偽りオメガの虚構世界

黄金 

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57 雪と白と花を飾る

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 目を開けると真っ白の世界だった。
 光風の体温は極限まで下がっていたが、そんな事はどうでもいいくらいに興奮していた。
 これが鳳蝶の世界。
 白く、何も無い世界だった。雪しかない。
 一緒に落ちたはずの鳳蝶の姿はどこにも見えなかった。

「どこにいるの?」

 尋ねても風が吹くだけ。
 体温が奪われて行く。
 ここは造られた世界だが、想像主が思う通りの世界だ。光風はまだ歓迎されていない。
 だがここに入り込めたのだ。
 陽臣は弾かれたが、自分の手は取ってくれた。
 雪で埋もれさせようと誘ったのは自分だ。

「ねぇ、出て来てよ。一緒に花装飾をしよう?」

 光風は雪を掬った。
 周りの雪を集めて塊にしていく。道具も何も無いので指で形を整えていった。
 
「彫刻はあまり得意じゃ無いんだよねぇ。」

 そこには歪な白い花。
 大きいのを作って、その隣に小さいのも作り並べる。
 時間は掛かるし指も痛い。痛いというより感覚が無くなってきた。赤から紫に変わっている。現実の指もヤバそうだなぁと呑気に光風は考えながらも、無心に雪の花を作っていった。

「俺はねぇ、花装飾が好きなんだぁ。いつか生きている花を見つけて大事にしたいんだよねぇ。」

 鼻歌でも歌いそうに機嫌良く光風は話す。
 歪な雪の花は少しずつ増えていった。

 指が動かなくなりつつある。

 足も冷たく、感覚は既に無い。

「………生きている花?」

 ほたほたと降る雪の中、鳳蝶が少し離れて目の前に立っていた。
 薄茶色の髪と瞳の、丸い身体の現実通りの鳳蝶だ。鳳蝶は自分から逃げない。だから思い通りになる世界なのに、鳳蝶のままだ。
 
「うん、生きている花だよ。ずっと大事に愛でて一緒に生きるんだぁ。」

 鳳蝶はふーんと首を傾げた。

「見つかったのかよ?」

 光風はニコニコと笑う。

「うん、目の前にいるねぇ。」

「……………え?」

 光風がちょいちょいと鳳蝶を手招きするので、そろそろと近寄った。
 ここに寝てみてと言われて、意味も分からず先程から光風が作っていた雪の花の中央に寝転がらせられる。

「うんうん、やっぱり似合うねぇ。可愛い~。」

 可愛いいと言われて鳳蝶は目を見開く。

 光風はさっきから鳳蝶にはどんな花が似合うだろうかと作っていた。
 白い雪は白い花になっていく。
 椿、ゼラニウム、水仙、ノースポール、パンジー、シクラメン………。ポピュラーな花だけでも沢山ある。
 白い雪の花の中に、鳳蝶の薄茶色の髪と瞳が映えた。鳳蝶の肌も雪のように白い。だが生きている。血が通い薄紅色の頬と唇が可愛らしかった。

「もう、作るのやめろよ。指の色おかしいぞっ。」

 鳳蝶は自分の事でいっぱいいっぱいで今の今まで気付いていなかったが、光風の様子がおかしい事に漸く気付いた。
 身体は震え指が変色している。
 雪の中にいる格好ではない。
 起き上がると鳳蝶に積もり出した雪がパラパラと落ちた。
 座った状態で光風の手を握る。
 
「そか………、オレは寒いのが分からないのか……?お前大丈夫なのか?」

 光風の手を擦りながら尋ね、光風を仰ぎ見た。
 瞳はやっぱりどこか昏い。
 いつも思っていたのだ。何故そんな目をするのか。何処を見ている?ちゃんと前を向いているのか?
 光風の心が心配になってきた。
 普通こんなになるまでここに居続けるか?
 光風は戻ろうとも帰ろうとも言わない。
 雪の花を作り、飾るだけ。
 いつも間延びした話し方で、力が抜けた雰囲気で、そのくせ綺麗で魅力的なアルファの光風。
 人の事などお構いなしにグイグイ心に入り込んで、何もかも上に行く人間なのかと思っていたのに…………。

 とても危なく見えるのは気の所為だろうか?

「俺の生きている花になってよ。」

「え?」

 またその話?生きている花が何なのか鳳蝶にはさっぱり分からない。
 でも光風は生きている花を見つけて大事にすると言っていた?

