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75 会社見学
しおりを挟むガラス張りの部屋の中は会議室。下半分は白い半透明のすりガラス、上半分は透明になっており、中の様子が見えるようになっていた。
中では雲井識月を筆頭に、最近補佐としてついた麻津史人、会社の企画部の面々が何やら真剣に話し合っている。
二月に入り、今月は仁彩の発情期が来るので、識月は前倒しで仕事を片付けていた。
それを眺める仁彩と識。親子でコソコソと覗き見中である。
前日オメガ男子会プラス識も集まって、湯羽家のキッチンでバレンタイン用のチョコを作っていた。
鳳蝶と料理はしなくても何かと小器用な楓はチョコケーキを、不器用な仁彩と識は溶かして固めるだけの型チョコになった。
シリコン製の型からハートのチョコを押し出し、ホワイトチョコで斜めにサササと線を入れ、銀色のトッピングをパラパラと手際よく散らした鳳蝶を見て、仁彩と識はホワーと口を開けて感心していた。
凄い、パティシエだ!と目を輝かせる二人を見て、楓が似てる!と爆笑していた。
鳳蝶は普通の人は出来るから、と二人を励まし作らせたところ、まぁ何と無くちゃんと出来た。
作ったチョコは持ち歩くなと厳命された。
絶対落とすか壊すかするから、家で渡せと言われたのだ。
二人は大人しく鳳蝶の言う事を聞いて自宅の冷蔵庫に置いてある。
識にいたったは冷蔵庫の管理は史人がやっているので、当日食べようと話済みと言うサプライズもへったくれもない状態だ。史人はそれが識さんですよねと笑っていた。
何故こんな所で覗いているのか。
それは楓がチャチャを入れたからだ。
あの二人って絶対もてるよねぇ~。行く先々でチョコ貰い放題だよ!
なんて言うものだから、仁彩と識は心配になってきたのだ。
なにせ二人とも顔はいいが色々と抜けた性格をしている。それを周囲からよく指摘されるので、本人達も少しズレていることを認識していた。
それに仁彩は顔の火傷痕が気になるし、識は年齢もかなり上なので、自信も無い。
そうなのかな?
そうだよね?
学校では恋人がいる事を皆知っているので、二人に言い寄る人間も最近はほぼ皆無になっているが、職場では分からない。
識は自分のスキルを活かしてあらゆる監視カメラで覗いたが、そんな気配はないと判断した。
………が、やっぱり直接確認したい。
と言う事で頼ったのが秘書課の速水だった。
「まぁ、この様な感じで仕事をしていますよ。心配するところは、未婚の女性やオメガあたりですかね。」
速水に人を気遣うというスキルはない。
会社に出社すれば、まだ高校生という若さながら大人に混じって仕事を熟す二人は、アルファの中でもかなり優秀と言える。
未婚女性や番のいないオメガあたりは、どうにかしてお近づきになろうという人間も割といたりする。
それをオブラートに包む事なく二人に説明した。
なにせ速水にとって神とも言えるファントムが、自分を頼ってきたという興奮が、速水を突き動かしている。
会議が終わり次へと移動するという事で、三人はコソコソとついて行った。
「次の予定は他社との会合。」
スケジュールを盗み見た識に、速水は目を輝かせる。
「流石です!その通りです!あぁ、なんて素晴らしいっ!」
違法なハッキングなのだが、それを止めるという選択肢は速水にない。
「あ、誰か話しかけてるよ。」
エレベーターで正面玄関ロビーに出た二人は、数人の女性に話し掛けられていた。
「あ、うちの会社のオメガ達ですよ。いつもああやってアルファ捕まえて話し掛けるんです。」
速水より若そうでキラキラとした女性オメガ達が、識月と史人を取り囲んでしまった。
「綺麗な子達だねぇ。」
