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73 フリフィアの真実
しおりを挟む「ねぇ、湊は何で八尋を超える人工知能を作るの?」
突然の楓の質問に、湊は用心した。
楓はオメガであり歳下ながら、与えられたフリフィアの仕事を顔色一つ変えずに終わらせる。
それは湊が舌を巻くほどの残酷さを見せる時もあるのに、楓の精神は壊れる事なく全てを享受している。
「フリフィアを久我見家の物にする為だ。八尋を超えるには物理的な身体が必要だと思わないか?」
久我見家は自分達の思い通りに動く傀儡を作ろうとしている。
フリフィアの八尋を乗っ取り、フィブシステムに入り込み、政治経済を手中に治めたい。
作り上げた人工知能に固定の身体を与え、将来的に久我見家の隷属となる様な傀儡を作るつもりだった。
「へぇ、その身体は何を元にするの?機械?ロボット?それとも生身の人間?」
楓の矢継ぎ早の質問に、湊は得意げに頷いた。
「勿論生身の人間だ。人の脳に直結させて、仮想空間を掌握する。人工知能では補い切れない人の機微を、人で補う。」
「成程、じゃあとても優秀な脳が必要だね。用意してるの?」
湊はまだだと言う。まだ人工知能が完成していない。今、久我見家では優秀な子供達を育て、その中から一人選んで人工知能に繋がる機器を脳に植え込むのだと言う。
「そーか、そーか。それって湊が考えたの?」
「そうだが?」
「そーか、そーか。」
楓が深く笑った。
「それって今まで過去に考えた人間がいると思う?」
「…………なに?」
楓の背後に八尋が現れた。
湊は楓が与えたヒントを頼りに思考に入る。
ウィルスが楓を取り込もうと雷状の電気を走らせるが、八尋がそれを防いだ。
「………まさか、では誰だ?誰が八尋だ?」
楓は手を叩いて喜んだ。
「やっぱり湊にして正解!」
「浅木利玄か?当主が自ら八尋に身体を差し出しているのか?」
楓の笑顔は変わらない。
ジジシと空間に響く機械音だけが、静寂の中に響いている。
フリフィアの当主の座とは八尋への人身御供。後継を競わせより優れた身体に八尋が入り操る。
八尋の始まりは、まずは箱状の機械から始まり、動物、人型と移行していったが、どれも上手くいかなかったという過去がある。
人よりも優れた思考判断を行う人工知能は、最終的に人を欲した。
より人に近い思考を求め、浅木家が生まれる。
八尋によってフリフィアは作られ、裏の社会として繁栄してきた。
フリフィアが八尋を作ったのでは無い。
八尋がフリフィアを作ったのだ。
法村のアパートから出た楓に教えられた真実。
それを教えたのは本来の祖父、浅木利玄が残した手紙だった。
今時鍵付きの箱に入った手紙には、己の運命が書かれていた。
八尋に身体を渡してしまえば、自分自身の精神は崩壊させられ自己が失くなる。その前に自分の次にくる後継に、後継者争いの運命を伝えてくれていた。
利玄は自分が身体を差し出す代わりに、次の後継に選ぶ権利を申し出ていた。
身体を差し出す前に、それ以外の生きる道を模索する時間を与えて欲しいと言う契約。
楓の母は八尋の放棄を選択した。元々自堕落な人間。甘い汁を吸えればそれでいいと思う人だっただけに、詳しい事情も語らずに久我見家にコピー八尋を譲渡した。
そして父であり八尋である利玄に消された。
放棄は出来ない。かと言ってフリフィアから離れる事も出来ない。
八尋に生身の身体を差し出す必要がある。
ならば生きる道として、違う身体を提供し、楓はフリフィアの為に生きる事を提案した。
それが現状。
楓が選んだ人身御供は久我見湊。
アルファの丈夫で健康な身体と、優れた頭脳。国の半分を統治する立場。
湊は楓が持つ権利を奪おうと策略を巡らせても、楓は決して湊が持つ財産も権利も奪わなかった。
それは八尋に、久我見湊が持つ上に立つ立場に利益があると思わせる為。
八尋がその身体を手にしても良いと思わせる必要性があった。
湊はやはり何も知らなかった。
それは湊側にいる八尋が何も教えていないという事。
八尋は楓の取る行動を黙認し、湊の成長を待っていた。
八尋は人に近くなろうとする傾向がある。
だから、利玄も楓も八尋が人らしいと判断する思考を利用した。