「ダメならずっとここに居座るからねぇ。」

「え!?いや、お前は戻れよっ!だいたい何だよ生きている花って!」

「えー?死んでいる人間じゃなくて生きている人間?ずっと一緒にいてくれる花?」

 光風の思考がよく分からない。

「え、まてまて、じゃあそれは恋人とか、…こ、婚約者とか、つ、つ番とかの事じゃね?」

 光風はパチクリと瞬いた。
 あまりにもキョトンとしているので、鳳蝶は違ったのかとドキドキする。
 こいつアルファのくせに思考回路が飛んでいると思った。
 しゃがんでずっと作業していた光風の頭には雪が積もっている。
 それを鳳蝶は払いのけていると、光風にその手を取られた。
 そおかぁ、と光風は笑った。
 虚とも言える昏い瞳に光が差す。
 ほたほたと降る雪が光風の笑顔を邪魔して降り続けるので、鳳蝶は雪に邪魔するなと願った。



「鳳蝶、番になろうか。」



 なんでもない事のようにそう光風は告げた。
 鳳蝶の心臓はドクリと跳ね上がる。
 つがい、つがい、番、と頭の中を同じ言葉がぐるぐると回った。

「お前、そんな簡単に…!ちゃんとわかってんのか!?」

 光風の昏い目を見ると、心配になってきた。オメガは一度しか番ない。特に鳳蝶の様にフェロモン異常を抱えていると、番解除でもされようものなら一気に弱り死期が早まる。

「分かってるよぉ。俺の父親五人も番作ったけど、無茶苦茶ドロドロしてて、絶対一人しか作らないって決めてるし。」

 ご、五人……?鳳蝶は絶句した。
 
「鳳蝶、俺の右目今金色でしょ?これ千里眼って言ってたやつ。これさぁ個人容量だけじゃ足りないから補助記憶装置でもあるんだぁ。色々機能がついてて、遠くを見る以外にも色んな情報をストック出来んの。」

 コツンと光風がオデコを鳳蝶のオデコにつけてきた。
 ち、近い!鳳蝶の心臓はさっきからバクバク鳴っている。
 さっきまで勢いよく降っていた雪が、ゆっくりと速度を落としていた。
 鳳蝶の中に色んな花の情報が流れてくる。

「何これ?」

 白い花ばかりだ。

「十二月の花装飾のイメージ。鳳蝶のイメージだよ?」

 白い雪は白い花に。
 もみの木に積もる雪も白い花。
 床にはキラキラと光を反射する小石が敷き詰められ、白いクリスマスローズやシクラメンが木の根元を覆っていた。

「雪の代わりに白い花を飾るのか?」

「うん、アーチ状の通路も作ってみようかと思ってるよ。白のバラとかも取り寄せるんだよ。ハウス栽培もしてるから季節ずれてても結構揃えられると思うんだよねぇ。」

 鳳蝶は可笑しくなってきた。
 こんなとこに来るから、きっと起きろと説得されるのだと思っていた。
 なのに光風は相変わらず光風で、何も変わらない。
 自分の思った通りの事ばかりするのだ。
 振り回される人間はたまったものでは無い。
 なのに、それが楽しく感じた。

「鳳蝶、俺の『生きている花』になってよ。そして番になろう。」

 じゃないと鳳蝶が死ぬのを待って、死んだ花にしたくなる。
 ボソリと呟く言葉には、嘘偽りなく光風の本音がみえた。
 そして光風は鳳蝶の本体を見ているのだという事も理解出来た。

 アゲハではなく鳳蝶を。

 そして、手に入らないのなら死を待つという意思も理解出来た。
 それはとても歪だけど、光風なりの愛情であり執着なのだろう。
 恋人よりも、番よりも、優先順位は『生きている花』になって欲しいと言う光風。

