偽りオメガの虚構世界

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62 浅木家のお家騒動

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 浅木家の現在の当主は楓の祖父、浅木利玄(あさぎりげん)が務めている。
 利玄は既に七十過ぎのアルファ男性だ。実質的な活動は全て後継へと引き継いでいるが、当主の座だけは誰にも渡していなかった。
 浅木家の当主の座とは『八尋』の主権になる。
 八尋は浅木家の後継になる権利を持つ者を全て主人とするが、最終的に従える事が出来るのは当主になる。
 現在は利玄がその権利を持っていた。
 利玄は殆ど表舞台に立つことは無い。

『お前が欲しいと思ったら、歌うといい。』

 そう言われたのは三年前。
 利玄は唯一の孫である楓を可愛がっていた。オメガであっても気にする必要はないと言ってくれた祖父。

 楓はあの日から迷っていた。
 フリフィアは一人の人間が持つには大き過ぎる力。
 フィブシステムに何か不具合が発生した時、その代わりを務めるシステムがフリフィアの八尋だ。それはこの国を守る為にある。
 八尋は人工頭脳。常にその性能を向上させ、存続させ続け守っていかなければならない。
 その為の浅木家になる。
 フリフィアの当主とは、八尋を守り育てつつフリフィアの家業も行う必要があった。

 今当主の座を争っているのは実の孫である楓と、家業の実権を半数握っている久我見湊(くがみみなと)という男だ。アルファの男性で二十三歳。関西から下の九州まで管轄している。

 八尋は幾つかのコピーに分かれている。楓も湊もそのコピーを複数所持しているのだが、お互いそのコピー八尋を消耗させ、最後まで所持していた方が勝ちというルールで当主の座を争っていた。
 楓は少しばかり前に雲井皓月の依頼で八尋のコピーを一つ失ってしまった。
 その際に雲井家を後ろ盾にすることに成功している。
 







「という事で、今浅木家は八尋の主権を巡って争ってるんだよね。」

 ここは喫茶店の中、皆んなにも説明したいと言う楓の要望をフミが伝えたところ、識月が連れて来てもいいと了承した。
 本当のところは仁彩と鳳蝶が、楓は友達だし色々と世話になったのだから手伝ってあげたいと言った所為だ。
 フミはこの二人の性格と、その恋人達がその二人に弱い事を知っていて、楓はそこら辺を理解して言い出したのだろうと思っている。
 判断は識月ことツキが行うので、フミの懐は傷まないので別にいいのだが、識ことファントムに害が無ければそれでいい。

「それとお前がサブ垢使ってウィルスばら撒いてる理由に繋がらないんだが?」

 濃紺の髪と瞳の鬼装備のツキがカウンター席に座り楓に問い掛けた。
 その横にはミツカゼが座っている。こちらもゲーム装備の双剣使いの姿で、右目には眼帯を付けていた。
 ジンとアゲハはカウンターの中に入り、コーヒーと軽食を各人に振舞っている。
 ジンは元の姿を二十歳くらいに上げた黒いボロボロのローブ姿。漆黒の大鎌はいつでも直ぐに取り出せるので今は出していない。
 アゲハはついこの前サブ垢を消してしまったので、新しく作り直した。同じモノを作ろうとしたのだが、光風の要望で元の姿のままになっている。前の姿のアゲハが好きなのかと思っていたのだが、光風曰くアゲハは鳳蝶だから姿は関係ないと言っていた。変なオメガが寄って来そうだから、元の姿のままのオメガとして、ミツカゼと一緒にいて欲しいと言われて、今回作り直したアゲハは本体と同じ姿のアゲハになっている。

「あのウィルスは僕が作ったウィルスじゃないんだよ。久我見湊側の八尋が作ったヤツ。諸事情があって僕のサブ垢で封じて消滅を計ったんだけど、逃げてさ。三年前は識月とも面識なかったし兎に角隠さなきゃで隠蔽したんだけど、逃げ回って未だに捕まえてないんだよねぇ。」

