偽りオメガの虚構世界

黄金 

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56 光風の『生きている花』

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『ねぇ、お父様はいつ来るかしら?』

 母が繰り返し紡ぐ言葉。
 五人もオメガを抱えていれば一人一人相手する時間は減る。
 母の両親は普通の人だ。
 普通の家庭で育ったオメガ。
 貧乏では無いが、アルファの番に夢をみる少女の様な人だった。
 
 父は平等に妻や愛人の相手をしていたとは思う。ただ発情期の相手をする場合、五人もいればどうしても序列が出来る。
 光風の母は一番最後尾だった。
 普通に愛らしく幼い母にはそれが苦痛だった。
 五人の中で一番最後。
 一番最後に愛されている。
 ただ唯一産んだアルファの男子がいたから青海家に居る事が出来た。
 光風がいたから父の側にまだ居れる。
 それだけが母が縋り付く唯一の糸だった。
 皆んなが皆んなアルファの子供を産んだわけでは無い。子供がいない、というか自由に生きたいと作らないオメガの愛人もいたのだが、母にとっては最後に回される自分が可哀想で仕方なかったらしい。

『みっちゃん、明日はお母さんの番なのよ。』

 無邪気に喜んでは期待を裏切られる。

『発情期の御相手するのですって……。』

 アルファの子供を産んだのは正妻の子供一人と、もう一人の愛人の子供で女アルファ一人。そして光風が一番末の子供でアルファだった。
 青海家はアルファが産まれにくいのか、アルファとオメガの番であっても、アルファの出生率が低かった。
 また次に母が身籠るとアルファかもしれない。その疑心暗鬼が他のオメガ達を結託させた。
 母の順番は永遠に来ない。

『みっちゃん、あたしは忘れられたのかなぁ。』

 母の順番は何かと邪魔をされた。正妻の家は良家の出で、母の順番に合わせて父に仕事を持って来る。
 母は番のアルファに発情期すら相手にしてもらえず、徐々に狂い出した。
 
『花を飾りましょう。あの人が大好きな花をいーっぱい集めるの。』

 家業のお陰で花は手に入りやすい。父がいつも花に囲まれて生きているのを忘れきれないのか、家中に花を飾る様になった。

『みっちゃん上手ね。流石、お父様の子ね!』

 光風が花を飾ると喜んだ。
 だから暇な時間はずっと花を飾ってあげていた。
 父は妻や他の愛人から、花を送れば喜んで満足するから大丈夫だと言われていたらしい。
 後から知った。
 番いの存在と花が同列なわけない。

『お父様は、この花を見たら喜ぶわよね?』

 光風にもそれは分からない。光風自身碌にあった事がないのだから。
 だからせめて母が望む様に花を飾った。
 死ぬまで、ずっと。

『あたしと花とどっちを綺麗っていうかしら?』

 母は父の喜ぶ顔を見たくて花を飾るのに、その花に嫉妬してもいた。
 花は美しい。
 でも枯れる。
 枯れるから美しいのか。
 無くなるからその姿が美しく思えるのか。

 母の妄執は光風に延々と語られた。

 父が来ると信じて綺麗な服を着て、化粧を施し部屋に花を飾る。
 次々と父から贈られてくる花達。
 花よりも本人が来てくれればよかったのだ。

『みっちゃん、あたしね、疲れちゃった』

『うん。』

『あたしが動かなくなったら、この花達と同じ様に綺麗に見えるかしら?』

『うん、俺が飾ってあげるよ』

『花になりたい………。』

 母は消えて無くなる花になりたいと言った。
 衰弱し小さくなって行く母親を、まだ小学生に入ったばかりの光風はどうすることも出来なかった。
 学校には行かせてもらえていたが、他の妻達の監視が厳しかった。
 病院に連れて行きたいと何度も頼んだが、聞いてもらえなかった。
 オメガとはこんなものなのだと、同じ大人のオメガから言われてしまうと、子供の光風には判断が難しかった。
 父親に連絡を取ってくれと頼んでも聞いてもらえない。

 母は死んでいく花になりたいと言った。
 
『そうしたら、きっとお父様も来てくれるわよね?』

 だって消えて無くなる花になるんだもの。

 そう言う母に、死んでしまってから会えてもどうしようもないじゃないかとは言えなかった。

 


 見上げる母の足は床についていない。
 ぶら下がる母をほんの少し触ってみた。
 冷たく、ほんの少ししっとりとした肌が、気持ち悪かった。
 押すとほんの少しだけ揺れる。
 重たいのだなと思った。
 降ろすのは無理だ。

 それよりも、花で飾ってあげよう。
 そう約束していた。

 家中から花を集めた。
 ぶら下がった母に花を挿す為に脚立や椅子で周りを固めた。
 母はゆったりとしたクリーム色のドレスを着ていたので、何の色でも合うと思った。
 花冠を作り頭に乗せる。髪を結い鮮やかに花を差し込む。
 スポンジも枯れにくくする液も水も無いので、手早く花装飾を施さないと。
 