 雪がキラキラと舞う。
 結晶となって、鳳蝶の世界を白銀に染めた。
 雪が結晶となり、結晶が花となる。
 二人は白い花の世界に向き合って座っていた。

「………………分かった。とりあえず戻ろうぜ。光風の本体も心配だ。」

 労る様に抱き締めると、光風の身体はかなり冷たかった。
 鳳蝶は急いで光風を戻さなければと本気で心配になってくる。

「今フリフィアの楓の所にいるから、起きて待っててね。」

 頬を覆う手のひらも指も氷の様に冷たい。
 そっと口付ける唇も真っ青で、早く光風を戻す事にした。

「待ってるから、まずは本体が無事か確認しろ。」

 光風は震えを通り越して、寒さで朦朧としている様に見えた。
 それでも光風は深く何かを見通す目で鳳蝶を見ていた。
 うっとりと潤み、光風は微笑む。

「………鳳蝶、あったかいね。」

 死んだ母は冷たかった。
 死んだ花は冷たい。
 でも、鳳蝶は暖かい。………生きている。

 光風が笑って消えて行った。鳳蝶も直ぐに戻る為に目を瞑る。
 雪の世界からお互いは消え、白銀の花は渦巻きながらゆっくりと閉じていった。



 そして。
 暖かい空気と毛布の感触に、鳳蝶はゆっくりと目を開いた。









 光風が目を開くと手足がお湯につけられていた。身体には暖かい服と電気毛布。

「ちょーレトロ。今時こんなのあるんだぁ?」

 呂律の回らない舌で喋ると、舌を噛みそうになった。

「……いやいや、光風危なかったんだからね。身体は冷えていくし低体温症とか手足の凍傷とかなり掛かるし、どんな目にあってたの?」

「え?雪の中で花装飾考えてたかなぁ。」

 楓が何言ってんだコイツ、と眉を寄せた。

「光風、鳳蝶が目を覚ましたと連絡が入ってる。」
 
 仁彩に鳳蝶の母から目を覚ましたと連絡が入ってきていた。意識は戻り命に別状はないが、少し発情の余韻の様なものがあるという。

「あ、俺ね番になろうってお願いしてきたよぉ。だから直ぐに行きたいんだけど。」

「何言ってんの、直ぐは無理。治療が先だよ?」

 楓に止められた。

「じゃあ、今から僕達鳳蝶の方に向かうから、青海君が治るまで待っててねって言っとくね!」

 仁彩が伝言役を引き受けると申し出る。

 
 識月と二人でタクシーに乗り病院は向かいながら、仁彩は自分の予想通りになったと喜んだ。
 







 結局その日は仁彩も鳳蝶には会えなかった。
 会えたのは二日後、オメガの仁彩と楓だけ病室に入れた。

「で?で?付き合うの?番いなるの?結婚するの!?」

 矢継ぎ早の仁彩の質問に、鳳蝶は狼狽えた。

「た、多分?」

「多分も何も光風はなる気満々だったよ?あっちはそろそろ退院するから、それから色々やるって言って識月になんか頼んでたけど。」

「た、頼む?何を?」

 鳳蝶は知らぬ間に何かが進行していそうで不安になった。

「………………うーん。ご両親から聞くのが一番かな?」

 楓は知っているようだが教えてくれるつもりはないらしい。
 仁彩を見ると何も知らないと首を振る。




 そして体調も整い数日後告げられた内容に、鳳蝶は失神するかと思った。
 両親曰く、鳳蝶が確実にアルファと番になるには、病院でアルファの光風と共に抑制剤を使用しない状態でチャレンジするのが好ましいけど、どうするかという質問を受けた。
 
「なかなか一緒に遊んでるって子の事教えてくれなかったけど、青海家のご子息だったのね?」

「雲井識月君が間に入ってくれてね、出来れば本人達にもその意思があるので了解して欲しいと頼まれたんだよ。光風君は噂が色々ある子だけど、今は学生ながら仕事を頑張ってるし、鳳蝶一筋だと言うじゃないか。」

 凄く光風に対して好意的な二人の意見だった。
 識月はどうこの二人を納得させたのだろう?
 あれよあれよと言う間に話が進んでいく。
 病院だけどバース対応病院なので防音も防臭もバッチリだからと医師に説明された。




 両親と担当医師からの説明の後、青海家の当主が面会を申し込んできた。
 光風の父親だ。
 アルファと直接会うのは危険なので、スクリーンの通信越しに話す事になった。
 画面に出た光風の父親は、予想に反して穏やかそうな人だった。
 驚いていたのが顔に出たのか、光風の父親は笑いながら話し出した。

「意外かな?番が五人いるって聞いてた?まぁもう光風の母親は亡くなってるんだけどね。」

 話し方も静かで穏やかだった。
 静かに語られる話は光風の子供の頃の話。
 つい親戚達の進めるままに番を増やして後悔した話。
 光風の母親を忙しさにかまけて相手をしていなかった事を、自分自身の不甲斐なさで死なせてしまい、自分を憎んだ話。

「私はね、あの子が楽しそうに母親の死体に花を飾っていた姿を見て、いつか人を殺してしまうんじゃないかと思ったんだ。小さい頃は華の道から遠ざけようとも思った。」

 死んだ人間に死んだ花を飾るという光風の瞳は、この世のものを見ていない気がして怖かった。深く昏い狂気の瞳。
 天から与えられた才能がそうさせるのだろうかと悩んだ。
 だがこれはあってはならない思想だ。
 だから花は生きているのだと教えた。
 生きている花を見つけなさいと言った。
 光風が人を花に例えるのなら、その花を生かしなさいと、それが花を生ける者としてのあるべき姿だと教えた。

「花を生けたいなら華道を学ぶ様言ってみたし、雲井家とこのまま懇意なら当主になる事も勧めてみた。華道の道に進んで仕事に打ち込めば、あの異常な欲求も解消されるかと思ったんだ。だけどどちらも拒否してね…。光風はいつかまた死んだ花を求めるかもしれない。だけど、番なら本能でなんとしてでも守ろうと感じる筈だから、番になるオメガに光風を託したいと思ったんだよ。」

 それで光風の異常性が抑えられればいいと願った。
 だから『生きている花』を探せと言った。
 五人も番を作った自分が言うのもなんだけどね…………。
 そう苦しそうに言った光風の父親。

 よく考えて番になるか決めて欲しい。

 そう言って通信は切られた。

「そんな事言われても………。もう、答えは決まってる。」

 鳳蝶は自分があの昏い瞳に囚われたのだと、ちゃんと自覚していた。











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