 そう説明する楓はテーブル席でアゲハが入れてくれたホットミルクティーをうまうまと飲んでいる。

「じゃあ、もしかして識月達に近付いたのは仲間にして一緒に探してもらうつもりでって事ぉ?」

 光風の質問に楓はニンマリと笑う。

「ま、色々かな?時期を測ってたんだけど、皓月さんから上手い事ファントムを起こしたいって依頼来たし、皆んなとも仲良くなれたし?それとあのウィルス捕まえれないんだよね。もうファントムに頼むしかないかなぁって思ってたからさ!渡りに船って感じ!」

 楓としてはもう少し早く言うつもりだったのだが、鳳蝶と光風の関係に何やら不穏な気配を感じ、これが済むまで識月達は切り出してこないだろうと予測していた。

「そーなんだね!僕で良かったら手伝うよ!」

「うん、拠点にこの喫茶店使っていいし。」

 ジンとアゲハの発言に、ツキとミツカゼはガクリと肩を落とす。
 やっぱりかと思ったのだ。二人は仲間を大切にする。楓は二人の性格を知ってて都合良く説明するだろうとは思っていた。
 絶対に分かってて楓は巻き込もうとしている。
 皓月や識月に直接依頼すると、金銭や契約のやり取りが発生する。しかしジンとアゲハは友人であり、善意で手伝おうとする。それに付き合ってツキとミツカゼも入るし、親のファントムも手伝うだろうという打算が見て取れた。
 
「………楓の思う壺。」

「見た目は可愛い小動物系なのに、なんて凶悪な子だろう。」

 少し離れた位置からその様子を見ていたフミとファントムは呆れた様に眺めて呟いていた。
 楓はこちらが聞くのを待っていた節かある。聞いたが最後、解決まで手伝わされる流れが決まっていたのだろう。
 
 最初は皓月に異分子について尋ねたのだ。
 皓月が抱える研究チームも何かあるなとは気付いていても、ウィルスの正体も何をやっているのかも分かっていなかった。
 識が楓のサブ垢らしきデータだと突き止め教えたのだが、皓月は一瞬考えて害がないなら放っておいた方が無難だと言った。
 それでまぁ、ほっといたわけだが、研究チームはそれが何のウィルスなのか知りたがった。
 識にはそのウィルスはただ彷徨っている様に見えていた。
 彷徨い何かを見つけては食べている。
 食べているのは人の情報。記憶やそれに繋がる感情の電気信号。だがそれはバグに巻き込まれたサブ垢だった。もう使えないと打ち捨てられたたアカウントの残りカスのみ。

「私としては何故そんな小さなデータを拾い食いしてるのかが知りたいかな?」

 ファントムの疑問に、楓は今迄の経緯を説明した。

 フリフィアで作られたウィルスの目的は、『another  stairs』内のサブ垢から、本垢へ移動して、その人の記憶と感情の情報を集め、一つの新たな人工知能を造ろうとするところにあった。八尋とはまた別の、人工知能が造る人工知能。新たなる一人格の想像。
 より人に近く、人よりも正確な判断を下せる知能を造る。その為に数多の人の情報を取り込もうとするウィルス。
 三年前、人にも八尋にも束縛されない、更に上をいく人工知能を久我見は作ろうとした。
 楓はそれを阻止しようとした。
 八尋はフィブシステムに対抗する為に、国が残したシステム。それを無視して更に上をいく人工知能を造る事は、国に牙を剥く行為になる。
 そんな物を造ろうとしたと知られれば、浅木家はフリフィアと八尋の権利を剥奪され消されてしまう。
 楓は自分のサブ垢を囮にして、ウィルスの消滅を計ろうとした。正確にはこの当時楓にはサブ垢を作る権利は無かったので、サブ垢を作れるくらいのデータ容量を使って八尋コピーの一体と共に包み込んだ。
 楓のサブ垢を餌に、八尋に包まれたウィルスは、人のアカウントに入り込む事が出来なくなり、発生するバグの中に潜んでしまった。

