偽りオメガの虚構世界

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48 花を生ける

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 花装飾。
 大量の花と葉と伸びる枝、共に飾られるリボン、玉飾り、電飾。
 花が長持ちする為に品種改良された液体を水に混ぜ、チューブとポンプで循環させる。
 顧客の要望に沿って空間を花で満たす。
 
 フィブシステムの発達によって、空間の装飾にホログラムの多様性が進み、花を飾るという行為が廃れ出した。
 枯れる花より枯れないホログラムを。
 手軽な金額でも求める事が出来る為、皆そちらを求める。
 本物の花を態々飾るのは、資金に余裕のある上流階級だけ。
 需要の減った花は世間から消え、生産者も減った事から一本一本の花の値段も高額になった。
 元々は華道家だった青海家だが、花の価値が上がり需要が減り次々と同業者が減る中、生き残った少数派になる。
 事業として花を自社で生産し、会社を立ち上げ花農家を独占した。
 より長く花を長持ちさせるよう薬の開発も進め、独自のアレンジを工夫して、イベントや施設、あらゆる企業と契約を取り付けてきた。
 中でも最近とれた契約は光風の仕事になっている。何故なら光風が取った仕事だからだ。
 たまたま同じ高校、同じクラスのアルファであった雲井識月に話し掛け、識月から仕事してみないかと言われてくれた契約だった。
 それがまさかこんな大きな仕事になるとは思ってもいなかったが、毎月光風はこの仕事を喜んでやっている。
 国内でも有名な雲井家が所有する超大型ホテル。そのメインロビーは五階ぶち抜きの高さがある。イベントも可能なこの巨大なホールとも言うべきホテルロビーを毎月花でアレジメントする契約をポンと結んでくれた。
 驚きすぎたが光風はこの仕事をくれた識月に感謝しているので、何事も適当な考え方の光風も識月にだけは順従だ。
 青海家は元々は華道家。
 本来ならば礼儀作法を重んじ、精神修養を促していかねばならない。だが光風はそれを嫌ってやってこなかった。だが花を生けるのは好きなのだ。仕事にはしたかった。
 親から華道家としての道を歩めないなら、花を生ける資格はないと言われていたが、この仕事を識月がくれたおかげで、花を生ける事が出来る。
 フラワーアレジメントは光風にとって息を吸う様に自然な事で、好きな事だった。


 十月末、光風はホテルのロビーにやって来た。トラック三台分の花と、それらを飾る為の器具とアレジメント用の道具と装飾。
 全てを飾るのに三日は掛かるので、土日と平日一日を使って寝ずに飾る。
 本来ならばそんな作業をホテルの宿泊客に見せるべきではないのだが、青海光風がここで作業すると聞くと、態々その日に合わせて宿泊予約をとる客も多い。
 アレジメント中の姿すら一種のパフォーマンス。
 青海光風というアルファは人を惹きつける魅力があった。


 既に先月の花装飾は撤去済み。それは一晩で業者が終わらせてしまう。
 朝一で光風はロビーにやって来た。
 ここを生ける権利を持つのは光風だけだ。
 識月が光風に生きる場所を与えてくれた。
 この仕事のお陰で、光風には色んなイベントの依頼もやってくる様になった。まだ高校生なので仕事の量は抑えているが、どうしても学校が終わった後の夜にやる事になる。

 今の光風のイメージの源は『another  stairs』の中にある。

 凪いだ瞳の奥底に潜む強い意志。
 絶対に負けないと語る言動。
 笑う姿は不敵そうなのに、何故かそこに儚さも見える。
 話せば話すだけ引き込まれる。
 静と動、無と有、光と闇、相反するものがアゲハの中にある。
 光風にとって、アゲハは強く美しい『生』を感じさせる花だった。
 それを見ていると、想像力が湧いた。

 フラワーアレジメントは巨大なオブジェになる。
 まずは骨組みを建て、花を支える足場を作り水が循環するチューブとスポンジ、ポンプや電飾用の機材を、飾れば見えない所に配置。
 毎月図面を引いて、それに合わせて注文している。光風が来る時には花と装飾を飾り付けていくだけではあるが、その図面も光風が作っている。先月分を撤去する際にそこまで骨組みを配置していくのも、自社で補っていた。
 
「さて…………。」
 
 図面は引いているが、生きている植物が思い通りである訳ではない。
 実際にその場で考えながら花を生けていく。

 季節的に紅葉を各地から取り揃えてみた。
 ヤマモミジ、イロハモミジ、サトウカエデ、イタヤカエデ、コハウチワカエデ……他にも数種類揃えた。季節は変わって行くので、列島の上から下まで栽培場所を押さえている。
 紅葉した葉は落ちるが、特殊な栄養剤を流して長持ちさせる事は出来る。落ちる葉もまたアレンジの一つにもなるが、週に一回は挿し直しに来なければならないなと考えている。花より落ちるのが早そうだ。
 花は主となる花に皇帝ダリア。大きな薄ピンクとも紫ともつかない美しい花を、周辺にはサザンカ、エリカ、ヒイラギ等様々な花を揃えた。
 落下防止に本当は自分用の足場を組みたいが、見せる為の仕事なので装飾として遜色ない段差を要所に作り、ワイヤーで体を吊って作業するしかない。左右にある長い階段も使い、上から紅葉を垂れ下げていく。
 下に行くほど花を置き、どの方向から見ても見栄えがする様に配置していく。
 秋を感じられる空間。
 今時仮想空間でもホログラムでも紅葉は楽しめるのだが、生身の身体で実物を触れる機会は少ない。だからここに来て体感し感動してくれることを願って空間を作っていく。


