偽りオメガの虚構世界

黄金 

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41 識の魔法の世界

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 子供の頃の記憶は白い病室、機械と数字の羅列、消えていく仲間達。
 面白味もない人生から始まり、それが永遠に続くと思っていた。
 フィブシステム用のチップが人体に埋め込まれる様になって数十年。
 更なる進化を欲して秘密裏に研究が重ねられた。
 
 私の一日の二十四時間は三つに区分されていた。
 朝の四時から十二時まで仮想空間に入って勉強、十二時から八時は肉体に戻って食事と体力作り、八時から朝の四時まで通常睡眠。
 毎日毎日この繰り返し。
 
 仮想空間の中は魔法の世界だ。
 息を吸う速度でプログラミングし仮想空間を作り上げていく。風を操り空を飛ぶ、大気に海を発生させ海魚の群れを泳がせる。火の塊は太陽になり、宇宙を構築しては爆発させる。
 知識を溜め込みそれを顕現させていく。
 どこまで構築出来るか、どこまで仮想空間を広げられるか、その実験は繰り返し行われた。
 
 昼の十二時、仮想空間から起こされる。
 重たい身体、思い通りにいかない世界。それが現実。
 子供達は物心ついた頃からこの生活を繰り返す為、その内現実の重たさに耐えられなくなる。
 何故空を飛べないのか、何故水に潜ると苦しいのか。
 知識としては理解していても、現実のしがらみが、虚弱な身体に耐えられなくなり、精神が崩壊していった。

「アルファの子達でもついていけないですね。」

「残ったのはお前だけ。」

 十歳になる頃、残ったのは自分だけだった。
 どうしますか?頭のチップもこれ以上は脳に負荷がかかりますよ?
 研究員たちは動物実験を繰り返す。
 人間という動物を。
 

 
 十三歳、突然その生活は終了した。
 その人は五歳年上のアルファ男性だった。
 怜悧な切長の目は真っ直ぐに私を見ていた。

「名前は?」

「識(しき)ー二って呼ばれてました。」
 
「…………そうか、私は皓月。雲井皓月だ。」

 その人はこの研究を止めさせる為、雲井家の権限を掌握し、研究を解体させたと言った。
 親を押しやり干渉出来ないよう遠くへ飛ばし、国が絡んでいたので対抗派閥と繋がりを持つ為に、その派閥のトップの娘と婚約までした。
 皓月さんは高校を卒業したばかりだと言っていた。

「何かしたい事はあるか?」

「…………普通に暮らしたい。」

 皓月さんは分かったと言ってくれた。
 戸籍を与え、住む所をくれた。
 一人がいいと言ったらマンションの一室を用意してくれた。自由に出来るお金もくれた。至れり尽くせりだった。

 学校に通う様に言われて通い出した。
 色んな人間が近付いてきては離れていく。
 
「ねえ、僕は雲井雫って言うんだけど、君は?」

 とても綺麗な子が話し掛けてきた。
 大きな少し吊り上がった黒目と、フワッと柔らかそうな黒髪。白い肌、スラッとした手足。小柄な身体は可愛らしかった。

「雲井識(くもいしき)。」

「識くん?じゃさ、同じ雲井だけど、ウチの家と何か関係あるの?僕、本邸から離れて暮らしているから何も知らないんだぁ。」

 まずこの子が誰なのか分からなかった。
 フィブシステムにアクセスして雲井雫を検索する。
 皓月さんの弟でオメガなのだと理解した。
 オメガとアルファは離されて育てられる。上流階級であればある程その傾向にあるので、雫も一人で大きな家に住んでいた。

「何してるの?」

「雫を検索した。」

「?ふーん、そんな事できたっけ?個人情報は簡単に出せない筈だけど…。」

「…………。」

 そう言えばそうだったなと無言になる。実験ばかりで人と交わる生活をしてこなかったので、咄嗟に普通の生活に馴染めていなかった。直ぐにシステムに頼る生活はあまり良く無いかもしれない。

「私は今、皓月さんにお世話になっている。親戚とかでは無いけど、雲井家に引き取られた形になってる。」

「…………私!ふふ、識くんは私っていうの?この年で?ふふふふ。」

 何がおかしいのか雫はコロコロとよく笑う奴だった。




 雫と過ごす毎日は穏やかで幸せだった。
 ずっと隣にいたいと思う様になるのに、時間は掛からなかった。
 雫も同じ雲井家の人間と思ってか、私に心を許してくれていた。
 中学、高校と同じところに通った。
 
「ずっと一緒にいたい。」

「…それって付き合いたいとか、結婚したいとか、番になりたいとかって事?」

 頷くと、雫はいいよと応えてくれた。
 その顔が少し苦しそうに見えたけど、直ぐに笑顔になったので、いいのだろうと思った。
 私の脳は実験によって膨大な量を処理する機能は備わっているが、人の感情の機微には疎い。雫の表情の意味を理解するにはまだまだ経験が足りなかった。

 私と雫二人でなら、ある程度の遠出なら許可が出る様になった。皓月さんが許可を出してくれる。
 色んなところに行った。
 私も雫も遠くに出た事が無かった。
 仮想空間では無い、本物を見たり知ったりする楽しさを二人で味わった。
 


