偽りオメガの虚構世界

黄金 

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42 眠りたい

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 此処なら何でも思いのまま。
 私が作った魔法の世界。
 何でも叶えてやれる。欲しいものは全て雫に与えてやれる。
 現実では皓月さんの庇護下でしか生きていけないけど、此処なら私が神だ。

 色んな世界を作った。
 目覚める事なくずっと居続けた。
 元の身体なんかどうでも良かった。
 死ぬなら死ねばいいし、その時は雫と一緒だ。

「雫、今日は何をしようか?」

「うーん、海で泳ぎたい!」

 だったら海は透明度の高い綺麗な海にしないと。怪我をしない様にサラサラの砂浜にして、貝殻のカケラで足を切ってしまわないよう排除して、身体は冷やしてはいけない。水温も気温も上げて、でも日焼けはダメだから日差しは緩く。

「気持ちいぃ~~~!」

 浅い所を泳ぐ雫は綺麗だった。肌は白く、黒目がちの猫目は笑みで細まる。
 
「あ、魚だ。」
 
 一匹の黒い魚が泳いできた。
 手のひら程度の魚。あんな真っ黒な魚は設定しただろうか?

「ふふふふ、何だか兄さんみたい。」

 突然皓月さんだと雫は言った。
 雫の中の皓月さんの記憶には蓋をしている。出てこない様に封じたのだ。
 なのに、何故急に思い出した?

「まって!その魚見せて!」

 雫の手のひらの中に掬われた黒い魚を覗き込んだ。
 魚と目が合う。

 バツンと世界を切った。

「なんで?なんで、なんで、なんでっっ!」

 皓月さんだ!あの魚の目、恐らく外から皓月さんが干渉している。
 目覚めない雫を取り戻しに来た!




 とりあえず魚を追い出す為に、あの仮想空間は閉じてしまった。
 作り直しだ。
 次は何にしよう?
 今度は本当に魔法の国にする。
 絵本のような石畳の町、三日月の夜空、箒に乗った三角帽子の魔女、時計塔、王様がいるお城。そんな絵本の中の世界に二人きり。
 
「ほら、今日は星がよく見えるね。」

「うん、綺麗だ。」

 二人で仲良く石で出来た塀の上に腰掛ける。
 足を投げ出し空を見上げる場所は町の城壁の見張り台。
 高さはあるが此処は魔法の国。
 箒があれば飛べるようにした。

 ニャー。

「あ、黒猫~~~っ!」

 可愛い!と雫が抱き上げ膝に乗せた。
 
「あれ?この猫ちゃん兄さんみたい!」

 驚愕に目を見張り、震える手で雫の腕を掴む。雫がどうしたのかと首を傾げた。

 猫の瞳が識を見つめる。丸い瞳孔の中に驚く自分が写っていた。
 
「何で来るんだ!?」

 恐怖が湧き起こり、またブツリと世界を切った。




 
 魚、猫と来たのは何故かと考えた。
 そういえば人間をまだ作っていないからかと思い付く。そう、言葉さえ出させなければいい。そうすれば雫はもしまた皓月さんがやってきても、此処が仮想空間だと気付かない。

 次は冒険者にしてみた。色んな不思議な場所を歩こう。
 出来れば現実を思い出さない様に、全く違う世界がいい。
 動きやすい皮の鎧を着て、荷物を背負って二人で歩いた。
 のんびり進めばいい。
 どこまでも世界は広げられる。
 食べ物も飲み物も自由自在だ。

「わっ!…あ~トカゲかぁ、びっくりしたぁ。」

 小さなトカゲに驚いてしまった事を恥ずかし気に笑いながら、雫はそのトカゲを見る為にしゃがみ込んだ。
 嫌な予感がした。

「…………わぁ、このトカゲちゃん、兄さんに似てる~。」

 笑いながらそう言う雫の後ろで、愕然と冷や汗が出てくる。
 また、来た。
 ゆっくりと雫の背中越しにトカゲを覗き込む。
 トカゲは私の顔を見ていた。

 いつまでコレを続けるのか?