 
 昨日の夜もアゲハを堪能して来た。
 今日ここに来るからインスピレーションを溜めてきたのだ。
 アゲハは美しい。
 最初出会ったのは識月に誘われて討伐に参加した時。楓が知っているアルファだけど、リアルが分からないというので一緒に絡んでみた。
 楓の実力なら簡単に身元も割り出せるだろうと言ったのに、楓は自己都合でフリフィアを使うのは主義に反すると言って、遊び感覚でアゲハに突入していた。
 楓は完全に遊びだったのだろうが、光風はアゲハに魅了された。
 目を潤ませて睨みつける意志の強さと、快楽に弱い身体のアンバランスさ。
 光風は気に入った人間を花のアレンジに例える。
 アゲハは繊細で大胆で美しい花だった。

 目の前に落ちる紅葉の葉がヒラヒラと揺れる。アゲハの瞳もユラユラと揺れていた。
 もっともっと欲しくて何度も無理矢理身体を繋げる。
 話せば話すだけ、セックスすればしただけアゲハは艶やかに色付く。
 リアルの彼は一体どんな人物なのだろうと、かなりの期待があった。
 出会ったら手放せないかもしれないとまで妄想した。


 リアルのアゲハは呆気なく告げられた。
 あの包丁くんかと少々がっかりした。
 何故なら告げた時の目に温度が無かったから。
 今迄の気に入った子達は、リアルで会うと光風に欲情し独占欲を見せた。その生々しい眼差しはアレンジに合わない。だから切り捨てて来た。
 現実でも仮想空間でも思う通りの人間はいなかった。
 アゲハは割と長く保ったほうだ。
 本人が告げなくても、ジンの身元が雲井識月の従兄弟である仁彩だと知れば、いずれ気付いただろうが、それを察してか直接告げられた。
 

『オレが鳳蝶でアゲハだよ。』


 その言葉に時間が止まった。
 それを告げられたのは『another  stairs』の中だった。
 いつもの様にアゲハに会いに行った時、喫茶店の中で告げられた。
 サブ垢を本垢に切り替えて、真っ直ぐに目を見て告げられた。
 輝いていた碧眼が、薄茶色の静かな瞳に変わる。
 高い背も小柄で丸いフォルムに、不敵そうに見えた微笑みも、若干大人し気に。
 また違ったと思った。
 折角理想的な人間を見つけたと思ったのに、リアルでも会える様になれば、いつでも彼を堪能できると思っていたのに、また違ったのだ。
 お気の毒様、そう言ってログアウトする鳳蝶に、何も言えなかった。
 散々違ったと、可愛い子じゃ無かったと本人に言ってしまった為、それでもここに来ると告げれなかった。

 現実に会う湯羽鳳蝶は、どこか冷めた目をする背の低い太った少年だった。冒険心というものは一切見えず、堅実で賢く誰とでもある程度仲良くやる、特徴のない人間だった。
 面白味がないと思った。
 光風は人の好き嫌いが激しい。
 好きな人間には構い倒すが、どうでもいいと思ってしまうと冷たいと言われる。
 仕事が絡めば愛想笑いもするが、個人的な事ならば遠慮もない。

 鳳蝶が気まずそうな顔でたまに挨拶して来たが、こちらとしては何故態々話しかけてくるのかよく分からないのでアッサリと返していた。リアルでは今迄あまり絡んだ事が無かったので話す必要性を感じなかったからだ。
 でもそれから可愛い想像を膨らませてくれる子を探そうとしても見つからない。

 そうこうしているうちに、識月は従兄弟と何やら色々あったらしく仲良くなっていた。
 ざっと概要を聞いて、仲良さげな従兄弟同士を眺め、何となくアゲハを探した。

 アゲハは『another  stairs』の中にいたので、こっそり右目の眼帯を外して千里眼で覗き見すると、ハヤミと話をしていた。
 笑顔を浮かべて楽し気に喋っている。
 そうやって自分も喋りたいのに。
 そう思ってしまったら、光風は止める事ができない。
 
 その日からまた『another  stairs』の中だけ仲良く一緒にいる様になった。
 アゲハと話をすると次の想像が膨らむ。
 話しのテンポは早いし話題も多い。
 アルファの騎士なのに元がオメガだからか男臭さも無い。本体の鳳蝶がオメガなのは、識月の説明で何となく理解した。
 長い槍をクルクルと回すと、レベルが上がっているからか静電気の様な雷がパリパリと光っていた。
 基本夜にしかログインしないので、討伐中は暗いのだが、その静電気のおかげで少し明るい。
 パリパリと光る雷は、アゲハの強さを引き立て綺麗だった。

 そのイメージを紅葉に表そうと思っている。茂る葉の連なりで影を落とし、ライトで淡く光らせる。
 皇帝ダリアであの雷の弾ける様を表現して、花や枝、青い葉で空間を埋めていく。

 出来上がった大作に今回も満足だ。
 この三日作業につきっきりで寝ていない。
 
「ふわぁ~、リアルもこれくらい綺麗ならいいのにねぇ~。」

 道具の撤去作業に従業員を呼びつつ、光風は大欠伸をした。
 それともリアル鳳蝶も構い倒せばまた違うのだろうか?
 あの冷めた目が何か変わる?
 どんな花が思い浮かんでくるだろうか?
 そう思うと実行に移したくなって来た。
 
 楽しみ~~。
 期待に胸を膨らませて今日の仕事を終了させた。


















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