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10 王城へ来ました

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 いよいよ待ちに待った宝物庫鑑賞日!
 ウキウキ気分弾む僕と、心配し過ぎて胃痛気味のニンレネイ兄上を乗せた馬車は、軽快に王城の門を潜った。
 案内に出てきた執事らしき人物は、招待されたはずの僕ではなく王太子殿下側近のニンレネイ兄上に挨拶をした。
 兄上は丁寧に挨拶しながらもスウッと顔に笑顔を張りつけて、案内に出た執事をヒタと見つめた。

「本日の主役は我が弟のはずだが?」

 何故僕に挨拶をしないのかと咎める。
 僕は口を開かなくてラッキーくらいだったので、え?めんどくさいんだけど…と内心思いつつも、慌ててる執事の顔が面白くて見守ることにした。だって必死に余裕そうな表情浮かべてるのにどう言い訳しようかと慌ててるのが分かるんだもん。
 ニンレネイ兄上はまだ学生だけど、既にナリシュ王太子殿下の側近として公務に就いている。軽んじられる存在ではないのだ。
 殿下の側近になった時点でニンレネイ兄上は侯爵位を授かっている。ちゃんと自分の領地を持っているのだ。だからニンレネイ兄上の本当の名はニンレネイ・ラスラナテル侯爵になるのだけど、卒業するまではノビゼル公爵家の次男を名乗っている。
 そんな兄上のことを王城の執事が知らないわけがないので、みるみる青褪めていくのが分かる。
 執事は慌てて僕にも挨拶をしたけど、僕はチラリと見て無視した。向こうが先に無視したんだから別に返す必要はないよねぇ。
 兄上は案内は結構だと断って、勝手知ったる応接室へ僕を案内した。
 事情を察知した侍従達が慌てて僕達の前に現れ、すかさず応接室の扉を開けてソファまで案内した。
 直ぐにナリシュ王太子殿下が来ることを伝えて、お茶とお茶菓子を置いて扉の内側に静かに並ぶ。

「………僕の噂ってどうなっているんですか?」

 気になったので尋ねた。実は王城に呼ばれてやってきて、無視をされたのは初めてではない。
 当時の僕は筆頭婚約者候補であるにも関わらず、挨拶もなくここの応接室へ案内され、冷えた紅茶とお菓子を出され、数時間待たされるのが当たり前だった。
 癇癪を起こした僕はベルで侍従かメイドを呼び付け、冷めた紅茶を品よく持ち上げ、床に座らせて頭から紅茶をかけていた。
 どう見ても焼きたてでもなければ、しっとりさせる為に置いておいたわけでもない焼き菓子を、ソイツの口に突っ込んで退室させていた。どうせ長々と待たされるから何をやっていてもナリシュ王太子殿下に見られることはなかったし、それで憂さ晴らしをしていたのだ。
 暇を潰せる本を持ち込めるわけでもなく、夕方頃にやってきたナリシュ王太子殿下と今度はちゃんと適温になって出てきた紅茶を飲んで、一方的にお喋りして帰っていた。
 ナリシュ王太子殿下はあまり喋ってくれないので、寡黙な人なのかと思ってたけど、最近思うけど割と喋る人なのだと知った。
 筆頭婚約者候補は定期的に殿下と交流を図る必要がある。本当は週に一回会えるはずが、忙しいと言われどんどん引き延ばされて、この王城の応接室に来れたのはたったの三回だ。長く筆頭婚約者候補だったのに、交流の為のお茶会は三回しかなかったんだなぁとしみじみ思う。嫌われてたんだろうねぇ。もういいけど。
 当時の僕は会えただけでも嬉しくて、全然そんなことにも気付いていなかった。純粋に殿下は公務が忙しいんだと思っていたのだ。


 今日は何時間待たされるんだろうとソファに座って紅茶を飲む。

「!」

 僕は驚いた。

「?どうしたんだ?熱かったか?」

 僕の様子に気付いたニンレネイ兄上が、慌てて僕を見る。

「あ、いいえ、紅茶がちゃんと最初から温かかったので驚いちゃった。ちょうど良くて美味しい。」

「……………。」

 僕は美味しい紅茶を飲んだ。隣ではニンレネイ兄上がなんとも言えない顔をしている。
 出てきた焼き菓子も焼き立てで美味しいし、今日はニンレネイ兄上が一緒だからこんな厚遇なんだなと得した気分になった。
 長く腰を落ち着けるつもりでゆっくりお茶を楽しんでいると、なんともうナリシュ王太子殿下が来るのだと知らせてきた。

「え?今日は早いですね。」

「………いつもは待たされていたのか?」

 僕は前世を思い出す前までニンレネイ兄上とは仲が悪かった。以前一緒に王城に来たのは、こことは別の応接室へ案内されて筆頭婚約者候補ではなくなったと告げられた時だけだ。その時は既にナリシュ王太子殿下もネイニィも待っていたので、状況が全く違う。

