偽りオメガの虚構世界

黄金 

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55 全てを雪に埋もれて

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 校舎の中の生徒玄関。
 靴箱は小学生用に低く明るい色合いの木の下駄箱が並ぶ。
 ホログラムの案内板と登下校時の注意事項が壁に映し出されていた。
 
「お前も来たの?」

「うん、どーしても鳳蝶と一緒にやりたい事があって。」

 鳳蝶は首を傾げた。
 先程会った陽臣は普通に説得に来た感じがした。
 一緒に帰ろうと、守ると言ってくれた。
 でも鳳蝶は逃げた。
 まだここに居たかった。
 陽臣に守ると言われて、守られたいとどーしても思えなかった。
 首を振って逃げてしまった。

 光風はどうやら説得に来たわけではないらしい。

「何するの?」

「十二月の花装飾を考えるよ~。」

 なんだ、こんなとこまで来てまた花の事かと鳳蝶は呆れた。まだサブ垢のアゲハをイメージするのだろうか。

「この前の雪ばっかだったじゃん。」

「そうだねぇ。鳳蝶こそなんで此処は雪が降ってるの?」

「それは………。」

 雪で全てを覆い尽くして、消してしまおうと思ったから。 
 記憶に残る小学校の校舎も、そこにいた人間たちも、ベータを望む鳳蝶自身も、全部無くしてしまいたかった。
 
 そう考え出すと、ほたほたと降る雪の量が増して来る。視界を遮る程の大きな雪。既に足首まで隠す積もった白。
 アルファの光風はそんな中でも飄々と立ち、美しい人なんだなと鳳蝶は思った。

「全部、隠したい?」

 心を見透かした様に言う光風にドキリとする。
 弱い心を見られた。
 何でコイツらは来たのか。
 人の心の奥底に土足入られた気がした。
 
 雪に風が混じる。

「………………鳳蝶、もっと降らせるといいよ。もっと、もっと……、全てを隠すくらいに降らせたら、俺と一緒に埋もれてくれる?」

「?」

 何を言ってるんだろう?光風が言っている事が理解出来ない。普通は宥めるとか説得するとかして雪を止ませるもんじゃないのか。
 不思議で視界の悪くなった雪越しに光風を見て、鳳蝶の背筋は凍る。
 ゾッとする程に笑う光風が、鳳蝶を見つめていた。
 深く昏い瞳は何なのか。
 
 怖くなって鳳蝶は後退り、方向転換して走った。

 捕まれば何かが変わる恐怖と不安。
 でも何が変わるのか鳳蝶には分からなかった。
 
 小学生の鳳蝶はいつの間にか、太って丸い鳳蝶に戻っていた。
 はぁはぁと息が上がる。
 この世界は鳳蝶の世界なのに、まるで光風に掌握されたかの様に錯覚しそうだ。
 息が上がるはずはないのに、鳳蝶の身体は疲れていた。




「鳳蝶!見つけた!」

 今度は陽臣に見つかった。
 鳳蝶は来るなと首を振る。
 もう自分の心に入り込まないで欲しい。疲れるんだ。疲れたんだ。
 ゆっくりと眠りたい。
 元気になったら出るから!

「鳳蝶、何でこんなに雪が増えてるんだ!?光風に何か言われたのか?」

 陽臣は優しくなった。
 小学生の頃の横暴さは無くなり、ずっと気を遣ってくれる。陽臣の手を取り目覚めれば、平穏な生活になるかもしれない。
 でも何故だかその手を取る気にならなかった。
 陽臣はある意味アルファらしいアルファ。
 アルファらしい逞しさ、均整の取れた身体と顔。明晰な頭脳。人を従える統治能力。どれを取っても群を抜いている。
 だからこそ、人が群がる。
 小学生の時もそんな陽臣に憧れる生徒は多かった。
 だからこそそんな陽臣が構おうとする鳳蝶は敵視された。
 このまま陽臣の手を取っても、陽臣ではダメなのだ。
 鳳蝶が欲しいモノは得られない。