「卒業したら雫と結婚する。」

「…………分かった。」

 皓月さんにそう報告すると、彼も何故か苦しそうな顔をした。
 やっぱりまだこの意味を理解出来なかった。


 卒業する前に雫の初めてを貰った。
 とても気持ちよくて、馬鹿みたいにのめり込んだ。こんな感情があるなんて知らなかった。
 雫が大切で大切で仕方なかった。
 本当は誰にも会ってほしく無い、外に出てほしく無いけど、それはダメな事だと理解している。
 私自身が幼少の頃そうだったから、それが人として道に外れた事だから皓月さんが動いたのだと、今は理解している。






「あのね、子供が出来たんだけど…。」

 次の発情期で番になろうと言っていた矢先の事だった。
 もう直ぐ高校も卒業になるので、一緒に暮らし出した。

「私は嬉しい。産んで欲しい。」

 家族を持てるとは思っていなかった。これが普通の幸せなのかと思った。
 直ぐに私と雫は婚姻届を出して夫夫になった。
 雫の悪阻は酷かった。
 体調が優れない日が続き、学校も休みがちになる。卒業は後数日だから問題ないが、心配だった。
 日に日にやつれて元気を無くしていく。
 どうしたらいいのか分からず、知識としては理解出来ても、実際には全く役に立たないのだと知った。

 大学に入り、雫の様子がおかしい事に気付く。どこか上の空で、悪阻は終わったがぼんやりしている事が多い。
 雫とお腹の子の様子が心配で気になり、相談相手と言えば皓月さんしかいないので、連絡を取ってみた。
 兄弟なのだから会って様子を見て欲しいと言うと、最初は少し渋っていた。
 何でもそつなくこなす皓月さんにしては、何故か口籠るのが不思議だった。
 それでも他に見て貰える人間もいない。学校では雫とばかりいて友達もいない。
 頼み込んで漸く頷いてくれた。

 そしてそれが失敗だったのだと理解した。
 その頃は雫が暮らしていた一軒家に住んでいた。雫は基本的に家事全般得意だったから、それで問題なかった。
 玄関から入る皓月さんを見た雫の動揺した顔で、雫の本心を見た気がした。
 皓月さんはそんな雫に気付かないフリをしていた。それでも、誰よりも優しい目をしていた。
 いつも冷たい顔をしている皓月さんが見せる始めての顔に、アルファとオメガの兄弟を離して暮らさせる意味を理解した。
 離して育てるのは一応念の為になのだと思っていた。
 だが、この兄弟は本当の意味で離されていたのだと気付いた。
 その日の雫はどこか浮き足立ち、顔色も良かった。
 
「雫は皓月さんの事好きなの?」

 皓月さんが帰った後、我慢出来ずに真っ直ぐに質問した。

「え、う、うん。そりゃ兄さんだし…。家族だし……。」

「……………。」

 彷徨う雫の黒い瞳が、私を見なかった。

 兄弟だよね?
 血は繋がってるよね?
 いつから?
 最初から?

 何で私と結婚したの?

「違うよ、雫。私が聞いてるのは番になりたいかという好きかだよ。」

 雫は違うと苦しそうに否定した。
 何で苦しそうなの?

「じゃあ、質問変える。皓月さんとは会った事ないって言ってたけど、いつから知ってたの?」

「……会った事は無いけど、兄さんの事は知ってたんだ。たまにあるパーティとかでこっそり見てた。」

 雫はずっと一人で育ってきた。
 碌に顔も見せない親。会えないアルファの兄。家族に焦がれていたのは気付いていた。
 違うと言いながらも、雫の目は皓月さんを求めていた。
 悲しかった。
 苦しかった。

 私だって、私には雫だけなのに。

 雫は求めるアルファでは無い人間との子供を抱える事に、おそらく本能で違和感を感じている。
 お腹に宿る子供を、違うと否定しながらも、紛れもない自分の子供でもあるという認識とが相反して、心が不安定になっていた。
 
「このままでは雫の身体が危ない。子供は諦めてもいいから……。」

「やだっ!やだよ!必ず産むから!お願い、頑張るからっ!」

 いつ流産してもおかしくない状況が続いた。
 皓月さんが病院に入院させ、何とか産む事ができたけど、雫の心は不安定なままだった。
 
「雫、ずっと一緒にいたい。」

「うん、僕もだよ。」

 そう返事はしても、きっと君の瞳には私は写っていない。どうやったら皓月さんを諦めてくれる?
 どんなに努力しても雫の心がこちらを向いてくれない。
 これが仮想空間なら自由に入れ替えれるのに、現実はなんて不便なんだ。

 そう、そうだ、仮想空間を使えば雫を変えられるかもしれない。
 実験にあった認識の入れ替え。
 人を思いのままに操る方法。
 記憶の作り替え。
 それらを使って現実の雫を変えれないだろうか。
 私は皓月さんが自分の人生を投げ打ってまで消し去った研究を、雫に使う事に躊躇いがなかった。




「雫、これを飲んで。」

「なにこれ?薬?」

「うん、少し楽になれると思うんだ。ちょっと眠たくなるけど大丈夫だよ。」

「分かった。」


 雫は躊躇う事なく薬を飲む。
 さあ、夢の中へ入ろう。
 


 私が作る魔法の世界に。








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