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9 魔法剣に釣られる僕
しおりを挟む「隊長。」
僕は今二年生棟にいる。授業と授業の合間の移動中に、僕を呼び止める声がした。
「あ、アルも魔法詠唱学だっけ?」
僕は一年時の単位を片っ端から落としている。なので一年時に取っておくべきだった単位も選択し、授業を詰めに詰めてビッシリと毎日受講している途中だ。取れないやつは教師陣に頼み込んで放課後取らせてもらったり、レポート提出で取らせてもらったりと忙しい。
「はい。」
そんなわけで一年生のアルとも授業が被っていたりして、そんな時は毎回アルは僕のもとへやって来ていた。
ロイデナテル侯爵子息が何故か悪名高いオリュガを「隊長」呼びする為、その度に近くにいた生徒達は怪訝な顔をするのだが、アルは全くそんなことに頓着しない。
そして僕もついつい「アル」と呼んでしまう為、最近ではそれが普通になりつつあった。
授業が終わり時間が合えばそのまま二人で昼食を摂りに行くこともある。
そしてそんな時は必ずこの人がやって来るようになった。
「また二人で食べているのかい?」
ナリシュ王太子殿下だ。キラキラと輝くプラチナブロンドに群青色の瞳の王子様姿は、いつ見ても眩しい。
学院ではいくら平等を謳っていても、王族相手にそんな不敬な態度ではいられない。卒業したら僕達は未来の国王となるナリシュ王太子殿下の臣下だもんね。
僕とアルは立ち上がり礼をとった。
殿下はそんな生徒達の態度にも慣れているので、手を上げるだけで構わないと示して見せる。
「オリュガがそんな態度を取るようになったのも、筆頭婚約者候補から外れたからかな?」
何を今更?
そう思いつつも、僕はニコリと笑って見せる。
筆頭婚約者候補から外れてたんなる婚約者候補になった場合は、他家の子息子女と婚約が可能になる。拘束力を持つのは筆頭婚約者候補のみなので、僕は新たなる婚約者というか、番候補を探さなくてはならない。
今のところビィゼト兄上という大きな壁の所為で全く見つかっていないけど。
それに殿下がこう言うのにも理由がある。僕は筆頭婚約者候補だった時、ナリシュ王太子殿下を見かければ走って行って抱きついていた。腕に手を回し、自分のフェロモンの匂いが付けとばかりにすり寄っていたのだ。筆頭婚約者候補から外れた後、ニンレネイ兄上から聞いたのだけど、ナリシュ王太子殿下は着替えを学院に数枚用意しておいて、僕が匂いを擦り付けた後は着替えていたらしい。
それを聞いて僕は「おおぅ。」と変な声を出してしまった。そんなに嫌だったのなら言ってくれたらよかったのに。いや、言っても前の僕ならやめなかったかな。
そんなに嫌がっていた僕に何の用があるのか、前世の記憶を取り戻して以降はよく声をかけて来るようになった。
ナリシュ王太子殿下の後ろでは、側近のニンレネイ兄上がスンとした顔をしている。変な顔。
「ナリシュ様っ、あちらのテーブルに行きましょう?」
現筆頭婚約者候補のネイニィが、必死に縋り付いて向こう側の離れたテーブルを指差す。しかも何故かアルの方を向いて、アルも一緒に行こうと言い出した。
アルの顔もスンとなる。その顔伝染するの?
「私はオリュガ先輩に用がありますので。」
サクッとアルは断っていた。アルのお家であるロイデナテル侯爵家は、国の中でも力が強い。重鎮揃いの貴族派の中でもリーダー的立場なので、カフィノルア王家といえども軽い扱いが出来ない。
ネイニィは王太子殿下の筆頭婚約者候補とはいえ、まだあくまで候補であり、たんなる男爵家の子息。アルに対して強く言える立場でない。
「え?でも、オリュガに無理矢理付き合わされているんですよね?」
なんでそうなるのかな?しかも公爵家の子息を単なる男爵家の子息が呼び捨てにしていいと思っているのかな?
アルが小さく薄く笑った。殿下達一行が来てからアルはずっと貴族の顔をしている。表情が読めない顔だ。
「いえ?私は先輩と仲良くさせて頂いておりますよ。」
貴族の顔の時のアルは、自分のことを俺とは言わずに私と言う。一つ下とは思えない堂々としたアルに、ネイニィは一瞬怯んだ。
「是非私も仲間に入れてもらいたいものだね。」
ナリシュ王太子殿下の群青色の瞳がキラリと光った気がした。
「このテーブルは二人掛けです。」
アルは殿下より二つ下とは思えない態度で断っている。相手が王族で未来の陛下だとちゃんと分かってるよね?
「え、ええっと皆んなで座りましょう。あちらのテーブルなら全員座れますので。な?オリュガ!」
ニンレネイ兄上が僕の顔を必死に見て来る。ウンと頷いて欲しいと目で語り掛けてくる。
「……………。」
え?僕はネイニィと食べたくないんだけど。そう顔に出して目で返事したけど、ニンレネイ兄上の目はお願い!と言っていた。
仕方なく頷く。
最近ニンレネイ兄上とのアイコンタクトの練度が上がっている気がする。
その無言のやり取りを見ていたナリシュ王太子殿下が、僕を見て餌をばら撒いた。
「以前合同練習の時に言っていた魔法剣のことで話したいことがあるんだよ。ほら、合同練習ではオメガの部ではオリュガが優勝したのに倒れたから賞品を貰っていなかっただろう?魔法剣はどうかなと思うんだ。」
え?賞品に魔法剣とか破格なんですけど!?
