偽りオメガの虚構世界

黄金 

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72 大晦日

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 人々が年の移り変わりをカウントダウンする頃、『another  stairs』の中では最後の追い込みが行われていた。
 
 スクリーンを開いて『another  stairs』の画面からイベント情報を開くと、最後の決戦画面が表示される。
 『城攻』というボタンをタップすると、相手側の城門前に移動し、そこから攻撃が開始されるのだが、自分が仮想空間に入り込める三時間から五時間の間に、何度でも挑戦出来る。城の中央、玉座に座った者が勝者となり、高得点を勝ち取れ、そのユーザーが所属する側の勝利となる。
 全体ポイントが低くても、玉座を取りさえすればいいのだ。
 勝てばポイントランキングごとのアイテムが獲得出来るし、負けても個別ポイントランキングでアイテムを貰うことも出来る。
 参加さえしておけば何かしら貰えるので、今回の季節イベントは参加者が多かった。
 
 速水氏から年末の業務で参加出来ないと泣きチャットがしょっちゅう飛んできては、仁彩と鳳蝶が慰めていた。

 
 楓は基本傍観者。
 パーティーに入れてもらっているので勝手に経験値が増えてレベルは上がるし、アイテムも貰えている。
 後は堕天使側の誰かが天使側の玉座を取れば勝ちとなる。

「少しは貢献しないとヤバいかなぁ?」

「うーん、どっちも玉座が取れないと引き分けになってアイテム付与が出来ないんだよね。君が取ってくる?」

 一緒にいたファントムが宙に浮いた姿で聞いてきた。隣には相変わらずフミが付き添っている。
 
「僕が?いいのかな?僕が取るのは反則な気がするけど。」

「今回は玉座が取れた瞬間に、イベント終了するタイミングでバグが発生するから、どっちかが玉座を取らないとならないよ。」

 ファントムが仕掛けた罠の起動スイッチは、イベント終了時の切り替わりに発生する。

「じゃー、行ってこなきゃかな。」

 意外と戦力が拮抗してしまい、どちらも玉座の間に辿り着けていなかった。
 後カウントダウンまで三十分しかない。
 
「君本垢のままなんだよね。せめて防御はしておかないと。」

 ファントムが手を振ると、楓の服装が変わる。
 
「ええーー!ファンタジー!!」

 羽の生えた小悪魔風に変わった。少し透け感のある黒い生地のマントが、細身の楓の身体に纏わりついて艶かしい。
 黒い小さな羽はジンのパーティーが今のところ獲得している羽を装備している。
 天使軍は白い羽、堕天使軍は黒い羽を皆装備しているので分かりやすい。羽がないと空中戦になった時やりにくいので、獲得したそばから合成しては羽を装備していくのが、このイベントの流れになっていた。

「…………あれ?やり過ぎ?君の知り合いのデータから盗んだ衣装なんだけど。」

 誰のと言われなくても何となく誰のデータが分かってしまった楓は、無言でスケスケマントを見下ろした。

「誰なんですか?」

「学校の先生だよ。仲良いみたいだから喜ぶかと思って、プレゼント。」

「………ああ、法村先生ですか。仲良かったんだ?」

 法村は隠してるつもりのようだが、可愛い少年オメガに目が行きがちなのを、知っている者は知っている。
 識月も光風も仁彩と鳳蝶を近付けないようにしているのでバレバレだ。
 衣装の好みからフミは判断した。
 側から見ると見下しているようにしか見えなかったが、そうなんだとフミは納得した。
 
「何でこんな衣装持ってるんだろ?」

「うーん、これは数年前に課金で取れるやつだね。先生自身には似合わなそうだよねぇ。着るつもりだったのかな?」

 そんなわけない。
 これが似合うのは小柄で可愛らしいアバターだ。法村のサブ垢はあまり弄っていないごく普通のアバターだった。

 今度問い詰めよっ、と言って楓は消えてしまった。
 スクリーン画面から『城攻』を選択して天使側の城に入って行った。

「…………上手くいくといいねぇ。」

「……そうですね。手伝うんですか?」

 識から楓のフリフィアの現状を聞いている史人は、識が手伝うことによって被害が及ばないか心配している。

「うん、私が生きているうちは牽制にはなるでしょう?」

「そうですけど……。」

 史人はあまり識に危ない立場に立ってほしくない。
 安心させるように笑うこの歳上の人を、フミは背後から抱き締めた。







 城門前に辿り着くと、白の羽をつけた天使軍と黒の羽をつけた堕天使軍が戦っていた。
 戦闘には混じらず、楓はコソコソと奥に進んでいく。
 この小悪魔衣装、多少のステルス機能が付いていて、真正面から見られない限りは気付かれにくいという便利な物だった。
 奥に奥に進んでいくと人が減ってくる。

「あっ…………!」

 ジンを見つけた。
 身体よりも大きな漆黒の鎌を振って、天使軍を屠っている。
 その近くではツキとアゲハ、ミツガゼが戦っていた。
 パッと見、ジンの大鎌が攻撃力が高そうだ。一振りで数人は消えている。
 現実世界の仁彩を知るだけに、ギャップが激しい。夏休みに行った陣取りゲームで、密かに仁彩のファンが出来たと聞いたが、これなら確かに出来るかもと思った。