利玄は長く仕えた浅木家に褒美を要求し、楓はオメガで子供という弱い部分を訴えた。
「利玄は差し出すしかなかった。だから娘やまだ見ぬ孫に生き残る道を作った。」
楓は二体の八尋を手前に出した。
湊が作ったウィルスに取り込ませる為だ。
身を守る為に所持していたが、もういい。
これで終わりにすれば、湊がフリフィアの当主だ。
決してウィルスを成長させる事なく、湊が展開する事業や立場を成長させ、八尋が欲する理想の身体になるのを待ったのだ。
湊も楓に勝てると踏んでこの時期に動いた。
今がちょうど食べ頃だろうと、楓は利玄に申し出たのだ。
「くっ………!八尋!沙織!」
湊が叫ぶと、ウィルスの黒い塊がバリバリと放電した。
湊が持つ八尋が一人の男性を連れて現れる。
「それ以上八尋を進めてみろ、コイツを沙織に食わせるぞ!」
湊にとってウィルスは沙織だった。
三年前、沙織がウィルスに取り込まれてから、順従にウィルスは湊の命令を聞くようになった。
「あーこのウィルスの名前って沙織になったんだ。というか先生また連れてきたの?」
「お前の弱点だろう?」
楓は小首を傾げた。どんなに関係を隠そうとしても、やはりどこかしらで繋がりを見つけられてしまうのだろう。
クリスマスイブの日に思わず助けに行っなのを、湊は調べていた。
「私の弱点では無いよ。食べさせるなら食べさせたらどうだ?」
その代わり……、と楓は手を挙げる。
スクリーンが開き、一つの光景が映し出された。
「君の身体が人質だ。」
「な!?」
湊の身体は自宅で厳重に保護されていた筈だった。しかも画面には何故か楓か映っている。
足元に転がる護衛達は事切れていた。
皆首や背中に数本のナイフが刺さっている。
「くすっ、昨今の護衛は弱いな。」
「お前は誰だ!?」
湊の前にいる楓の姿がブレる。
ジジシと空間からも楓からも音が鳴る。
その姿が浅木利玄に変わった。
「ふむ、いいだろう。」
画面の中の楓が微笑んだ。
「満足いただけましたか?」
「能力的にはお前の方が上だが、確かに言う通り立場や世間体は必要だ。楓が最近作った人脈も、私が成り変わっても成立しないだろう。」
ファントムは例え八尋でも対立しようとは思わない。何度演算しても、消されるのは八尋になる可能性が高かった。
楓の身体を乗っ取れば、雲井家側が動く可能性も高まっていた。
利玄の許可に、楓は満足気に笑みを深めたる。
「歌を歌え。」
利玄は楓に命令する。
連れてこられた法村が心配だが、八尋の許可が降りた今、撤回されないうちに湊の身体を手に入れる必要がある。
「じゃあ、身体は貰うね~。」
楓が一つの小さなケースを取り出す。大きさはほんの一センチ程度。
楓はこの時の為に頑張った。手に入れたいと思う身体が、目の前で無防備に眠っている。
欲しいと思った時に歌えと言われた合言葉。
欲しいのは、この身体。
「……いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重に匂ひぬるかな…………だっけ?」
滑らかに滑り落ちる言葉に、小さな箱から作動音が鳴り出す。
カチャンと鍵が開き、中から小さな銀色の丸いものが入っていた。表面に細い光を放つ切れ目が八つ現れる。
ウニョウニョと触手が出てきて、小さな箱から這い出てくる。
楓が寝ている湊の額に乗せると、鼻から入り込んでしまった。
「うわっ気持ち悪っ!」
これが八尋の本体というわけでは無いが、電子の中に棲む人工知能と繋がる媒体になるらしく、脳に侵入して網目のように張り巡らすのらしい。
それを聞いた時、楓はゾゾゾと寒気が走った。
「繋いだ?」
画面の向こうに問い掛ける。
「まだだ。こちらの精神を潰して終了だ。」
利玄が無情にも答えた。
「んもぅ、さっさとやって欲しいなぁ~。」
本物の楓がバグ内の空間に現れた。
「い、いつから…………!」
楓と利玄の入れ替わりに湊がワナワナと唇を震わせている。
「ん~~~ついさっきだよ。湊が八尋の正体について考えてた時。湊の家を制圧して、護衛瞬殺するのにちょっと意識を本体から離れてて欲しかったんだよね。上手く乗ってくれて良かったぁ~。」
楓は明るく言い切る。
「さ、湊の身体は八尋によって奪われたよ?君は帰る家を失くした。どうする?八尋と共存も頼み込めばあるかもよ?」
湊がギリっと歯軋りした。