アルファの部門では案の定ナリシュ王太子殿下が優勝していた。ニンレネイ兄上は途中敗退だったけどね。殿下は優勝賞品は毎年辞退している。
「魔法剣!」
僕は飛びついた。
アルがすぐ近くで溜息を吐いたけど、ごめん、僕はその剣を楽しみに待っていたのだ。
アルの方を見て、今度はアルに目で訴える。アルはどうぞと頷いた。
「行きましょう。是非聞きましょう。」
なんでか殿下が僕に手を出してくるので、よく分からずに僕は手を乗せた。軽く引かれてテーブルに誘導される。あれ?これエスコートってやつじゃない?
ニンレネイ兄上の顔が変なことになっている。ネイニィなんて可愛い顔が般若みたいだ。
「あっ、オリュガ兄上っ、なんで殿下にエスコートさてれるんですか!?」
一年生棟から走ってきたノアトゥナが、そんな僕達を発見して大声で叫ぶもんだから、カフェテラスにいた全員から注目されてしまった。
お前、どういうつもりかな?
僕が笑顔で睨むとノアトゥナがマズイという顔をして、ニンレネイ兄上の後ろに隠れてしまった。
アルは溜息を吐いているし、ナリシュ王太子殿下は何故か微笑んでるし、混沌としている。
「あ~、とりあえず魔法剣の話し聞きたいです。」
「そうだね。じゃあ座ろうか。」
僕は殿下の隣に誘導された。
昼食は殿下の目配せで次々と運ばれて来る。王族専用の部屋があるのになんで態々殿下はここに来るのだろう。一応貴族専用のカフェテラスではあるけど、下位貴族もいるので王族と上流貴族は個別の部屋が用意されている。
下々の様子が見たいんだろうか?それとも男爵家出身のネイニィに合わせて?そうかもしれないなと納得する。僕が筆頭婚約者候補だった時は個別の部屋で食べてたしね。そして僕は許可がないと同じ部屋で食べれなかったんだよね。
うん、ネイニィのためなんだろうね。うんうん、と僕は一人納得した。
昼食を食べながら、ナリシュ王太子殿下から王城にいくつか置いているから見に来るよう言われて、僕は嬉々として日程を相談したのだった。
当日のうちに王城から正式に招待の手紙が届いた。
早すぎるよねぇ。
「……魔法剣が欲しいのなら言えば私が用意したのに。」
ビィゼト兄上が本日もぐぬぬと唸りながらそう言った。
王族からの招待状を断ることは出来ない。それが悔しくて仕方ないらしい。
「王家所有の魔法剣が見れるかもしれないんですよぉ。是非見たいです。貰えるかは分からないですけど、きっと王家のコネと財産を使って別の立派な剣が用意されているはずですよ。どんな剣だろう~。」
僕はワクワクと胸を高鳴らせて兄上に話し掛けた。
魔法剣はそうそう用意できる剣ではない。作るにしても物凄い手間暇とお金がかかるので、国内でも数える程度しかないと聞いている。
兄上は用意したのにと言うが、いくらうちが公爵家とはいえ、そう簡単に用意出来ないと思う。なのでくれると言うのなら貰っておきたい。
それに本気で貰えるとは思っていない。国内に数本しかない魔法剣なんだから、多分これはやれないからこの立派な剣をあげようってお土産に剣をくれるはず。
「そんなお土産のお菓子を貰うみたいに剣をくれるのか?」
「王家所有の魔法剣と言えば、レクピドの片手剣とか、王家の色として知られる双剣金青とか有名ですよね。」
ニンレネイ兄上はナリシュ王太子殿下の側近として王家の知識も豊富だ。他にも盾やら弓やら色々な武器を王家は所有保管しているらしい。
普通は宝物庫には王族以外入れないのだが、特別に見せてくれるんだって招待状には書いてあった。
僕は貴重なお宝を見れることに純粋に楽しみにしていたけど、兄上達は心配事があるようだった。
「そんな心配しなくても迂闊な契約とかしないよ?」
ビィゼト兄上とニンレネイ兄上は僕の言葉は信じきれなかったようで、どうかなぁと顔を見合わせていた。
「お前が殿下のことを好きだったようだから言わなかったけど、あの方は利己的な方なんだ。」
「そうだぞ。番になって王宮の奥で贅沢に暮らせればと思ったから筆頭婚約者候補でも納得出来ていたが、利用されるだけの関係はお前の幸せにはならない。王太子は優しげに見えて非情な方なんだ。王族としては正しい姿なんだがな。」
ニンレネイ兄上は自分の上司を利己的と言うし、ビィゼト兄上は未来の国王陛下を利用するだけ利用する非情な人間だと言っている。
これって不敬にならないのかな?
僕が気をつけるよ~と軽く返事すると、当日はニンレネイ兄上がついてきてくれることになった。
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