速水は知っている。彼女達は家柄良し、見た目良しのオメガ達だ。多少のコネは使っただろうが、大卒で頭もそこそこいい。未婚アルファにもモテているのに、ああやって更に上位のアルファを捕まえようとしているのだ。
識月は勿論狙われているし、史人もダークホース的な意味で人気が高い。将来トップに立つ識月の右腕に既に抜擢されているので、期待値が高いのだ。
速水はこんな素晴らしい恋人達がいるのに、あの雌犬どもが!と歯をギリギリ言わせる。
その横ではキラキラ輝くオメガ達に、自信を更に無くしている二人が暗く沈んでいた。
ホログラム装飾の植物の影に隠れてしゃがんでいた三人に、音も無く一人の人間が近付く。
その人物はガシリと速水の頭を鷲掴みにした。
「い゛っ、だだだだだっ!」
「なぁーにをしているのかなぁ~?速水君は。」
阿野課長が速水を捕まえた。
仁彩と識はびっくりして固まっている。
「う゛っ!これは、サボりではありません!会社を案内していただけですぅ~~!」
「ほおー、言いつけた業務をほっぽってか?お前の上司は誰だ?」
阿野課長ですぅ~と速水はジタバタと暴れる。
「あ、ごめんね?私が無理言って付き合わせたんだ。怒らないでね?」
識が慌てて仲裁に入った。
速水の本日の業務は書類整理だった。観察が終わったら少し手伝うつもりでいたのだが、その前に上司にバレてしまった。
「識様、それならばそれで速水が報告すればいいだけの話です。」
さらりと正論で返され、識はそうですねぇ~と口をつぐんだ。
四人でロビーから隠れる様に騒いでいるうちに、識月達は立ち去ってしまった。
「………行っちゃったね?」
「あれ、ホントだ。……今日はもう帰る?」
識と仁彩が帰ろうとすると、阿野によって引き止められる。
ここで二人を帰すのも後で何か言われそうなので、識月達が戻ってくるのを待てと言われ、識達は接客室に引っ張って行かれた。
「僕トイレ。」
接客室に入る前に仁彩は近くのトイレに行った。識は阿野に連れられ先に行っていて貰った。
来客用のトイレは広くて綺麗だった。男性用のトイレなのに化粧室があるのに驚いた。
男性オメガならば多少は身綺麗にするべきだろうかと真剣に悩む。
一応毎日風呂上がりと朝には肌を整えるようにしている。火傷痕の部分が乾燥や火照りでピリピリする事があるので、専用の洗顔と保湿剤を使うのだが、化粧で隠した事はない。一度肌色のクリームを使って荒れた事があるので、色々試す気になれないのだ。
学校ではもう皆周知しているので気にしていないが、外に出る時はやはり気になる。
髪で押さえて隠す癖はならなら直らなかった。
フゥと息を吐いて廊下に出ると、先程識月達をロビーで囲っていた女性オメガ達が歩いていた。
「あっ。」
思わず声が出てしまい、慌てて口を押さえる。
彼女達も仁彩に気付き怪訝な顔をした。
このまま通り過ぎようと俯いて歩いていると、なんと声をかけられてしまった。
「どちら様?貴方学生でしょ?見学でも入ってたかしら。」
「…えっ。え~と、見学です。」
なんと言えばいいのか分からず、とりあえずそう答える。
「そんな予定は無かったけど?」
「受付にはスケジュールきてなかったわよ。」
彼女達の話ぶりから受付業務の人達なのだろうと察した。だからロビーにいたのかと納得した。
誰の案内かと聞かれて速水さんの名前を伝えると、彼女達の表情が変わる。
「へぇ、じゃあ速水と個人的なご家族か何か?」
「じゃあ、オメガかしら?」
チラリと仁彩の顔を見られる。
仁彩は歳上女性オメガが周りにいない。鳳蝶のお母さんくらいだ。でも鳳蝶のお母さんはとても優しい。
この人達からは冷たい視線が注がれる。
オメガは確かにそうなので頷くと、明らかに見下された。
「ふぅん、頭ばっかりよくてもオメガはアルファに愛されなきゃ意味がないのよ。」