「何で陽臣はオレに構うんだ?」

 今陽臣と鳳蝶は手を繋いで生徒玄関に向かっていた。
 このまま中にいては雪に埋もれると陽臣が言ったからだ。外に出る為に歩いている。

「何でって……。俺は鳳蝶と仲良くなりたい。出来れば付き合いたい。」

 付き合う?オレと?
 そうか………、陽臣はオレのこと好きだったのか………。こんなとこまで迎えにくる事も、ずっと構ってくる理由も、鳳蝶は漸く理解した。
 
 二人は外に出た。
 さっきまで生徒玄関にいた光風は何処にもいない。

「陽臣は一緒に雪に埋もれたいと思う?」

 光風は一緒に雪に埋もれてくれるかと聞いてきた。
 外は既に真っ白で、地面は見えない。
 降り積もる雪はそのうち校舎も隠しそうな勢いになってきた。

「は?いや、流石に雪に埋もれたら危ないだろ?いくら此処が仮想空間の中とは言え、俺は結構寒いぞ。」

 そう言われてみれば、陽臣の手は震えていた。冷たい。
 鳳蝶は自分が造った世界なので何も感じない。病院用の仮想空間なので、患者は全感覚遮断されている。
 陽臣が寒いという事は光風も寒い筈だ。
 
「先に帰ってていいぜ。オレはもう少し休みたい。」

「……………いや、一緒に此処から出よう。」

 陽臣は真剣なんだろう。手を離さない。目を見て言い聞かせる様に説得しようとする。
 なのに頷けない。
 陽臣の隣はきっと沢山の人がいる。
 鳳蝶はその中に入りたくなかった。
 光風の隣もきっと大勢の人がいる。それこそ陽臣よりも沢山の人が。
 そう思うのに、光風の昏い瞳が心に残る。

「…………光風の手は取らないで欲しい。」

 ボソリと陽臣が呟いた。
 陽臣は光風の噂を聞いている。
 性に奔放で色んな人間と関係があるのも知っている。
 そしてそれよりももっと気になる噂を知っていた。
 人の過去を無闇矢鱈と明かすのは好きではないが、鳳蝶は知っていた方がいいと思った。
 知らずに惹かれていって欲しくなかった。
 陽臣だってわかっている。鳳蝶が光風の存在が気になっている事を。

 首を傾げる鳳蝶の両手を握ったまま告げる。

「光風は死んだ母親に花を飾ったんだ。」

「……………ふぅん?」

 鳳蝶にはその意味が分からなかった。
 葬式で棺桶の中に最後に花を入れたりする事のことかと思った。

「よく分かってないだろ?普通に花を添えるとかそんな意味じゃない。アイツは…、」

「!!!」

 言いかけて陽臣と鳳蝶、二人ともゾッとした背筋の凍る感覚に横を向いた。
 
 少し離れた場所に光風が立っていた。

「光風……?」

 鳳蝶は思わず名前を呼んだ。
 普段の光風も昏い目をするなとは思っていたが、今は降る雪の方が温かいのではないかと思えるほどの冷たい温度の無い笑顔。
 初めて見る光風だった。

「人の過去を勝手に教えるのは良く無いんじゃないかなぁ?」

 話し方はいつも通り、ゆっくりと気の抜けた話し方。それがまた不気味だった。

「…………………お前は、何の為に此処に来たんだ?俺は鳳蝶に目を覚まして欲しい、これからは一緒にいて欲しいと思って此処に迎えに来た。お前は何の為に来たんだ?」

 陽臣は鳳蝶を庇う様に前に立った。
 
「俺?俺はぁ、花を飾る為?」

 陽臣は舌打ちをする。

「まさか、親と一緒で殺すつもりじゃ無いよな?」

「人聞きの悪い事言わないでよ~。殺してないよ?ただ、飾っただけだよ………。それに、鳳蝶は生きている花だよ。」
 


 次の花は綺麗に生かしたいんだよねぇ。



 そう呟いた声は雪の中に消えてしまいそうなほど小さいのに、よく響いた。

「おま………っ!」

 青褪めた顔で陽臣が睨みつける。
 陽臣も光風も同じアルファ。
 なのに圧倒的に光風の底知れない圧が、陽臣を圧倒していた。

 光風がゆっくりと近寄り、陽臣の前に立った。
 陽臣を通り越して、その背後に隠された鳳蝶へ語りかける。

「鳳蝶、校舎隠れたね。鳳蝶が嫌いな過去も鳳蝶も隠せるくらい雪が降ったよ。」

 鳳蝶が目を見開く。
 自分でも気付かないうちに雪が全てを隠していた。
 後は自分達だけ。
 此処に立つ鳳蝶と、陽臣と、光風だけが白い雪の中に立っていた。
 光風が鳳蝶へ手を伸ばす。

