偽りオメガの虚構世界

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54 仁彩の脳内お花畑

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「………ここ、どこ?」

「…小学校だ。俺が通ってた……。」

 鳳蝶の仮想空間に入った二人は、目を開けると雪の降る寒い校庭に立っていた。
 光風からすると見知らぬ学校らしき場所だが、陽臣からすれば思い出深い場所に出た。
 雪がチラチラと降り寒い。
 鳳蝶にとっては快適な空間になっているが、招かれざる客である二人には凍える程に寒く感じた。

「ふぅん……?鳳蝶にとってはあまりいい場所じゃない筈だよねぇ?」

 陽臣が通った小学校という事は、鳳蝶が五年生までいた所になる。いじめで転校した学校だ。
 病院が提供する仮想空間は、患者の精神が心休まる場所になる為に作られている。
 鳳蝶の精神が作り出した仮想空間のはずだが、なぜ辛い記憶が残る場所になっているのかが理解出来なかった。

「鳳蝶を探してみよう。」

 陽臣の提案により、別れて探すことになった。
 光風は陽臣の意図を察したが、敢えてその提案に乗った。
 ここは陽臣がよく知る場所であり、光風には初見になる場所。陽臣は小学生時代の鳳蝶を知ってもいるので、陽臣の方が有利なのだ。
 手を振り陽臣と別れる。

「さて、ここはフィブシステムを使った仮想空間だよね~。」

 態々別れたのは光風もやりたい事があったからだ
 目を瞑り開くと右目の色が金色になる。『another  stairs』で使用している千里眼だった。可愛い子を見つける為という理由で作ってもらった瞳だが、本来は花装飾に使える材料を探す為に特注した。
 『another  stairs』の中で装備する為にフリフィアで作ってくれと楓に頼んだ物なので、この瞳はフィブシステムの中でも、フリフィアの中でも使える。勿論、病院が使用するシステムはフィブシステムなので、此処でも使える。

「まずは、鳳蝶の居場所と陽臣の行動を見てみようかなぁ。」

 そう言って、校舎正面の校庭から一歩も動かずに、光風は遠くを見渡した。








 陽臣は鳳蝶がどのクラスにいたのかきっちり覚えている。
 一年から五年まで、ずっと鳳蝶を追いかけ回したのだ。脇目も振らず追いかけ回し、鳳蝶がいじめに遭っていても、陽臣自身が味方になっていれば大丈夫だと思っていた。
 いくらアルファ性を持っているとはいえ、子供だったのだ。
 付き纏う陽臣とオメガ性の鳳蝶は度々騒ぎを起こした為、同じクラスになる事もなく、陽臣の前では皆鳳蝶をあからさまにいじめもしないので、鳳蝶がいなくなるまで気付かなかった。
 
 湯羽鳳蝶君は一身上の都合により転校しました。

 鳳蝶のクラスでそう説明があったと、そのクラスの子達から聞いた。
 陽臣は何も知らなかった。
 鳳蝶が転校する事を鳳蝶自身が教えてくれるわけでも無く、他人からポンと知らされた現実にショックを受けた。
 どうやって探せばいい?
 先生に尋ねても教えてくれない。
 誰が聞いても秘密にされた。湯羽家がそう望んだからだ。
 誰も知らない場所で新しく生活をさせたいと、御両親の希望があるんだよと言われた。

 陽臣は鳳蝶の支えになれなかった。

 中学に上がり、生徒会に入ったり部活をやったりとしていると、他校との関わりが増えてきた。
 鳳蝶を知ったのはたまたま。部活でその高校に練習試合に行った時、鳳蝶がいた。
 声は掛けなかった。掛けていいか分からなかったからだ。
 その学校の奴に鳳蝶の事を聞いてみたら、頭が良いと言っていた。性別はベータだと聞いて、オメガである事を隠しているのだと気付いた。
 そこから鳳蝶の事を調べたのだ。
 居場所が分かれば調べるのは簡単だった。
 志望校は家からあまり離れていない所にしていた。学力的にはもっと上を狙えるようだが、オメガ性とフェロモン異常を抱える身体では、それが限界なのだろうと感じた。

 入学式の時に正直に謝る事にした。
 同じ学校に通えばどうせバレるのだ。逃げられる前に知ってもらうのが一番だと思った。
 鳳蝶にはなかなか近付けなかった。
 鳳蝶が側に近寄ろうとしないのもあるが、友人になった雲井仁彩の存在が大きかった。
 雲井仁彩の背後に雲井識月の存在が見え隠れする。鳳蝶に近寄るという事は雲井仁彩に近付く事になるのだが、識月がそれを許さない。あの二人に近寄るなと、圧力が掛かってくる。