「はい。だいたい夕方?陽が傾くくらいの時間かな?」

「いつも午前中には出てたと思うが?」

「そうですねぇ。お昼ご飯食べられなくて、それだけ困りました。」

 そう、ずっと待たされるからお昼抜きになったのだ。仕方なく冷めた紅茶とあまり美味しくない焼き菓子を少しだけ食べて空腹を満たし、夕方やってきた殿下と美味しいお菓子を食べて帰っていた。夕食前だったから晩餐ではあんまり食事が入らなくて困ったんだよね。

「……………。」

「兄上?」

 ニンレネイ兄上の顔が固まり僕を凝視していた。

「帰ろうか。」

「へ?魔法剣は?」

「ビィゼト兄上に手に入れて貰えばいい。王家から貰う必要はない。」

 ニンレネイ兄上が立ち上がるので僕もなんとなく立ち上がった。
 内心魔法剣が手に入るならどっちでもいいので、ニンレネイ兄上がそういうなら帰ろうかなと思う。宝物庫見れないのは残念だけど。兄上達の不興を買ってまで見たいわけでもない。そのうち別のとこで別のやつを見れるかもしれないし。
 僕達が帰ろうとすると、扉の内側で待機していた侍従達が慌て出した。

「もう少しで王太子殿下がいらっしゃいますので!」

「お待ち下さいませ。」

「いや、急用が出来たから帰らせてもらう。」

 ニンレネイ兄上は側近なのにいいんだろうか。
 扉付近で揉めていると、ナリシュ王太子殿下が来てしまった。

「どうしたんだい?」

 立ち上がって扉の側にいる僕達を見て、殿下は怪訝そうな顔をした。そりゃそうだよね。王族の招待を今まさに蹴ろうとしているんだから。
 必死にニンレネイ兄上を止めようとしていた侍従が、殿下にコッソリ教えている。
 内容を聞いたナリシュ王太子殿下は、へぇと呟いて柔らかくいつものように笑った。

「すまなかったね。いつもそんなに早く来ていたとは知らなかったんだよ。」

 どうやら先程交わしていた会話を伝え聞いたらしい。今更そんなこと言われても「はぁ。」としか返せない。知らなかったということがあるんだろうか。
 ニンレネイ兄上の方は、この様子では本当に知らされていなかったんだと思うけど。

「殿下、本日はこのまま帰らせていただきます。後日公爵の方から連絡させていただきますので。」

 あれ?珍しくニンレネイ兄上が怒っている。しかも殿下に対して。

「……………本気で言っているのかな?」

 殿下も引いてはいない。
 二人は暫く視線を交わしていた。僕とニンレネイ兄上も最近目と目で会話出来るようになったけど、殿下と兄上も交わせるんだろうか。
 折れたのは兄上の方だった。

「………そのような対応は今後一切控えて下さい。」

「もとよりそんなつもりはないよ。」

 溜息混じりの兄上と満面の笑顔の殿下の話し合いは、兄上の負けで終わったようだ。

「さあ、先に宝物庫を見るかい?」

 軽くその場で挨拶をして、ナリシュ王太子殿下は僕に宝物庫とお茶会ではどちらがいいか尋ねてきた。

「宝物庫でお願いしまっす。」

 さっさと見て帰ろう。ニンレネイ兄上が不機嫌だもん。
 殿下は笑顔で了承した。

「ニンレネイはここで待っていてくれ。一時間程度で戻ってくる。」

 兄上の視線は厳しい。

「必ず一時間です。それから不必要なものをオリュガに与えないで下さい。その場合は公爵家に一度打診して下さい。」

 兄上も殿下もアルファだ。なんだかピリピリと空気が重くなる。
 扉の側に待機している侍従とメイドの顔色が悪くなり、倒れまいと必死だ。
 僕はオメガなので身体にアルファの圧がかかるのはあまり良くない。オメガはアルファの気配に敏感だからだ。僕は記憶を取り戻してからは耐えられる様になった。だからベータの彼等程弱くはないつもりだ。睨み合う二人の無言の圧力合戦を断ち切る為に、頑張ってキャピっと間に入った。

「今日は勿論見るだけでです!ね?殿下!宝物庫の物をそんな簡単に誰かにやったりしないってば、兄上!ね?」

 二人のアルファの圧がフッと消える。
 侍従とメイドがあからさまにホッとした顔をした。

「………私は魔法剣を与えると言ったはずだよ?」

 ううっ!蒸し返すな!殿下!
 兄上の顔がまた険しくなる。

「まったまたぁ~。殿下ってばお茶目さん!さぁ、行きましょう。サクサクっと見せたくださぁい。」

 殿下の手を引き扉に向かう。本当はこんな手を握るのはダメなんだろうけど、さっさと終わらせないと何かヤバい気がする。
 殿下は触れられるのが好きではない。
 前はよく腕に自分の手を絡ませて話しかけていたけど、そんな時はそれとなく外されていた。その時は勿論話に夢中で気付いていなかったけど、今考えると嫌がられていた。僕の匂いがついたからと着替えるくらいだしね。
 でも何故か今はそのまま手を繋いでいる。
 兄上がその様子を見て溜息を吐いた。

「待ってるよ。」

 気をつけてと声を掛けられる。
 いや、この国の王太子殿下を前にして、気をつけては大丈夫なんだろうかと思いつつ、手を繋いだまま僕達は王宮の宝物庫に向かうことになった。





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