 後からきっと大人達に見つかるだろうから、その前に飾らないと。
 折角だから綺麗な花になった母を見てもらおう。
 母が吐いた物も、排泄物もそのままに、光風は花を飾った。
 母の小さな白い足は、ぷらぷらしてて可愛いから見せる様に飾ろう。
 椅子に大きなウサギのぬいぐるみを置いて、母のお気に入りの旅行鞄も並べて、今から旅に行く様にしてみよう。
 鮮やかに彩って、幸せな旅に出掛けるのだ。
 もう使わないであろうレースのリボン、薄いショールを使ってしまおう。
 
 出来上がった死んだ花。
 母が望んだ綺麗な花。
 死への旅路。




 夜になっても電気が点かない部屋を訝しんだ使用人に見つかった。
 上がる悲鳴が喧しかった。

 次々と人が入って来て、父も漸くやって来た。
 父の口が唖然と開いている。
 光風はそれを見ておかしくて笑った。

「…………これは、光風がやったのかな?」

 漸く喋った。それがまたおかしくて、光風は笑いながら答える。

「そおだよぉ~。綺麗な花でしょ?」

 父の表情が固まる。

「……………確かに、綺麗だ。素晴らしい才能だと思う。だが、彼女はお前の死んだ母親だ…………。」

 光風は何を当たり前のことを言っているんだろうと思った。

「死んだ花になりたいって言ったんだよ。だから花装飾をしてあげたんだけどなぁ?」

 枕花とも違う供花とも違う、死者を花で飾る行為に、全員絶句した。
 光風のどこを見ているのか分からない瞳を見て、父の背中がゾワリと震えた。

「死んだ花………。」

 呟いた父親は暫く考えた後、光風を別室に連れて行ってそこで過ごさせた。
 母親の葬儀は光風から見ると普通だった。
 あんなに綺麗に飾ったのに、棺桶に入った母親に花は無かった。
 口の中にも可愛い花を入れてあげたのに……。そう呟くと、父は苦しそうだから取ったのだと言った。


「光風、花は生きてるんだ。生きた花を飾りなさい。」

「花は枯れるよ?」

「枯れるけど、枯らさない様に、なるべく長く保つようにしてるだろう?その技術を学びなさい。そして、人も同じだ。生きている花を飾りなさい。」

 死んだ花ではなく、生きている花を?
 生きている人を飾るの?

 よく分からない顔をしていたら、父親はそのうちわかると言った。誰でもいいから長く共に生きる花を見つけなさいと言われた。


 礼儀や作法を学ぶのは億劫だったが、花装飾を学ぶのは楽しかった。
 父親には色々と家業について反抗しても、花を飾る事だけは楽しかった。

 生きている花を見つけたかった。
 花は生きている。
 そう言った父親の言葉は、ずっと光風の中に残っていた。
 死んだ花を願った母親と、生きた花を探せと言う父親。
 死んだ花はもう母親で試したので、今度は生きている花を探そうと思った。

 これかな?と思った人間は、いつも違った。
 花の様に美しく無い。
 花を飾って愛でたいと思わせる人に出会わない。
 光風に群がる人間は皆、何かしらの欲に塗れている。物欲、情欲、愛欲、性欲、欲ばかり見えて花が似合う人に出会わない。
 いっそのこと死んだ人間ならもう一度綺麗に飾れるのではと思ったが、それはダメだと止められた。
 死んだ人間なら全ての欲が消えて、花が似合うのにと思うと残念だった。
 死んだ花への欲求は一度目は父に、二度目は識月に止められた。
 高校に入り、見つけた識月は美しかった。
 孤高の月の様に静かに輝く人だった。
 花を飾らせてとお願いしたが、断られた。
 決して死を仄めかしたわけでも無いのに、何故だか気付かれて、仕事をくれた。

 広いロビーは光風の欲求を暫くは満たしてくれたが、やはり生きている花を探したいとまた思う様になった。
 現実よりも嘘の世界なら、その人の理想が詰まった人間になっている人達なら、気にいる人に出会うかもと思った。
 出会っては失望する日々。
 その中で、たまたまアゲハに出会った。
 その強い眼差しが綺麗だと思った。
 ああ、生きている。生きている人だと。
 ゲームの中では同じアルファなのに、セックスが異常に気持ち良かった。
 本体がオメガだと思った。勘だった。

 確かにアゲハの本体はオメガだった。
 最初はあまりにも静かな瞳に失望した。
 それでも諦めきれずにアゲハに付き纏い、本体の鳳蝶にも絡んでみた。
 この不思議な執着とも言うべき感覚の答えを知る為に。

 追いかけ回すと、必死な薄茶色の瞳から溢れる強い意志が見えた。
 どんなに辛くても諦めない。
 逃げてでも生きていたいという眼差し。
 立ち上がろうとする強い心。
 ゾクゾクとして欲しくなった。
 生きている花を見つけた。
 


 アゲハは鳳蝶で『生きている花』だ。



 光風は今までで一番興奮していた。









 
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