『そんな遠回しに行くから余計に警戒されるんだよ。』

 二年に上がってから同じクラスになった麻津史人からそう言われた。言いたい事は分かるが、お前みたいに遠慮なしにお弁当のおかずを貰いには行けない。
 鳳蝶は万人に人当たりよくやり取りしているが、俺だけは近寄らせない。
 自分の所為ではあるが、それが悔しかった。

 雲井識月と従兄弟の仁彩が付き合い出したと噂がたった。そこは従兄弟同士なのだし、たんに仲良くなっただけではと思ったが、実物を見て納得した。
 仲良いとか言う程度の低い雰囲気ではなかった。
 じゃあ仁彩といつも一緒にいた鳳蝶は一人になったのではと思ったら、今度は浅木楓と青海光風が囲んでいる。
 何故あんな特殊な人間ばかり周りに集まるんだ?
 
 鳳蝶が修学旅行委員になったと聞いて、本来は違うのだが生徒会で取り纏めをやると引き受けた。
 そのお陰で少し話す事も出来るようになった。
 国営のお見合いパーティーでもわだかまりをとる事が出来た。もしかして会えるかもと、たまに参加していたのだ。
 このまま関係を修復出来ればと思っていたのに、青海光風が邪魔をする。
 考え無しに入り込んでいるのかいないのか、さっぱり分からないタイミングで鳳蝶を翻弄してくる。

 最近相談役代わりになっている史人が、なんともいえない顔で含みのある事を言う。

『ま、頑張って?相手が悪いけど。』

 俺が青海に負けると?
 今まで同じアルファ性の人間にも負けた事はなかった。
 成績だって負けていない。
 そういう事じゃないと史人は言うが、要は最後に鳳蝶が自分を受け入れてくれればいい。


 五年生の時の教室に来た。
 子供がいる、とは思うのだが顔が朧げだ。そういえばこんな子供いたな?という感じ。
 ここは鳳蝶の世界。
 鳳蝶にとって他の子供達は全て同じ顔に見えていたのだろうか?
 男子と女子は判断出来る。服も一人一人違うのに、顔はあるけど皆ボンヤリとしている。特徴が何もない。
 その中に鳳蝶がいた。
 鳳蝶自身も少し現実と違う?

 陽臣は太る前の鳳蝶を知っている。
 ほっそりと長い手足、小さくて綺麗な整った顔。長い睫毛に覆われた大きい薄茶色の瞳。最初オメガがいると聞いて見に行った時、白い頬に薄茶色の巻毛がかかって、天使だと思った。
 
 
「少し、地味か?」

 思わず声にしてしまう。
 鳳蝶ではある。痩せて細い身体は、太る前の鳳蝶なのだが、五年生の時は既に丸かった。この世界が鳳蝶の心を休める為の理想の世界かもしれないとするなら、痩せた鳳蝶がいてもおかしくはない。
 でも何となく地味な気がする。

「……………そうか、オメガじゃない?ベータなのか?」

 鳳蝶の理想はベータ?
 だから地味なのか?
 ベータの鳳蝶は整ってはいるが、全体的に普通。
 オメガ性は基本美しく華奢。
 だがベータになれば確かにこのくらいの人間なのかもしれない。

 陽臣は教室に入り、鳳蝶の前へ来た。
 小学生の鳳蝶が席についたまま陽臣を見上げる。

「……………鳳蝶、一緒に帰ろう。」

 小学生の時もそう言えば良かったのだ。クラスは違っても出来るだけ近くに居て、行き帰りも自分が申し出れば良かった。
 誰も鳳蝶を傷付けないよう、ずっと側に何故いなかったのか。

