石がキラキラと輝いている。
「おお~、ノアトゥナ可愛くできたねぇ。」
僕が褒めると嬉しそうにはにかんだ。僕もそうだったけど、男性でもオメガは女性と同じ扱いになる為、今日の夜会が夜に開かれるパーティーで初めて出席する社交になる。しかも成人したとして、もう結婚しても良いよという証でもあるので、本人達はドキドキしてしまうのだ。
「本当に、綺麗になったね。」
ビィゼト兄上が感動していた。ビィゼト兄上はオメガの弟二人にとても甘い。今日のノアトゥナの衣装も無茶苦茶お金かけて作らせている。
ちょっぴり涙まで浮かべて感動している。こんな感情豊かに家族愛に溢れるビィゼト兄上が、未だに独身なのが不思議だ。まだ二十歳なんだし結婚してなくても普通ではあるんだけど。
ビィゼト兄上がこんな調子だからニンレネイ兄上がちょっと冷めた人になってしまうのだ。
ニンレネイ兄上は僕達の衣装を褒めて、冷静に使用人達に指示を出している。ビィゼト兄上は決して無能ではない。僕達が関わることだけ無能になるだけだ。
「三人とも、ロイデナテル侯爵子息が到着したぞ。」
ニンレネイ兄上の呼び掛けで僕達は玄関の外に待機した。
到着したアルは本日も決まっていた。夜会だからかラメの入った黒の上着はビシッと身体にフィットして、片側だけ掛けたマントがかっこいい。長い黒髪も今日は斜め分けにして横に流していた。
お前は本当に十六歳か?
要所要所に僕の瞳の色に近いガーネットが飾られていて上品ですね。
僕はアルから送られて来た夜会服を着用。アルは髪も瞳も黒なので僕の服は青味を帯びたグレーに細い黒の縦縞がある生地の服にして、黒の宝石をアルのつけた宝石と同じ場所に飾っている。僕の薄茶色の髪も本日は横に高く結い上げて、一緒に贈られてきた天然ブラックダイヤモンドの髪飾りをつけている。シャラシャラと音が鳴り僕的には気に入っている。
記憶が戻る前の僕はオシャレな服も高価な宝石も大好きだった。今も好きではあるけど、無理してまでつけたいという程ではなくなっている。でも好きは好きなので本日の夜会服はメイド達も腕によりを掛けて着飾ってくれた。
アルが兄上達と挨拶を交わし、僕の前に来てホッと安堵の息を吐いた。
「急遽用意したのですが良くお似合いです。」
ニッコリと紳士然として僕をエスコートする為腕を差し出してくる。
「うん、久しぶりにこんなにオシャレしちゃったよ。」
僕達が玄関から降りる階段を降り出した時、後ろで「あっ!」と短い悲鳴が上がった。
振り返ったアルが急いでエスコートしていない方の手を出した。
後ろでノアトゥナが転けたのだ。
アルは体格がいいのでしっかりとノアトゥナを抱き止める。
「大丈夫ですか?」
「ノアっ!申し訳ありません、子息。」
慌ててビィゼト兄上がノアトゥナを支えた。
「うう、ごめんなさい。ヒールに慣れてなくて…。」
ノアトゥナは背が低いので今日は少しヒールのある靴を履いていた。
「いえ、晴れの日に怪我せず良かったですね。」
ニコリともせずにアルはノアトゥナをビィゼト兄上に引き渡す。そして僕をエスコートしてさっさと馬車に向かった。
本日のめでたい夜会にはニンレネイ兄上は不参加だ。なんでも急遽ナリシュ王太子殿下の代わりに公務に出発しなければならなくなった。ナリシュ王太子殿下がこんな風に変更するのは稀なことで、ニンレネイ兄上は訝しがっていた。
「アルは同じ歳なのにノアトゥナとはあまり仲良くないんだね。」
「…………ええ、まぁ。」
歯切れが悪い。
何だろうかと思いながら馬車に乗り込む。
アルが先に口を開いた。
「隊長は主要キャラに対する悪役令息だと前に言いましたが、ノアトゥナは俺が攻略される場合の悪役令息なんですよ。」
「ぬぁっ!なあんだって~~!」
初耳!だからさっきもそっけなかったの!?
アルが言うには主人公ネイニィと悪役令息ノアトゥナは鬼門らしい。関わりたくないと言っていた。
まぁ、僕もメイン攻略対象者のナリシュ殿下は避けてるしね。分かるよ。
「了解~。」
俺の方も手伝って下さいねと言われてしまった。
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