…………頭良くないけど……。
そういえば速水さんはいい大学卒だと言っていた事を思い出す。
「あの、僕………。」
「いいのよ、貴方のその顔じゃ学力で頑張るしかないんでしょう?」
あからさまに優し気に言っているが、そこに含まれる冷たさに仁彩はどうしたらいいのか分からなくなる。
ただこの火傷の痕を言われているのは理解した。
手で髪ごと隠し、どうしようと泣きたくなってくる。
こんな時識月君がいてくれたらいいのにと、今いない人に縋り付きたくなった。
「少し化粧で隠すくらいしたらいいのに。」
「あら、そんな顔しないでよ。虐めてるみたいじゃない。」
矢継ぎ早の言葉の暴力に、仁彩は逃げたくとも逃げ出せずにいた。
「何をしているんだ?」
凛とした力強い声が、彼女達の口を塞ぐ。
仁彩は俯いていたので気付かなかったが、彼女達の後ろから識月が歩いて来ていた。
「あ………。」
識月の目に、左顔を手で覆い、自信なさげな涙目の仁彩が見えていた。
「識月さん!」
「お疲れ様です。もうお戻りですか?」
パッと顔を赤らめて彼女達は識月に近寄った。
「貴方は速く帰りなさい!」
一人の女性オメガに強く言われて仁彩は、狼狽える。
でもそこに識月君がいるのに?
縋るように識月の顔を伺う。
「仁彩、おいで。」
仁彩はパッと顔を輝かせて識月に走り寄った。
「見学は今度から俺が案内するから。」
「え、でも今日はこっそり見るつもりで…。」
「一人ではダメだ。」
「お父さんも一緒だよ?」
「ダメ。」
識月は頭を傾げながら頷く仁彩の手を握り、群がる彼女達を一瞥する。
「ここは賓客用の階だ。君達には使用許可は下ろしていない筈だが?」
リーダー的な女性がでもっ!とくってかかる。
「来客にはアルファ性も多い。特にオメガの君達に彷徨かれるのは規定違反だ。………後は任せた。」
いつの間にか阿野が待機していた。
そして後ろには史人と史人に怒られた識がいる。
………お父さんしょんぼりしてる?
と言う事は、自分も怒られる?と恐る恐る見上げる。
識月と目が合った。
優しく微笑む従兄弟は今日もかっこいい。
受付業務のオメガ達は自宅謹慎後、処遇を沙汰する予定になった。
アルファの阿野に泣き縋っていたが、冷たく突き放されてショックを受けていた。
「はぁ、まさかこの階のトイレ使ってるとは思わなかったな。」
「ですねぇ~。よくこんなアルファ臭しそうな階まで上がって来ますね。」
アルファ臭?と阿野が怪訝な顔をする。全階空調を効かせてフェロモンが出たとしても、直ぐに消臭出来る造りになっている。
それにフェロモンが出ている時点で、フィブシステムで警告が出され、ビルの入り口で弾かれ入れない。
「あ、雰囲気と言うか。いっぱいいそ~みたいな?」
「お前本当に頭いいのか?本当は悪いだろ?」
「し、失礼な!」
「ここにアルファが多いって知ってるなら、お前もウロチョロするなよ。」
「社員がウロウロしなくてどうするんですか?」
はあ?何言ってるんですか?と言わんばかりの速水に、阿野の剣のある眼差しが突き刺さる。
「………仕事ならな?」
多少サボった自覚のある速水はヒョエ!?と細くなった。
「お前、目の前にいる上司もアルファだってわかってるよな?」
更に速水は細くなる。
「そ、そ、そ、そんな威圧かけなくてもいいじゃないですかぁ~~!!」
怖くなった速水は脱兎の如く逃げ出した。
課長の怒りんぼーーーー!という捨て台詞は忘れない。
阿野はまた逃げ出した速水を見送り、チッと舌打ちする。
「……いつか逃げれんように襲っとくか?」
やや犯罪めいた独り言を聞いた人間はいない。
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