「最初は八尋コピー同士でリンクして捕まえれると思ってたんだよ?だけど、八尋の情報使って逃げ回ってさぁ。んで残りの八尋にどうしたらいいかなって演算させたらファントムしか見つけれないって言うから、雲井家に近付いたってわけ!」

 その為に高校も今のところに変更したのだ。
 最初は迷った。識月が元々通っていた私立に行くか、溺愛していると噂の甥っ子に近付くか。何とギリギリで二人は同じ高校に行くと知り、急いで滑り込んだのだ。
 定員ギリギリの枠を競って、水面下では様々な攻防戦が繰り広げられた。

「そっか、楓って適当で好き勝手してる様に見えて、ちゃんとやってるんだな。」

 鳳蝶が感心して楓を見直していた。

「ありがとう~。でも微妙に引っかかるぅ~。」

 楓はいつもの調子でケラケラと笑っている。

「だが、明後日から修学旅行だ。探して捕まえるのはその後になる。」

 識月のダメ出しに、楓は余裕で笑い返した。

「勿論、待つよ~。僕も行くんだしね!」

 ヤッタァと無邪気そうに拳を振り上げているが、知っている人間からすると態とらしい。

「僕、楽しみだよ!班もみんなと一緒なんて凄く嬉しい~!」

 楓のウィルスの内容はよく分からなかったが、修学旅行に反応した仁彩が嬉しそうに手を叩いた。
 オメガ三人組がキャッキャと話し始めた。

「じゃあ~~、修学旅行行く前に少し冬の季節イベントやろっか!」


 冬の季節イベント《天使の叛乱》。
 天使側と堕天使側に分かられて対立するイベントになる。月初めに全パーティーがランダムに振り分けられ、両者総攻撃力が拮抗する様に別れてスタートする。
 月末に最終決戦が行われ、城を落とした方が勝ちになる。城攻めは一日掛けて行われるので、ユーザーは自分がログインした時間に相手側に攻撃を仕掛ける事になる。
 チームを組んで時間を合わせて戦うでも、それぞれ好きなように攻めるでもどちらでも良い。
 天使側か堕天使側に入って勝った方に入っていれば、ポイント順によってアイテム入手出来る仕様だ。ポイントは相手側のパーティーを倒すと手に入るので、一月ずっと対人戦になる。
 物語としては天使が統治する世界に堕天使が叛乱を起こす、というありふれた感じ。
 天使は白い羽、堕天使は黒い羽を持っている。
 勝った側はこの羽も貰えるのだが、天使側堕天使側関係なくパーティーごとにポイント取得順のランキングもある。ランキングによって上位に行く程大きな羽が貰える。一位はなんと六枚羽だ。
 下に行く程羽の枚数が減り、大きさも小さくなっていく。下の方なんかヒヨコの羽みたいに小さい。

「あ、一万から二万迄は片翼なんだ?」

 ランキング報酬を見ていた楓がへぇ~と感心して呟いた。楓はイベント参加した事がなかった。

「そうだよ。次回に引き継ぐから次のイベントにも参加してねって事で片方だけ羽を報酬に入れたんだよ。参加したら羽は増えるし、羽と羽を合算すると進化して大きい羽になるよ。」

 以前までは十個しか宝箱が無かったせいで、総攻撃力上位者しか参加していなかった。今後は新規登録しても直ぐに楽しめる仕様も入れつつ、上位者にはそれなりに美味しい思いもさせないと……、という事でこうしてみたらしい。
 二万位以下に羽がないのは、碌にログインしなかったりログインしてもイベント参加しない人間には報酬を与えない為だ。
 報酬欲しいならイベント参加必須となる。