 静かにトカゲはそう瞳で語り掛けていた。
 丸いつぶらな瞳が、何故か皓月さんの怜悧な瞳に見えた。

「邪魔っっ!!するなぁぁっ!!!」

 思いっきり世界を切った。






 大きな鎌を用意した。 
 どんな皓月さんが出てきてもいい様に、大きくて綺麗で刃の鋭い大鎌を。
 どんな世界を作っても、皓月さんはやってくる。
 犬、鳥、蛙、蜻蛉………。



「………へぇ………、今度はまた凄いね。」

 醜い魔物が目の前にいた。
 洞窟の中、暗闇の穴の中にいる黒いブヨブヨの何か。歪な目が二つ私達を見下ろしていた。
 開いた口らしきところから垂れる涎が、上から落ちてきそうな程に私達に覆い被さり見下ろしている。
 ボトリとすぐそばに落ちるドロドロの液体。
 コレを見てもきっと雫は言うのだろうな………。

「兄さんに似てる君はどこから来たの?」

 やっぱり言うか。
 君は何度作り替えても兄を求めるのか。
 皓月さんが現れる度に、その動物や昆虫を消していった。魚も猫もトカゲも犬も、存在しない世界にした。
 雫が思い出さない様に、徐々に世界から生き物の種類が消えていった。
 一体何十、何百消しただろうか…。
 それでも皓月さんはやってくる。
 仮想空間を強制消去すれば、中にいる人間はただでは済まない。
 隣の雫の意識は朦朧とし、感情も朧げだ。
 貼り付けた記憶で会話はするが、元の雫が残っているだろうか。
 それでも隣に雫がいて欲しかった。
 皓月さんの存在が忌々しかった。
 
 魔物が喋った。

「帰っておいで、雫、識…………。待ってる、から……。」

 ああ、魔物って喋れるんだと、乾いた笑いが漏れた。

「ふっ……、ははっ!あはははっ!執念いよ!?何で来るの!?いい加減、諦めてよ!!!」

 魔物の皓月さんの瞳は静かだった。
 哀れみも、同情も、怒りもない。
 ただ静かに帰って来いと言う。

「しき、しき、大丈夫、だから帰って、こい。」

 私は涙を流したことがなかった。
 どんなに苦しくても、育った環境が劣悪でも、仲間が次々に死んでいっても、どこか冷めていて泣かなかった。
 だけど、今は涙がボロボロと流れてくる。
 現実はなんて苦しい!
 仲間が現実は嫌だと言って死んでいった。
 私は特別だったわけではない。一人生き残ったのは感情が鈍かっただけだ。
 仮想空間の万能感も、現実の無能感も比較的どうでも良かったから生き残れた。

「ねえ、アンタだって何度も精神を切られて辛いはずだ……。なんで、来るの?」

 私は慣れている。そう言う身体に脳になってしまっている。
 でも皓月さんも雫と一緒でダメージを負っている筈だ。

「………分かって、いるなら、帰って来い……。」

 涙が止まらないから、目を瞑った。
 見下ろしている魔物が雫と私を優しく抱きしめるから、涙が止まらない。

「憎いよ………、皓月さん。」

「……………。」

 謝らないんだね。
 そうだよね、アンタはいつも最善をとっている。
 皓月さんも雫を愛している。
 だけど、アンタは雫に手を伸ばさない。
 雫も兄を選ばない。
 兄弟だから。
 
 ゆっくりと世界を閉じていった。
 二人の精神が壊れない様に、ゆっくりと。
 
 私は、どうしたらいい?
 あまりにも経験がなさ過ぎてどうしたらいいのか分からない。
 賢い皓月さんが命令してくれればいいのに。
 あの研究所の奴らと同じように、人間ではなく家畜のように見下してくれればいいのに。

 そうしたらどんなことだって何も感じずに実行出来る。






 あれから現実に戻った。
 何も出来ない無力な人間に。
 皓月さんは回復しては仮想空間に入るという無茶をやったが、医療の助けを借りて無事だった。
 入りっぱなしだった雫は記憶障害を負った。

「こんにちは、雲井雫と言います。」

 何度会ってもこの挨拶。
 同じ家に住んでても、顔を合わせる度に見知らぬ人間となった私に、初めましてと挨拶をしてくる。
 何年耐えた?
 二年?三年?
 皓月さんに別居すると伝えた。
 大学は休学扱いになっていたけど、退学した。学べる気にはならなかった。
 成長してくる仁彩は懐いてこなかった。
 月に一度しか会わないのだから当然だ。
 
 大分経ってから知ったが、皓月さんも仁彩と同じ歳の子供が出来ていた。
 よく政略結婚の女と子供を作れるなと思ったが、皓月さんが本当に愛しているのは雫なのだから、相手が誰だろうと一緒なのかもしれないと思った。