 鳳蝶はじっと俺を見ている。
 子供の鳳蝶だ。頼りなく、まだ高校生の鳳蝶のようにどこか冷めた目をした鳳蝶ではなく、人に期待した目を向ける鳳蝶。

「どこに帰るんだ?」

「俺と起きよう。これからはずっと俺が守るから。」

 鳳蝶は目を見開いた。薄茶色の瞳がまん丸になる。そして無邪気に破顔した。

「無理だよ。人がずっと一人のそばにいるなんて無理だ。」

 何の疑問もなく否定されて、陽臣は戸惑った。確かに現実的にはそうかもしれない。だけど信じて欲しい。それくらいの気持ちがあると。

「そうかもしれない。クラスも違うし、一緒に住んでるわけでもない。でも可能な限り一緒にいるから、信じて欲しい。」

 鳳蝶がフルフルと首を振ると、薄茶色の髪がふわふわと揺れる。

「違う。」

 違う?何が?
 だが拒否されるのは想定内だ。
 教室の中なのに雪が降ってくる。
 やたらと大きい雪がホタホタと落ちてきては降り積もりだす。

「鳳蝶………。」
 
「違う、違うよ。」

 鳳蝶は立ち上がり廊下に走り出てしまった。

「鳳蝶!」

 早い!何が違うんだ?何故逃げる?
 あっという間に鳳蝶は消えた。
 ここは鳳蝶の世界。鳳蝶が望む通りに変化する世界。
 
 もう一度探し直しだ。
 天井があるのに雪が降ってくる。
 学校の外も中も雪がホタホタと降り、雪が白く積もって行く。
 気温が下がり丈夫なアルファの身体とはいえども寒い。
 身体が限界を迎える前に鳳蝶を見つけて帰るよう説得しないと。幸いにまだ小学校の中だ。
 陽臣はまた鳳蝶を探す為に歩き出した。









 玄関まで逃げて来た鳳蝶は、何故ここに陽臣がいるのかと困惑する。
 迎えに来た?
 陽臣が?
 これから仲良くして行こうと和解したばかりだ。だから来た?
 鳳蝶はまだ帰りたくない。
 気持ちの整理がついたら帰るから、もう少し一人にして欲しかった。
 だから思わず逃げてしまった。
 違うと言った自分の言葉の意味を、ちゃんと考えるのが怖い。本当は何を求めているのか……。


 何処に行こう?

 特に当てもなく歩いていると、目の前にまた見知った姿が立っていた。

「鳳蝶の小学生姿もなかなかいいね。」

 ビクリと肩が震える。
 
「…………………光風?」

 目の前には光風がいた。少し垂れ目の整った顔。鳳蝶程ではないが茶色い髪と瞳。気怠気に立つ姿はいつも通りだ。

「そーだよぉ。」

 気の抜けた話し方もいつも通り。
 光風はいつもの様に鳳蝶に笑いかけていた。











 浅木家の一室。
 二つ並ぶベットの上の二人は眠ったまま。

「どっちか説得出来ると思う?」

 仁彩の問い掛けに、識月はほんのり笑って頷いた。

「ほんと?どっちが鳳蝶を連れ帰ってくれるか分かるの?」

 仁彩の期待した目に、識月は一瞬躊躇する。予測はしているが、どの様な事態が生まれるか正直不安でもあったからだ。
 仁彩が悲しむ結果はよろしくない。

「君らねぇ~、僕の前でいちゃつくの止めてくんない!?」

 ソファに並んで座る識月と仁彩へ、楓が文句を言った。
 
「楓君はどっちが連れて来るか分かる?」

 仁彩の無邪気な質問に、楓も無言になる。

「何で二人とも教えてくれないの?」

 ぷっと頬を膨らませて文句を言う仁彩へ、識月は頭を撫でて慰めた。

「予測は出来るが、アイツの行動はイマイチ掴めないから。」

「そうそう、安心してよ。鳳蝶が不幸になりそうなら僕が責任持つからね。」

「う、……うん?あ、でもね、僕もちょっとは考えてるよ。僕の予想では青海君!」

 その答えに二人は黙り込む。

「え?え?違う?だって生徒会長って鳳蝶とそんな仲良かったっけ?あんまり一緒にいる所見たことないし。」

「なるほど。」

「そー言われれば、側から見るとそうなるね。」

 二人の肯定の言葉に、仁彩も自信を付けた。

「そんでぇ、鳳蝶と番になって、鳳蝶の病気も落ち着いて、鳳蝶もますます可愛くなるよ!」

「…………なるほど。」

「あ~~……、ね。」

 最近漸く鳳蝶の病気について知った仁彩は、なんとしてでも番を作って病気を治して欲しいと思っていた。
 仁彩の妙に自信ある発言に、二人はその可能性が一番確率が高くなりそうな気がして来た。
 もっと色々考えていたのだ。
 割と常識に近い陽臣が落とす確率30%、我の強い光風が落とす確率70%、鳳蝶を泣き落とす10%、説得50%、無理矢理60%、更に最下層の仮想空間へ落ちる50%、鳳蝶の下層落ちに巻き込まれてどちらかに精神異常出る確率40%、等々……………。
 仁彩の予想は超円満解決。
 きぁあ~~っ!楽しみぃ~と花を飛ばして浮かれる仁彩を、二人は無言で見つめる。

 あの光風を最愛の親友の番にしていいのか?と思うが、仁彩が喜んでいるならまぁいいかと、識月は仁彩の頭を撫で続けた。













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