「さあ、一緒に埋もれてみようよ。」

 鳳蝶が陽臣の横から少しだけ顔を出して光風を盗み見た。
 光風の目は相変わらず何を考えているのか分からない程に昏い。だけど、鳳蝶を見て笑っていた。思いの外優しい笑顔に鳳蝶は少し驚く。もっと雰囲気から殺人者を思い起こさせる様な冷たい顔をしていると思ったからだ。

「埋もれたら、どうなるんだ?」

「鳳蝶っ!ダメだ!」

 陽臣は止める。止めなければ、自分はきっと入り込める隙も無い事が分かっているから。
 陽臣は割と自分が恵まれた環境である事を理解している。 
 優しい両親、恵まれた家庭環境、生徒会長で成績も問題ない。友達も昔から沢山いるし、彼等には好かれている。人生に躓いたことはない。鳳蝶の事だけが最初でたった一つの躓きだ。
 そんな自分には彼等の孤独は理解出来ない。

 分かってやる事が出来無い。


「ごめん、陽臣。オレ、光風と話してみる。」

 鳳蝶は振り返る陽臣へごめんと謝った。
 有難う。此処まで来てくれて嬉しかった。
 そう鳳蝶はお礼を言った。
 握る手が強く握り返される。
 ありがとうと。
 意識が薄れていく。

「……………鳳蝶!………っあ、げ………っ!」

 陽臣の存在は薄っすらと透き通り、鳳蝶の名前を叫びながら消えて行く。

「ありがとう。」
 
 そう鳳蝶が告げると、完全に消えてしまった。

 鳳蝶は雪の上に立つ光風を見つめる。

「どんくらい埋もれたらいいんだ?」

 光風が伸ばした手を握りながら尋ねる。

「空も見えないくらいに、かなぁ。」

 鳳蝶が分かったと返事をすると、ほたほた降る大きな雪は二人を隠して行く。
 鳳蝶の造る世界は雪の中に埋もれてしまった。







 はあっと陽臣は息を吐いて起き上がった。

「あ、おっかえりぃー。やっぱ陽臣生徒会長が先に起きたね。」

 楓が元気よく目覚めを出迎えた。
 陽臣はガバリと起き上がり、髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。

「あーーーーーっ!!くっそおぉぉぉっ!許せんっっ!!」

 陽臣の叫びに寝ていた仁彩がビクゥと起きた。仁彩に膝を貸していた識月がイラァと苛立つ。

「意外と入ってたと思うよ?僕はもっと早く弾かれるかと思ってたし。」

 楓はあっけらかんとそう言った。
 此処にいる全員、先に起きてくるのは陽臣の方と予測が一致していた。
 陽臣だって分が悪い賭けだとは思っていたのだが、何もせずに諦めたくなかっただけだ。

「……………やっぱ人は影のある男の方がモテるのかなぁ。」

 いつに無い生徒会長の弱気に、楓は無言になる。これは慰めるのが特になるか?それとも面倒ごとになるか?
 チラリと識月に目配せすると、識月はお前がやれと視線のみで采配を任せてくる。
 え、面倒臭い。
 とは思うが、後で識月にいい仕事を回してもらおうと思い直し、陽臣を慰める事にした。

「会長、会長、そんな事望まないタイプは、良妻賢母タイプだよ。家庭に入るの大好きな子だよ。平和が好きな人だよ。」

「楓、それは湯羽鳳蝶にも当てはまる。」

 識月のツッコミに楓はあれ?と首を傾げる。

「じゃー、のんびりっ子?」

 識月がじとーと目を細める。あ、それは仁彩かぁと楓は思い直した。

「この任務失敗かもっ!」

 てへっと笑う楓は陽臣を慰めるのを放棄した。

「…………お前らなんか嫌いだっ!」

 陽臣は膝を抱えて不貞腐れた。








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