 雫と離婚したいと皓月さんに伝えると、駄目だと拒否された。
 例え一緒に住んでいなくても、お前達は夫夫だろうと説得された。
 何度会っても忘れられるのに、それでも夫夫なのだろうか?
 番になってみたらと勧めもされた。
 それは無理だろう。
 雫は何度会っても私とは初対面だ。初対面の男と番うなんてするわけがない。それこそ発情期に無理矢理でもしない限り、無理な話だ。


「…………そうか、番いか………!」



 突然顔を輝かせた私に、皓月さんがホッとした顔をした。なかなか上手くいかない弟夫夫が、漸く番になると思ったのだろう。
 すっかり自分がアルファだということを忘れていた。
 学生時代に毎朝飲んでいた抑制剤も、引きこもりの今は全く飲んでおらず、そんな常識も思いつかなかった。

 今度の発情期が待ち遠しい。

 




 それからずっと抑制剤を飲み続けた。
 いつ雫が発情期に入ってもいいように。
 ピアスの緊急抑制剤もちゃんと補充されているか確認する。
 皓月さんから連絡が入り、雫が発情期に入ったから来るようにと呼び出された。
 
「仁彩は私が見ておくから。」
 
 皓月さんに抱っこされた仁彩はよく懐いていた。
 
「久しぶりに仁彩に会ったから抱っこさせてよ。」

 雫が居る個室の前まで来て、仁彩を抱っこさせてくれと頼んだ。
 何の疑問もわかずに仁彩を渡してくれる。
 いつもどこか油断しないように気を張っている皓月さんが、珍しく緩んでいた。
 きっとずっと心配させていたのだろう。
 仁彩を抱っこしたまま部屋の扉を開けると、皓月さんの動きが止まった。
 そうだよね?好きなオメガの匂いがするもんね?
 思わず身体が引き寄せられるよね?
 ドンっと押すと、皓月さんは簡単に中に入り込んでしまった。
 急いで扉を閉める。
 家のセキュリティに侵入して、誰も開けれないようにロックした。

「識!?しき!!何をするんだっ!開けなさいっ!!」

「一週間篭れるようにしてあるんだよね?雫をよろしくね。」

 そう言って皓月さんと雫のピアスにアクセスし、緊急抑制剤の注入を停止させる。
 私のはさっきの雫のフェロモンで発情しかかった為、ちゃんと作動してくれた。
 よかった、よかった。

「駄目だっ!識!う゛っ……開け、なさいっ…………!………あ、ぁし、き……お願い、だっ!」

「アンタからお願いなんて初めてだ。だけどダメだよ。雫はどうやったって私のものにならない。アンタしかなれない。諦めたいんだ………。だから、手伝ってよ。」

 私を助けたのはアンタだ。
 だからちゃんと面倒見てくれないと。

「………………あ゛、はっ、あ……識……。」

 部屋は二重扉になっている。
 奥の扉を開いて入れば防音も完璧。
 暫くすると皓月さんが扉から遠ざかる音がして、重い扉が開き閉じる音が聞こえた。
 
 アンタが仮想空間に迎えに来た時は涙が出たのに、今は全く涙が出ないんだ。
 不思議なもんだね、人間って。

「さー、仁彩。ほぼ子育てした事ないんだけど、二人で一週間頑張ろうなぁ~。」






 一週間して、出てきた皓月さんに思いっきり殴られた。
 人から殴られるなんて初めてだった。
 二人は無事に番になってたのに、離婚はさせてくれなかった。
 皓月さんは滅多に雫に会いにこない。
 発情期の時だけやってきて、仁彩はベビーシッターに預けていた。
 私にその時だけでも仁彩と過ごさないかと言われたけど、辛くなるから嫌だと拒否すれば、諦めてくれた。

 数年は頑張って月一程度の面会もやったけど、段々心が萎んできた。
 番や、番になりたいと心から愛していた者がいなくなると、アルファでも精神的に病んでしまうのだと医師から説明された。
 
「皓月さん、疲れたから仮想空間で眠りたい。」

「…………………。」

 アンタの了解は得られなかったけど、勝手に入院して眠りについた。
 費用はきっと皓月さんが惜しげもなく払ってくれるだろう。
 このまま眠って、最後に静かに夢も見ることなく死ねたらいいな………。




 なんて現実は辛いのか。
 昔の仲間の心を知った気がした。











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