「皓月さん私にお前が作ったんだから考えろって投げてきたんだよ?ついこの前まで寝てた人間に無茶言うよね?」

 酷いよね?と仁彩に訴えている。

「お父さんが考えたの?凄いねぇ~。」

「凄いでしょう?基礎作ったのは私だけど、イベントは自由にしてくれて良かったのにねぇ~。」

 親子の会話は実にのんびりと進む。

「この羽ってなんか効果あるのか?」

 鳳蝶は熱心にイベント説明を読んでいた。

「飛べるって書いてあるねぇ~。それ以外には特にパフ的な効果も無いっぽい?デバフもないねぇ。」

 アゲハがスクリーンで読んでいる説明書を、横からミツカゼも眺めている。

「天使の羽…………。」

「どうしたの?」

 ツキが何やら興奮しているのを感じて、ジンが不思議そうに尋ねる。何に興奮しているのか分からない。

「白の羽集めよう?」

「ん?う、うん?白の方がいいの?でも今回は堕天使側だから黒になるよ?」

 今回パーティーはジンをリーダーにツキ、アゲハ、ミツカゼ、フミ、楓で組んでいたのだが、堕天使側陣営に割り振られていた。

「今回は黒でも、次回持ち越しあるなら、次回からは手動で選べるらしいから、次回天使側について白の羽取って、進化素材にすれば白の羽が進化するって書いてある。」

 アゲハがよく分かっていない仁彩に説明した。

「あ、そうなんだ?じゃあとりあえず少しでも大きい羽取りに行けばいいのかな?」

「頑張ろう。」

 ツキのやる気に珍しくジンが押されている。ツキこと識月はそこまでゲーム好きでは無いのだが、ジンの白い羽姿が好きだった。

「はいはい、君達今月は修学旅行もあるし、程々にね?」

「わーフミってばこういう時はストッパー役なんだ?」

 揶揄い混じりの最年長者に、フミはにっこり笑う。

「さ、俺達は帰りましょうか?ちょっとお話しもしましょう。」

「え?」

 そう言い残し消えた二人を気にする事もなく、五人はワイワイと話していた。









 識は最近退院して来た。
 皓月が用意したマンションで暮らしているのだが、史人はほぼここに居座っていた。

「もうっ!まだ説明したい事あったのに~。今後は空中戦考えてるから羽はいるって言いたかったのに!」

「大丈夫ですよ。識月がやる気出してたんで。言わなくても取るでしょう。」

 無理矢理帰された識の文句を、史人は軽々と躱してしまう。
 史人が識の頬をするりと撫でると、識はビクッと震えた。

「な、何?どうかした?」

「…………ええ、俺が留守の間は大人しくしてて下さいね?」

「してるよ?そんな危ない事してないけど。」

 識は史人はいやらしいと思う。遥か歳下なのに、そんな色気を当てないで欲しい。
 頬を撫で顎を持ち上げられ唇が重なると、最近はちゃんと力が出る様になっているのに抵抗出来ない。

「浅木家のウィルスも俺達が帰って来てから探しましょうね。」
 
 顔中にチュチュとキスしながら言われると、大人しく言う事を聞いてしまう。自分はこんなに素直な人間だっただろうかと識は戸惑う。

「分かったってば。」

「はぁ、心配です。」

「あのね、私は歳上なんだけど?未成年の君に心配される謂れはないよ。」

「そうですかね?」

 家事諸々史人がやっているので識は強く否定で出来なかった。

「それにせっかくそろそろかと思ってたのに、時期を見誤りました。」

 ………………なにを?と聞こうとして識は思い止まる。ろくな事じゃ無いと察したからだ。

「何故黙るんです?」

「……………………。」

「ベット、お風呂、トイレ、どこが良いですか?」

「…………え、どこも嫌…………。」

 にこにこと笑う史人に、識は青褪める。

「ふ、ふろ…かな?」

 肩を抱かれて引き摺られるように風呂場へ連行される識の瞳は涙目だった。

















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