「うーん、本体が頭悪くて運動神経皆無で識月は良かったよねぇ。」

「………何してるんだ?こんな所で。」

「うひゃあ!」

 さっきまで戦っていた筈のツキが近くにいた。
 驚いて楓は飛び上がってしまった。

「瞬間移動した?ビックリさせないでよー。」

 ツキは何を言ってるんだと溜息を吐いた。

「玉座が取れない。天使軍にハヤミがいるんだ。」

 廃課金勢が天使側に集まってしまった為、羽集めをしているツキ達と対抗してしまった。
 楓は直接ハヤミとは会った事無いが、話には聞いていた。
 ツキも玉座を取った瞬間にバクが発生しウィルスを誘き寄せ閉じ込めると思い急いでいるのだが、なかなか決着がつかず焦り始めていた。
 玉座の間はもう少しなのだが。

「僕が座りにいくから、道を開けれる?」

 恐らくツキ達はフレンド登録で場所が特定されている為、邪魔が入り動けないのではと思い、誰とも繋がっていない楓が行くと申し出た。

「……そうだな。大丈夫か?」

「ふふふふ、足は早いんだ。突っ走るから道を作ってよ。」

 今いる回廊を真っ直ぐに抜けて、大きな両扉から入ると玉座の間だ。
 ツキが三人を呼んで一気に道を作ると指示を出す。
 
「楓君、本垢なんだから気をつけてね。」

「りょーかいっ!よろしくね!」

 明るく言い切る楓に、ジンが大鎌を真っ直ぐ両扉に向けて構えた。
 ツキ、ミツガゼ、アゲハが先に走り出し左右に散る。

「いっくよ~~~~!」

 緩いジンの掛け声と共に、大鎌が縦に振られた。
 ザンッッッーーーーーという音と共に、防波堤を築きジン達チームを押し留めていた天使軍が一斉に真っ直ぐ消滅する。
 ただただ一点集中の全振りで放たれた斬撃は、両扉まで届いた。
 楓がすぐに走り出す。
 楓の両隣を天使軍が迫ってくるが、ツキ達が防いで弾いて行った。
 ジンは後ろから復活して迫ってくる敵を、横一線で隙間なく次々に振って通れないようにしている。

「届いた!」
 
 両扉を開けて楓が踏み込むと、直ぐに誰も通れないように塞いでしまう。
 広間にある玉座は、誰かが座るのを待っていた。
 本来なら敵も入って混戦になるのだが、ツキ達が塞いでしまったので、楓一人だけが広間を悠々と通り抜ける。
 楓は広い広間を抜けて走り、階段を駆け上がって玉座に辿り着いた。
 躊躇いもなくポスンと座る。
 大きな玉座に小柄な楓がチマっと座ると、終了の音楽が鳴り出した。薄暗かった景色が、天空から光が差し込むように明るくなっていく。

「おー、意外とカッコいい。」

 両扉が開き、ジン達が駆け寄ってきた。
 終了の音楽と共に攻撃も強制終了になったようだ。

「おめでとう~~!」

 駆け寄ってきたジンが抱きついて来たので、楓も抱き返してポンポンと背中を叩き、ヨイショとジンを代わりに玉座に座らせた。

「ありがと。後はよろしくね~。」

 楓の身体がふにゃふにゃと歪み出す。
 イベント終了と共に出来たバクの中に、ウィルスが捕まったのだ。
 プツンと消えた楓に、ジンはパチパチと瞬きする。

「消えちゃった……。」

「楓なら上手くやるさ。」

 アゲハがやって来て雷神の槍を振りながらそう言った。ジンにもアゲハにも楓が抱えるモノがどんなものか分からない。
 ただ成功して欲しいとだけ願った。







 ジリジリと不快な音が身体に響く。
 薄暗いポッカリと空いた空間に、三年前に見たウィルスが浮いていた。
 以前はパリパリと静電気を発していたが、楓のサブ垢を元に八尋コピー一体を消費して包んだウィルスは、黒い無機質な丸い塊に見えた。時折パリッと電気が走る。

 あの中に楓の大切なモノが入っている。

 ウィルスを挟んで湊が立っていた。

「まさか誘導されてしまうとはね。」

 不敵に笑う湊に、楓はにっこりと笑う。

「僕には強い味方がいるんだ。」

 湊も楓が雲井家と懇意にしていると情報が入っていた。
 
「いくら優秀なアルファでも八尋には敵わない。」

「…………敵うさっ!八尋はファントムに勝てないよ。」

 湊は驚く。雲井家が総力を上げて識の存在を隠しているので、誰もファントムの存在を知らない。

「ファントムはただの噂じゃなかったのか?」

 湊の質問に楓はクスリと笑った。
 やはりそうなのかと事実確認が出来た。
 何故笑うのかと湊が睨み付けるが、楓はさてどうやって追い詰めようかと思案した。

 薄暗闇の中、二人は睨み合う。
 楓はここで勝たなければならない。
 湊にでは無い。
 産まれた時から楓に与えられた役目に勝たなければ、楓は法村と初詣に行けないのだ。
 楓はペロリと唇を舐めた。











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