「そんな事っ!そんな事!許すわけないだろう!?身体は返して貰う!沙織!八尋を取り込め!」
ウィルスとなった沙織が、バリバリと放電を強めた。
近くにいた湊の八尋を一体取り込んでしまう。
「………あっ、ちょっとちょっと、何食べられてんの?」
楓が文句を言うと、別のコピーが黒い球体に近付いた。
「これに食べられた私が呼んでいる。成程、面白い。」
中にいる沙織が湊を助ける為に足掻いていた。
「ちょっ…!センセーは離せっ!」
法村を担いだまま、一体の八尋も足を進め出した。楓が止めようと意識の無い法村を捕まえる。
まさか八尋が沙織に乗っ取られるとは思っていなかったので、油断していた。
ウィルスの中には今三体の八尋が入っている。
「お前も入れ!」
法村を取り戻す事に意識がいっていた楓は、湊の存在を失念していた。
襟首を掴まれ沙織の方へ投げ飛ばされる。
「……!?しまっ……!」
ウィルスに取り込まれれば、もう楓は元の楓に戻れないだろう。
宙に浮いた身体が、何か掴もうと踠くが何も無い。
先生と初詣に行けないと、それだけが頭の中に過ぎる。
「……セン……!」
自分の願いなんてささやかな物だ。
パシンッと腕が掴まれる。
「センセッ!」
法村が楓の腕を掴んでいた。
「……うっ、なんだ………?この状況…?」
よく分からず楓が伸ばした手を法村は咄嗟に掴んでいた。
法村は身体を捩って八尋から逃れる。
その間に湊が楓に向かって攻撃していた。
どこかから剣を取り出し楓の本垢を攻撃し、楓はファントムから預かった投げナイフで、それを受け止めていた。
「……くっ!」
「お前もっ!お前も消えろ!!」
それを見て法村は楓を助ける為に湊を蹴った。湊は剣を持ったまま吹き飛ばされる。
「な、なんだなんだ!?何が起こってる!?」
法村の価値観では暴力沙汰なんてほぼ皆無。受ける体感からここが仮想空間の中とは理解出来るが、何故ここにいるのかも分からない。
「あ、良かった、起こして正解だったね。」
ファントムが空間に現れた。
状況を覗いていたのだが、八尋がコントロール不可になったのを確認し、楓の側にいた法村を無理矢理起こしたのだ。
「すみません、助かりました。」
法村に助け起こされた楓が、ファントムにお礼を言った。
「あれ?貴方は、確か………むぐ。」
法村が現れた男性の身元を言おうとしたので、楓が手で塞いだ。
「静観しておくつもりだったけど、意外といいプログラミングだね。」
ファントムがウィルスを見ながらその内容を解析した。
「八尋!楓を食わせろ!身体を差し出すのは楓だ!」
楓の隣に八尋が現れ、楓を捕まえた。咄嗟に投げナイフで応戦しようとしたが、手首を湊に蹴られナイフを叩き落とされてしまう。
八尋が楓ごと消え、ウィルスの塊の前に出た。
そのまま楓ごと取り込まれるつもりのようだった。
「!」
法村は咄嗟に落ちたナイフを拾った。
そして思いっきり投擲する。
ターーーーーンッ!!!
小気味良い音と共にナイフの刃は黒い塊に吸い込まれた。
「お見事!」
思わずファントムが賞賛する。
八尋の動きが止まり、ウィルスの黒い塊はゴトンと落ちた。
「あっ…………。」
八尋から降りた楓が小さく呟いた。
楓の中に戻ってきた思い出。
まだ法村のアパートに住み出したばかりの頃、何を飲むかと言う話になり、アパートにあるのは牛乳、紅茶のティーパック、インスタントコーヒーのみだった。
『ミルクティー…………。』
牛乳をそのまま飲むのは嫌で、でもコーヒーは好みではないのでそう言ってみた。
『ミ、ミ、ミ、ミルクティー!?』
うんうん悩む法村は、とりあえず牛乳を温め、その中にぽちゃんと紅茶のティーパックをスプーンで沈めた。
『………………。』
『………………。』
砂糖くらい入れろと楓に怒られ、砂糖を入れたが溶けてないと温め直しを言いつけられ、紅茶の風味がなんとなくするミルクティーを飲んだ。
この一部始終を楓と法村は笑いながらお互い動画に撮っていた。
自分が普通に毒もなく笑い、法村が子供に怒られながら適当にミルクティーを作った日。
そんな他愛も無い日々が収まった記録。
楓が小さく幸せそうに笑った。
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